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投稿者: ogata

  • 隣近所にインド人

     バブル以降の90年代、パキスタンやバングラデシュの人々の姿が街並みにすっかり馴染んだ(?)頃、南アジアからやってきた彼らのための催しが、しばしばインドからスターたちを呼び寄せて行われるようになった。そんな中、96年に東京ディズニーランド隣の東京ベイNKホールのステージにアリーシャー、スリデヴィ、シャクティカプールといった豪華な顔ぶれが並んだときには、大いに感激したものだった。
     もちろんパキスタンにもバングラデシュにも人気タレントは多いのだが、亜大陸をひとまとめにする人気者たちといえば、やはりインド映画の俳優女優やポップ歌手ということになるのだろう。在日南アジア系の人々にとって記念すべきイベントで、ホールは超満員の大盛況。会場内はもちろんその周囲にも同胞たちの需要をアテ込んだ食べ物等の露店が出ており、浦安市の一角に突如としてミニ・イスラーマーバード、プチ・ダッカが出現していた。日本国内で後にも先にもあのような「南アジアの雑踏」を体験したことはない。
     出入国管理の厳格化に加えて景気のさらなる落ち込みのため、これらの国々から日本に出稼ぎにやってくる人はグッと減り、一時は各地にチラホラ見られた主に南アジア食材とインド映画ビデオを扱うハラールフード屋さんの数もずいぶん少なくなったようだ。多くの経営者は顧客同様、パキスタンかバングラデシュの人たちが主流だったため、最盛期には店内に置かれている品物も彼らのニーズに合わせたものだった。
     だが今でも元気に頑張っている店の多くは南アジア製品のみならず、イスラム圏その他の食品を幅広く扱うようになり、ハラールフード屋というよりも「外国人向けコンビニ」になってきた店も多い。都内のある店では、いつもパキスタン人青年がレジに座っていたが、現在中国出身の回族女性が切り盛りしている。神奈川県の日系ブラジル人が多い地域に構えるお店を覗いてみると、インスタント食品、調味料、豆類等々の品揃えがすっかり南米志向になっていてビックリしたりもする。

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  • 反政府もネット活用へ?

     10月2日、3日とたて続けにインド東北地方のナガランド、アッサム両州で大きなテロ事件が起きて、これまでに46人もの人命が失われるという事態になっている。2日はマハートマー・ガーンディーの誕生日であったことが、爆破事件等に関与したグループにとっては象徴的な意味あいがあったことだろう。
     文化的にも人種的にも南アジアと東南アジアの境目にあるこの地域は、イギリス支配前にインドの在地勢力によって支配された歴史がなく、どこをとっても「中央」と大きくかけ離れていることから、やはり統治する側にもされる側にもとても難しいことが多いのだと思う。
     地図を開いてみれば、西ベンガル州の北に細く回廊状に張り出している部分でかろうじて「本土」とつながっているのは、いかにも「インド」であることの根拠の薄さ、「インド人」としてのアイデンティティの希薄さを象徴しているような気もする。同時に中央の人々も物理的な距離以上のものを感じるのではないだろうか。今回鉄道駅が爆破されたナガランドのディマプルは、デリーからラージダーニーが週三本、ブラフマプトラ・メールという急行列車が毎日運行されているくらいだから、全くの「辺境」というわけでは決してないはずなのだが。
     また歴史的な経緯や民族の違いに加えて、東北地方は四方をほぼ外国(中国、ミャンマー、バングラデシュ)といった国ぐにに囲まれているため、政府と反政府勢力の力関係には周辺の第三国の意向も働きやすくなっていることも見逃せないだろう。
     BBC NEWS South Asia には、ナガランドの反政府勢力National Socialist Council of Nagaland (NSCN)のウェブサイトが紹介されている。(この組織は今回の爆破事件等への関与は否定)
     NSCNに限ったことではないが、反政府武装勢力といえば何か事件が起きたときに声明がメディアを通じて伝えられるだけで、一般の人々にはそれらの思想や動向はよくわからなかったが、近ごろは自ら情報を発信するところが増えてきた。
     サイトではメールアドレスも公開されているので、返事をくれるかどうかはともかくこちらからメッセージを送信することはできる。 もちろんこんなサイトがあったところで、どれほどのアクセスがあるのかよくわからないのだが。
     それでも「情報化」の効果は何かしらあるのではなかろうか。1989年に中国北京で起きた天安門事件へといたった民主化要求運動の際、市民の主要な情報源は国外在住の協力者から届くファックスが中心だったというし、 天安門広場で6月4日に起きた大弾圧の様子は首都にいてもテレビ映像に流れることはなく、たまたま滞在中だった私はもちろん地元の人々も一体何が起きているのかよくわからなかったことだろう。
     91年にモスクワで政変が起きてゴルバチョフが一時失脚したとき、中国国内のテレビでは「ゴルバチョフ氏が病気のため辞任」と報じていたのには仰天した。BBCやVOA等の外国ラジオ放送によるものとまったく違うことが平然と伝えられていたのだから。
     
