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投稿者: ogata

  • なるべく安くインドへ

    なるべく安くインドへ

    LCCも昨今はやけに高いし、帰りは書籍を買うので荷物は出発地から東京までスルーにしたい。円安と減便のため運賃は上がっているし、ロシアのウクライナ侵攻のせいもあり燃油サーチャージも上がるし辛いことになっている。いやチケット代が高いのは運賃というよりもサーチャージの高騰による部分が大半だ。

    LCC以外でインド行きに強い(つまり乗り継ぎ同一キャリアで代金も低めの)航空会社はないかと探してみると、現状ではスリランカ航空がよいらしいことがわかった。しかも南インド中心に就航地が多いのも魅力だ。チェンナイやムンバイのような巨大都市を経ずに、そのまま目的地に着くことができるという場合も少なくないだろう。

    しかし破産中の国のナショナルフラッグキャリアというのは、ちょっと気になる。とりわけ次の予定がかなり先のことであれば、なおさらのことである。

  • バゲーシュワルのバーバー

    このところニュース(インドの)を点けると必ず出てくる「話題の人」となっているディーレーンドラ・クリシュナ・シャストリー。

    MP州のバゲーシュワル・ダームのバーバーとして知られており、メディアからは「迷信を広めている」と非難されているわけだが、彼のアーシュラムで信者たちがトランス状態になっている様子、彼が信者たちに対して行うダルシャンで、相手の詳細を知らずとも何で悩んでいるのかお見通しで、的確なアドバイスを与えるとされている。

    まだ26歳だか27歳で寺の主となり、背景がよくわからないことが多い不思議な「バーバー」だが、話や人のあしらいは上手いし、頭は良さそうだ。(そうでないとこんな立場にないし、メディアから「インチキバーバーだ」と騒ぎ立てられることもないだろう。)

    カレッジをドロップアウトしたとは何かで聞いたが、この記事には「貧しい育ち゛数年前までリクシャー引きだった」ともある。

    シャストリー姓は本当のようだからブラーフマン。ブラーフマンでリクシャー引きというのは別に珍しい話ではないが、リクシャーを引いていた若者が数年後に宗教者となり、政治家の庇護も得ており、怪しげな奇跡やトランスなどを使って大衆の注目を引き、マスコミから非難されるほどの存在に成りあがるとは、なんだかすごいサクセスストーリーのようにも思える。インドは実力社会だ。知恵(ときに悪知恵)と機転(ときに狡猾さ)でどんどんのし上がる者は各方面にいる。

    善し悪しはさておき、エンターテインメント性の高いバーバーであるため、インド野次馬としては引き続き注目していきたい。まだまだ若いので、ある意味今後がますます楽しみでもある。

    Why is godman Dhirendra Shastri of Bageshwar Dham trending? (dailyo.in)

  • 共和国記念日の閉門式

    共和国記念日の閉門式

    常時行われているアッターリー・ワガー国境の閉門式だが、昨日1月26日は共和国記念日のためもあり、ひときわ盛況だったらしい。

    両国ともとりわけ見栄えのする精悍屈強な風貌と体格の衛兵たちを取り揃えている。間近で彼らを見たことがあるが、普段滅多にみかけない190cmから200cm級と思われる大男ばかり。

    昨日この中継録画を国営放送ドゥールダルシャンのニュース番組で観たが、最近は女性もいることにさらに驚いた。男性たちよりやや小柄だがそれでも180cm超かと思われる。整った風貌と長い手足でアスリート的な体型をした女性衛兵たち。このあたりになると、市中では目にすることは皆無なので、どうやってリクルートしているのか?とも思う。

    便宜上「衛兵」と書いたが、彼らは軍人ではなくBSF(国境警備隊)のスタッフであり、広義の警察組織の一部。

    閉門式では両国ともスタンドに「応援団」みたいなのがいてシュプレヒコールを叫ぶ。両国ともに衛兵たちが相互に調和の取れた動きを展開して、最後に門を閉める際に最前線の両国衛兵が短い握手を交わして終わる。

    Watch Beating Retreat Ceremony: Attari-Wagah Border | Republic Day 2023 (Republic World)

  • 専用バスレーン

    専用バスレーン

    アーメダバードのバスはやはり先進的だ。大通りでは中央がバス専用レーンとなっており、バス停は道路脇ではなく道路中央にあり、ちょうど日本の名古屋みたいな感じだ。

    もちろん市内は広いので、どこもかしこもというわけではないが、渋滞時にも公共交通機関としての市バスはスムースに運行できるようにしてある。インドの他の都市にもこのような措置が広がると良いと思う。

