インディア・トゥデイの5月28日号でちょっと興味深い記事があった。ヒマーチャル・プラデーシュのキンナウル地区での一妻多夫制度のことである。この地域に暮らすヒンドゥーのあるコミュニティの人々は、兄弟で一人の嫁を娶ることが伝統だったらしい。昔から嫁には相続する権利もなく、兄弟である複数の夫が配偶者を共有するということで、女性が複数の男性をかしずかせて支配するという構図ではない。
もちろん今の時代、法的にはこういう結婚の形態は認められていないのだが、なにぶん保守的な土地で片田舎ということもあり、今でもこうした形で兄弟が一人の女性を娶るという習慣が続いている。記事中で取り上げていた実例は一人の妻に二人の夫というパターンだが、中には4人も5人もの夫を持つ妻もあるのだという。いずれも複数の夫は兄弟同士であるようだ。
この記事でこの習慣を『奇習』として取り上げているのではもちろんなく、むしろ耕地に限りがある山岳地での生活の知恵といった具合に、好意的に書いてあるようだった。いくつかの一妻多夫家庭の実例を取り上げたうえで、この習慣がむやみな人口増加や土地が細分化を防いで人々の生活水準を一定に保つ役割を果たしてきたかをわかりやすく説いている。また複数の男性が一人の女性と愛を営みそして世帯を持って子供たちを育むという、仮にそれが代々続いてきた習慣であるにしても、精神的にも物理的にもけっして易しいとはいえない状況下で、家族が円満に生活していくうえでの互いの気遣いなどにも言及されていた。
ただしさすがに今の時代には、誰もがこうした慣わしで結婚していくわけではなく、『近ごろ一妻多夫結婚は2割にも満たない』ともある。辺鄙なところに暮らしていても、やはり外界からの影響は及ぶとともに、ここから都会へと出て行く人も多い。これまで自らが暮らす地域でほぼ完結していた社会がもっと広がりを持つようになってきたことから、土地伝来の結婚のありかたや家族のありかたが大きく揺らいできている。
インディア・トゥデイの英語版では、この巻は5月26日号ということになり、件の記事は58ページから61ページにかけて掲載されているので、ぜひご覧いただきたい。
関係ないが、この号の表紙には先日ジャイプルで起きた爆弾テロ事件で、サイクルリクシャーに乗ったまま犠牲になった若い男性の写真が大きく使用されている。亡くなった本人やその遺族のことを思うと、こういう画像がマスメディアに堂々と使用されることについて、なんだかやりきれない思いがする。
だがテロの悲惨さについて、文字だけで伝えようとしても言葉に尽くせないものがあるはず。だが一枚の画像には、千も万もの言葉以上に強く訴えかけてくるものがある。物事の本質を伝えるため、ときにはそういう露骨な写真が使用されるのもやむを得ないと私は考えている。むしろ刺激が強すぎるものすべてに覆いを被せて見えなくしてしまっては、何か大切なものを見失ってしまうことも往々にしてあるのではないだろうか。
しかしながらインパクトの強さのみをアテこんで、これでもかこれでもかと生々しく憐れな写真が次から次ぎへと出すようなメディアには決して感心できないことはもちろんだ。その点、この雑誌はいつも適度に抑制が効いていると思う。
こういう事件は決してあってはならないし、いかなる理由があっても正当化されるものではない。でもこんな出来事が毎年のように起きていることに、インドが置かれている困難さを感じずにはいられない。ジャイプルの事件で、不幸にして命を奪われることとなった方々のご冥福をお祈りしたい。
投稿者: ogata
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一人の妻と複数の夫
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エベレストはシーズン真っ只中
