昨年度発行分から、「地球の歩き方 インド」に電子書籍版が追加されている。Kindle、楽天Kobo、Apple iBooks Storeその他いろいろなフォーマットで販売されており、他の国のガイドについても同様だ。
掲載されている情報量が少ないため、個人的には「地球の歩き方シリーズ」を利用することはないのだが、スマホやタブレットが常時携帯するアイテムとなっている昨今、ガイドブックの類が電子書籍化されていくのは、自然な流れだろう。
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どこの国でもそうだが、流行る宿には共通するものがある。
料金の割に部屋がきれいであったり、スタッフがフレンドリーであったり、マネージャーが強欲ではなかったり、部屋かロビーでWi-Fiが利用できたりということは当然だが、誰もが自由に出入り出来て、勝手なおしゃべりを繰り広げることが出来るスペースがあるものだ。
掲載した画像は早朝に撮影したので無人だが、シュリーナガルでの宿泊先はそんな場所。宿泊客がいつも出入りしていて、そんなおしゃべりの中で知り合った人たちとクルマをシェアしたり、どこか食事に出かけたりする。
この宿のお喋りなマネージャーは、いつもロビーで宿泊客の話し相手をしているのだが、誰かがクルマの手配を依頼しても、「すぐそこにタクシースタンドがありますから、直接出向いて交渉したほうが安くつきますよ。」と、素っ気ないほど商売っ気がないのも良い。
周囲には同じくらいの料金帯の宿が山ほどあれども、ここはいつも満室なのは、こういうところに違いがあったりする。

以前、シュリーナガルを訪れたのは1988年。この前年3月に実施された州議会選挙における不正疑惑を発端として、従前から根強かった反インド感情を背景に、抗議活動から武装組織へと発展していったのが80年代末から90年代のこと。
現地の反政府組織を通じて、隣国パーキスターンによる干渉もあり、泥沼化の一途をたどることとなった。血を血で洗う抗争、爆弾テロ、誘拐・殺害事件等々の暴力に対応すべく、これを力で抑え込もうとした治安当局による市民への拷問を含む人権侵害は、この地でインドに対するさらなる不信感を高めるという皮肉な結果となり、負の連鎖が続いていた。
風光明媚なカシミール最大の産業であった観光業は、当然の結果として惨憺たる状態となる。この地をロケで利用することの多かったインドの映画産業も、治安の悪化を受けて、山あいのシーンの撮影地をヒマーチャル・プラデーシュ等に移している。
カシミールの手工芸品という国内外で引き合いの多い優れた品物さえあれば、どこでも仕事ができる商売人たちが、インド各地にこの取り引きのために拡散していくこととなった。隣国ネパールのカトマンズなどで、こうした商品を手掛ける商売人たちは、この時期に進出したというケースが多いようだ。
私が前回ここを訪れたときは、暴力の嵐が吹き荒れるようになる少し前であったため、特に危険があったわけではないのだが、人々と話をすればするほど、「これから何か起きるかもしれない」と感じさせる不穏な空気はあった。
ようやく2000年代に入ってしばらくしたあたりで平和のきざしが見られるようになり、2007年あたりから内外の観光客が足を向けるようになってきている。
ただし、かつてのような身の危険はないとはいえ、ひとたび何か政治的な問題が発生すると、一気に燃え上がり、政府側はこれに対して迅速に手を打つので、何も知らずに訪れた観光客は、「知らないうちに何か起きていて、あっという間に外出禁止令が敷かれていた」という状況になってしまうことがしばしばあるようだ。
AFSP (The Armed Forces Special Power Act)という特別法が敷かれている地域であるため、そうした摩擦は少なくない。このAFSPは、治安維持と共和国としての統一を図るための苦肉の策とも言えるものだが、「世界最大の身民主主義国家」を自負するインドにおける「マイノリティの民族主義運動とせめぎ合う民主主義の限界点」が如実に現れているものでもある。このような特別法が北東インドでも敷かれている。
しかしながら、久しぶりに訪れるシュリーナガルの湖の景色は、やはり素晴らしいものであり、しつこい商売人たちを除けば、人々は温厚かつ友好的である。この地に真の平和が訪れることを願わずにはいられない。

