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投稿者: ogata

  • ラダック たかがSIM、されどSIM

    夏の旅行シーズン中のラダック地方の中心地、レーの町の旅行代理店の店先にはこのような貼り紙がある。

    「××月××日から7日間のマルカ渓谷のトレッキング参加者募集」

    「××月××日から2泊3日でヌブラ渓谷へのジープ旅行参加者募る」

    「××月××日出発、4日間でストック・カングリー峰登頂、参加希望者はぜひ!」

    旅行者本人が当該の旅行代理店に費用の相談をした際に提示された料金(同業者組合の関係で、複数の代理店で尋ねても同じような料金を提示されることが多い)を見て、「誰かシェアする人がいれば・・・」という希望を受けて、このような貼り紙がなされるようである。そのため、協力関係にある代理店では同様のリクエストのある顧客を融通しあうケースは多々あるようで、ポピュラーな目的地等についてはいくつかの代理店を回るとちょうど都合の良い個人なりグループなりとマッチングする可能性は高い。

    逆に、協定料金を設定している同業者組合関係の事業者同士が主体となって、このようなツアーを催行しているところがあるかといえばそうではないようで、実際に店頭に相談するために現れた顧客があってのことになる。相談に現れて、シェアする相手を募集するポスティングを希望したお客にしたところで、その店以外でも同様の相談や依頼をしている可能性は高い。

    携帯がないから個々に連絡つかない。本人が現れないとわからない。言いだしっぺの本人が雲隠れしたままで、集まった人々でツアー成立ということもある。とりわけとても沢山の人々が訪れるマルカー渓谷トレッキングであったり、シェアジープで行くパンゴンツォなどの場合はその典型だろう。だが訪れる人の数がより少ない場所への場合は、その企画自体が流れてしまうことも多いようだ。

    多くの場合、コミュニケーションがお客から代理店への一方通行になりがちである。つまりお客本人がその代理店に「その後どうなった?」「人は集まった?」と幾度か通うようでないと、うまく連絡がつかないものである。代理店のほうではいくばくかの前金を預かるようにしたり、宿泊先の電話番号を聞くようにしていることも多いようだが、それでもまだ正式に申し込んだわけではないため前金の支払いを渋るお客が少なくないのはわかる。また、宿泊先の電話番号といったところで、お客が宿泊先の室内にずっと閉じこもっているはずはないし、宿が気に入らず変わることだってある。そんな具合で、代理店のほうからお客に連絡を取りにくいのがどうも弱いところである。

    インドの他の地域であれば、携帯SIMの安価なプリペイドのプランがあるので、airtelなりvodafoneなり、地元インドの携帯番号を持っている旅行者が多いのだが、ラダックが位置するJ&K州の場合、他州で契約したプリペイドプランは利用できない(電波そのものが入らない)し、かといってJ&K州の地元のプリペイドSIM(これは反対にJ&K州の外では利用できない)を入手しようにも、購入の際にいろいろ条件があり、非居住者の外国人にとってはハードルが高い。そんなわけで、インドの他州ではいつも地元のプリペイドSIMで携帯電話の通話やインターネット等を利用している外国人旅行者たちは自前の通信手段を持たないことになる。(ポストペイドのプランは利用可能なので、外国人であっても居住者でこれを持っている人は利用しているキャリアの電波の届く範囲では通話可能)

    J&K州でこのような措置がなされている背景には、カシミール地方の政情に関する問題、また州そのものが隣国であるパーキスターン、中国との係争地と背中合わせであること、軍事的に重要な地域であること等々の要素がある。プリペイドSIMは、その有効期間中においては、購入時の所有者から第三者に転売・譲渡してしまうことも事実上可能であることから、実際の利用者が誰であるのか判らないSIMが地域に氾濫してしまうのは、治安対策上好ましくないことなのである。

    だが、この「プリペイドSIM問題」がなければ、レーの旅行代理店業を営む人たちはずいぶん助かることであろうし、それらを利用する立場の旅行者たちにとっても利するところは大きいはずでもあるのだが、こればかりは当分変わることはないだろう。