北京オリンピックの聖火リレーの関係でしばらく中断していたエベレスト登山だが、先週から今週にかけて記録ラッシュが続いているようだ。
5月22日には、なんと86名もの登山者が頂上に立った。一日の最大登頂者新記録とのことである。またその日に、ネパールを代表する登山家かつ山岳ガイドであるとともに、世界最高のクライマーに数えられているアッパー・シェルパ氏が自己の世界記録17回を更新する18回目の登頂を無酸素で成功している。
つづいて5月25日には、77歳の誕生日を目前に控えたミン・バハードゥル・シェールチャン氏が登頂者最高齢記録を樹立。2003年に70歳でエベレスト山頂に立ち、当時の登頂最高齢世界記録を樹立した(その後2007年に柳沢勝輔氏がこの記録を71歳で更新) 三浦雄一郎氏がほぼ同じタイミングで頂上を狙っていたものの、一日遅れで本日5月26日に登頂。残念ながら最高齢記録を手にすることはできなかったが、シェールチャン氏に続く堂々2位である。
プロスキーヤーそして登山家として知られてきた三浦雄一郎氏は、私立学校の校長先生でもあり、生徒たちへの教育的効果もさぞ高いのではないかと思われる。やはり教師や親たち自身が熱いハートを抱いていなければ、どうしてその生徒や子供たちが将来への夢を描けるだろうか。
それにしても、なんだか今年のエベレストは当たり年らしい。今シーズン一杯ヒマラヤから聞こえてくるニュースに耳を傾けていたいと思う。
Nepali grandpa becomes oldest person to scale Mt Everest (Nepalnews.com)
三浦さんエベレスト登頂「涙が出るほど辛くてうれしい」 (asahi.com) -
三国は世界なり
『三国一の花嫁』『三国一の幸せ者』云々といった表現があるが、平安時代後期にはすでに定着していた言い回しのようだ。もともとこの『三国』とは、日本・唐土・天竺のことで、当時の日本の人々にとって、これはまさに『世界』を意味するものであった。
自らが暮らす日本はともかくとして、様々な新しい文物や高度な思想の源泉たる先進地中国への敬意、釈尊が教えを説いた大地インドへの憧憬がある。人々がこの時代の唐土や天竺がどのくらいの広がりをもって認識されていたか、そもそもどういう地理的観念を持っていたかについて私はよく知らない。
それでも極東の地日本から西側にある大陸部が、地理的に日本に近い部分に位置する唐土とそれより西方にある天竺としてとらえられ、その周辺に存在していた様々な国々については、これらふたつの大きな『二国』に集約されるものという考え方がなされていたのではないだろうかと想像している。
ただし人物の往来が盛んであったことから、唐土の文化なり人物なりに直接触れた経験を持つ人々から伝えられた。しかし天竺についてはこの唐土という分厚いフィルターを通して眺めたものであったことから、非常に具体性を欠くものであり一次情報の極端な不足からこれを把握するには相当なイマジネーションを要するものであったことは言うまでもない。
日本からタイなりカンボジアなりのインドシナ地域の国々を訪れると、中国からの色濃い影響とともに、インド文化からの強いインパクトも感じる。伝統的な建築、衣装、舞踊といったものだけでなく、人々が使う言語の中におけるインド系語彙の豊富さ、年中行事や宗教儀礼や式典等にも見て取れるだろう。おそらく生活してみると他にもいろいろ目に付くところがあることだろう。