ムガル最後の皇帝ザファルの墓はミャンマーのヤンゴンにある。
バハードゥル・シャー・ザファルのダルガー (indo.to)
ザファルは、ウルドゥー詩人としても高名だが、一部ではスーフィーの聖人としても崇められている。彼が埋葬されている場所は、その聖人としてのザファルを祀るダルガー(聖者廟)となっており、金曜日にはヤンゴン在住のインド系ムスリムたちが多数出入りする。シュエダゴォン・パゴダから南へ1.5kmほど進んだところにある。ここにそのロケーションを示すリンクを示しておこう。
1857年に発生したインド大反乱の名目上の旗印として担ぎ出された当時のムガル皇帝であったザファル。同年9月にイギリスは王宮であったラールキラーを陥落させる。数日後にデリーがイギリスに制圧後すぐに捕らえられ、王妃ズィーナト・メヘルと嫡子のミルザー・ジャワーン・バクト、そして側室の子であるミルザー・シャー・アッバースとともにデリーからビルマのラングーン(現在のミャンマーのヤンゴン)に島流しとなる。ザファルは1862年に同地で亡くなり、秘密裡に埋葬された。
イギリス当局は流刑先にあっても元皇帝の死後における影響力を危惧し、その後30年間ほどこの場所を立ち入り禁止した。そして亡骸が埋葬されている地点を正確に示すことはなかった。そのため「このあたりに埋められたらしい」といった程度の情報しか人々は知ることができなかったようだ。時の流れとともに、事実を知るわずかな人々もこの世を去っていく。
やがて1935年にようやくバハードゥル・シャー・ザファルの子孫にあたる人物が運営していたムスリム団体による管理が認められ、この地所が政府から引き渡される。その後長らくムガル最後の皇帝の正確な埋葬地点は不明だったが、ようやく1991年にレンガ積みからなるオリジナルの墓石が地下から発見されることとなった。その年にインドの援助により礼拝所が建設されることとなり、現在の姿となっている。
さて、異国で失意のうちに生涯を閉じることになったムガル最後の皇帝ザファルだが、大反乱が起きる前、すでに墓所がデリーに用意されていた。以下の画像がそれである。
上の画像左上から右下へ
アクバル・シャーII
(在位1806 年~1837年)
第16代ムガル皇帝 (バハードゥル・シャー・ザファルの父)
シャー・アーラムII
(在位1760年~1806年)
第15代ムガル皇帝(バハードゥル・シャー・ザファルの祖父)
バハードゥル・シャー・ザファル(バハードゥル・シャーII)
(在位1837年~1857年)
第17代ムガル皇帝
※墓石がなく、雑草が生い茂っている部分
ミルザー・ファクルー
バハードゥル・シャー・ザファルの跡取りになることが決まっていた王子。大反乱が起きる前年の1856年にコレラで死亡
この墓所の外観は以下のような具合だ。
これは、南デリーのメヘローリーにあるザファル・メヘルという離宮内にある。父であり、先代の皇帝であったアクバル・シャーIIの時代に建築が開始され、ザファルが完成させた。ザファルは、この場所がお気に入りであったようで、しばしば狩猟や余暇を楽しむためにここを訪れていたという。
現在では南デリーの市街地となっているが、1960年代くらいまで、このエリアには何もなく、原生林に囲まれていたらしい。だが、ザファルがデリーに生きていた時代から、この離宮に隣接するダルガー(クトゥブッディーン・バクティヤール・カーキーの聖者廟)は、デリーに存在する最古のダルガーのひとつとされるため、このあたりには何がしかの集落があったのだろう。ザファル・メヘルから、そのダルガーの飾り立てられたドーム部分が覗いている。(下の画像右側)
ちなみにイギリスによるデリー制圧後、ザファル一行が捕らえられたとされるのは、このメヘローリー界隈。当然、その現場はザファル・メヘルかその付近であったと考えるのが自然だ。
全盛期には数々の素晴らしい建築を残し、皇帝や妃の死後のために壮大かつ流麗な廟を建てたムガル帝国も、末期では皇帝の亡骸も離宮の中で簡素に葬られるのみであったことに、帝国の栄枯盛衰を想わずにはいられない。タージ・メヘルやフマユーン廟に負けず劣らずの歴史的価値がこの簡素な墓所にあるとも言える。

デリーで、食堂の軒先で朝食をとっていると、野太いエンジン音を響かせて、ごっついロイヤルエンフィールドバイクに乗った上半身入れ墨でいっぱいのいかつい男がやってきた。
「ああ、これは3月に手に入れたがエンフィールド。インドでツーリングするのは3回目だよ。これからカシミールを経てラダックに行く。」
イングランド人のマークは、雨季の最中の8月頃にモレー/タムー国境からミャンマーに入るのだとか。すでに外国人も通れるようだが、雨季の北東インドはキツイねぇ。
「行けるところまで行ってみる。タイ、ベトナム、カンボジアもこのバイクで旅したいね。中国も走ってみたい。こいつでチベットを走れたら最高だろ?!」
そりゃあそうさ、チベットはもちろん素晴らしいだろうし、インドを旅していても、鉄道やバスで旅行する僕らには体験し得ない様々なものが待ち受けている。
僕らが乗り物の席に腰かけて居眠りしたり、おしゃべりしている間に、君は自分自身で広大な地平線を走破していくのだから。しかもバイクは「インド製のクラシックなブリティッシュ・バイク」のロイヤル・エンフィールド。新車で購入してもトラブル続きになるかもしれないが、最高じゃないか。
頑張れバイク野郎!よい旅を!!!