     これまで一般の人々にとっては闇の存在でしかなかった人々と一般市民が直接双方向にアクセスできるようになった。これまで武力に頼らざるを得ず、国境の外側から資金その他の庇護を与えてくれる存在なしには続けることがむずかしかった反政府運動の質的変化をもたらすことも考えられるのではないだろうか。
     それがやがて平和という果実を人々にもたらすことになるのかどうかは、まだよくわからないのだが・・・。

  • ナマステインディア2004

     今年で12回目となるナマステインディアが、10月17日(日)に東京中央区の築地本願寺で開催される。
     日印経済委員会、インド政観光局、(財)アジアクラブ、NPO日印国交樹立50周年記念事業を盛り上げる会による共催である。
     音楽、舞踊、文化公演等に加え、東京都周辺のインドレストランによる屋台、雑貨・衣類や書籍等の販売も行われ、インド関係のイベントとしては日本国内最大級だ。もちろん日本在住のインドや周辺国出身の人たちの来場も多い。
     例年、プログラムの中でインドの伝統芸能が紹介されているが、今年はオリッサ州のゴティプアが披露される。このグループは新潟のミティラー博物館の招きで来日しており、ナマステインディアの翌週10月23日(土)と24日(日)には、横浜で「横浜インド祭・ハッピーディワリ」での公演も予定されている。
     秋空のもと、おいしいカレーを食べてビールでも飲みながら「インドな休日」を過ごしてみるのもいいだろう。当日は好天に恵まれますように!

  • インドからの贈りもの

    象のインディラ
     NHKの番組「その時歴史が動いた」(9月22日放送)によると、9月23日は、戦後の日印関係を記念する日であるそうだ。1949年にインドのネルー首相から日本の子どもたちへ向けて、東京の上野動物園に贈られた象のインディラが芝浦埠頭に上陸した日である。上陸してから上野動物園まで、インド人の御者が上に乗って誘導する様子も、白黒映像で紹介されていた。
     戦時中、空襲で檻が破壊されて動物たちが街に出てしまうのを防ぐ目的で、当局の命令によってこれらを処分した話は、「象のいない動物園」という本やアニメによって日本の子どもたちにもよく知られており、戦争の悲惨さを伝えている。
     だが私自身、象のインディラがどういう経緯で日本に寄贈されたのか実はよく知らなかった。もともとは戦後の民主主義教育の一環として開かれた「台東区子ども議会」で、「上野動物園で象を見たい」という子どもたちの熱望が、社会を、そしてついにはインド首相をも動かしたのだというから、正直とても驚いた。
     子どもたちの運動は、名古屋の東山動物園に象の貸し出し願い(実現せず)や国会への請願(!)などを経て、マスコミの話題となった。その運動を知ったインド人貿易商ニヨギ氏がツテを通じてネルー首相への働きかけ、東京都から、国会まであらゆるレベルで協力した結果、象のインディラがバンガロールからはるばる日本までやってくることになったのだという。

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  • カーマスートラを学ぶ!

