牛子

インドのデリーで生活していたとき、毎日通っていたフルーツジュース屋があった。そこでミックスジュースを飲むことが、日課であり楽しみだった。
そのフルーツジュース屋に、夕方の決まった時間になるとやってくる「お客さん」がいた。
牛子である。
牛子はメスの野良牛。夕方、このフルーツジュース屋にやってきて、フルーツの搾りかすをもらうことを日課にしていた。もちろん、名前は私が勝手につけた。
牛子は、搾りかすをもらえるまで、ひたすらねばる。若干、意地悪なフルーツジュース屋のオヤジは、すぐには搾りかすをやらない。時に30分以上も待たせる。
牛子は、もらえるまで立ち去ろうとしない。つぶらな瞳で一点を見つめ、じっと立っている。そのうち、搾りかすをもらえる瞬間を思い浮かべて(だと思う)、だらだらとよだれを垂らす。
私は、この牛子の姿が愛おしくて仕方がなかった。牛子から見た世界を、ふと想うようになった。
そして、この時から牛肉を食べることができなくなった。
「オレは牛子を食べていたんだ」と考えて、何度か嘔吐した。
この7年間ほど、間違えて食べてしまったことを除いて、牛肉は口にしていない。スーパーで買い物をするときも、牛脂を使っているかどうかを必ずチェックする。
何が言いたいのか。
ミートホープの偽装問題である。
今回は豚肉や鶏肉を「牛肉」と偽っていたのだから、私には直接的には問題がない。「牛肉コロッケ」と書いてあるものを買って食べることはないので、個人的には深刻な問題ではない。
しかし、である。
宗教上の理由から、豚肉を食べないムスリムはどうか?
まだまだ少ないとはいえ、かなりの数のムスリムが日本には住んでいる。日本人でイスラームに改宗した人も、案外いる。
彼らにとっては、今回の偽装問題は、深刻な問題である。「すみませんでした」で済まされる問題ではない。
もし、豚肉と偽って牛肉を使った製品を私が食べていたらどうだったか?
私は、ミートホープの社長を心から「許せない」と思うだろう。かなり厳しい抗議をするに違いない。
今回、ほとんど問題になっていないが、在日ムスリムの立場に、私たちは思いを寄せるべきだろう。日本には多様な思想信条の人間が住んでいることをまずは認識し、それぞれの考え方を尊重しようとする努力が必要だ。
今回の問題。
ミートホープの社長はどうしようもないと思うが、日本に住む多様な人間の存在に気づきもしない国民やマスコミにも、問題があると思う。

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