機内でビール120バーツとチキンカレーライス200バーツを注文して合計320バーツ。2,000円払うとお釣りは210バーツ。つまり機内では2,000円で530バーツの計算なので1バーツは3.77円となる。LCC機内で何か頼むととても高いのが常ではあるが、出てきたものは、おそらくお湯で戻したフリーズドライライスとタイカレー。不味くはないのだが、いかんせん量はとても少なく、米は戻しが足りずパリパリであった。まったくもって食べないほうがいいレベルと言える。
自前の飲物、食事は機内持ち込み禁止ということになっているが、カバンか上着のポケットにナッツとビールを忍ばせて搭乗したほうが良いだろう。
機内に映画やドラマ等の視聴サービスはないため、スマホに何かお気に入りの作品を入れておくと、退屈しのぎに良いかと思う。
カテゴリー: food & drink
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ノックスクートの機内食
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24 Seven
現在、デリー、ハリヤーナー州、パンジャーブ州、UP州で展開するコンビニ、24 Seven
ビールはノンアルコールしかないし、置いてある品物は日本とはまったく異なるとはいえ、店内のレイアウトや弁当の置きかたなど、なんだか懐かしい。いろいろ報じられているのでご存知の方は多いと思うが、日本のセブンイレブンの協力のもとで、店舗の運営、設備、オペレーション体制など総合的に研究した上での開業。
既存の同業者も複数あり、今後インドにコンピニ文化が定着していくのは、そう遠い先のことではないのだろう。 -

ダマン2 飲酒ツーリズム
海洋性気候で高温多湿のダマン。暑さでフッと気が遠くなりそうなのでバーに入ると、冷たく冷えたびーるが迎えてくれた。この時期、ふんだんに酒類があるダマンだったからよかったものの、うっかりグジャラート州海岸の町を訪れたら逃げ場がないことを実感。
現在インド首相のモーディー氏の御膝元だけあり、制度を整えて外資誘致に積極的なグジャラート州だが、禁酒州なので自国社員の飲みニュケーション上の障害、そして福利厚生上の問題から二の足を踏む日系企業は少なくないと聞く。飲む、飲まないは個人の問題だが、州法で一律禁止とするのは人権にかかわる由々しき問題だと私は考えている。
禁酒のグジャラート州から中央政府直轄地ダマンに入った途端、酒屋やバーが沢山目につく。中央政府直轄地という扱いは旧仏領ポンディチェリーも同様で、ゴアも1987年に州に昇格するまでは、この扱いであった。
英国以外の旧外国領であった地域について、背景となる法制度、文化習慣、教育など他の地域と異なるため、近隣州に編入するのではなく、中央政府が現地の特性を考慮したうえで柔軟な対応をしつつ面倒を見るというもの。
1950年代にインドに返還されたポンディチェリー、1961年クリスマスに大規模な軍事作戦でゴアとともに奪還したダマンとディーウ。さすがにインド復帰後優に半世紀以上経過しているので、もういい加減こうした経過措置を外しても良いようなものだが、こうした措置がこれほど長く続くと独自の行政区としてのアイデンティティー、積み上げてきた歴史も出来上がってしまうので、近隣州への統合は今後もないだろう。
そのダマンとディーウだが、1990年代以降、主にインド国内の保養地、とりわけ隣接するグジャラート州とマハーラーシュトラ州からの観光客を大きく引きつけて、それ以前はほとんど無に近かった観光業が振興した。負うところの大半は、税率が極端に低く、結果として安価な酒である。つまり飲酒ツーリズムだ。ダマンの繁華街の食堂、レストランの大半は飲み屋でもある状態の背景には、このようなことがある。そうした店がだいたい朝9時くらいにオープンするわけだが、「朝から酒場が開いている町」というのは、インドでは希少である。
飲酒について、日本からは考えられないほど制約の多いインドでは考えられない環境だ。
そのため週末にはグジャラート州からやってくる男性たちによる「飲み会」が朝食の時間帯から展開するのが特徴的だ。「一人飲み」の姿も多く、観光シーズンのピークには、訪れる家族連れも少なくないとはいえ、あまりファミリー向けの訪問先ではないように思える。
けっこうキレイで快適なホテルであっても、いわゆる「バー」ないしは「パーミット・ルーム」があると「家族連れ向きではない」と言われてしまう。そんな呑み助天国でありながらも、風俗店が軒を並べるような環境ではないため、とても健全な雰囲気であるのはダマンとディーウの大きな特徴だろうか。しかしながら、やはりこういう場所なので、実は売春も盛んであるとは聞く。