こうした地域でも自国に中国・インドを加えて『三国一の・・・』という言い回しがあるのかどうか知らないが、長いこと中国とインドという二大国は圧倒的な存在感を持って認識されていることは確かだ。両国は、欧米列強の蚕食下ないしは植民地支配期にしばらく影の薄い時代があったものの、前者は1980年代以降世界経済の表舞台に台頭、後者もまたそれに一足遅れて90年代半ば以降から脚光を浴びることになっている。どちらもかつての強大さを取り戻すべく驀進しているように見えないだろうか。
両国が今後さらに経済力と国際社会での発言力を増すにつれて、アジア地域において『三国』という言葉が今後よく用いられるようになるのではないかと予想している。つまりどこの国であれ自身が生活の軸足を置く母国に加えて、アジアの中で突出した存在である中国とインドを合わせて『三国』と呼ぶ時代が今にやってくるのではないかと思うのだ。
たとえば、アジア地域で自国、中国、インドで人気を博すことを『三国一のメガヒット商品』『三国の市場を席巻する大ブーム』なんていう風に言うと、それら三つの国々の周辺にある国々はすでに含まれていることは言わずもがな、アジア全域に及ぶセンセーショナルな大ヒットといった表現になるのだろう。 -
バイオの御名において
原油高に加えてバイオ燃料ブームで、食用の穀物等の需要が逼迫して食料品価格が高騰・・・というのは、昨今の世界共通の現象のようだ。幸い日本の場合は、近ごろの円高傾向が両方の影響を緩和していることから、その影響は比較的軽いようだ。しかしインドのような途上国においては特に庶民の台所へのインパクトはかなり大きなものとなる。もともとエンゲル係数の高い世帯においてはなおさらのことだろう。
石油に代わる新たなエネルギーの開発と普及への努力は、環境問題等と合わせて今後大切な取り組みであることは間違いないとはいえ、一定ライン以下の人々の食料事情を無視してまで、とにかくバイオ、バイオと突き進んでしまうのはいかがなものかと思う。おカネの力がモノを言う、市場至上主義からくる負担を上から順繰りにツケ回していき、最後にはこれを他者に転嫁することのできない末端の人々に、その対価を空腹と引き換えに支払わせておきながら、『代替燃料です』『効率がいいです』『環境に優しいです』ときたものだ。どうやら燃料は胃袋に優先するものらしい。
下衆の勘ぐりかもしれないが、畑で燃料(の原料)を作るという発想については、そこに栽培される作物の品種についても何だか不安なものを感じる。食品のパッケージ上で『遺伝子組み換えトウモロコシは使用していません』とか『遺伝子組み換え大豆不使用』なんていう表示を見かけるが、燃料目的ならばなんでもアリだ。遺伝子組み換え作物の安全性についていろいろ議論されているところではあるが、害虫抵抗性、除草剤耐性だのといった特性を持つ品種が『バイオ畑』でどんどん栽培されるようになると、これらが受粉という自然な現象を通じて、あるいは過失や故意により周囲に拡散してしまうことがないのだろうか?
そうでなくとも、昨今の穀物等の価格高騰により、遺伝子組み換え食物が今後次々に食用として流通するようになるようだ。そんなモノを食卓に登場させてホントに大丈夫なのだろうか?たぶんボクらが今後何年間も食べ続けて『証明していく』ことになるのだろう。やはり市場はすべてに最優先するらしい。
ところでバイオ燃料、ついに自宅で(?)生産する機器が発売されるらしい。飲食店での飲み残しのアルコール飲料のように、これまで捨てていたものを再利用できるという利点はあるようだが、取り扱いや備蓄について、しっかりとした知識と細心の注意が(量が多ければしかるべき資格も)必要な燃料という危険物を気楽に自家生産するようになるとしたら、これもまた怖い。どうかこれを悪用した犯罪やテロなどといった憂鬱なニュースがニュースのヘッドラインに載ることがありませんように!
遺伝子組み換えトウモロコシ製品 食用に供給開始 日本食品化工、原料入手困難で (Fuji Sankei Business i.)
