音楽師は2月に活躍

 2月は、北インドが音楽舞踊祭で賑やかになる月である。
 因みにデリーでは、ウッタル・プラデーシュ州で興った北インド古典舞踊・カタックの舞踊祭「カタック・マホツヴァ」(国立演劇舞踊学校カタック・ケンドラ主催)とヴァサンツヴァ(カラシュラム・インド芸術学院主催)が行われ、カタック舞踊ファンには堪えられない毎年の恒例行事となっている。
 ヒンドゥスターニー音楽は、グンダースやITC主催で超大御所を呼んでのプログラムが、やはり2月に行われる。
 インド音楽を聞き慣れていない一般の人々にとって、ムガール時代に花開き、哲学的で難解な理論が系統づけられ、理解するのが非常に難しいとされるヒンドゥスターニー音楽(しかもものすごく長い)を途中、寝ずに聞くことは、最初はなかなか難しい。
 「初めてのインド音楽」でも容易に理解でき、短めの時間でヒンドゥスターニー音楽の醍醐味を楽しみたい場合(ただし、ライト・ヒンドゥスターニー)は、前述のカタック・ケンドラ主催の「カタック・マホツヴァ」の鑑賞がお薦めである。
 カタック・ケンドラにはお抱えの音楽師(タブラ、サーランギー、ヴォーカル、シタール、パカワジ、フルート)が24人在籍している。
 通常、これらの音楽師が授業中、師匠(グル)と生徒の横で踊りの伴奏をするわけであるが、旋律楽器系はひたすら一定の旋律を奏で、打楽器系はグルの言うボール(口三味線)を忠実に叩かなければならない。リズムが0.1拍子でもずれると、グルのヤジが飛び、生徒は踊りをやめる。音楽一家に生まれ、数十年も仕事として続けているのに、踊りを始めて3年そこそこの生徒から「ほんとにまったく、ダメね」という目で見られるのはたいへんな屈辱であろう。
 舞踊伴奏の音楽家に求められるものは、ヒンドゥスターニー音楽を本職とする演奏家に必要とされる即興性や芸術性ではなく、職人芸である。彼らは、本職ヒンドゥスターニー音楽家に較べると地位が低く、当然の事ながら貰えるギャラも少ない。当然、不満が溜まり、やる気を無くしてプログラムではたらたらと弾くことになる。将来はプロの音楽家に、と生徒が頑張るお隣のガンダルバ(音楽学校)と較べて、なんと情けないことか…という感じだ。(とはいっても国立学校に採用されているのだから演奏はトップ・レベルである)。
 この傾向を払拭させなくては、と思ったかどうかは知らないが、伴奏音楽家のプロフェッショナル意識を養おう、と企画されたのが、3-4年前からのカタック・マホツヴァでの「ヒンドゥスターニー音楽演奏」である。学校のお抱え音楽師の底力を見せるという主旨だ。
 これによって、それまでは「学校のシステムが悪い」とか、「ポリティクスが蔓延している」とか言ってたらたらと毎日を過ごしていた音楽家達がしゃきっとした。
 誇り高いヒンドゥスターニーの血を見せようではないか、とプロ意識を目覚めさせたのである。
 国立舞踊学校お抱えの伴奏音楽師によるヒンドゥスターニー音楽の競演は、今年は、打楽器オーケストラ、そしてこれまた珍しいサーランギー・オーケストラというものであった。 (続く)
タブラ:木の胴に皮をかぶせたタブラと金属の胴に皮をかぶせたバヤンの一対の打楽器
シタール:ペルシャのアミール・フスローが考案したといわれる女性的な音色を特徴とする弦楽器
サーランギー:ラージャスターン地方が発祥とされる弦楽器。独特な音色
パカワジ:樽型の太鼓の両面に皮が張られた打楽器

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