Mughal-e-Azan 偉大なるムガル帝国

 20日まで銀座のメゾンエルメス10階ル・ステュディオにて「Mughal-e-Azan(偉大なるムガル帝国)」が上映された。
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 「Mughal-e-Azan」はインドの歴史的超大作映画である。公開から約50年経た今でも、ディワリ(インドの新年)やホーリー、クリスマスシーズンなどには、本国のテレビで年2回以上放映されるほどの人気映画だ。
 名優プリトヴィーラージ・カプールの演技、映画を彩る壮大なセット、贅を凝らした衣装と宝石、美しいウルドゥー詩、二ガール・スルターナーが魅せる艶やかな踊り…
 在インド時は、難解なウルドゥー語をインド人マダムから訳して貰いながら鑑賞した記憶がある。(マダムが忙しいので、時々だけだった)意味は正確にはわからなくても、美しい俳優陣と華麗な群舞、細部まで凝りに凝ったジュエリーなど、画面の美しさに酔いしれたものだ。
 今回の公開では、全編日本語字幕がつき、オンタイムで映画を鑑賞することができた。重厚なムガル宮廷の雰囲気を損なうことなく、美しくも悲しい物語が華やかに、そして流麗に綴られていく。
 特に素晴らしかったのは、『Teri Mahfil mein kismat aasma kal(歌会で運命を試して)」。ウルドゥー詩の韻の美しさを、日本語でも感じることのできるような訳詩になっており、訳者のセンスが光る。日本語字幕のDVD販売を待ちたい。

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インドワイン

 昨年渡印した際に、友人が「美味しいワインがある」と言って勧めてくれたワインがあった。「SULA VINEYARDS」の白ワインである。澄みきった透明な味わいは、確かになかなか美味しい。すっきりとした甘さである。インドでこの味は素晴らしい。聞くと、アメリカのIT業界で活躍していたラジーブ・サマント氏が自国に戻って97年にワイナリーを創ったとのこと。カリフォルニアからコンサルタントを迎え、寒暖の差がある高地ナシークで、有機的アプローチによって作られている葡萄から醸造されるワイン。美味しいのも納得できる。パッケージも可愛く、小粋な感じだ。
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 スラ・ヴィンヤーズのワインは北インド料理マハラジャで楽しむことができる。店長によるとスラ・ヴィンヤーズのワインの中でも特に美味しいのはスパークリング・ワイン。
 12月20日のナマステ・ボリウッドとの共催「クリスマスパーティー」で、そのスパークリング・ワインが参加者に振舞われることになった。
 http://www.namast-e-bollywood.com/
 ブリュット・メトッド・シャンプノワーズ白
 昨年いただいたあの白ワインより美味しいのだろうか。どんな味なのだろう。とても気になる。

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Queen Harish Show

ジプシーキャラバンに出演していたラジャスタニ・ダンサーのクィーン・ハリシュが10月に来日、東京で単独ソロコンサートを行った。
女装の麗人クィーン・ハリシュの持ち味は驚異的なアビナヤと高速膝旋回。
1000回以上の舞台経験を持つクィーン・ハリシュの実力は凄い。お客様を心から楽しませることを知っている。そして、全くぶれが無い。生き方にぶれが無い証拠だ。暖かい人柄が、舞台での演技に滲み出ていた。
アトラクティブで目が離せない彼の鮮やかなパフォーマンスを色で表すと、やはりラジャスタンで一番好まれる色、ローズピンクと思う。
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楽屋ではとってもキュートだった♪

