フラメンコの源流はインドにある?〜1〜

 「フラメンコの源流はインドにある」そのような話を耳にしたのはいつの頃だったろう。
 物心ついた頃から、外国文化やエキゾチックなものが大好きだった私は、大学時代、行きつけの画廊で、フラメンコギターの畠山さんが奏でる哀愁を帯びた「アルハンブラの思い出」に魅了され、卒業旅行にスペインを選んだ。アルハンブラ宮殿に触れ、本場のフラメンコを鑑賞し、就職するとすぐにフラメンコを習い始めた。スーパーフレックスをいいことに、平日夜も、川崎から高田馬場まで通い、稽古三昧の日々を送っていた。
 インドに興味を抱いたのは、「フラメンコの源流がインドにある」という説を何処からか聞いたからである。インドは仏教の発祥地。インド文化が日本文化に与えた影響は計り知れない。日本とインド、そしてスペインの間に何か関係があるかもしれない…と思うと、フラメンコのあの情熱的なカンテと仏教の真言の間に関係性があるように思えてくる。母が好きな着物の柄がどこかインド的であることも、日本人として少なからず興味を覚えた。
 1995年の暮。インドで観た初めてのインド舞踊は、南インドの舞踊だったように記憶している。額や手足に赤い印や模様をつけた美しい踊り手は強烈な個性を放ち、神話を表現しているという踊りは全く未知の世界であった。音楽もイメージしていたものとは全く違っていた。
 フラメンコ的なインド舞踊はどうやら北インドの「カタックダンス」らしいと聞きつけた私は、「カタックダンス」という名前がつくプログラムがあると可能な限り、劇場まで足を運んだ。しかし、どれも決定打は無かった。ダンサーが舞台でフットワークを行い、これがフラメンコのようでもあったが、決めのポーズはあまり魅力的とはいえず、旋回とフォーメーションの変化で時間が過ぎていく。あのなまめかしく、迫力があり、身体の奥底から渾身の力を湧き出だし、自己を表現するフラメンコのような踊りはいったいどこにあるのだろう。
 インド滞在も半年が過ぎ、種々の事情で帰国することになり、私は意気消沈した。(やはり噂だったのだ…)当時は、インドに関する記述があっても何処かの偉い大学の先生が書いた数行のみで、それだけが稀少な情報源だった。どこから調べていいかもわからない。現地でのリサーチこそがチャンスなのであるが…。
 人生というものは、半ば諦めかけている時にこそ、光が宿るものである。
 フランス人カタックダンサー、ヴェロニカ・アザンが踊るカタックダンスを見たときのことを私は忘れることができない。独特の視線表現、しなやかな指先、力強いフットワーク、サム(静止)でぴたりと止まった時の美しさ。何よりも素晴らしかったのはその存在感だ。無心で踊っている中で自然に湧き出る自己の表現の世界が展開されていた。フラメンコとのリンクがまさにそこにあった。(と感じた)
 その後、国立舞踊学校カタックケンドラが主催するフェスティバルを観にいった。インド人女性ダンサーが2名踊ったのだが、これが日舞のようにしなやかで、華やかな存在感を持ち、素晴らしく切れの良い技を次から次へと披露する。美しくしなる腕は、野生の豹を髣髴させ、旋回は砂漠を吹く風のよう、音楽と一体化したフットワークの後の美しいサム(静止)は、フラメンコ的でもあり日本的でもあるように感じられた。私は一気にカタックダンスの虜になった。

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