  • レー 24時間給電体制で変わるもの

    レー 24時間給電体制で変わるもの

    24時間の給電とともに「変わりゆくレー」を象徴しているかのようなメインマーケット界隈の再開発計画。現在工事進行中なり。

    昨年からレーやその周辺部の給電は基本的に24時間体制となっている。しばしば停電はあるものの、以前は午後7時から午後11時までしか電気が来なかったのと較べようもなく便利になった。

    私たちのように旅行で訪れる者にとっては、デジカメやパソコンの充電できる時間が1日のうちのわずか4時間に限られていたことから解放されるくらいのものでしかないかもしれないが、ここで働いている人たち、生活している人たちにとっては大きなインパクトがあることは容易に想像できるだろう。

    昼間に給電がなされることにより、仕事のIT化が可能となる。事務作業の効率アップや他の地域とネットで安定的に常時接続できることにより、これまでは出来なかった業務やサービスも可能となってくるため、収益の向上や雇用機会の拡大といった効果も期待できる・・・かどうかについては、ロケーションや季節性という点から難しいように思える。

    また、仕事場や家庭でその他の家電製品が普及する余地も生じてくる。夏季でも冷房が不要な地域なのでクーラーの需要はないにしても、冬季にヒーターを使う家庭も大幅に増えることだろう。またこれまでほとんど手作業であった洗濯についても、家庭等に洗濯機が急速に浸透しつつあるとのことだ。

    もっとも、生活用水・農業用水需要が逼迫している乾燥地であるため、地元の人たちはそう頻繁に衣類を洗濯したり、シャワーを毎日浴びたりもしないものだが、観光で訪れる人たちの洗濯やシャワー等による需要により、レー周辺での水が足りなくなり、地下水を汲み上げて農業用水として利用するところにまで来ていることは肝に銘じておかなくてはならないだろう。

    午後11時には電気の供給が停止してしまう日々においては、人々はそれまでの時間に家事や家族との団欒を済ませ、しばしば「定刻」よりも早く電気が止まってしまうこともあるので、多少の余裕を見て早めに寝る体制に入ってしまう必要があった。

    だが夜通し電気が来るようになると、そのような必要もなくなる。すると夜更かしする人が増えるという「効果」が出てくる。またテレビ番組も一日中見ることができるようになるため、観たい番組が始まる時間を待っていたり、なんとなくバラエティ番組を眺めながら時間を無為に過ごしてしまったりということがよくあったりするのはどこの国も同じことだろう。

    テレビを視聴可能な時間帯が増えてくると、そうした番組に露出される機会が増えるがゆえに、とりわけ子供たちや若者たちの物の考え方や価値観等にも影響を与えるものが少なからずあることと思われる。

    午後7時から午後11時までの給電という生活上の縛りがなくなることにより、従来はほぼ存在しなかったであろうナイトライフ(・・・といってもラダック中心地のレーでさえもごく小さな町にしかすぎないため、何か華やかなものが存在する余地はないのだが)が生まれてくる可能性もないとはいえない。

    それはともかく、「いつでも電気が来ている」状態となったことにより、若者たちやお父さんたちの帰宅がずいぶん遅くなることが多くなった、という変化は生じていることと思う。そうした需要を満たすための飲み屋その他の場所も増えていることが想像できる。

    電気の利便性の向上により、この地域で今後いろいろ変わっていくもの、その変化により副次的な影響を受けて変容していくものなど、いろいろあることと思う。5年、10年くらいのスパンで比較してみると大変興味深いものがあるかもしれない。

  • レーにて 4

    レーにて 4

    「おーい!また来たんだね!」

    レーのメインマーケット界隈を歩いていると、誰かが背後から声をかけてきた。

    振り向くと、そこでニコニコしているのは、昨年アリアン・バレー等に行くときに頼んだ運転手、ザンスカールからこの時期のレーに働きに来ているナワンさんであった。

    「やあ、元気そうだね。今年はいつごろまで仕事なんだい?」

    3年続けて訪問しているとはいえ、滞在期間は短いし、話をしたりする人は限られているものの、夏の時期にレーで商うために来ているカシミール人、レストランに出稼ぎに来ているネパール人、地元ラダック人の旅行代理店スタッフ等々、旅行者相手の仕事をしている人たちによく声をかけられる。何はともあれ、日々多くの人々を相手にしていながらも、こちらのことを覚えてくれているのは嬉しい。

