開業後一年 宿は『標準化』していたか?

Ashreen Guest House
 1年ほど前開業したばかりの時点で宿泊したASHREEN GUEST HOUSEに行ってみた。
ちょうど昨年の今ごろ『鮮度が命!(1)エコノミーなホテルは新しいほうがいい』として取り上げてみたあの宿のことである。
 あのとき『ここは廊下、客室そして浴室内の床材にちゃんとした大理石が使われているし、室内のデコレーションや装備も、このクラスとしてはちょっと尋常ではない気がする。新しい事業をスタートさせたばかりのオーナーの意気込みがヒシヒシと感じられる』と書いた。事実このランクの宿としてはちょっと他には無いオーラを感じる・・・としてはあまりに大げさすぎるがとても好感の持てる宿であった。ちょうど界隈に宿泊することになり、ここが現在どうなっているのか確かめたいと思ったのだ。
 地域に以前から存在する同格の宿泊施設に比較して、開業したばかりの宿は建物や調度品などすべてが新しくスタッフたちも張り切っている。ピカピカであるといっても設備内容や立地など諸々の条件や周囲の相場もあるので、宿のレベル不相応な料金を提示するわけにはいかない。そんなわけで新規開業した宿は『格安』『お得』であると顧客の目には映るものである。
 開業時には快適だった宿が次第に劣化していく原因は、メンテナンスに対する意識の問題とそこで働いている人たちの慣れが主なものだろう。『このクラスの宿だからこの程度』というあたりに彼らの働きやサービスも落ち着いてしまう。客のほうにしてみてもエコノミーな宿に過大な期待などしないから『他と同じくらい』であれば、それで充分やっていくことができるのだ。
 わずか一年程度で一足飛びポロ宿化するなんてことは考えにくいとはいえ、実際ひどいところでは開業半年くらいでかなり荒れた印象を与えるようになることも決して珍しくない。またそのくらいの期間があればスタッフたちがすっかり職場に慣れてしまいレセプションに踏み入れるだけでグウタラと弛緩した雰囲気が伝わってきたりするものである。
 これが周囲の同格の宿とレベルを同じくする『標準化現象』である。年数を経るに従い不快度が上昇するという単純明快さはエコノミーな宿の特徴のひとつである。上のクラスのホテルでは、経営陣がメンテナンスや従業員教育の大切さを認識しているので、快適度と築年数が直接比例することはなくなってくる。

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狂気が駆け抜ける!(2)

犬の牙
 Wikipediaの狂犬病に関する記事にアクセスしてみた。狂犬病とはすべての哺乳類に感染する病気であり、発症後は躁と欝の状態を繰り返すらしい。また恐ろしいことに発病したら治療法がなく、症状が現れてから遅くとも一週間で前後でほぼ100パーセント死亡するという。なんでも2004年に発病しながらも自然治癒したという例がアメリカにあるそうだがこれはギネスブックに載ることになったというほど稀で幸運なケースであるそうだ。
 狂犬に噛まれた場合は予防注射をしていた場合は2回、そうでない場合は6回ワクチンを打つ必要があるという。また噛まれる場所により潜伏期間が違うらしい。体内に入ったウイルスが1日に数ミリから数十ミリ程度の速度で進み、神経系を介して脳神経組織に到達したときに発病するものであることから、要は咬まれる部位が脳に近いほど潜伏期間が短いということになり、二週間から数ヶ月という具合に大きな幅が出てくる。そのため脳にごく近い顔の部分を咬まれたりすると、ワクチンの接種を開始しても間に合わなくて発病というケースもあるらしい。だから『感染の可能性がある動物を抱え上げて遊んでやっている際にやられた』なんていう場合には、即座に病院に急行すべきである。
 咬まれるだけではなく、感染している動物の唾液が目や口などの粘膜に触れるだけでも感染し得るということにも注意が要るだろう。だから『犬が咬んできたけどズボンに穴が開いただけで済んだ』とか『上着だけ咬まれた』という場合であっても、その衣類の扱いには相応の注意を払ったほうがいいかもしれない。

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狂気が駆け抜ける!(1)