    karmasutra
     コルカタに「性の奥儀」を伝授する学校が設立されることなり、土地っ子をびっくりさせているようだ。
     学問の都としての探究心、そしてベンガルの人びとの進取の気性などの賜物かどうかはわからないが、少なくともこの大都会のある部分では「性」についてオープンに語られる下地ができているということだろう。もっともターゲットとなるのは「結婚したカップル」とのこと。いわゆる普通の生徒や学生が通う普通の学校で、こうしたススんだ教育(?)がなされるわけではない。
     「授業」はどういう風に進行していくのか? また、どんな「テキスト」が使用されるのだろうか? 受講者たちが思わず目を伏せて「ムフフ」と含み笑いしてしまうほど悩ましいものなのか。あるいは黒縁メガネの生真面目なおじさんが、難解な医学用語を振りかざして訥々と壇上で喋るといった眠気を誘うものなのだろうか。
     行政から正式に認可されるにはまだ少し時間がかかるようだが、無事開講の運びとなればウェブ上でもコースの案内が公開されると思われるから要チェックである。ムフフ…。
    Now, learn to make love in Kolkata school! (Hindustan Times)

  • インド・マンゴー輸入解禁は?

    ああ、マンゴー!
     ご存知カシューナッツにピスタチオといったナッツ類はウルシ科の食用植物だが、じつはマンゴーもその仲間である。地上最大のマンゴー生産地といえばインド。世界中のマンゴー年間生産高およそ1千万トンのうち、じつに52パーセントをインド産が占めているというからその圧倒的な規模がうかがえよう。しかも千種類にもおよぶ異なったタイプのマンゴーがあるとされ、このうち商業的に栽培されるのは20種類前後だという。
     しかし保管方法や輸送手段が未熟であることから、せっかく実ったおいしいマンゴーの約3割が腐敗し廃棄される運命にあるという。
     「そんなもったいない!」と誰もが思うことだろう。だがこれほど美味な果実が大量に出荷されているにもかかわらず、わが国の植物検疫の関係で、国内でインド産マンゴーは加工品を除いて、手に入れることができないというのも実に残念なことだ。
     現在、フィリピン、タイ、メキシコなどの国ぐにから日本にマンゴーが輸入されているが、インド産はまだこのカテゴリーに含まれていない。日印の政府間では、マンゴー輸入にかかる交渉が10年以上続いているものの、いまだ明確な結論は出ていない。
     日本の市場に価格の安いインド産が豊富に入ってくるようになれば、美味にしてバラエティ豊富、しかも安いと三拍子揃ったマンゴーは輸入青果売り場の主役となることだろう。
     そろそろ真打登場か? 世界に冠たるインド産マンゴーの来日を期待したい。

  • アップグレードされる「駅」

     この数年でインドの街の姿はどんどん変化していったが、駅というものはなかなか変わらない。蒸気機関車が姿を消したこと、禁煙になりタバコ売りがいなくなったことを除けば、駅構内には数十年来の風景がそのまま保存されているようにも見える。
     駅は立派な外観に比べ中身が貧弱だ。客車はいくつものクラス分けがなされているのに、下町の小さなダーバー並みの衛生度とメニューしかない食堂、陰気な待合室にはクラス別や女性専用室があっても、結局どの乗客にも同じ程度のアメニティしか準備されていない。
     社会全体が貧しかった頃と違い、今ではアメリカのそれに匹敵する規模の「中産階級」を抱える国である。そうした購買力豊かな人びともまたインド国鉄を利用して移動しているのだ。
     少々高くても清潔でおいしいレストラン、有料でも小ぎれいで快適な待合室ができたら流行るだろうと常々思っていたが、少なくとも前者については今後改善されていくようだ。
     バンガロール・シティ駅構内にはまさにそんなカフェテリアができている。全国チェーンのカフェみたいに小ざっぱりしており、インド料理や洋食の各種スナック等に加え、ちょっとした食事もできるようになっている。ラージダーニーやシャターブディーといった特別急行車内のケータリングサービス同様、民間委託による事業らしい。
     日々多くの人びとが乗り降りする主要駅では、今後そうしたビジネスチャンスが開拓され、インドの鉄道旅行のクオリティも着実に向上していくことになるのだろう。