    こちら側の上り車線から見て右手の柵の向こうがバス専用レーン。そのまた先が下り車線
    バス専用レーン上下線の狭間にある駅のような形のバス停
    バス専用レーン

    バス専用レーンを疾走する不届者もいるが、渋滞する時間帯も基本的にバスはスムースに走行できる。
  • 平型コンセント

    平型コンセント

    宿泊先の部屋で、こちらの画像のようにコンセントがフラットタイプにも対応しているタイプだと、「ラッキー」と思う。コンセントアダプターなしで利用できる電源がひとつ増えるからだ。それとは裏腹に、コンセント複数あっても壊れていて、利用できるものがひとつしかなかったりすると、ちょっとブルーな気分になる。

  • サブズィーワーリー

    サブズィーワーリー

    美しい野菜を撮っていたら、ダニヤーを手にしたサブズィーワーリー(野菜売りの女性)が商品のダニヤーを手にして「私も撮りなさい。ほら、こっち」と、いろんなポーズを取りながらずんずん迫ってきた。

    ずんずん迫ってくるのはたいてい男性たちなので珍しい。何を喋ってもこの人から返ってくるのはグジャラーティーなのでよくわからないが、隣で商っている若い男性を私との間に通訳として引っ張りこんで、次から次へと質問を投げかけてくるので、こちらがタジタジになる。たまに公式通りでない人はいるものである。

    グジャラート語とヒンディー語は近い関係にあるため、人々の多くはヒンディー語にも堪能だが、彼女のようにグジャラート語しか話さない人もいる。それでもずんどん前に出てくる快活さが楽しい。

    露店を後にするときも明るい笑顔で見送ってくれた。

  • 視線

    視線

    誰もいない遺跡の中で視線を感じると・・・。

    それはリスであった。イスラーム建築の柱に掘られたデザインの窪みからこちらをうかがうかわいい顔が覗いている。

  • 健康なナショナリズム

    健康なナショナリズム

    独立記念日、共和国記念日などが近くなると、街なかでティランガー(三色旗=インド国旗)がたくさん売られるようになる。これを装着して走り回るオートやクルマもある。

    同じ国旗でも日の丸については閉塞感のような息苦しさをおぼえる一方、ティランガーについてはとても好ましい印象を受ける。

    強制されずとも、特有の同調圧力で同じ方向に走る国民性のもとでの国旗掲揚、国歌斉唱は、滅私奉公的な悲壮感というか、異論を許さない「大和民族のナショナリズム」という無言の圧迫感がある。

    インドのように号令をかけても、みんな勝手な方向ばかり向いて各々テキトーなおしゃべりに興じているような国におけるこれは、ごく緩~い統一感というか、なんとなくの一体感というか、健康な範囲でのナショナリズムを醸成するものであるからだ。

    多様性の中の統一。もともとインドの歴史の中で、「インドという国」の概念のもとに統一を果たしたのはイギリスによる植民地支配であった。印パ分離という不幸を経ることにはなったものの、そのイギリスが創り上げた「インド」を引き継いだのが独立以降のインド共和国であった。

    これほどの文化的、民族的な広がりがありながらも決して分裂することなく、着実に歴史を刻んでいるのは、広い世界でもこのインドくらいのものだろう。

    やや大げさかもしれないが、東京からジャカルタ、バンコクからヤンゴンを経由してラサ、そしてテヘランからイスタンブルあたりまでをひとつの国にまとめてしまったような広がりと重層感があるのが亜大陸だ。

    それをひとつの国としてほんわりとまとめ上げるのがティランガー。それぞれの民族性に偏向することのない文字通りの「共和国」のナショナリズムの象徴だと私は思う。そう、「共和国」と称する国は多いが、インドのように名実ともに「共和国」の名にふさわしい国は決して多くない。

  • リリーフエース

    リリーフエース

    生まれつき、とにかくお腹は弱い。普段の生活でもちょっと疲れたり、お腹冷やしたりで下るため、生まれてこのかた「便秘」の経験はゼロ。

    インドでもしばしば下痢に悩まされるのだが、困るのは緒距離バス移動の日にこういう状態となった場合。それでも、いつも魔法のような効き目でピンチから救ってくれるのは、黄色ないしはオレンジ色の下痢止めタブレット。

    「ここ一番!」というところでビシッと抑えてくれる、頼り甲斐のあるリリーフの切り札みたいな感じだ。出発時には、移動中にお腹が破裂するという最悪の事態を想像して怖くなるのだが、いつも実にいい仕事をしてくれる。

    インドの強力な下痢止め薬には大いに感謝である。

  • 携帯電話への寛容度

    バスの中でも電車の中でもスマホの動画サイトで好きな音楽にアクセスして大きな音量で流すインド人。もちろん電話での会話も当たり前。こういう鷹揚さは見習いたいところだ。