砂糖からつくるエタノール燃料の「自家用スタンド」登場 (MSNデジタルライフ) -
ヒマラヤの歌姫は日本人
韓国、中国、台湾といったご近所の国々でよく知られている日本人歌手は多い。タイやマレーシアあたりでも、日本のポップカルチャーに関心のある人は決して珍しくない。だが南アジアとなるとどうだろうか。日本の歌謡界や映画事情などを知る人は、相当の日本通か長年暮らしたことがある人くらいだろう。やはりそれだけ文化的な距離感があるということの裏返しであるといえる。
日本から見た南アジアの芸能の世界はどうだろうか。かなり以前から、インドをはじめとする南アジアの国々で、古典舞踊や音楽の世界に関心を抱く日本人その他の外国人は多いし、実際にその奥深い世界に飛び込んでいく人もまた少なくない。だがポップカルチャーとなると、一時日本でインド映画がブームとなって以降、多くは銀幕を通じた興味関心のみにとどまっているのではないだろうか。
だが日本人ながらも、ネパールで大衆音楽の歌手になった人がいる。スンダリミカさんという方で、ご自身のウェブサイト『プルニマ通信』と『ブログ日記』に活動の様子が綴られており、とても興味深い。
昨年末にNHK番組『地球アゴラ』で取り上げられた彼女は、ネパールのラジオ番組のパーソナリティも務めているとのこと。先述の『プルニマ通信』には、《アルバム「スンダリ」 試聴コーナー》が設けられており、その歌声を楽しむことができるようになっている。ときどき『ジャパンツアー』も行われているようなので、ぜひぜひ聴きに出かけてみたいと思う。残念ながらご本人と面識はないのだが、今後ますますのご活躍を期待したい。 -
RESIDENCE ANTILIA @ALTAMOUNT ROAD, MUMBAI

昨年、そのアウトラインが明らかになり、話題になっていたリライアンス・インダストリーズを率いるムケーシュ・アンバーニーの新居。概観はかなり出来上がっているのだろうか。今年秋ごろ完成予定と伝えられていたこの物件は、ムンバイのチョウパッティー・ビーチの北側、マハーラクシュミー・レース・トラックとの間のほぼ中間点あたる極上のロケーションにて地上高173mに及ぶ堂々たる高層建築となる。
ほぼ1年前のものという古いもので恐縮だが、文末リンク先の記事にあるとおり通常ならば60階を擁する高さなのに、この建物にはわずか27階しかない。つまりそれだけ各フロアーの天井が高いことに加えて、通常では考えられない遊び心に満ちた空間がいくつも存在するためだという。完成予想図(?)から察するに、さしずめ21世紀のムンバイに出現した『バビロニアの空中庭園』といったところか。RESIDENCE ANTILIAと名付けられた『世界最大の邸宅』の位置をグーグル・アースで位置を確認しておこう。


どうやらちょっと古い画像のようだ。今では工事はもっと進んでいることだろう。600人のスタッフが常駐、6階分の駐車スペース、50人収容できるエンターテインメント・フロアーだのと書いてあるが、完成した暁には外観のみならず内部の様子もぜひ目にしてみたいもの。この巨大な建物の中には、ゲスト用のフロアーもあるようだ。ここに一番最初にお呼ばれされるのはどんなセレブな方々だろうか。
Mukesh Ambani’s mansion in the air (Mumbai Mirror Online)
Mumbai claims world’s largest residence (WORLD ARCHITECTURE NEWS.COM)
Mukesh Ambani’s residence Antilia June07 update (YouTube)
億万長者の住む世界一高いお宅は、ガジェットがいっぱい (msnデジタルライフ) -
中国語で発信 Incredible !ndia
インド政府観光省の観光案内ホームページに中文サイトが加わった。これは今年4月にインドの観光省が北京に自国の観光案内所を開設したことにともなうものだ。
