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カテゴリー: society

  • amazon.inでキンドル書籍のお買い物

    コロナ禍でインドに行くことができなかった時期、大きな助けとなったのは電子書籍のプラットフオームmagzterとインドのアマゾンamazon.inだ。

    前者はアメリカで起業したインド人によるもので、インドの多くの電子書籍を購入・閲覧することが可能だ。「読み放題」プランに入っているため、主にインドの新聞や雑誌を閲覧している。各種ニュース雑誌はもちろんのこと、同じ新聞でもデリー版、ラクナウ版、パトナー版、コールカーター版等々、各地のバージョンを読むことができるので便利だ。

    またamazon.inではキンドル書籍を購入している。インド滞在中にアカウントを作成しておかなくてはならない(日本その他からもアカウントは作成できるものの、何か購入することはできない)こと、支払いに使用できるクレジットカードはamazon.co.jpやamazon.com等で使用していないものでないとはじかれること、キンドル端末やキンドルアプリをインストールするスマホやタブレットも、他のアマゾンで使用している端末に紐づけられていない別のメルアドと紐づけた端末でないと利用できないなど、多少の面倒はあるものの、インドで出ている様々な書籍を日本にいながらにして購入できるのは大変助かった。

    もちろんそれ以前からキンドル版で出ているものは、極力キンドル版で購入するようにもしていた。書籍は持ち帰るのに重量もかさもあり大変であること、自宅に書籍のスペースを圧迫することがないことなどが理由だ。もしアマゾンが倒産してしまって、これまで購入してきたキンドル書籍を読むことができなくなってしまうようなことがあると大変なのだが、まあそういうことはまずないだろう。

    そんなわけで、インドに来てからも「本を買う」際には、紙媒体しかない専門書籍の場合を除き、店頭でいくつか気になる本の表紙を撮影し、宿に戻ってからノートパソコンないしはスマホからamazon.inにアクセスして購入している。

    日本のアマゾンと同じく、対象となる書籍がそれほど多くないため、お得かどうか微妙なインドのKindle unlimitedは月々169Rs。現行レートで287円。多読家の方ならばこれを契約するのも良いかもしれない。

    キンドル端末はサイズが手頃で良いのだが、図版も豊富でカラー写真満載といった本、辞書やガイドブックといった常に参照するため前後に行き来する書籍の場合は、白黒で小さな画面のKindle端末で利用するのはきつい。そのためタブレットを1台amazon.in専用にしている。悩ましいことに、同一のメールアドレスに紐付いている端末で日本のアマゾンとインドのアマゾンの電子書籍を共存できないためだ。

  • 電話の「もしもし」、そして挨拶も「ハロー」でなく「ヴァンデー・マータラム」に

    電話の「もしもし」、そして挨拶も「ハロー」でなく「ヴァンデー・マータラム」に

    マハーラーシュトラ州政府は、同政府や関連団体で働く職員たちに「電話に出るときはハローではなく、ヴァンデー・マータラムと言う」、そして人と会うときも「Helloではなく、やはりヴァンデー・マータラムと言う」というお達しを出したのだとか。

    ヴァンデー・マータラムというのは、「母なるインドに帰依します」とか、「母なるインド万歳」というような意味だが、やはり宗教性のあるフレーズなので、ムスリムやクリスマスチャンには相当抵抗感があるはず。

    ヴァンデー・マータラムは、インドのNational Songでもある。インド国歌は「ジャナガナマナ」ではないか、と言う人もいるかと思うが、たしかにNational Anthemは間違いなく「ジャナガナマナ」なのだが、このNational Songは言ってみれば「国民歌」。19世紀後半にベンガルの高名な詩人が創った詩にタゴールが旋律をつけて、ヴァンデー・マータラムという曲が出来上がった。

     