    道路を掘り返して工事中

    レーのメインマーケット界隈は、再開発とやらでちょっと忙しい感じになっている。道路が通行止めとなり、路面を掘り起こしての工事が進行中。完成すると、ちょっと小洒落た一角になる予定らしい。

    このような感じになる予定らしい。

    「ポプラの木は切り倒されてしまったし、なんか風情がなくなってしまうようで、どうかな?と思うんだけれどもね。」という人もあれば、「キレイになるのが楽しみだよ。」という者もある。

    いずれしても、限られたエリアでの再開発であり、夏のシーズンにおける集客効果を狙ったものであるがゆえに、それで何かが大きく変わるわけではなさそうだ。

    メインマーケットの裏手の旧市街の小路が入り組んだムスリム地区は、どこか中央アジアを思わせる雰囲気があり、土釜で焼いた挽肉入りのサモーサーをかじりながらフラフラと散歩するのがとても心地よい。

    〈完〉

  • レーにて 3

    レーにて 3

    宿泊している宿のすぐ隣にあるPadma Guest Houseの屋上のレストランが私のお気に入りである。

    Padma Guest House屋上のレストランからの眺望

    レーの町にありながらも、周囲の眺めが開けているため、畑の向こうに広がる山あいのパノラマ風景を楽しむことができる。

    ここで出される食事はおいしいが、さりとてそれらが特別に・・・というわけではないし、メニューがとりわけ多いわけではないのだが、やはりこのロケーションの良さと、利用者がほぼこのPadma Guest Hose宿泊客だけという静かで落ち着いた雰囲気もいい。

    朝早くにこのレストランがあるテラスから眺める風景、夕方陽が落ちてから次第に暗くなっていく山並みの眺望、スカッと晴れた日の昼間、曇りでどこかからか雷鳴が聞こえてくる午後など、いずれの時間帯や天気でもそれぞれの味わいのある心地よいロケーションだ。

    シーズンオフの厳冬期も営業しているのかどうかは知らないが、ピリピリと冷たい空気の中で、白い雪を被るエリアがすっかり広くなった山々を望むのも大変いい感じなのではないかと想像してみたりする。

    〈続く〉

  • レーにて 2

    ここ3年ほど夏にはラダックを訪問しているが、レーでの常宿となっているのはSia-La Guest house。

    ラダック人ムスリム家族が経営する宿で、庭いっぱいに栽培されている野菜と周囲のポプラの木の葉の緑が目に心地よい。今年からは母屋とそれに面した芝生のところでWifiを利用できるようになっていて、ますます快適になった。オーナー夫婦は話好きな人で、彼らの人柄を慕っての常連客が多いようだ。観光客以外にもNGO等で活動している人たちの利用もかなりある。

    レーの町は際限なく広がっていっているように思えるが、宿の奥さんの話によると、レーの町が広がっているのはラダック地域内の他のエリアからの人口の流入、村からの人口の流入等があるのだそうだ。町の外縁部では土地を占拠しての違法建築も増えているとか。

    違法建築はともかく、レーとその他の地域では学校の教育の質、就業機会、給電や給水の状態はもとより、その他様々なあらゆる面での格差が大きいため、レーに集中してしまうのはわかる。北方のヌブラよりも先のトゥルトゥクあたりからもかなり来ているそうだ。

    それ以外にも、レーの町中ではインダス河をしばらく下った先で、ラダックの中では低地にあたる通称「アリアン・バレー」地域の人たちの姿もあり、ほおずきや花を頭にあしらった女性の姿をときどき目にする。モンゴロイド系の一般的なラダック人たちとは異なるアーリア系の風貌をした人々である。

    村の若い人たちが町に大勢来てしまい、村で畑仕事する人たちが減ってしまったりということもあるようだ。村で農作業している低地からやってきた出稼ぎインド人たちが大勢いるのもそういう理由があるのかもしれない。