インディアトゥデイ誌によれば、昨年インドから中国を訪れた人は46万2千人余り、それに対して中国からインドを訪れた人は6万2千人と、大きく下回っている。インド政府としては、自国同様に充分な可処分所得を有する膨大な中産階級人口を持つ中国を自国観光産業にとって『手付かずの大市場』と位置づけており、今後積極的にアピールをしていくことになるようだ。
観光省のウェブサイトは従前から英語・ヒンディー語・フランス語・日本語で情報提供がなされていたところに、中国語も新たな『重点言語』としてこの中に加わることになる。
当然のことながら、観光省の出先機関のひとつである日本の東京にあるインド政府観光局において英語のものに加えて日本語で書かれたウェブサイトが用意され、紙媒体に印刷されたパンフレット類も配布されているように、在北京の観光局でも中文の印刷物を製作していくようだ。有能な現地スタッフがかかわり、内容もしっかりとしたものが出来てくるのだろう。
しかし冒頭に取り上げたインド本国でアップロードされた観光省本体のウェブサイトについては、かなり荒っぽいものであることは否定できない。日本語のサイトを例にとればこんなくだりがある。
『インドは「トラリザーブプロジェクト」の責任の一端を担っています。「トラ(虎)」と言うのはインドの国立動物が強さと速度のシンボルです。インドは24のトラリザーブを自慢します。この世で最も速い哺乳動物、トラ(虎)は偶然インドの喜びおよび誇りです。「ロイヤルベンガルトラ」はトラの最も威厳のある種の一つです。世界の野生のトラの総人口の60パーセントはインドに住んでいます。インドの最も名高いトラザーブプ中で、「マドヤ・パラデシュの中のバンデャヴァガラ」があります。それは、よく「インドの野生生物遺産中の王冠」として言います。バンデャヴァガラの観光客はロイヤベンガルトラル、チータル、ヒョウ、ガウア、サンバーおよび多くにより動物相の種を見つけることができます。高度に成功した「トラリザーブプロジェクト」は人口の連続的な成長および拡張により小さな方法で人が自然の生息地の損失および破壊を単に取消すことができることをもう一度示しました』
いかにも翻訳ソフトかウェブ上の翻訳サービスか何かを利用した機械翻訳であることが明らかだ。すると中文サイトについてもかなり怪しいのではないかと疑いたくなる。家族経営のゲストハウスや地場の旅行代理店ではなく、あくまでも政府の公式サイトなのだから、しかるべき翻訳の質を確保したうえで情報を発信してくれないと寂しい。
ともあれインドが自国の観光振興について、中国という新たな大市場の開拓に本格的に力を注ぎ始めたことについては今後とも注目していきたい。 -
因果な遺伝子
イギリスに暮らすインド系・インド人住民たちの間では、心臓病にかかる割合が白人よりもかなり高いのだそうだ。在米の南アジア系の人々についても、同様の事柄について書かれた記事を複数見かけた記憶がある。別に欧米の風土がインド系の人々の健康に良くないというわけではもちろんない。だが世界総人口のおよそ四分の一を占めるインド人、2020年には世界の心臓血管にかかわる病気の患者の四割を占めるであろうとの予測もある。こうした状態を招く諸悪の根源は肥満であるとのことだ。
その理由について、食生活やライフスタイルに求める論調も多いが、同時に持って生まれた資質に言及するものも少なくない。このたび肥満を引き起こす可能性を高める遺伝子を持つ割合が、インド系の人々の間で高いことが発見された。食欲や体内に取り込んだエネルギーの消費や保存などをつかさどる機能に影響を与える。その遺伝子に書き込まれたプログラム次第で、現代の食生活や生活パターンでは栄養過多になってしまう。
人の生活は自然環境に大きく左右される。自らが暮らす土地で採れたものを食べて自給自足していた時代には、それぞれの土地に適合した作物が栽培あるいは採集され、そこでの暮らしにおいて持続可能な形での食生活が営まれていた。ふんだんな食料に恵まれていた土地もあれば、恒常的に飢えと隣り合わせの状態で人々が代々暮らしてきた土地もある。気が遠くなるような膨大な時間の流れの中で、人々はそれぞれの土地の食糧事情にうまく合った体質を作り上げてきた、あるいはそういう形で淘汰されてきたということになる。
