ボストンの基次郎

今、ボストンで生活をしている。アジア以外の国での生活は初めてだ。
住まいはボストンの南のクインシーという町。静かでのんびりとした「古きよきアメリカ」の雰囲気が漂うところだ。教会の鐘の音が心地よい。
こちらでの肩書きは、「ハーバード大学アジアセンター客員研究員」。何か偉そうだ。かなり照れくさいし、こそばゆい。自分の能力が、肩書きに追いついていないからだろう。
こちらでは特に義務はなく、学内に研究室を与えてもらった上、自由に研究をしてよいという至福の時を過ごさせてもらっている。図書館は非常に充実していて、インド関係はおろか、日本近代史研究の文献(日本語)にも全く困らない。
ハーバード大学はボストン市街の北西のケンブリッジ市にある。えっ?ケンブリッジにハーバードがある???はじめは何となく戸惑った。「ケンブリッジ」といえば、どうしてもイギリスの「あの大学」を思い起こすからだ。
そのケンブリッジに、クインシーから地下鉄で通っている。ボストンの中心街を通るルートで、乗車時間は約30分。日本の通勤に比べると楽なものだ。
今朝、その地下鉄に不思議な人がいた。ちょっと小太りの女性で、神経質そうな顔立ち。服装や髪型には余り気を使っていない感じで、洗練された都会的な雰囲気は微塵もない。
この人の持ち物はただ一つ。鮮やかな色のグレープフルーツ。しかも、大切そうに、胸の前で握っている。両手で、しっかりと。
梶井基次郎だ!と思った。名作『檸檬』を思い出した。大好きな小説だ。
小説の主人公は、手に持った檸檬を京都の丸善に置いて出る。まるで爆弾を仕掛けたように。
目の前の彼女は、やはり両手でグレープフルーツを持ったままである。あまり、周囲の風景が見えていない感じだ。
彼女は、そのグレープフルーツをどうするのだろう?まさか、本屋に置いては来ないだろう。しかし、食べない気がする。食べてほしくない。できれば、横に花瓶でも置いて静物画を描いてほしい。岸田劉生の絵のように。
勝手な妄想をしていると、彼女は市街地の駅で降りていった。まぶしい黄色の残像だけが車内に残った。

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