    だが治安面での懸念等はないのだろうか。とりわけ若い男性ばかりということになる出稼ぎ人たちだが、そのような問題もはらんでいることが想像できなくない。

    田舎から町に出てくる人たちが多いのと同様に、レーの人たちの間でもやはり子供たちをデリーやチャンディーガルの学校に送ったり、仕事を求めてインドの他の地域に行ったりということは少なくないようだ。

    こうした事柄は、日本における農村から町へ、町から主要都市や東京へという人口の移動とも似た性格があるようにも思われる。

    〈続く〉

  • レーにて 1

    レーにて 1

    観光シーズンのこの町には沢山の宿があり、よりどりみどりである。ガイドブックで好意的に取り上げられているところ、ツアー客の利用が多いところなどでは数日先まで予約で一杯ということもあるとはいえ、そうしたコネを持たない宿は宿泊客がほとんどなかったりもして、「これで本当にやっていけるのか?」とこちらが少々心配になってしまうようなところもあったりする。

    食事する場所にしても、宿にしても、夏のシーズンにだけオープンしているところが多く、そうした時期にだけ平地のU.P.、ビハール、ジャールカンドといった州や隣国のネパールから来たスタッフを雇って営業していたりする。そうしたスタッフたちは、オフの時期には故郷に帰っていたり、ラダックがオフシーズンの時期にピークとなる他の地域で働いていたりする。

    こうした現象は、レーの町中だけではなく、幹線道路沿いに荒野の中にポツンと存在する小さな食堂であったり、カルドゥン・ラを越えた先のヌブラ渓谷にある小さなゲストハウスでも同様であったりする。また、この時期の農村も繁忙期であり、麦や野菜などの収穫をしている村々で、額に汗して働いている人たちの多くが「平地から来たインド人」であることは多いし、気温の高い時期即ち屋外で作業しやすい時期に集中して行われる道路その他の建設工事に従事する人々もまた同様である。

    ラダックの観光シーズンにおける季節労働は必ずしも外部の人たちによるものばかりというわけではなく、チャーターしたクルマの運転手はザンスカール地方を含めたラダック地域の人たちが多い。トレッキングガイドについては、夏季休暇中の地元やインドの他の地域の大学で学んでいるラダック人大学生たちが従事していることが多いようだ。

    近年盛んになっているラフティングについては、漕ぎ手やリーダー役を務めるのはネパール人が多い。インドのハリドワールに講習所があり、そこで技術を身に付けた者が多いとのことである。

    〈続く〉

  • 空路デリーからレーへ

    空路デリーからレーへ

    デリーからレーに向かう飛行機に乗る。

    昔々、インドで民間航空会社が出現する以前、インディアン・エアラインス(現在はエアインディアと統合)の専売であった時代から、この路線のフライトは早朝の時間帯に出発することになっている。

    気象の関係もあるのかな?と思っていたが、もとより降雨量が極端に少ない地域であり、モンスーン期にも雨雲の影響を受けにくいエリアでもあるため、むしろ「希少なフライトであるがゆえに変な時間帯でも需要は高い。思い切り早い時間帯に飛ばしておけば、機材を他の地域への便に有効活用できる」といった、経済的な要因が大きいのではなかろうか。

    2012年にキングフィッシャー・エアラインスの撤退(その後、同社は経営破綻)により、一時期はレーに乗り入れる空の便が減ったようだが、既存の航空会社のフライトが増えたことにより、現在ではそれをカバーしているどころか、かえって増加したようにも思う。

    それでもシーズンにおける需要そのものが年々高くなっているため、かなり早めに予約する必要があるのはもちろんのこと、LCCを利用したつもりであっても、レーに乗り入れるフライトのチケットは他の地域の同程度の距離のものに比較するとずいぶん高価なものとなっている。訪問客が激減するオフシーズンはどうかといえば、レーに乗り入れるフライト自体が著しく減ってしまうため、「直前でも安く」というわけにはいかないのが現実のようだ。また、12月から1月にかけては、出発地のデリーの濃霧により、各地へのフライトのキャンセルが多発するので注意が必要だ。

    デリーを出てしばらくしてヒマラヤの上空に差し掛かると雲が眼下にたまっているのが見える。南の海のほうから運ばれてくる湿気を含んだ空気が山に当たり、そこに雲が溜まる様子が手に取るようにわかる。