    日本のように、静まり返った車内で誰かが携帯電話で話をすると、全員の耳と視線が非難という形で向かうというのはまったく健康的ではない。

    車内での音楽はともかく、ケータイでの通話については、多くの国々で多かれ少なかれの許容性があるではないかと思う。

  • ネオ・クラシック

    ネオ・クラシック

    上は街なかで昔ながらの素焼の器でチャーイを売る店。下は空港内に出店しているカフェのチェーン店のチャーイ。

    前者は、以前はガラスのコップで商っていたようだが、このところ素焼の器が人気であること、それを背景に供給も安価かつ安定的になされるようになったことから、利用するようになったらしい。そして後者は「昔風」を現代式に解釈した回顧趣味。こちらはずいぶん肉厚でしっかりしているので、捨てるのにしのびなくなる、しっかりした素焼きの器だ。

    1杯70ルピー。「中身のチャーイは要らないから器だけくれ」と、「器のおかわり」を注文したくなるほどだ。

    昔々は、ごく当たり前だった素焼の器は、時代の変遷とともにガラスや陶器の器が利用されるようになったり、紙コップやプラスチックのコップが使われたりするようにもなった。さらに時代が下り、2004年にラールー・プラサード・ヤーダヴが鉄道大臣(2004年から20091年まで)となった際、鉄道施設内でのチャーイの販売において、環境保護と地場産業の振興の観点から、素焼のカップを利用するようにと号令をかけたことがきっかけとなり、素焼の器の感触、匂いが郷愁を呼び起こすとともに、鉄道施設外でも改めて見直されるきっかけとなった。

    素焼の器を利用する背景にあった本来の理由、経済的合理性、他人と器を共有しないという浄不浄の観念とは異なる観点からの「ネオ・クラシック」な需要となっている。

  • BAPSの寺院

    BAPSの寺院

    ファミレス的なお寺というか、コンビニ的な寺院というか。BAPS(Bochasanwasi Akshar Purushottam Swaminarayan Sanstha)のスワーミーナーラーヤン寺院。礼拝施設のフォーマット化に成功し、各地でそっくりなお寺を展開する。

    アーメダバードやデリーにある「アクシャルダム寺院」もこのグループの寺院だ。海外にも大きく展開し、日本にも上野に進出している。(こちらの規模は例外的に小さい)

    こういう新興の教団を日本では「新興宗教」と呼ぶが、インドでは数多くのグルーが独自にアーシュラムを運営していたり、ヨーガを中心とする活動(に加えて「パタンジャリ」ブランドの食品や生活用品の販売も行っているスワーミー・ラームデーヴのような人もいる)をしていたりする。

    多くは自分たちの教団のみへの帰依を求めないので、日本のそうした団体とは、かなり異なるとも言える。どちらかと言うと、タイやミャンマーなどで高名なお坊さんが人々の人気を集めているのに近いものがあるのかもしれない。

    ただし、そうした教団ではしばしばトップによる強力なリーダーシップに多くのことが委ねられるため、「権力は腐敗する」という言葉のとおり、思い上がったグルーが既存の宗教権威に挑戦して暴力沙汰にまでなったり、そのグルーが婦女暴行、殺人その他で起訴されて懲役刑を受けるようなケースはしばしば起きる。

    自作自演の映画を作って公開したり、歌をリリースしたりとスター気取りにもなっていた「デーラー・サッチャー・サウダー」という教団の指導者のグルミート・ラーム・ラヒーム・スィンもそうだったし、アーサーラーム・バープー、スワーミー・ヴィカーサーナンドその他、枚挙にいとまがない。

    デーラー・サッチャー・サウダーについては、グルミート自身がスィク教コミュニティの出身で、ナムダーリーのようなスィク教の中の一派となる道もあったのかもしれないが、独自性を強めるとともに、10代目のグルーであったグルー・ゴービンド・スィン以降は聖典グラント・サーヒブに引き継がれて空位となっているはずのグルーの地位に自身があるかのように示唆するかのようなスタンスや言動などもあり、スィク教コミュニティからは総スカンを食った。そういう意味では、日蓮宗を破門されたある団体の立場と似ている部分はあるかもしれない。

    教団というものは、「信仰」という商品を製造販売するコーポレートなので、一般社会の企業で不正や問題が起きるのと同じようなものだろう。先述のBAPSは、これまであまり悪い話は聞かなかったものの、在米の教団支部は、米国当局により、教団関係者に対する強制労働、査証取得の際の不正などで起訴されて裁判が進行中。