  • ソニア、ソニア

     今年末に封切される『SONIA, SONIA』という映画を楽しみにしている。米国の雑誌フォーブスによれば、「世界で三番目にパワフルな女性」となった国民会議派総裁のソニア・ガーンディー氏。彼女の生き様が映画化されることになった。
    Sonia Gandhi
     1968年、ラジヴ・ガーンディーと結婚。外国からインドの家庭に嫁入りするだけで大変だと思うが、よりにもよって結婚相手はインド首相の息子である。夫の弟のサンジャイは飛行機事故で他界し、義母インディラも暗殺。やむなくインディアン・エアラインスのパイロットだった夫が政界入りするとき、それに強く反対したという。「いつかひょっとしたら…」と不吉な将来を予感していたのかもしれない。その懸念はやがて現実のものとなってしまった。
     流転の人生を宿命づけられている人なのだろうか。彼女の運命は常に表舞台で何かを演じるように定められているようでもある。インド政界の重鎮としてしばらく年月を過ごし、息子ラーフル、あるいは娘プリヤンカーに後を任せて引退…という安寧な未来は気の毒ながら想像できない。
     彼女のキャリアは、たとえ自身が望もうと望まざると、いつも第一線を歩むことになっている。それでいて彼女には安泰が訪れることはなく、運命に翻弄され続けている。
     メディアから伝えられる情報以外に彼女の人となりを知る由はないが、いったいどういう人物なのだろうか。いわゆる「女傑」タイプとは違い、いつもどこかに哀しさと、それを精一杯振り払おうとする健気さがあるように感じられる。

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  • いまもどこかで

     祖父の家にあった古い雑誌のページをめくっていると、こんな記事が目に付いた。
    <毎晩くり返されていることのひとつに、乗車拒否がある。そのころタクシーに乗ろうとすると、メーターの何倍もださなければ、行ってくれないというのである。お客は腹を立てる。新聞やテレビもそういう運転手なりタクシー会社を非難する。警察はときどきおもい出したように、一斉取締りとやらをやる。
     乗車拒否はたしかにほめられたことではない。しかし繁華街の夜11時前後あたりは、おびただしいバー、キャバレーや料理屋がいっせいに店をしめる時間である。べつにそういうところで飲んで悪いわけではないが、飲みたらずに別の盛り場まで行こうという客だったら、そう目くじらをたてないで、たまにはメーターの何倍分かをチップとしてはずんでやってもよさそうなものである>
     一体どこの国のことかと思えば1960年代の東京銀座の話であった。黄色く変色したページは、およそ40年もの歳月の経過を物語っている。
     いまもインドの街角で繰り返されている光景。日本では私たちの世代の記憶にないものだが、かといってそんな遠い昔話でもないようだ。

  • 男児か女児か?

    三歳の女児の父親が『娘を殺す』と脅迫
    目にしたとたん嫌な気分になるニュースであるが、いろいろと考えさせられた。
     ラージャスターン在住の夫婦の間に女の子がふたり。夫は妻に避妊手術を受けさせたが、それでもふたたび身ごもってしまった。生まれてきたのはまた女の子。夫は施術した病院に補償を求め、それがかなわないならば経済的に支えることができないため末娘の命を絶つと州首相を「脅迫」した。
     この事件はあまりに極端な例ではあるが、インドでは就学率・識字率の男女格差、(非合法とされるが)出生前の性別診断による妊娠中絶等から生じる男女出生率のアンバランスなど、根強い男子偏重の傾向が見て取れる。
     結婚持参金問題を含めた慣習のみに原因であるわけではなく、相続について定めた法律、地域の社会と経済の構造、およそ人びとの生活を取り巻く要素が複雑に作用しているため「差別だ」と単純に切り捨てることはできない。
     こうした風潮は保守的な田舎に残っている……というわけではない。パンジャーブやハリヤナ州のような先進地域にあっても、人口の男女比には不自然な差があるのだから。
     跡取り息子の役目は、家督を引き継いだり、親の火葬の場で薪に点火したりすることだけではない。就労機会や賃金の上でも、一部の例外を除けば一般的に男子のほうが有利であることは間違いない。
     都市部では核家族化が進み、かつてインドの大家族のありかたの典型のように言われてきた「ジョイントファミリー」なんてもう昔話だが、家族が小さい単位になれば少子化という現象が出てくる。
     子どもが少ないほど、ひとりひとりにかける期待が大きくなるものだ。田舎に残る幼児婚の習慣はまさに別世界の話で、親によらず自らの意思で配偶者を選ぶような都会の若夫婦たちでさえも「できることならば男の子を」と願うのは自然なことかもしれない。
     また社会保障制度がしっかりしていない現状では、もっとも有効な老後の保障という面もあるだろう。外に嫁に出してしまう娘よりも、跡継ぎで新婚家庭の主である息子の方が親の面倒を見てくれそうだし、こちらの言い分も通り易い…と思うのは無理もない。