    ヒマラヤ山脈のところで雲が溜まっている様子が見える

    しばらくすると雲の切れ目はかなり高度がある地域となり、そこには山の上のほうから形成される氷河が見える。そこからしばらく進むと雲がほとんどなくなってきて、ラダック地方に入ったことがわかる。その手前までは雲があんなにたくさんあるのに、それを越えると乾燥した大地となる。自然というのは不思議なものだ。もちろん高度が作用しているとはいえ、高い山並みが雨をもたらす雲を遮っているのである。

    眼下に氷河

    北上していくと、雲の切れ目から氷河の姿を目にすることができる。今はそうした壮大な地形をGoogle Earthで簡単に見ることができるようになっているとはいえ、空の上からとはいえ実物を眺めることができるのは、まさにこの路線ならではのありがたみである。

    乾燥した大地に流れる川
    「勇壮な」というコトバがぴったりくるラダックの眺め
    大地にも様々な色合い
    水のあるところに緑があり、人々の営みもある。

    さて、いよいよラダック地方に入ってくると、カラカラに乾いた大地が出現する。まさに宇宙船で違う惑星にやってきたかのような気さえしてくる。機内アナウンスによると、右側にはツォモリリが見えるらしい。私が座っているのは左側なので、それを見ることはできなかった。早朝という時間帯の関係で、レーに向かう便に搭乗する際、機体の左側の窓際席を取るのがベターだ。順光でヒマラヤ山脈の景色を楽しむことができる。更には、翼で視界を遮られることがないように、最前部近くあるいは最後尾近くの座席を指定すると、写真撮影も楽しむことができて、なかなかいいものだ。

    ストックの村だろうか
    軍事施設の上を旋回してレーの空港にランディング

     

  • エアインディアがスターアライアンスに加盟

    これまでアライアンスへの加盟が遅れていたエアインディアだが、ようやくここにきてスターアライアンスの一員となった。

    この話は数年前にも浮上していたのだが、諸条件の折り合いがつかず、一度は頓挫している。その後、昨年12月から再び加盟に向けての動きを加速させて、ようやく7月11日付でスターアライアンスのメンバーとなるに至った。

    そんなわけで、この日以降にエアインディアに搭乗された方で、従来の提携先であったルフトハンザならびにシンガポール航空以外の航空会社のカードをチェックインカウンターで提示して、マイレージを貯める手続きをしている人たちがいるのに気付いた方は少なくないことだろう。

    スターアライアンス加盟の航空会社は、これで27社となる。マイレージ加算率ならびに私たち日本人にとって利用しやすいネットワークといった観点から、比較的貯めやすい航空会社はユナイテッド航空あるいはエアカナダということになりそうだ。

    日本とインドの間を往復にかかるマイレージは軽視できるものではないため、発行から3年を期限として、それまで貯めたマイレージがチャラになってしまうエアインディアのマイレージのカード(・・・というものが一時期存在していた)は論外であるとして、だからといってあまり利用する機会のない航空会社のマイレージに貯めるというのも非生産的である。

    もちろんマイレージの関係だけではなく、大きなアライアランスに加盟して、提携先が増えるということは、コードシェア便として利用できる乗継便等も拡大することを意味するわけであり、スターアライアンス加盟手続きに際しては、国営会社の融通の利かない体質であったり、旧態依然の労務慣習その他の関係であったり、エアインディアの担当者たちはいろいろと苦労されたのではないかと思うが、ともあれようやくこうしてアライアンスメンバーとなったことにより、エアインディアのステイタスが少々高まるのはもちろんのこと、私たち利用者にとっても大いに歓迎すべきことである。

    Air India Becomes Star Allicance Member (THE HINDU Business Line)

  • 日本への短期滞在の数次査証

    日本とインドの間では査証の相互免除協定がないため、両国の国民が相手国を訪問する際には事前に査証を取得することが必要となる。

    相互免除の取決めがない場合においても、例えばタイにおいては日本国籍を持つ人物が空路入国の場合は30日間以内、中国の場合は15日以内の場合は査証無しでの滞在を認めるという措置がなされていることも少なくない。