    それほど愛着のある歌とはいえ、「もしもし」や「こんにちは」がヴァンデー・マータラムというのは異常だ。シヴセーナー + BJPの連立デュアル右翼政権のマハーラーシュトラ州。

    Not hello, say Vande Mataram on calls: Maharashtra govt directive to officials (THE INDIAN EXPRESS)

  • コロナで出版不況のダリヤガンジ

    コロナで出版不況のダリヤガンジ

    オールドデリーのダリヤガンジにある出版社「マノーハル」のショールームを訪問して何冊か購入。

    経営者氏は父親から会社を継いでかなり経つのだが、コロナの間はとても大変だったようだ。アカデミックな書籍を扱う出版社の場合は、パンデミックの影響はあまりないのか思ったら、決してそんなことはないらしい。

    向かいにあったオックスフォード大学出版会はちょうど1年くらい前にインドから撤退したとか、付近にあったショールームがあったケンブリッジ出版会も近々引き払うことになりそうとか、地場資本でもダリヤガンジ地域で彼のこの出版社と同じくらい有名な出版社も歴史の幕を閉じたという暗い話を聞いた。

    ここでは在外インド人や外国の研究者による本も多く出しているが、そうした人たちがコロナ禍でなかなか来ることができなかったため、新規に出す本も減っているそうだ。

    本日購入した中の一冊「Darjeeling」は、先週リリースされたばかり。西ベンガル州のダージリン地区に暮らす様々なコミュニティー(民族)について、いろいろな研究者たちが著したもので、なかなか面白そうだ。さすがにこういう書籍はamazon.inのキンドル書籍では手に入らないため、こうして紙媒体の本として購入している。

  • 映画は時代を写す鏡

    映画は時代を写す鏡

    挿入歌の歌詞はまさにそれを象徴している。この曲は耳にするのも小恥ずかしいような感じで好きではなかったが、今になって振り返ると公開された1988年はまさにそういう時代。

    息子は親の言うとおりに勉強して、幸いドロップアウトしなかったら親の進める道をいくか、家業を継ぐのが当たりまえ。そして結婚相手は親が決めて自然と決まっていくものでもあったけど、それに対するささやかな反抗の歌。ジューヒー・チャーウラーとアーミル・カーンがともに初主演で大ヒットした作品「Qayamat Se Qayamat Tak」の挿入歌のひとつである。

    Papa Kehte Hain Bada Naam Karega (Youtube)

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    パパは言う。僕がどんな立派なことをするかと

    息子がどんな仕事をするのかを

    だけどそんなことは誰にもわからない

    この僕がどこに向かうのかなんて。

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    その後、1990年代に入ると衛星放送が解禁されて海外の映画やドラマなどが雪崩を打ってインドに入ってくるようになり、民間のテレビチャンネルも雨後の筍のように一気に広がったインドで、1980年代のスタイルの映画が生き延びる術はなかった。

    経済開放へと舵を切ったインドで、外資が各産業にどんどん食い込んでいったのは、映画界も例外ではなく、「お金になる」ヒンディー語映画界にはハリウッドからの資金がじゃぶじゃぶ投入されるようになった。それまでマフィアが資金調達の相当部分を仕切っていた映画界がある意味健全化していく側面もあった。

    金を出して口も出すのがハリウッドなので、インド国外での上映も視野に入れて、上映時間が長大なものはこの影響により減っていった。今も「インド映画はとにかく長い」と思いこんでいる人はなぜか少なくないように聞くが、現在のヒンディー語娯楽映画の尺の長さは一般的な洋画や邦画と同じになっている。

    そんなことからも、往時のヒンディー語映画と今のそれとでは、作風も傾向もまったく別物となっている。インドは広いので、あまりそうはなっていない地方語映画もあるかもしれないし、ヒンディー語映画でもボージプリー映画、チャッティースガリー映画といった方言映画には、古い古い時代の個性が強く残る作品も少なくないようではあるものの。