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Ananya

プラーナ・キラーにて毎年10月頃に行われる古典舞踊の祭典「Ananya」。今年は10月11~15日に行われた。
 インド古典舞踊の大御所&若手舞踊団が美しい舞台を披露するこの祭典は、今年で6-7回目位になるのだろうか。
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 2002年には私も舞踊団のメンバーとして躍らせていただいた。その時の思い出は・・・舞台のベニヤがガタガタで平衡が出ておらず、しかも釘があちこち出ていて危険きまわりない・・・(きちんと打ち付けていても、ダンサーがステップを激しく踏むと釘が出てくるのだ…)平然と踊っているメンバーや師匠をたいへん尊敬したものである。当時は、外国人のヘリテイジ観光料金が急激に高くなった時代。通常200ルピー以上取られるところを舞踊鑑賞で行くと無料になるためか、観客は外国人が多かったように思う。
 幻想的にライトアップされた美しい古城を背景にした古典舞踊鑑賞。
 この魅惑的な試みに賛同し、古典舞踊を堪能しているインド人は、舞踊関係者(主に生徒達)が多かったように思ったが、今年のAnanyaは違った。インドの発展と共に客層の様相は変わり、モダンな若いカップルや美しいサリーを着た貴婦人と紳士、子供達で会場が埋め尽くされていた。観客は総数1500名を越えていたのではないだろうか。インド人率95%以上である。自国の文化を改めて堪能したい、という人々が増えてきたのだ。いやいや、そうではなく、その日のアーティストのファンに違いない。宣伝ももちろん凝っている。
 Ananyaにて自身の作品を発表することは、若手アーティストにとってたいへん栄誉なことである。
 私のFirst師匠Malti Shyam女史が今年はトリを飾ることになった。全部で5曲である。群舞の演出効果を促すため、録音音源に統一していた。リハーサルを拝見したときは、速すぎていささかまとまりがないように感じられたが、野外なので逆に躍動的に見え、照明効果も相まって、荘厳、且つ軽快な彼女独自のスタイルが表現されていた。Maltiを中心に皆が活き活きと自身を表現しているもの良い。皆、Maltiに憧れて群舞に参加している。
 私ももちろんMaltiの大ファンである。…が、一番感動したアイテムは、実は、師匠が踊った作品ではなく、クラスメイトだったゴリが中心になって踊った女性3名のKayalだった。無私で踊るゴリはまさしく舞台の神様に愛されている。そして豊富な舞台経験が、本番で彼女にさらなる輝きを与えていた。
 時代は変わり、舞台は3〜500名の舞台から1000名の舞台へと変化していく。舞台に合わせて、自分自身を表現できるダンサーが求められている。
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向かって右がゴリ。今年初めに結婚した。もちろんお見合い結婚。

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Dassera

Dassera、またはDashera。
10月、戦いの女神ドゥルガ―が悪魔マヒシャを三叉槍で倒したことを称え、ドゥルガ―・プージャがインド各地で盛大に行われる。プージャの前日〜前々日にかけては、歌や踊りの祭典などが催される。
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〜数年前のドゥルガ―・プージャの思い出〜
コミュニティ内にある大きな公園にテントがはられ、祭壇前に赤い絨毯が敷かれる。香が焚かれてプージャが行われた後、土の剥き出たステージで、コミュニティ内の美少女達が、ホラ貝やココナツを手に持ち、かなり速い速度で廻り踊る。両面太鼓に合わせて、コミュニティ内のトップダンサーが観客席の中から現れ、ドゥルガ―女神の神話が即興で踊られる。
ダンサー達は特別な衣装を着ているわけではない。
窒息してしまうのではないかと思うぐらいの熱気の中、阿修羅のごとく舞い狂うドゥルガ―とドゥルガ―に付き従うライオン、魔王マヒシャの壮絶な戦いは、息を呑む迫力と神々しい美しさに満ちている。
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悪鬼を倒して血を啜るドゥルガ―の舞は古典舞踊カタックダンスにも多く取り入れられている。
昨今のインドの発展に伴い、テントは大きなものが張られるようになり、大地のステージは壇上のステージへ、音響も全くの生演奏から、PAを使用した生演奏へと変わり、ゴージャスなステージが楽しめるようになった。
今年10月8日にモデルタウンにて行われたドゥルガ―・プージャの祭典は、サスワティ・センのドゥルガの舞に始まり、巨匠ビルジュ・マハラジの舞で締めくくられるプログラムであった。
古典舞踊家にとっては壇上のステージで踊ることは確かに素晴らしいことである。
…が、時々照明も消えてしまう、ゆらゆらと揺れる焔の中で舞う、ステージが無い時代の、あの時の、熱気と迫力の土の舞台の記憶も忘れ難いものだ。
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テント内に祀られたドゥルガ―女神