ダマンの繁華街。朝から晩まで酒を提供する店が多い。 隣州で禁酒のグジャラートと異なり、酒の販売が出来るダマンとはいえ、生活文化や倫理観はグジャラート州と大きく変わるはずはない。ダマンっ子は日がな飲んだくれているわけではなく、朝から飲んでいるのは、近隣州からの訪問者たちなのだ。
ダマンの飲み屋街といってもささやかな規模で、少し外れると普通の住宅地となる。そういうところには飲み屋はないし、酒屋も滅多に見かけない。 -

ダマン1 グジャラート州から越境
ヴァーピー駅にて下車。ここからオートでダマンへと向かう。途中、グジャラート州との境になっている町にゲートがある。そこまでがグジャラート州で、そこから先はユニオン・テリトリー(連邦直轄地)のダマンとなる。
グジャラート州は禁酒州だが、ダマンに入るといきなり酒屋やバーがあり、あたかも飲酒運転を奨励しているかのように見えるし、グジャラート州への密輸を奨めているかのようにも感じられてしまう。

グジャラート州から入った途端、境界のダマン側にはバーや酒屋がある。 グジャラート州とダマンの間には、いくつも往来できるポイントがあるのだが、ここのように街中のゲートが境目になっていて、うっかりしていると気が付かないような場所もあれば、川に架かる橋が境になっていて、視覚的にもそうと判りやいすいところもある。
ここのように、ひと続きになっている市街地の中にゲートがあるような場所では、普段は静かに家で飲んでいて、仲間たちとおおっぴらに飲んで騒ぎたくなったら、ひょいと境を越えた先でしこたま飲んで、酒臭い息を吐きながら再びボーダーを越えて帰宅というような人は多いことだろう。
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ダーンディー・ビーチ 「塩の行進」の海岸
1930年にガーンディーが支持者たちを率いて、アーメダーバードのサーバルマティ河のほとりにある彼のアーシュラムから、ここダーンディーの海岸まで25日間かけて実施した「塩の行進」。
到着翌日にはこの海岸で象徴的に塩を作ってみせることにより、人々に英国による専売の不当さをアピールするとともに、国民自ら塩を作り出そうと世間に訴えた。
この行進は、ガーンディーの非暴力不服従運動、スワーデーシー(国産品)運動の全国的な展開へと繋がる大きな契機となった。ナウサリーに駅からオートでダーンディーの海岸まで往復してみた。街から出ると道の両側が大きな並木が続くインドらしい街道風景が続く。こうした眺めも交通量増加に対応するための道路幅拡張の工事、自家用車でのエアコンの普及などにより、かなり減ってきている。
このあたりの海岸の土壌ってどこも黒いのは鉄分が多いためだろうか。これがずっと南に下り、コンカン地方になると土壌が赤くなる。このあたりとは地質自体も異なるものと思われる。

辺りは平坦で何の危険もないと思われるのに、なぜ「セルフィー禁止」の看板が・・・? -

ナウサリー
スーラトの駅売店でサモーサーとチャーイで軽食。ここから急行でひと駅先にあるのがナウサリー。時間にしてわずか15分で到着してしまう。列車はプラットフォームにゆっくりと進入してきた。
発車してほどなくナウサリーに到着。この駅構内にも出店している全国規模で鉄道駅に展開する書店A.H.Wheeler & Co.は、19世紀後半の創立。南インドであればHiggin Bothamsが優勢なのかもしれないが。これもまた植民地時代から続く書店で、南インドではよく駅にも出店している。ただしそちらは駅書店専門というわけではなく、ちゃんとした書店のチェーンなのだ。

A.H.Wheeler & Co. ナウサリー駅構内の壁に描かれた鉄道愛を感じさせる絵があった。ガーンディーが率いた「塩の行進」で、人々がダーンディー・ビーチに向かう姿を取り上げたものもあった。

「塩の行進」が題材の絵 駅舎から出ると、すぐにジャムーンを売る露店が目についた。みずみずしく、多少の苦みのある芳醇な果実が爽やかで大変美味だ。他のフルーツよりも繊細で、買ったらすぐに食べないとシワシワに干からびてしまったり、薄い皮が破れてグジャグジャになってしまったりする。