南太平洋の島々などもその良い例らしい。熱帯とはいえ、四方を海洋に囲まれた珊瑚質の土壌の島での生活は、こと食料事情に関しては非常に貧しかった。そうした住環境に適合するために、わずかな食料から最大限の栄養を吸収できるような体質が形成されていったと考えられている。加えて不足がちな食料を高いカロリー値となる調理法で処理する傾向があり、滅多に口にできない祝祭時のご馳走は往々にしてそれに輪をかけてボリューム満点で豪華な料理となる。
だがそうした地域にあって、第二次大戦後の復興期を経て、西側諸国が急速な経済成長を遂げると、リゾート地として注目されるようになり、盛んに資本が投下されて開発が進み、そのインフラを基に以前は存在しなかった観光という一大産業がその地域に住む人々に大きな収入をもたらすようになった。同時にこれは人々の食生活を大きく変化させる引き金となる。食糧事情の飛躍的な向上により、以前の世代の人々が普段口にできなかったような贅沢品が毎日でも食べられるようになり、当然の結果として人々の身体は巨大化。長い歴史の中で築き上げられてきた『燃料効率の良い体質』が、飽食の時代では仇になってしまうのだ。
カロリー過多の傾向は結局のところインド系の人々の間でも同様らしい。伝統・文化・歴史どれをとっても『豊かな大地』インドでは食文化もまたバリエーション豊富かつリッチだ。しかし概ねこの地域はもともと食べ物について量的にさほど恵まれていたわけではない。むしろ大規模な飢饉にしばしば襲われる食糧難の土地であったといえるだろう。緑の革命はパンジャーブ州をインドの穀倉地帯に変えたがこれは農業の現代化の賜物だ。近代以前のパンジャーブの農村風景は、今とはずいぶん異なるものであったはず。インド系の人々は、どちらかというと食料の窮乏への耐性が高い体質らしい。それを裏付けるのが、このたびの遺伝子云々ということになる。
もちろん程度の差こそあれ肥満はインド系の人々に限らず、今の時代に生きる私たちの健康にかかる共通の問題だ。『地産地消』とは程遠い生産・消費パターン、季節感のない食卓といった点も考え合わせたうえで、可能な限り自然の理にかなった食生活をこころがけるようにしたいものである。
Genes ‘up Indians’ obesity risk’ (BBC NEWS) -
天まで届け!FREE TIBET !!

『Free Tibet !』
『中国はチベットから出て行け!』
『Stop killing in Tibet !』
『チベットに人権を!』
シュプレヒコールとともに長い長い行列が進んでいく。GW連休最終日の5月6日、中国の胡錦濤国家主席の来日に合わせて、東京都内で午後2時半からチベット問題に関する抗議デモが実行された。
今日の朝、突然『こういうのがあるよ』と友人に声をかけられた私は、いったいどういうグループが主催するものかもよくわかなかったが、ふたつ返事で参加することにした。集合場所はJR千駄ヶ谷駅近くにある日本青年館。チベット旗やプラカードなどを手にした大集団に合流。デモ隊はほぼ定刻どおりに出発した。まずは地下鉄外苑前方向に進んでいく。内外のさまざまなメディアの腕章をしたカメラマンたちがシャッターを切りまくっている。

私は隊列の先頭近くにいた。大声を上げて進んでくる行列を目にした人々の表情がなかなか面白い。『なんだ?』ときょとんとした顔あり、『がんばって!』と声援を送ってくれる人あり、物珍しそうに携帯電話を取り出して写真を撮る者あり。私自身は大集団の中のゴマ粒にしか過ぎないのだが、それでもなんだか気持ちいい。大勢の人々に見守られながら、隊列を先導するチベット人女性の野太い声に続いて、『FREE TIBET !』『チベットに自由を!』などといった単調なメッセージを大きく連呼していると、気分が高揚してくるようだ。

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新時代を象徴する街 バンガロール
