タージマハル

 1983年に世界遺産に登録されたタージマハルは、時の皇帝シャー・ジャハンが愛妃ムムターズを偲び、1632年から約22年の月日をかけて建設した霊廟である。後方にヤムナ河を望む白亜の霊廟に用いられた白大理石は全て、ジャイプールから運ばれ、1日に約2万人が建設作業(主に彫刻)に従事したという。
 壁面のアラベスク模様の浮き彫りや透かし彫りなど、細部まで凝ったタージマハルは、その壮麗さにおいて、他のインド・イスラム建築の追随を許さない。
 今年はタージマハル建設350周年を迎える。
ウッタル・プラデーシュ州では2,500万ルピーを費やし、州を挙げて、インドの誇る世界遺産の宣伝に努め、毎年2月に行われるタージ・フェスティバルでも国内各地から大御所アーティスト達を呼び集めて盛大に祝った。火事などのハプニングもあったが、おおむね成功に終わったようだ。
 さて、この素晴らしき文化遺産であるが、地盤沈下により、少しずつ霊廟の台座が沈み、その完璧な形が崩壊し始めているらしい。
 これは、1942年、CPWDによる調査により明らかになったことで、タージマハルの大理石の台座がヤムナ川方向に傾斜し、霊廟を取り囲む4本のミナレットは、北西ミナレットで1.4”、北東ミナレットで1.98″、南東ミナレットは4.5″、南西ミナレットに至っては8.5″傾いているという。台座の北側は南側より1.44インチも低い。
 このショッキングな報告を受けて、インド考古学研究期間(ASI))は、霊廟の床に104の水準基準点を設置、毎年観測を行っている。
 「何も異常はない。タージマハルは全く完璧である。」と、ASIのC.B.ラジブ局長は、タージ崩壊説を一蹴しているが、データの提出に関しては極力避けており、また一方で、地理学研究所とセントラル・ビルディング・リサーチ大学に調査を依頼していることが、タージ崩壊説にかなりの信憑性を与えている。
 UP政府は2002年11月、タージマハル350周年記念に向けて、霊廟の観光環境をさらにグレードアップさせようと全長1.5キロメートルのタージ回廊の建設を始めた。翌2003年1月、UNESCOとICOMOSからの調査団がインドを訪れ、タージ回廊建設がヤムナ川の水路を変え、川床の土壌の湿度を変化させ、タージマハルの基礎土台に影響を与えることを警告、タージ回廊建設計画は破棄された。しかし、すでに作られた堤防は撤去されることなく、ヤムナ川の水路、及び地下水の水圧を変化させ、霊廟の沈下をさらに加速させている。
 もともとタージマハルは建設された当時から、完璧なものでは無かった。
 1652年、ムガル帝国のオーラングゼブ皇帝が書いた、父シャー・ジャハン前皇帝への手紙に「雨季にタージマハルのドーム部分から雨漏りが生じ、2階に亀裂を生じさせている」とあり、技術者が石灰岩で屋根を覆うことを提案、しかしながら複雑な政治状況の下、実行されることは無く、英国統治時代に大きく補修が行われたという。
 UP州は政権が交代した後、いまだ調整機関に入ったままで、タージマハル補修には具体的な政策は施行されていない。複雑な政治状況下、世界遺産のメンテナンスには現状維持を決め込んでいる。
 CBラジーブ局長は「タージマハルはASI単独で管理できるものではない。州政府、そして国外のリサーチ機関の協力が必要だ」と主張しているが、その声は虚しく響いているようだ。

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