吠え立てる犬
 コルカタのパークストリートで、通りを行き交う人々の間を抜けて前方から物凄い勢いで犬が駆けてくる。何やら妙な唸り声も上げている。界隈で知り合ったインド人紳士と話をしながらマイダーン方面へと歩いていたのだが、これが私たちの足元をビュンと通過してびっくりした。さらに後方へと犬は一直線に駆け抜けていく。思わずふたりで顔を見合わせる。
「うわっ!暴走車みたいな犬だな」
「変な声出してるし」
 そこからしばらく進み、沿道のある店に差しかかり『私はここで用事がありますから』と言う紳士と別れる矢先だった。同じ犬が今度は後ろから疾走してきて再び私の足元をかすめてこの男性と衝突・・・するかに見えたその瞬間、彼の左足ふくらはぎに咬み付いた。
 懸命にその足を振り払うと犬はそのまま前方へと加速して走っていく。そしてやはり犬の進行方向にいた人が咬まれて悲鳴を上げている。
 紳士は咬まれた部位を気にしつつハンカチを取り出して拭いている。ズボンには犬の唾液がべったりと付いている。
「医者に相談したほうが・・・」
「どうかな?」

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グレート・イースタン・ホテル

19世紀後半のグレート・イースタン・ホテル
 BBDバーグのすぐ南にグレート・イースタン・ホテルがある。くたびれた宿泊施設ではあるが、植民地時代から続く由緒あるものだ。都心部にあるため植民地時代に撮影されたモノクロ写真で目にされた方も多いはず。長い歴史に加えて巨大なコロニアル建築に囲まれた好立地、本来ならば旧帝都のヘリテージ・ホテルとして名を馳せていてもおかしくない大きなポテンシャルを秘めている。
 このホテルは菓子製造業で財を成したディヴィッド・ウィルソンという人物が1835年に開業させたものだ。当時は『オークランド・ホテル』という看板がかかり、巷ではオーナーの名前から取ってウィルソンズ・ホテルと呼ばれていたという。場所柄イギリス人をはじめとする欧州人たちを顧客とするホテルであったが、創業当時は植民地政府のトップクラスの人々もよく出入りしていたらしい。
 これが『グレート・イースタン・ホテル』と改称されたのは1865年のことだという。グラウンド・フロアーにはピシッとしたスーツ仕立屋、鞄屋、宝石屋、菓子屋、レストランやバーなどが入っていた。時代はさらに下り、1882年に発行された案内書には『一泊10〜20ルピー』という記述があるらしい。現在の貨幣価値に換算するといくらくらいに当たるのだろうか?

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10 SUDDER STREET

 ごちゃごちゃとした安宿街、世界各地からバックパッカーたちがやってくるコルカタのサダルストリートだが、インド博物館やエスプラネードにも近く、界隈にはなかなか由緒ありそうな教会もチラホラ。中を細かく仕切って数多くのテナントに貸し出している建物の中には昔々はそれなりに立派なお屋敷であったのでは?と思われるものも少なくないから、かつては品のよいコロニーであったことだろう。
 近代インドを代表する詩聖ラビンドラナート・タゴールもかつてこの地域に起居していたことがあることは耳にしていたものの、それが具体的にどのあたりであったのかは知らなかった。彼の家はコルカタその他各地に屋敷等を所有しており、その中のひとつであったここサダルストリートの家で一時期を過ごしたのである。
 このたびコルカタのこの通りに到着した時間帯が遅く、少しはマシそうなホテルはどこも一杯で、やむなく空室のあったHotel Diplomatという名前だけは立派な宿に一泊することになった。元々はひとつであったらしいフロアーを左右のみならず上下にも仕切ってあり、日本人としてはごく標準的な背丈の私でさえも頭をかがめないとぶつかってしまうような低い天井、隣の部屋でタバコを吸い込む音さえもが筒抜けの薄い壁、ひと月くらい交換していないようなベッドシーツと典型的な安宿である。
 翌朝起きてもっと快適に過ごせるホテルを確保してからリュックを取りにこの宿に引き返したとき、建物の斜め前にあるヘタウマな漫画みたいな胸像を目にしてふと思った。以前からこの場所で見かけてはいたのだが・・・。
『これって、ひょっとしてタゴール??』
 基壇に刻まれた文字を目をやると、それはまさにその大詩人の像に間違いなかった。
『RABINDRANATH TAGORE COMPOSED HIS POEM “THE AWAKENING OF THE FOUNTAIN” WHILE LIVING IN 10 SUDDER STREET』とある。

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