    そうした措置がなされているのは日本国籍に限ったことではないが、相手国からの訪問者が自国で超過滞在、不法就労、法秩序等に係る問題を生じさせる事例が少なく、事前に在外公館の査証発行に関わる事務手続き等の負担を軽減させることや観光促進等の目的などでこのようなことがなされることが多い。

    また、いかなる滞在期間、目的であっても査証の取得は必須ということになっていても、カンボジアのように、観光目的であれば入国時に滞在可能期間30日の査証が取得できるような国もある。入国前の事前審査という部分が形骸化しており、事実上の入国税的なものとなっていると捉えることもできるかと思う。

    インドにおいても、Tourist Visa on Arrivalという制度により、カンボジア、フィンランド、インドネシア、日本、ラオス、ルクセンブルク、ミャンマー、ニュージーランド、フィリピン、韓国、シンガポール、ベトナム国籍の人々が観光目的で訪印する場合について、バンガロール、チェンナイ、デリー、ハイデラーバード、コーチン、コールカーター、ムンバイー、トリバンドラムの空港から入国する場合においては、その場で30日以内の滞在が可能となる査証が発行されることになっており、私たち日本人にとっては、インドを旅行するにあたり査証取得についてのひとつの選択肢となっている。

    さて、日本においては査証相互免除協定を結んでいる相手国以外において、本来は観光目的というわけではないが、国によっては数次有効の短期滞在査証の制度の対象としている。

    数次有効の短期滞在ビザ(外務省)

    今年の7月からは、この制度がインド国籍の人々にも適用されることとなった。観光目的での取得も可能としていること、インド国籍の人が第三国でも申請可能としている点(申請人が居住している国以外では申請不可)において、他国籍の人々に対するものよりも多少弾力的に運用されるものであるように思われる。査証の有効期限は1年間または3年間、滞在期限は1回あたり15日以内である。

    インド国民に対する短期滞在数次ビザの発給開始について (在インド日本国大使館)

    インド国民に対する数次有効の短期滞在ビザ申請手続きの概要 (外務省外国人課)

    日印間での人々の往来が以前よりも活発になってきている昨今、日本でITその他の分野で働くインドの人々自身以外にも、その親、配偶者、子供といった関係にある人々による日本への短期訪問も相当増えているうえに、日本に居住する親族訪問以外ではなく観光目的でやってくるケースも決して珍しいものではなくなってきている。

    同様に、インドでも日本人に対して有効期限5年間くらいで、1回の滞在可能期間が30日以内・・・といった具合の数次査証を発行してくれるようになるといいのだが、などと虫の良いことを夢想してみたりしてしまう。

  • ユニクロがインドへ

    だいぶ前からユニクロがインド進出を検討している話はニュースになっていたが、このところ更に具体的な内容が伝えられてきており、もはや進出するのかどうか?ではなく、進出はいつになるのか?という段階まで来ている。

    6月のものになるが以下のような記事を目にした人は多いだろう。

    ユニクロの柳井氏がインド首相と会談、市場参入実現へ布石(THE WALL STREET JOURNAL)

    これまで隣国のバーングラーデーシュでの操業で培ったノウハウは、インドでも応用できるものも少なくないことであろうし、それ自体が将来インドに進出するための布石であったという部分もあるに違いない。同社が日本その他の国で展開している路線とは少々異なるものも柔軟に受け入れる必要があることを学んだはずだ。

    そう遠くない未来に、インド各地のモールや商業地の一等地に店舗を構えているのを目にするようになることを容易に想像できるし、おそらくインドならではのアイテムも製造・販売することになるのではないだろうか。

    また、インドは同社にとっての大きな市場であるとともに、加工基地としての狙いも大きいため、インドで独自の素材を利用したアイテムを製造して、それらを日本その他の国々で販売するということも想定しているはず。

    「どこに行ってもみんな同じ格好している」ことについて、また「ブラック企業という批判」等々、同社をめぐっていろいろな評判はあるものの、「全国どこに行っても悪くないものが手軽な価格でいつでも手に入り供給も豊富」であるということを欲している人々は非常に多いため、少なくともそうした多数の消費者の利益に適っていることは誰も否定できない。