バンガロールは、インドの中で仕事がらみの日本語の需要ないしは潜在的な需要が最も高い街と思われる。JETROによるBJTビジネス日本語能力テストがこの国の三都市で行われる。ムンバイー、プネー、そしてバンガロールだ。今年6月および11月と受験機会が2回あるうち、ムンバイーは6月のみ、プネーは11月のみ。両方とも実施するのはバンガロールのみだ。
ご存知の方も多いかと思うが、今年1月から在バンガロール出張駐在官事務所が開設されている。デリーに次いでインド第2位の邦人人口(およそ300人と言われるが、長期出張者なども加えた実数はこれよりかなり多いだろう)を抱えており、IT関連をはじめとする外資系企業が多く進出しており、日本とのつながりも深い都市となっていることもあり、まさに時代の要請であろう。
外務省ウェブサイトによれば、出張駐在官事務所が全面的に業務を開始するのは今年9月からとのことだ。それまでは査証発給業務は引き続きチェンナイ領事館で行なうとあるとおり、同領事館のバンガロールにおける出先機関である。
だが将来的には領事館に昇格する流れになってくるのだろう。経済を中心とした日印関係の強化を牽引する核となるべき都市であるだけではなく、外に広く開かれた窓口としての役割の比重も高くなってくる。今後バンガロールから日本その他の国々への直通便の開設が相次ぐことになる。5月11日に開港予定のバンガロールの新空港は、従来の同市の空港よりも国際色豊かなものとなっていくことは言うまでもない。
もともと軍需関連、電子関連の産業が集積していたバンガロールだが、特に90年代以降のITブーム以降急成長を続けており、インド経済とりわけ南インドの躍進を象徴する存在となっている。隣接地域を含めず、市の行政区域内のみで見た人口は現在およそ530万人。ムンバイー、デリーに次いでなんとインドで3番目のコスモポリタンとなっている。かつて『四大都市』と呼ばれたコールカーター、チェンナイはバンガロールの後塵を拝するようになっている。(ただし都市圏人口となると、これらふたつの都市にまだ及ばない)
バンガロールの伸長は、インド国内地域間の経済力のバランスを大きく変えるとともに、おそらく政治面でも今後発言力を高めていくことになるはず。またファッションやサブカルチャーの発信基地としても注目されていくことになることも想像に難くない。勢いよく進化するインドを象徴するような街であるだけに今後とも目が離せない。。
在外公館リスト 在インド日本大使館・総領事館 (外務省) -
ナマステ・ボリウッド #12

ボリウッドの旬なネタ満載のナマステ・ボリウッドの第12号が出た。
今号のテーマは『歌声』のようだ。巻頭には『麗しき美声』と題して、女性プレイバックシンガーたちが取り上げられている。映画のみならずバジャンでもその神々しい歌声を披露しているアヌラーダー・パウドワル、ボリューム感のあるヴォイスのアルカー・ヤーグニク、80年代末から90年代にかけてのポップ・アイドルだったアリーシャー・チナイ等々、銀幕を彩る歌い手たちが取り上げられている。
記事中にもあるとおり、アリーシャーも元々はプレイバックシンガー。シャーム・ベネガル監督による、ゴアを舞台に植民地末期からインド返還後までのある一族を描いた映画TRIKAL (1985年)の音楽を手がけたのは、ゴア出身のレモ・フェルナンデス。ポルトガル音楽の影響を強く受けたゴアのフォークソングを現代風にアレンジしたアルバム『Old Goan Gold』は、映画TRIKALのサントラ盤としてのみらならず『ゴアの音楽ってどんなもの?』という向きにはうってつけの一枚として認知されている。なおレモ自身のウェブサイトには、『日本で最初にリリースされたゴア音楽アルバム』とある。
その名盤のいくつかの曲にアリーシャーが参加しており、映画TRIKALにもレモとともにチラリとその姿を見せていた。彼女が幾多のプレイバックシンガーの中から、歌声のみならずそのキャラクター自身がアイドル歌手として頭角を表すきっかけのひとつとなったのがレモと共演したこの作品であったようだ。
