チックペーテを行く
左は現代のアヴェニューロードの写真、右は1880年代のバーザールの写真である。場所は不明だがアヴェニューロードではないかとされている。さすがに車や高い建物はないが、多くの人が往来し今と同じように栄えている様子が伝わってくる。
これは1791年のバンガロール市街の様子を描いたものである。この図の中心にある渦巻きみたいなものが、今のシティ・マーケットである。アヴェニューロード(旧ドッダペーテ通り)は緑色に塗ってみた。ピンク色に塗った道がチックペーテ通りで、この緑色とピンク色の通りが交わる地点が、いわゆるバンガロールのおヘソである。
言い伝えによるとケンペー・ゴォダは16世紀、占星術師が決めた神聖な日に、このおヘソ地点で雄牛4頭に鋤をくくりつけて4方向に歩かせて道を作ったらしい。それが今のアヴェニューロードとチックペーテロードにあたる。
今日はケンペー・ゴォダーが築いた交易市場を横断する道、チックペーテ・ロードを歩いてみたいと思う。
チックペートと言えばシルク・サーリーである。本物のシルクを扱っていると謳う店が百件以上も軒を連ねている。
競争がシビアになってきているため、店によっては客引きを雇っている。私が行った時も雇われ風情の人が声をかけてきて、しばらく私の後を着いて来た。
だが多くの店には、世代を超えてお買い物をしてくれているお得意様がいて、儀式や婚礼のお買い物は全てそこで済ませてくれているらしい。
結婚式の準備がワンストップで出来るのがチックペーテ。金や銀、電化製品、ガラス製品、陶器の食器セット、ナイフ・フォーク類も売られている。
シルクサーリーの店はここでは「ホール」と呼ばれている。そのため、マールティ・ホール、シーターラクシュミーホールといった看板を見る事ができる。ちなみにこの写真の中央下にあるマールティ・ホールという店は、1895年創業だそうだ。古そうな風情のある建物の下にこぢんまりと店を構えていた。
カエサレ・ヒンドゥという店は、75年前にドイツの企業と組んで創業したお店だそうだ。この店は、マイソールやガルワルのマハーラージャの家族にシルクのスーツや服を納めているらしい。
由緒あるサーリー屋が立ち並ぶチックペーテの名声はカルナータカ州じゅうに聞こえており、州のあちこちからサーリー購入目的で人々がここにやってくるそうだ。ここ数十年でシルク・サーリーを売る店がMGロードやジャヤナガルなどの新しい地区に移っていったのだが、選択の幅、値段、卸売りで言うと、まだまだチックペートに及ぶ場所はないそうだ。
チックペーテでサーリーのビジネスを行っているのは大昔に移住してきたジャイナ教徒のマールーワーリー・コミュニティらしい。そのため、チックペーテにはディガンバラ・ジャイナ教寺院やシュウェーターンバラ・ジャイナ教寺院がある。
ジャイナ教寺院だけではない。チックペーテ周辺にはこの他にも、遥か昔に移住して来たコミュニティ独自の寺院が建っている。お寺はあまり詳しくないので、よく違いが分からないのだが・・・。今度調べてみようと思う。
路地裏で、英語、カンナダ語、ウルドゥー語が併記された看板を発見。
と書かれてあった。(オリジナルの看板にはヌーンのノクタが打ってあった。)ハイダル・アリーやティープー・スルターンというムスリムの支配者がいたせいか、バンガロールの街の中心にはムスリムが多く住んでいる。その影響で看板がウルドゥーで書かれていると思われた。
バンガロールシティは、まだまだ奥深そうだ。だがケンペー・ゴォダが築いた交易市場をうろつくのは、とりあえずここらへんにして次回はイギリスの兵が駐屯していたカントンメントに行って見たい。請うご期待(?)
2008-03-07 22:28:41 - kahkashaan
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