猫に会いたい。

ボストンに来て3ヶ月になるが、たった一度しか猫を見ていない。実際あまりいないのか、私がたまたま出会えていないだけなのかよくわからないが、寂しい。
西田幾多郎のエッセイに「猫も死んでしまった。」という一文で始まるものがある。「煖爐の側から」というエッセイの後半部分で、1931年の執筆である。西田の書くものは難解なことで有名だが、このエッセイは例外的にとてもわかりやすく、素直な文章だ。
西田は子供に次々と先立たれた上、最愛の妻を6年間の病床生活ののちに亡くしている。1925年のことだ。翌年、代表的論文である「場所」を発表し、西田哲学が確立されたと言われることからもわかるように、1920年代半ばから1930年代は、哲学者・西田幾多郎にとって最も充実した時期であった。
「猫も死んでしまった。」
広い家に残された娘と女中の3人で暮らす西田。近代日本を代表する哲学者と娘との間には、共通の話題などない。唯一、どこからともなくやってきて住みついた猫の一挙一動だけが茶の間の話題になり、つかの間,
笑いの波が起こる。「丁度静かな森の中の池に何処からとなく小波が起こるやうだ。」
しかし、ある朝、この猫は縁の下で死んでいた。
「たかが猫一疋の死、それは何でもないことだ。併し淋しい今の私の家では、自ら『猫も死んでしまった』という声が出たくなる。」
「出てくる」のではなく、「出たくなる」のだ。
西田は、このエッセイを次のように締めくくる。
「吁、誰も彼もその名は水に書かれたものだ。」
難解な西田の論文の中で、彼の肉声が最も聞こえてくる箇所だ。
「吁、」
キリンジの「スウィートソウルep」が流れてくる。
西田は別の場所で、「哲学の動機は人生の悲哀でなければならない」と言っている。西田哲学の迫力はここにあるのだろう。そして、私が西田を片時も手放せない理由も、ここにある。
スピッツの曲に「猫になりたい」というタイトルのものがある。大好きな曲だ。
 広すぎる霊園のそばの このアパートは薄ぐもり
 暖かい幻を見てた 
 猫になりたい 君の腕の中
 寂しい夜が終わるまで ここにいたいよ
 猫になりたい 言葉ははかない
草野マサムネは平成の西田幾多郎である。
とりあえず、今、猫に会いたい。

This entry was posted in 日記. Bookmark the permalink.

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>