デリー在住の方に極上のカシミール料理屋さんに連れて行っていただいた。
注文してから、どんなものが出てくるのかとワクワクしていたが、どれも上品な味わい、そして繊細な美味しさ。アフガニスタンの料理を思わせるものがあるが、これもやはりペルシャ料理の影響を強く受けているようだ。ヨーグルトやチーズの類をふんだんに使い、辛さの少ないマイルドな味わい。
出てきた料理のひとつにこういうものがあった。大きな豆腐ステーキ風のパニールがトマト風味のグレービーに入っているもの。
この店で主食はご飯ものしか作っていないが、ナーンやチャパーティーの類も近隣の店から調達してくれる。膨大なムスリム人口を抱えるエリアなので、極上のルマーリー・ローティー(コシのある薄くて大きな「ハンカチ・ローティー」も取り寄せてもらえる。
店のスタッフは全員カシミールの人たちで、お客さんたちもほとんどがカシミーリーであった。インドの食の世界は奥深いが、南アジアきってのメトロポリタンの代表格のひとつ、デリーの外食の楽しみの幅もこれまた大変に広い。
KASHMIRI WAZWANという小さな店で、オールドデリーのジャマー・マスジッドのゲートNo.1近くにある。目印としては、あまりに有名なKarim’sに入る路地の斜向かいにある。1階部分(インド式に言えば、グラウンドフロアー)は主に長距離バスチケットを売る旅行代理店と携帯電話&SIMカード販売店となっており、上階でこのレストランが営業している。

食の大国インド、料理以外にもミターイーのミルキーで豊かな味わいの素晴らしさにはいつもながら敬服する。日本においてはバリエーションには乏しいものの、カレー屋さんの類はいろいろあるのに較べて、ミターイーについては、インド系の雑貨屋さんでわずかに置かれている程度で、出来もあまり良くなかったりするのが残念。
大手のチェーン店では、各種の美麗な菓子類が冷やして陳列されているが、ビカネールワーラーその他のこうした企業が日本に進出して店舗を開いた日には、大変なブームになるのではないか?と個人的に想像している。こうした店で提供されるミターイーは、都会の中産階級の人々を中心とする健康志向もあってか、ほどほどの甘さであったり、中にはノンシュガーのアイテムもあったりする。画像にある3点のうち、上部にあるのは「ノンシュガーのラース・マライ」である。
だが、個人営業の店でも独自で優れた逸品を提供する店もある。下の画像のイチゴの形をした「カージュー・セーブ」はオールドデリーで売られていた。その名のとおり、カシューナッツとリンゴがベースになっており、とてもフルーティーな味わいであった。店主の甘味類への飽くなき研究心とそれを支える顧客たちのスイーツへの愛着が、こうした珍品を世に送り出すこととなるのだ。

インドで、デリーをはじめとする大都市圏を中心に、環境への配慮により電気式のオートリクシャーが導入されて久しい。最初はピカピカで物珍しく見えた車両もすっかり煤けてきて、街の風景に馴染んでいる。
一度フル充電すると80km走行が可能とのことなので、通常のオートリクシャーよりも走行可能距離の面で不利なので、主に街中で短距離間の往来に用いられる。まさにそうしたエリアこそが排ガス等による汚染がひどい地域なので、電気式オートリクシャーが活躍するのにふさわしいと言える。今後、バッテリー容量の改善が進んでいくであろうことを期待したい。
加速や最高速度はCNGやガソリンエンジンのオートに対して見劣りはするものの、エンジンによる振動や騒音なしで、スス~ッと滑るように進んでいくので乗車していても心地よい。
デリー等の路上とは関係ないが、alibaba.comにて、いろいろな電気式のオート三輪が販売されており、こうした中から1台購入して、街乗りに使ってみたいものだと思ったりもする。
通常、インド国鉄の機関車にはトイレがない。長距離を走る列車の場合、途中で運転士の交代はあっても、腹具合が悪くなることもあるだろう。鉄道の運転士はかなりの激務で、40歳を越えたあたりで、続かなくなるケースも少なくないと聞く。
もう何年も前から、「もうじき機関車にトイレを導入」「機関車内にトイレを設置することとなった」という記事はしばしば目にしていたものの、ここにきてようやく実現することとなった。
さて、このたび貨物列車用の機関車に空調とともに備えられたトイレだが、安全上の理由から、機関車が停止してブレーキがかかっている状態でのみ、トイレのドアを開けることができるようになっているのだという。
鉄道予約や上級クラスの客車内の設備等に比較して、運行に直接関わるハード面での整備はまだまだ遅れているので、このような面からも少しずつ改善がなされていくことは、イン鉄ファンとしては喜ばしい。まずは乗客全員の命を預かる運転士に、万全の体勢で職務に臨んでもらうのは当然のことである。