ジャムーン 駅前の安いダーバー(簡易食堂)を見かけたが、開店したばかりなので店内も食器もピカピカで気持ちが良いので入ってみる。料理もけっこう美味しかった。賑わっている鉄道駅正面付近という立地の場合、年季入ってくると「標準化現象」のため、汚くて不味くなるのが定石。価格以上に清潔にしたり、美味しくしたりする手間は、店側にとってはとても効率の悪い、割に合わないことなので、周囲の同ランクの店合わせるようになってくるわけだ。宿も同じことで、この「標準化現象」は、決してインドに限ったことではない。

開店したばかりのShiv Restaurant 
シンプルなターリーだが大変旨かった。今のうちだけだろう。 ここもまたスーラトと同様にパールスィーゆかりの街のひとつ。ジャームシェード・バーグは、彼らの結婚式でよく利用される施設だ。
街中を散歩していると、パールスィーの偉人、ダーダーバーイー・ナオロジーの像があった。彼はこの街の生まれなのだ。

ナオロジーの像 
パールスィーゆかりの建物は多い。 
こちらはパールスィーとは関係ないが、建物の一部に昔ながらの美しい意匠が残る。 -

スーラト5 ご当地スイーツ
スーラトといえばガーリー(という菓子)が名物のひとつ。店で「バーダム・ピスタ・ケーサル・ガーリー」を買ってみた。ガーリーはघारी(Ghari)と書く。
文字どおりアーモンド、ピスタチオ、サフランのガーリー。大変美味だが油脂分が多くて、もちろんとても甘い。ベースとなっているのはミルクと豆の粉。ギーで練って固めてあり濃厚なため、また大きめのミカンくらいのサイズがあるため、すでに大きめの夕飯で腹いっぱいだと、ちょっとヘビーだ。
こういう菓子を食べる機会が日常的にあると、インドでよく見かける突き出た腹がスイカみたいに大きなオジサンとか、背中の肉が四段くらいになっているオバサンとかになってしまうのだろう。
このスーラトのガーリーについて、作り方のレシピが紹介されている動画がある。これをご覧になると、だいたいどういう味わいか想像できることだろう。
スーラトを訪問されたら、ぜひ一度試してみることをお勧めする。
〈完〉
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部族の村とハート(4) ハートの眺めあれこれ
通常のインドのマーケットと異なり、品物をドカッと積んで量り売りするのではなく、小さな山にして並べている。先住民の人たちの間で度量衡の感覚がないため、「ひと山でいくら」とするのがわかり易いためとのこと。
稀にハカリでキロ売りしている人もいるが、それは近年出てきた「新しいやり方」とのことで、まだまだ一般的ではないそうだ。








部族の女性たちのアンクレットが面白い。ニッケルコインを溶かして作るのだそうです。まだ子供のうちからはめるそうで、当然成長していくと外れなくなる。

テラコッタの鍋、かまど、炊飯用の釜などを売る部族の女性たち。今のようにアルミやステンレスの厨房用品が出回るまでは、すべてこうした調理器具であったとのこと。そして皿も木の葉を編んだものが使われていたとのことで、身の回りのものすべてが「すぐに、あるいはやがて土に還る」ものであったそうだ。


こちらは、マフア(という名前の木の花)の蒸留酒を作るための道具。

謎の干物状のものはタバコとのこと。

特大のカゴは穀類の貯蔵のために使われる。




村から何十キロも歩いてハートに到着したおばちゃんたち。こうした部族の人たちは20kmとか30km以上離れたところからも徒歩で荷物を持って来ているとのこと。強靭な肉体を持つ人たちだ。

この地域の部族の人たちのハートで特徴的なことのひとつに、チャープラーと呼ばれる赤アリとその卵が食用にされることがある。どこのハートに出かけても、葉っぱの皿の上に山盛りになっているのを目にすることができる。


またドークラー(ロストワックス鋳造)の神や動物の像も地域の特産品のひとつだ。

2000年11月にマディヤ・プラデーシュ州から分離したチャッティースガル州だが、その南部に位置するバスタル地方は、隣接するオリッサ州西部とともに、部族の人々が占める割合が高く、独自のカラーが強い地域だ。
〈完〉 -

部族の村とハート(1) ドゥルワー族の村
この日は地元で長年、主に部族の村やハート(定期市)に関するガイドをしているAさんに案内を依頼した。
朝9時にホテルを出発してマルヴィーパダル(Mavlipadar)村に行く。ここにはドゥルワー(Dhulva)族の村で、Aさんの昔からの家族同然の付き合いだという人の家に立ち寄る。

