研究機関の役割

この春から、京都にある国際日本文化研究センターの客員准教授を務めさせていただいている。「日文研」という略称が浸透しているこの研究機関は、大学生のころの私にとっては、学問の聖地だった。  
梅原猛、河合隼雄、山折哲雄、木村汎、濱口恵俊、井波律子、井上章一、・・・。日本を代表するそうそうたる研究者が、歴代のメンバーに名前を連ねる。公開の講演会に向かうバスの中のときめきを、私は未だにはっきりと覚えている。
そんな日文研が、創立20年を迎えた。
その記念として刊行された、雑誌『日文研』38号は「創立二十周年記念特別号」となっている。梅原猛をはじめ、驚くほど豪華な執筆者が日文研での思い出をつづっており、日文研ファンとしては一気に読んでしまった。
そんな中、思わず目頭が熱くなるエッセイがあった。かつて日文研で管理部長をされていた宗近誠一郎さんという方の、次のような文章である。

平成十六年の初冬だったと思います。正面玄関横の芝生を刈っていると、三台のタクシーがゆっくりと入ってきました。皆さん黒装束で、明らかに納骨式の途中で立ち寄られたという感じだったので、帽子をとってお辞儀をしていると、ロータリーを回ったところでタクシーの窓が開き「おばあさんが日文研の講演会に参加するのを一番の楽しみにしていましたので、最期にもう一度と思い、日文研の中にお断りせずに入りました。すみません。ありがとうございました」と美しい京都言葉で言われたのです。目頭が熱くなりました。私にとって忘れ得ない出来事となりました。

日文研は、駅からやたらと遠い。にもかかわらず、このおばあさんは、公開講演会のたびに、満員のバスに乗って足を運ばれたのだろう。それだけ、講師たちの話が魅力的だったのだろう。凄いことだ。
日文研の魅力を再認識したのと同時に、研究機関の役割を今一度、考えさせられた。
さて、
我が北海道大学は、札幌駅前という驚くほど便利な立地条件にある。キャンパスは日本一美しく、散歩していても気持ちがいい。
しかし、北大は熱心なファンがつくほど、魅力的な公開講座を開いているだろうか? 税金から給料をもらっている研究者たちが、自分の研究を広く一般に伝える努力をしているだろうか?
自分を含めて忸怩たる思いがあるが、少しでも北海道の方々の知的欲求に応えられるよう、努力していきたいと思う。
いろいろと挑戦していきたい。

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