    そんな具合からも映画というのは、まさに時代や世相を写す鏡であると言える。

  • オートワーリーに出会った

    オートワーリーに出会った

    マジヌーカーティッラーの入口
    チベット寺院
    細い路地
    とにかく細い路地が多い

    入ってみた喫茶店

    マジヌーカーティッラーを訪問。チベット難民の定住地として提供されている場所のひとつで、とても細い路地が入り組んでいる。本来は違法建築なのだろう。しかしゴミも少なくきちんと清掃されている。近年は小洒落た店も増えている。散策後にしばしカフェでブラウニーとティーを楽しんだ帰りのことだった。

    デリーの路上はオートワーラーで溢れているが、「オートワーリー(女性のオート運転手)」は珍しい。

    デリーメトロのヴィダーンサバー(デリーの地方政府議会)駅からマジヌーカーティッラーに向かう際、なぜかおばさんが乗り合いオートの客引きをしているな、珍しいな、と思っていたが、マジヌーカーティッラーを訪れてからの帰りに乗り合いオートに乗ると、後ろから来る同じような車両をさきほどの女性が運転している。笑顔を送ると微笑みで返してくれた。

    駅に着いてから後続のオートで到着した彼女にインタビュー。

    この女性、ギーターさんは、オートのキャリアは長いわけではなく、1年ほどだという。日々10時間ほど走らせて諸経費差し引き700Rsほどの実入りがあるのだとか。

    「知る限りではオートワーリーは私だけ。けっこう勇気が要るのよ、男世界で稼ぐのは」

    女性がこの世界で頑張るのはそう簡単なことではなく、いろいろあるらしい。危険もあり得るので、ヴィダーンサバーからマジヌーカーティッラーの往復する乗り合いオートの運転手専門で稼いでいるとのこと。最後にオートのハンドルを握ってポーズを取ってもらった。

    インドに限ったことではないが、彼女のように社会の公式どおりではない生き方をする人もあり、そうした人から話を聞くのは大変興味深いものがある。

    オートを運転しているので、男勝りの豪快な女性かと思ったのだが、話してみるとごく当たり前のそのへんにいるお母さん、おしとやかな女性という感じで、人当たりの柔らかい優しい感じの人であるのがかなり意外でもあった。

  • 映画館の名は不滅

    映画館の名は不滅

    首都の映画館がほぼマルチプレックス化してからかなり経つので、閉館されてから15年、20年くらいかと思いきや、界隈の知っていそうな人たち複数に尋ねると、「8年」「10年」「8〜10年かな」という答えが返ってくるので、まあそんなものなのかもしれない。最後の上映日の最後の上映回以降、時計が止まり、埃が積もり積もってしまった映画館。

    映画館の規模といい、クラシックな佇まいとデリーの象徴でもある赤砂岩の色合いを施した建物の色合いといい、個人的にはこうした昔ながらの映画館も好きだ。場末の単館なので、大ヒット作が上映されることはまずなかったのではないかと思う。私もここで他の旅行者たちと観た記憶がある。

    映画館は廃止となったが、今もランドマークとしては生きている。オートでここまで来るときに「パハールガンジのインペリアル・シネマまで」と告げて、若い運転手でもわからない人はいない。

    取り壊されない限り、建物はそこにあるわけだが、取り壊されて別の建物に置き換わっていても、ランドマークとしての「○○シネマ」が堂々と通用したりする。

    映画館は閉館しても、その名は不滅だ。

  • Velbonの一脚 M52

    Velbonの一脚 M52

    Velbonの手軽な小型一脚はおすすめ。カメラを持たない場合もなかなか重宝する。夕方以降の街歩きに便利。野犬を追い払うのに良いし、棒状のものを持っていると、あまり寄ってこないものだ。ちょっとした抑止力になる。

    私にとっては、撮影用ではなく野犬対策用なので、あまり大きくて重いと邪魔だが、M52(という型番)ならば携帯性と実用性のバランス(軽いけど殴ることができて、突くこともできる)が良い。