家の外壁は石積みであることが多い。 Aさんはムスリムでジャグダルプルの育ちだが、いろいろな部族の言葉で会話することができ、訪れる先の村やハートに品物を出している人たちの中にも彼の知己が多い。彼の父親の仕事の関係で、さまざまなアーディワースィーの人たちとの交流が幼少時から多かったことが背景にあるそうだ。
この地域の部族民たちの言葉はいろいろあるのだが、その中で優勢で広く通用するゴンディー語の挨拶「ジョーハール(Johar)」というのを覚えた。「こんにちは」「さようなら」「ありがとう」など、いろいろ使えて便利なようだ。
その「家族同然」という人は、Aさんよりも一世代上の人なのだが、彼は夫と子のある女性と恋に落ちて、そのまま結婚することなく所帯を持ったとのこと。そういうケースはここの先住民の中では珍しいことではなく、それで色眼鏡で見られたり人付き合いに支障をきたしたりということもないそうだ。男女の関係についてはオープンであり、男女間の上下もないとのこと。そういう社会がインドのヒンドゥー教徒の大海に囲まれた中にあるというのは興味深い。
当人はせっせとカゴを作っていたが実にうまいもので、見ている前でどんどん仕上げていく。ハートで売ると、ひとつ30Rsの収入となるのだそうだ。家の前は畑になっており野菜を栽培しているが自家消費用。現金収入はとても少ないが、かといって生活に困ることはないらしい。

器用にカゴを編み上げていく。 
カゴを作るための下準備 
家の前は畑 村の中ではサゴヤシが生えている家があり、上のほうに樹液を取るための壺がかかっている。採取してから数時間で発酵して弱い酒ができるのだそうだ。これもまたハートでよく売られている。この酒をサルフィーと呼ぶ。
ここの部族の村で不思議なのは乳製品を摂取する習慣がないとのこと。それでチャーイもブラックティーとなる。理由は動物の乳は、牛でもヤギでも、それぞれ牛やヤギの赤ん坊が飲むべきもので人間が飲むものではないという考えとのことだそうだ。
〈続く〉
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Darbha村の定期市(ハート)

村から品物を運んでくるアーディワースィーの人たち 
同じ村の人たちとジープをチャーターしたりもする。 バスタル地方といえば、カラフルなハート(定期市)で知られるが、だいたい大きなスペースに屋根や幌が張られているところで工業製品、野菜、軽食などを商うのは町の人。
そのまま何もないところにムシロを広げて野菜、竹のザルやカゴ、手作りのホウキ、酒、野蚕の繭など村の産品を売るのは先住民が多い。どちらも近くに集まって商っており、先住民とのその他の市民が隣り合って商売しているという図はなかなかないし、アーディワースィー(先住民)が屋根や幌の下で何かを売っているというのもないようだ。きちんとしたマーケットプレースの場所で商売するのが普通の市民、先住民はその脇や空き地で物を売るといった棲み分けになっているらしい。

野蚕の繭 生鮮食品でも町の人たちとアーディワースィーの人たちが売るものには違いがある。私たちに馴染み深く、大量に栽培・収穫できる野菜類などを沢山積み上げて売るのは町の人たち。商業作物としてあまり栽培されない野菜についてはアーディワースィーの人たちが扱っているようだ。

町の人たちが売る野菜 
アーディワースィーの人たちが売る野菜
魚類については、大きな鮮魚類は町の人たち、小魚などの干物はアーディワースィーといった具合だ。
町の人たちは鮮魚を売る。 
アーディワースィーの人たちは小さな魚の干物を売る。 マフアの花から造った地酒マフア、米から醸造したドブロクみたいなのを売っているのは女性たち。こうした「青空バー」は、地域の様々な村からやってきたアーディワースィーの男たちの社交場となる。ちょっとした美人ママのところにそうしたお客たちが集まるのは、いずこも変わらないようだ。