成田・デリー間のフライトにて。
これまで知らなかったのだが、全日空の機内でWifiが利用できるようになっている。料金は利用する時間により、以下のような具合。
30分プラン $4.95 *15MB上限
1時間プラン $8.95 *30MB上限
フルフライトプラン $19.95 *100MB上限
※料金は米ドル建て
15分間までは無料なので、メールのチェックくらいは充分できる。実はこの部分での利用者が最も多いのではないかと思う。なかなか良いサービスだ。
ジャールカンド州の州都ラーンチーから東に位置するダンバード地区の西ベンガル州境附近のジャリヤー(झरिया)は英領期から長きに渡って炭鉱で栄えてきた土地。最寄りの鉄道駅はダンバード・ジャンクション。ここはシャターブディー・エクスプレスその他のメジャーな列車が停車する大きな駅だ。
現在、インドでは製鉄業を中心に、燃料の2/3は石炭が使用されるという。インド自身、世界第三位の石炭産出量を誇るが、実にその3/4はここから採掘されている。ここではCoal India Ltd.やBharat Coking Coal Ltd.といった、この分野ではインドを代表する大きな政府系企業が操業している。
400平方キロメートルの面積に75もの炭鉱があるというほど集中しているが、そのエリアには100万人超の人口を抱えていることも特筆される。この地域では、石炭の埋蔵量が豊富であることだけではなく、地表近くに鉱脈があることでも知られており、それがゆえに採掘が容易である。ゆえに違法採掘が絶えないだけではなく、住民たちの中で炭鉱労働に従事してはない人たちも簡単に石炭を採取しては売りさばくといった形で、家計の足しにしていたりする例も数多いという。
この地域に住む人たちは部族民が中心だ。しかしながらこれを取引するのは地域外の人たちである。地下資源に恵まれながらも、外界から搾取される存在であるという矛盾がある。
こうした土地なので、政治で暗躍する人たちや炭鉱マフィアたちのパワーゲームが常時展開する暴力的な風土もあるらしい。
地表近くに鉱脈があることによる利点と同時にデメリットも大きい。河川や土地の汚染はもちろんのことだが、住宅のすぐ脇から火が噴いていたり、100年以上も続いている燃焼により、地下が空洞となることから地盤が陥没したり、その上にあった建物が崩壊したりなどしているとのことだ。これによって廃線となった鉄道路線もあるとのこと。参考記事のリンクを以下に付しておく。
India’s Jharia coal field has been burning for 100 years (CNBC)
健康被害もまた甚大なようで、石炭で潤うことにより、田舎の部族中心の社会としては例外的に栄養問題がほとんどないとされるようだが、採掘と地下の燃焼による大気汚染による呼吸器疾患を抱える人々の割合が異常に高いとされる。
観光で訪れるような場所ではないが、街から少し出ると石炭採掘現場があり、蔓延する違法採掘現場はマフィアが取り仕切っているため、カメラやビデオなどを回すとかなり高い割合でトラブルに巻き込まれるという話もある。
ジャリヤーを取り上げたドキュメンタリー番組はいくつもあるが、下記リンク先が特に秀逸なので閲覧をお勧めしたい。
屋外イベントを快適に楽しむことができる季節に入っているが、今年もGW連休明けに東京都渋谷区の代々木公園で、タイフェスティバルが開催される。
第17回タイ・フェスティバル2016 (公式タイフェスティバルホームページ)
この場所では幾多のイベントが年中開催されているが、その中で圧倒的に人気が高いもののひとつが、このタイフェスティバルだ。使用されるスペースの広さ、露店を含むブースの数とバラエティ、人出の多さ、招聘されるアーティストの豪華さ等々、どれをとってもトップクラスである。
ただし、あまりの混雑のため、最近はここでゆっくりと過ごす気にはなれないのは少々残念。かつては、会場の隅のほうで、レジャーシートを広げて、家族や友人とのんびり過ごすのも良かったのだが、これとて近年はその数が目に余るようになり、会場を出入りする人々の動きを阻害するようにさえなってしまっている。
概ね天気に恵まれる時期ではあるものの、空模様ばかりはどうなるか、その時になってみないとわからない。会期には好天に恵まれるよう期待したい。