90年代半ばにMADE IN INDIAで一世を風靡したアリーシャーだが、実生活でのパートナーも『インド生まれが最高!』という具合にはならなかったようだ。数年前ゴールインしたお相手はレバノン人。
やや話は脱線したが本題に戻る。いつも楽しみにしている巻末のBollywood Filmy Pedigreeだが、今回はマンゲーシュカル篇となっている。そう大御所ラター・マンゲーシュカル、アーシャー・ボースレー姉妹を中心とした親族・姻族特集である。もう今回は冊子を手にする人それぞれの思い出のあんな曲、大好きなこんな曲が頭の中をめぐることだろう。
目下話題の作品、今後公開予定の期待の新作等々の記事はもちろんのことながら、見落とせないのがイベント関係記事。『今年もまたインド系野外フェスが西伊豆で開催!』というのが目に飛び込んでくる。今年も・・・といっても、従前からそういう催しが開かれていたことも知らなかった自分の無知さ加減に恥じ入るばかりだが、インドから来日するアーティストあり、日本の有名なインド舞踊家の遠征ありと、西伊豆のオートキャンプ銀河を舞台にゴージャスな時間が楽しめるらしい。期日は5月23日(金)から25日(日)だそうだ。詳細は以下をご参照いただきたい。
dance of shiva (TIRAKITA)
夏にはボリウッド・ベストと題して、シャー・ルク・カーン出演の人気作3本が東京六本木、大阪、名古屋と巡回上映される予定だそうで、ナマステ・ボリウッド誌もメディア・サポーターとして情報を掲載していくことになったのだそうだ。その3本とはDON (邦題:ドン−過去を消された男)、KAL HO NAA HO (邦題:たとえ明日が来なくても)、KABHI KHUSHI KABHIE GHAM (邦題:家族の四季 愛すれど遠く離れて) である。

ボリウッド映画を愛する人々の輪が今後ますます広がっていきますように! -
犬ってやつは・・・
もともと犬が嫌いな私。こちらが特に何もせずとも、人間に対して何がしかの警戒心ないしは関心を持つこの動物のおせっかいな習性からして好きになれない。猫のように人影が近づくと一方的に逃げるとか、あるいは牛のようにこちらに対して無関心でいてくれるといいのだが。
暗い夜道でどこからともなく現れた複数の犬たちにガウガウ吠えられると不安になるし、田舎の小さな町の細い路地を徘徊する犬なんかは、ヨソ者をすぐに見分けて(嗅ぎ分けて?)てバウバウ吠えてきたりする。『ええいっ、俺に構うな!』と怒鳴りつけたくなるが、そんな言葉が通じるわけでもなし。
愛犬家には申し訳ないのだが、まったくもって不愉快千万な動物だ。ちゃんと躾けられた『文化的な』ワンちゃんならいいのだが、それでも正直なところ、『けっきょく本能の部分ではああいうのと同じなんだよなぁ〜』と思うと、やっぱりちょっと引いてしまうのである。
ところで一昨日、こんな記事を目にした。
『Bitten by dog, shunned by hospitals』 (Hindustan Times)
デリーで犬に噛まれた12歳の少年が、狂犬病ワクチンの注射を求めていくつかの政府系病院を回ってみたものの、行く先々で『持ち合わせのワクチンがない』と言われて断られたという内容だ。
インドで、どこかの自治体が野犬の捕獲を始めると、きまって動物擁護団体とかその手の活動家たちが大声で批判を始める。しばしばメディアもそれに同調する。でもよくよく考えてみるまでもなく、野犬が多数徘徊しているという状態は危険であり、特に小さな子供たちや高齢者たちとってはかなり大きなリスクでもあることは間違いない。
加えて『狂犬病』という、発症して回復したらそれこそギネスもの(発病したにもかかわらず回復した人物がギネスブックに記録されている。それほど稀なケースであるということだ)という恐ろしい病であることを思えば、『野犬狩りはならぬゾ!』と息巻く人々には、野犬ならびに狂犬病の危険を防ぐために、実際的かつ有効な対案を出して欲しいと思う。
まったく野犬ってやつは・・・。