青空バー 
米から造ったドブロク 
こちらはマフアーの花。これを使ってマフアーの酒が造られる。 
マフアーの酒を売る美人ママ -

ジャグダルプルの「ニュー・ケーララ・レストラン」と「ニュー・ケーララ・ホテル」
街の中心にある商業地に、同じマネジメントによるふたつのレストランがある。
この日の夕食は「ニュー・ケーララ・ホテル」にてフィッシュカレーとマトンフライを注文。実はこの一角を越えたすぐ先にあるノンヴェジのアーンドラ料理屋に行くつもりだったのだが、道路こちらの「ニュー・ケーララ・レストラン」、路地挟んで向かいの「ニュー・ケーララ・ホテル」という壁を越えることができなかった。
実は昨日、道路左側にある「ニュー・ケーララ・レストラン」のほうに入ってしまったときもそうだった。本当は、アーンドラ料理の店を目指して歩いていたのだ。
本日はその二の足を踏むまいと、道の右側を歩いてみたのだが、今度はその側にある「ニュー・ケーララ・ホテル」から漂う香りに足を止められてしまった。
経営者が同一のふたつの人気店が細い道路両側に建つという、絶妙な位置関係で、そこから先に進もうとする空腹客を見事に取り込んでしまう。地元の同業者たちは、「これは反則だ!」と声を上げてもいいように思う。
昨日「ニュー・ケーララ・レストラン」で食べたフィッシュ・ビニヤーニーのときと同じく、汁に入っている堅揚げの魚のフライが水分を吸い込み、やや柔らかくなった、かつ香ばしい外側のカリカリと汁の酸味のハーモニーを楽しみつつ、骨付きマトンの柔らかく煮込まれた肉とスジの部分のなかなか噛み切れないながらも深いコクを楽しむ。楽しい夕餉となった。
同一マネジメントの店とはいえ、メニューは共通ではないのが憎い。「ニュー・ケーララ・レストラン」はどちらかといえば少しアップマーケットで、家族連れ、商談客、カップルなどが多い。
「ニュー・ケーララ・ホテル」のほうは、ひとりで訪れる客、若い客が多いようだ。こちらはメニューに掲載してあるアイテムを絞り込み、よりエコノミーな料金で提供している。
そんな具合に客層を区分しているため、斜向かいに建つ姉妹店とはいえ、使用されている米の種類も違えば、食器類のグレードも異なるのだ。
「ニュー・ケーララ・レストラン」で出されるビリヤーニー 
「ニュー・ケーララ・ホテル」で提供されるビリヤーニー。ご覧のとおり「ニュー・ケーララ・レストラン」のものとは使用する米の種類も異なる。 -

ジャグダルプルの宿

ピカピカで気持ちの良い部屋 
郊外にあるため宿の背後の風景はこんな具合 チャッティースガル州のバスタル地方の中心地、ジャグダルプルにて、ちょっと奮発して
一泊2700Rsの宿を利用した。田舎にあるけど、ほぼ新築でスタイリッシュな感じのホテル。とにかくピカピカで清潔なホテルだ。でも空いている・・・というのがポイントで、料金以上に素晴らしい。ほとんど宿泊客は無く、スタッフたちのほうが人数が多いようだ。
少し郊外のほうにあるため、近くをふらりと歩いても、食事処がまったく見当たらなかったので、その宿泊先レストランで食べた。ピュアヴェジであるにもかかわらず、とても楽しめた。料理人の腕がよいのだろう。宿代に込みの朝食は、毎日内容を替えている。夕食もここで食べることが多かったが、インド料理、インド式中華料理、そしてデザートの類も美味しかった。
ホテルのマネージャー氏は、一週間前に着任したばかりというオリッサの人で、42歳なのに大変初々しい。他のスタッフも感じがよいのだが、このガラガラ具合では先行き暗いようにも思う。ここから少し西へ進んだところに、同じマネジメントによる同様のホテルがもう1軒あるのだというから、さらに驚く。
マネージャー氏いわく、バスタルの今後には大きなポテンシャルがあるのだということだが、ホントに大丈夫なのだろうか。
だが、この人は親子二代続けて観光業に携わっているとかで、幼い頃から親に連れられて、インド全国各地を訪問したとのこと。彼の父は観光関係担当の役人だったそうで、プライベートでもあちこち訪れたり、何か調べてまとめたりすることが好きだったらしい。彼の出身地オリッサ州の話になり、チャッティースガル同様に様々な先住民族が暮らしている地域があるが、そうした部族の中で名前は忘れたが、決して笑顔をみせてはいけない部族がごく一部あるとのこと。初対面なのに笑顔だと、侮辱されたと受けとられて危険なのだという。
Peace & smileは、「あなたに悪意を抱いていませんよ、好意を持ってますよ」という世界共通のメッセージかと思っていたが、そういう例外があるらしい。
まあ、そのあたりについては、日本で接客業でお決まりの、心のないわざとらしい作り笑顔というのは、見ていてあまり気持ちのよいものではないため、初対面でヘラヘラしないという質実剛健な気風というのも、なかなか良いと私は思う。


































