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Diwali祭 2008 横浜

ディワリはインドの新年のお祭り。
カールティック月の新月の夜に行われます。今年は10月28日。(と記憶していますが間違っていたらすみません)
ディワリを祝って、インド本国では25日まで、デリーのSBKK(シュリラム・バラティヤ・カラ・ケンドラ)の芝生に特設されたステージで、インド大抒情詩「ラーマヤーナ」の舞踊劇が行われています。ラーマ王子が14年の王宮からの追放を終え、貞淑な妻シーターを悪魔ラーヴァナから取り戻し、無事に本国に戻ってきた日、人々が家々に灯りをともして祝い、それがディワリの始まりとなったと言われているからです。ディワリは灯りのお祭りとも言われています。
舞踊劇「ラーマヤーナ」に出演するアーティストは主に、SBKKの生徒達。主役のラーマ王子はスター性が求められるため、素晴らしいラーマ王子を演じることのできるアーティストが何年も続けて選ばれる場合がありますが、ラーマ王子の貞淑な妻シーター役には、通常、SBKKの舞踊科の生徒の中から、その年のヒロインが選ばれます。彼女の得意とする舞踊が、自然、群舞でも多く踊られることになるのです。音楽は、トップの古典音楽家らによるもの。豪華音楽陣が毎年、新作を発表しています。
さて、日本では、横浜にてディワリ祭が行われており、インド人&日本人アーティストによるステージショーやキャンドルライトショーが繰り広げられています。
今年のハイライトは、ICCR派遣のインド人若手アーティストによる、北インド古典音楽とカタックダンス。
カタックダンスを踊るのはディパンウィッタ女史と、ダニエル・フレディ氏。
ディパンウィッタ女史は、私がカタックケンドラ一年生のとき、師匠Pt.Birju Maharajのクラスのシニア生徒でした。たいへん美しく、そして踊りが上手く、魅力的なダンサーで憧れの存在。同じクラスのアンジェリと「ああいうふうに踊りたいよね〜」と練習しまくったことを覚えています。
初めて拝見させていただいたときから10年以上経ちましたが、さらにしなやかに美しく、そして力強く舞っていました。
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さて、本国ではディワリを迎える前、インディアン・スイーツが山のように店頭に積まれ、飛ぶように売れていきます。
デリーの有名どころはベンガリ・マーケットにあるナッツ・スイート。創業60年ほど。デリー在住の方は、甘〜いインディアン・スイーツを是非食べてみてください♪

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ナマステインディア2008

 今年もナマステインディアに参加させていただいた。インドから帰国した2005秋の出演以来、今年で4年目になる。
 昨年までは生演奏でのカタックダンス&ラジャスタンダンスを披露させていただいていたが、今年は演出上、CD音源に統一した。
 ナマステインディアは、インド好きにとっては年一度のたいへんスペシャルなお祭り。ナマステへの出演を最大の目標としている生徒も多く、スタジオでの練習も熱気が違う。
 アカデミーは、27日ラグー氏のロックミュージックの後での出演になった。決めのポーズや、セクシー系(?)振りつけ毎に起こる観客の歓声に戸惑いながらも、生徒達はインドの雰囲気を味わいながら楽しく踊ったようだ。
 そう、それはまさにインドの映画館の雰囲気。
 やはりお祭りはこうでなきゃ!!!
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大人気でした☆
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まるでタージ・フェスティバルのよう。