    とりわけインドのように、若年層の人口が厚く、大都市部とそれ以外の地域で市場に供給される衣料品の質の格差が大きい国では、とりわけ同社の店舗が大都市圏の外にも拡大していけば、大変歓迎されることと思う。ユニクロが成功しない理由を見つけるほうが難しいのではないだろうか。

  • ターラープルの原発を取り上げた映画「ハイ・パワー」

    2011年3月11日に発生した東日本大震災とそれにともなう福島第一原発の深刻な事故が発生した後、しばらくの間は日本国内で盛り上がった反原発運動だが、このところずいぶん「鎮静化」してしまったのが気にかかる。

    まさに「喉元過ぎれば・・・」ということわざどおりなのかもしれないが、当の原発事故はいまだ終息したわけではなく、現在も進行中であること、この事故による被災者の方々はいまなお避難生活を送ることを余儀なくされていること、汚染が危険なレベルであるにもかかわらず、効果のよくわからない「除染」で誤魔化してしまおうとしている行政等々、さまざまなトラブル等がすべて未解決である現状を思うまでもなく、日本人である私たちが直視して考えていかなければならない問題だ。

    インドのマハーラーシュトラ州のターラープルといえば、原子力発電所があることで知られているが、この原発が地元に与え続けてきた負の面を告発した映画である。あらすじについてはこちらをご参照願いたい。

    すでに日本国内のいくつかの場所ですでに確定した上映スケジュールが告知されているが、興味深いのは映画の内容だけではない。上映と監督ともに「招聘」することができるという部分も特筆すべきところだ。

    原発については、その存在の是非だけではなく、これによって支えられる産業のありかた、成り立つ社会のありかた、ひいてはインド、日本その他の国による区別もない、地球上の私たちの暮らしのありかたを含めて、みんなが真面目に考えていかなくてはならない問題である。

    ※映画紹介のウェブサイトには「タラプール」とありますが、正しくは「ターラープル」であるため、本記事における記載は「ターラープル」としました。

  • エボラの脅威は対岸の火事ではない

    西アフリカでエボラ出血熱がこれまでにない規模で流行している。

    致死率が90%以上と非常に高いこと、発病後の症状が劇的に激しく、治療方法が確立していないことなどから、大変危険な病気であるということは誰もが認識していたものの、これまでは農村部の限られた人口の間で散発的に小規模な感染が伝えられるという具合であったため、この地域における風土病というような認識がなされていたのではないだろうか。

    だが今回、ギニアで発生したエボラ出血熱が隣国のシエラレオネとリベリアにも及び、ギニアでは首都のコナクリにまで広がるという事態を迎えており、空前の規模での流行となっている。以下のリンク先記事によれば、感染者は635名に及んでいるという。

    史上最悪、西アフリカでエボラ感染拡大(毎日新聞)

    今回、これほどまでに感染が拡大したこと、農村の限られた地域での流行と異なる部分などについてはいろいろ指摘されているが、首都での流行については、これが旅客機等により、地続きではない国々にまで飛び火する可能性を秘めていることをも示している。

    コナクリからフランス、ベルギーといった欧州の国々、ダカールやモロッコ等の周辺国へのフライトがあり、それらの到着地から接続便で北米やアジア方面にも接続することができる。

    そんなわけで、地球のどこの国に暮らしていても、とりわけ今回の流行については、対岸の火事と傍観しているわけにはいかないという危惧を抱かせるものがある。

    あまり想像したくないことだが、これが人口稠密で、インドをはじめとする南アジア地域に飛び火するようなことがあったら、あるいは同様に人口密度の高い日本で発生するようなことがあったら、一体どのような大惨事になることだろうか。だがこれは絵空事ではなく、前述のとおり、ごく短時間で世界のどこにでも移動できる現代では、充分にあり得る話である。

    流行地からは、このようなニュースもある。エボラ出血熱を発症したものの、完治して生還した事例だ。

    エボラ完治「奇跡」の妊婦、喜び語る シエラレオネ(時事ドットコム)

    流行の抑え込みとともに、ぜひとも期待したいのは病理学的な解明と治療法の確立である。今はただ、今回の大流行が一刻も早く収束を迎えることを祈るとともに、医療現場で命を賭して患者たちへの対応に当たっている医師たちに敬意と大きな感謝を捧げたい。