    持っていると、使ってみたくなるもので、気持ちよく寝ている野犬の頭上に勢いよく撃ち下ろしたくなる衝動にかられる。(笑)

    ラーティーを手にしたインドの警官の心情がわかるような気がする。

    武器の所持はいけない。銃の所持が容易なアメリカで銃犯罪があとをたたないのは、まさにそれが根本的な原因だろう。道具には使用目的がある。手にすると、使いたくなるのは当たり前のことなのだ。

    そして核兵器など絶対持ってはいけないのも同様だ。ウクライナに自国軍を侵攻させた国の大統領が核のボタンを押したくてうずうずしているのは、まさにその証拠だろう。道具というものは、あれば使いたくなるというのが道理だ。危ない、危ない。

  • インドのSUBWAY

    インド独自の具材のこともあるが、やはり特徴的なのはヴェジタリアン専用カウンター、ノンヴエジ専用カウンターに分かれていること。スタッフもそのようにヴェジ専門とノンヴエジ専門となっているようだ。社会規範としてそうなっているだけに、きちんと対応している。

  • 手書きの看板

    手書きの看板

    味のある手書きはインド人のオハコ。それぞれに異なる魅力があり、自分も何か1枚欲しくなってくる。こうした職人たちが今でも大勢いること、彼らの仕事の需要がたくさんあるがゆえのこと。こうしたものもひとつの豊かさだと思う。

  • エジプトの医学生

    オールドデリーのレストラン「アル・ジャワーハル」で一緒になった医学生としばらく話をした。エジプトの医科大生で、インドにひと月の研修で来ているとのこと。アフリカやロシアなど各国から同じような立場で来ている学生が多くて楽しいそうだ。たしかにインドの上のクラスの大学は国際的な学びの中心という性格も強いので、こういう短期プログラムもあるのだろう。

    デリーについては「カイロの下町みたいで親近感がわく」とか「誰も僕のことを外国人と思わないので気楽」とも。たしかにアラビア人はインド人の大海に入るとまずわからない。しゃべるとコテコテのアラビア訛りの英語なので、すぐに外国人とわかるのだが。

    コロナの時代とはいえ、こんな具合に外国のキャンパスで過ごしたり、休日に街巡りなどする経験自体も、若い彼にとって貴重な財産となることだろう。インドの食事もエジプト人の彼にはとてもよく合うとのこと。そんなわけで、こうしたイスラーム系料理の有名店にはよく足を運ぶそうだ。

  • 華麗なる電線アート

    華麗なる電線アート

    ここまで大きくかつ複雑に取り回すことができるのは、相当な猛者とみた。日々発展を続けており、2030年までに日本とドイツを抜いて世界第3位の経済大国になると予想されているインドだが、こういう風景がなくなる日は来るのだろうか。いや経済が伸びているだけに、電力需要も増していくがゆえに、電線アートはさらに巨大化、複雑化していくのかもしれない。

  • 金曜礼拝

    金曜礼拝

    金曜礼拝終えて出てくる人々。基本的にキリスト教の日曜礼拝と同じ。「啓典の民」なので、理論的には「同じ神」を信仰するユダヤ、キリスト、イスラームの3宗教。装いや雰囲気が異なるのは、それぞれが伝播して発展した地域が異なるので当然のこと。

    教義や伝統の継承というのは、ある意味「伝言ゲーム」のような性格もあり、その中で新たな解釈が加わったり、これまでにはなかった派が生じたりして、歴史を紡いでいく。

    宗教に限らず人々の食事や身にまとう衣類についても同様で、民族性、地域性、自然環境等々の要因が加わり、時代とともに変遷していくわけなので、長い年月が下ると同じ祖を持つ同士が、大きく異なる、隔たったものになったりしていくのは、私たちが日々使用している言語も同様だ。