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ひかり祭り

 毎年、神奈川県藤野で行われている「ひかり祭り」に今年も参加させていただいた。
 インドから帰国後、今年で3回目になる。初年は「インド舞踊の参加型ワークショップを」ということで、簡単に踊れるものをと思い、種々用意して行ったのだが、「難しい」、「目が回る」という声が多々寄せられ(1キロも痩せてうれしい、という声も寄せられたのだが)、昨年から実演型ワークショップに転向。
 舞踊を教えていく上での私の方針は「場数をこなすこと」。師の方針を踏襲している。身体ができてきて、明るくチャーミングで、熱心な生徒は半ば強制的に踊らせられることになる。人前で踊ることが好きでない生徒にとっては、アカデミーに所属していることはまったくもって悲劇というしかない。
 今年の藤野は暑かった。着替えに時間がかかるサリー隊のリトル・ダンサー達をバスに乗せて、藤野に2台しかないハイヤーに相乗りして会場へと向かう。
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 会場はインド系グッズも多く売られていて、ちょっぴり異国気分。
 担当の方と軽く打ち合わせを行ってワークショップを開始した。
 色とりどりの衣装に身を包み、リトル・ダンサー達が廻る・廻る・廻る…。
 観にいらした方たちも一緒に、音楽に合わせてて廻る・廻る・廻る…。
 
 ラストは皆でマイムマイム。
 たっ…楽しいっ…!!!
 数十名のエネルギー波動が体育館中を包み、皆の顔に微笑みが溢れこぼれた。(と思った。)
 心地よく疲れて帰宅の途に入る。地元のコンビニで藤野名物のゆずワインを購入した。北海道へのお土産なので未だ味見はできていない。
 ちょっぴり自信をつけたリトル・ダンサー達は現在、ナマステ・インディアに向けて猛特訓中。かなり良い感じになってきた。

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フラメンコの源流はインドにある?〜2〜

 インドで古典舞踊を習う場合、良い師匠(自分に合った師匠)に出会うまで、現地で必死に探して2-3年を要するという。私の場合、ラッキーなことにMalti Shyam女史という素晴らしいダンサーに最初から巡り合うことができた。
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 先生に連絡を取ると、デリーの中心街にカタック・ケンドラという国立舞踊学校があるので、そこに来て欲しいという。先生はカタック・ケンドラが持つプロダクション・ユニットの第2舞踊手なのだ。つまり、デリーで2番目に評価されている女性ダンサーである。(←当然、その当時はカタックダンスの情報を何も知らないので、普通のダンサーだと思っている)
 外国人の場合はプライベートが良い、というので、先生にアパートメントまで来ていただき、教えていただくことになった。先生は部屋に来ると、まず私の足の裏を見て、「この足の裏の形だったらグッドよ!」と仰られた。ふ…ふぅん…そういうものなのか。
レッスンが始まった。基本の足運びを教えていただく。
 右足から「タァ・ティ・ティ・タタ」、左足から「アー・ティ・ティ・タタ」と踏んでいく。何だかフラメンコのサパティアードみたいだ。段々わくわくしてくる。
 「MASAKOは覚えがいいわ」と先生は上機嫌だ。もっと色々なステップをやるのかな、と思っていたら足運びはそれで終わりになった。
 次に、「プージャ・カ・トゥクラ(直訳して、祈りの踊り)」を先生が見せてくださる。カタック特有のシンメトリーな動きに旋回が少し入った踊りだ。ゆっくりと美しく切れ良く踊る様に私は見とれてしまった。
 「さぁ、踊ってちょうだい」先生が楽しそうに仰る。
 私は戸惑った。一回見ただけなのだ。
 フラメンコを習っていた時はいつも素敵な先生が目の前で踊ってくださって、先生を真似しながら体を動かす。少しずつ鏡の中の自分を見ることができるようになり、何度も同じことをやることで段々と自信がついてくるものだ。
 だが、インドでは一回見たことや覚えたことをすぐ次にやらなければならないらしい。(←インド特有のスパルタ教育システムの成果であることを後日知ることになる)
 先生がリズムを歌い始めた。なんでもいいから動かなければ!私の手足はカチコチになり、そのまま硬直し…止まった。
 先生は笑い、リズムを歌いながら、私と一緒に2回ほど踊ってくださった。ムーブメントの一部に祈りのポーズが入り、日本人として嬉しい。
 「じゃぁいいわね。次よ。」
 アーマドという、ゆったりとしたアイテムは今までに見たことのない不思議なムーブメントで、全く理解できない。が、とにかく真似てみる。真似ることから全ては始まるのだ。
 冷や汗たっぷりの最初のレッスンが終了した。
 なんか違う…
 私の思っていたカッコいい切れ良く踊るダンスはこんな練習で果たしてできるものなのだろうか…?
 が、折角インドにいるのだ。何かを得て帰りたい。水や電気の滞る生活で私は大分楽観的になっていたのかもしれない。
 先生が帰られた後、一人で、先生から教えていただいた旋回をやってみた。が、平衡がとれず、足がもつれ、転んでベッドに頭をぶつけてしまった。こんなにもできないなんて…。負けず嫌い魂がむくむくと頭をもたげてくる。今日習ったことを練習して、きちんとできるようにしよう。
 段々とフラメンコが遠くなってきた。