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  • 我想う、ゆえに本あり

    従来の狭くて暗い書店から、明るく広い新しいタイプの書店へ!?
     インド全国、主要都市に8店舗の支店を展開している大型書店「CROSSWORD」。入り口をはいったところで、警備員にカバンを預けて番号札をもらうところまではほかのお店と同じだが、そこから先がずいぶん違う。
     薄暗い店内に書籍が雑然と積まれていたり、書棚から一冊抜くと後ろにも本が並んでいたり、あれこれ物色しているうちに自分の手も服も本と同じく埃にまみれてしまうようなこともない。
     明るいフロアーに、きれいにディスプレイされた豊富な蔵書。気に入ったものを手にとり、店内のイスやソファに腰掛けて、ゆっくりページをめくりながら選ぶことができるのだ。通路スペースも広くとってあるのも開放感があっていい。清掃が行き届いておりトイレもピカピカだ。
     一般書店なので専門書の類はあまり見当たらないが、とにかく快適。従来のものとは一線を画す新しいタイプの書店である。
     インドは出版活動が盛んである。この国に関する様ざまな分野の本が英語で出版されているため、現地の言葉を学ばなくても、容易に知の大海に漕ぎだせる。欧米の小説など読み物はインドでもすぐに出版されて価格も安いので、本の虫にとってはありがたい国だ。
     ひとつ残念なのは、そうした「資源」が豊富なわりにアウトレットはかなり貧弱であること。都会の富裕な地域ではこうした「快適な書店」が少しずつ登場してきているものの、本屋の数自体は人口の割にずいぶん少ない。大きな街を離れるとキオスク程度のものしかないという、かなりお寒い状況である。

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  • インドのデジカメ考

    Better Photography Magazine
     インドで「Better Photography」という雑誌が売っている。これは日本で言えば「日本カメラ」「CAPA」に相当する写真専門誌。ちょっとページをめくってみると、インド各地の美しい写真が目に飛び込む。この国はまさに被写体の宝庫である。
     だが簡単なスナップ写真はともかく、撮影テクニックを駆使した「趣味の写真」がまだ一般的ではないこともあり、内容は日本の専門誌と比べるとかなり初歩的だ。撮影技術に関する記事は少なく、新製品のレビューに終始しているといった印象で、しかもメーカーのカタログの記載内容をそのままなぞっているといった印象を受ける。
     そんな中、興味を引かれるのは、そうした紹介記事の大半がデジタルカメラに割かれていること。いままで、インドで見かけるカメラといえば、安手のコンパクトカメラくらいのものであったが、ちかごろ都市部ではデジカメを手にする人たちが確実に増えてきている。 
     日本の場合と同じく、価格が下がってくればデジカメの即時性、ランニングコストの低さは大きな魅力となり、さらに普及が進むはずである。
     雑誌の広告には、サムソンコダック(日本ではDCS Pro SLR/nという60万円前後の高級デジタル一眼レフを販売している)など、日本ではデジカメのメーカーとしては馴染みのない企業の名前も目につく。
     デジカメ業界では、銀塩カメラ以上に、技術的に先行するキヤノンやニコンといった日本企業による寡占状態が著しくなってきているが、海外市場ではこうした会社もエコノミーな価格帯ではけっこうがんばっているのだ。

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