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フラメンコの源流はインドにある?〜1〜

 「フラメンコの源流はインドにある」そのような話を耳にしたのはいつの頃だったろう。
 物心ついた頃から、外国文化やエキゾチックなものが大好きだった私は、大学時代、行きつけの画廊で、フラメンコギターの畠山さんが奏でる哀愁を帯びた「アルハンブラの思い出」に魅了され、卒業旅行にスペインを選んだ。アルハンブラ宮殿に触れ、本場のフラメンコを鑑賞し、就職するとすぐにフラメンコを習い始めた。スーパーフレックスをいいことに、平日夜も、川崎から高田馬場まで通い、稽古三昧の日々を送っていた。
 インドに興味を抱いたのは、「フラメンコの源流がインドにある」という説を何処からか聞いたからである。インドは仏教の発祥地。インド文化が日本文化に与えた影響は計り知れない。日本とインド、そしてスペインの間に何か関係があるかもしれない…と思うと、フラメンコのあの情熱的なカンテと仏教の真言の間に関係性があるように思えてくる。母が好きな着物の柄がどこかインド的であることも、日本人として少なからず興味を覚えた。
 1995年の暮。インドで観た初めてのインド舞踊は、南インドの舞踊だったように記憶している。額や手足に赤い印や模様をつけた美しい踊り手は強烈な個性を放ち、神話を表現しているという踊りは全く未知の世界であった。音楽もイメージしていたものとは全く違っていた。
 フラメンコ的なインド舞踊はどうやら北インドの「カタックダンス」らしいと聞きつけた私は、「カタックダンス」という名前がつくプログラムがあると可能な限り、劇場まで足を運んだ。しかし、どれも決定打は無かった。ダンサーが舞台でフットワークを行い、これがフラメンコのようでもあったが、決めのポーズはあまり魅力的とはいえず、旋回とフォーメーションの変化で時間が過ぎていく。あのなまめかしく、迫力があり、身体の奥底から渾身の力を湧き出だし、自己を表現するフラメンコのような踊りはいったいどこにあるのだろう。
 インド滞在も半年が過ぎ、種々の事情で帰国することになり、私は意気消沈した。(やはり噂だったのだ…)当時は、インドに関する記述があっても何処かの偉い大学の先生が書いた数行のみで、それだけが稀少な情報源だった。どこから調べていいかもわからない。現地でのリサーチこそがチャンスなのであるが…。
 人生というものは、半ば諦めかけている時にこそ、光が宿るものである。
 フランス人カタックダンサー、ヴェロニカ・アザンが踊るカタックダンスを見たときのことを私は忘れることができない。独特の視線表現、しなやかな指先、力強いフットワーク、サム(静止)でぴたりと止まった時の美しさ。何よりも素晴らしかったのはその存在感だ。無心で踊っている中で自然に湧き出る自己の表現の世界が展開されていた。フラメンコとのリンクがまさにそこにあった。(と感じた)
 その後、国立舞踊学校カタックケンドラが主催するフェスティバルを観にいった。インド人女性ダンサーが2名踊ったのだが、これが日舞のようにしなやかで、華やかな存在感を持ち、素晴らしく切れの良い技を次から次へと披露する。美しくしなる腕は、野生の豹を髣髴させ、旋回は砂漠を吹く風のよう、音楽と一体化したフットワークの後の美しいサム(静止)は、フラメンコ的でもあり日本的でもあるように感じられた。私は一気にカタックダンスの虜になった。

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