隣国の留学生

近所の学生寮に、パーキスターン人留学生の

グラーム・アッバースさんが住んでいます。

ラーホールとデリーのお祭りの比較研究で

博論を書いているそうです。

こちらにいるパーキスターン留学生は珍しいです。

インドに来るだけでも相当な苦労をしたことと思います。

敵国インドにいるため、

「デリーから出てはいけない」という制約があるそうです。

インド到着後24時間以内に

外国人登録所にレポートする決まりもあります。

既婚者なので、家族も連れてきたくてビザを申請したら、

却下されたそうです。

なんだかんだと苦労が多そうです。

パーキスターン人であることを

知られているのか、知られていないのか、

インド人の友達とつるんでいる様子はありません。

インド人学生が楽しそうにバレーボールをしている脇で

ひとりタバコをふかしてチャーエを飲んでいる姿は

なんだか哀れです。

ときどき印パの民間交流を促進するサークルの学生と

散歩をしている姿を見かけますが

義務的であり、あまり楽しくはなさそうです。

我々とも顔見知りになったので

すれ違ったら言葉を交わします。

我々がインド人ではないせいか、

それとも日頃の鬱憤がたまっているせいなのか

それとも、パンジャービー気質なのか

我々の前で結構きついことを口走っています。

インドの食事は材料をケチっているからうまくないとか

インドは万事がケチだとか・・・。

彼は博論のドラフトを

わずか1年あまりで提出してしまったので

アルカカット氏が

「そんなに早く提出すると、簡単にできた論文と思われ

博士号をもらえないのではないですか」

と言ったそうです。すると

「おまえたちこそ、5年間遊びまくって

最後の1か月で博論を仕上げているのだろう」

と言って怒っていたそうです。

また別の時に、

男子学生寮の前でメールアドレスを交換しようとして

ペンがないかなと辺りを見回した時に

「誰か教養のある人なら持っているでしょう」

と皮肉を言っていました。

孤独なあまり、

他の学生の楽しく遊ぶ様子が目障りに映っているのだなと

思われました。

彼はグジュラーンワーラー出身。

「グジュラーンワーラーってラーホールとカラーチーの間の?」

と言ったら

「何をガキみたいなことを!

だいたい、ラーホールとカラーチーの間に国の8割が入るし。

地理というのを知らんのかね。

グジュラーンワーラーは、

ラーホールとイスラーマーバードの間だ」

と言って怒られました。

グジュラーンワーラーは工業エリアなのだそうです。

すると彼は急に故郷の懐かしさに酔ったようになって

「ペシャーワルで仕事の面接を受けた時に

面接官がパシュトー語で

『グジュラーンワーラーは、パーキスターンの日本だ』

と呟いた、あの響きがとても可愛くて

忘れられないなぁ」

と言っていました。

そんなこんなできつい人なので

敬遠した方が良さそうだなと思っていましたが

先日、すれ違ったときに

まだ生後3か月の我が娘の姿を見て寄ってきて

スローモーションになって

額やこめかみに口づけしていました。

彼は本当はいいやつなのかもしれませんが

インドでフラストレーションがたまっているため

とっつきにくい人になっているのかもしれません。

彼の留学が成功裏に終わることを祈るばかりです。

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サロージニーナガルへ行く

先日、サロージニーナガルのマーケットに

行ってきました。

年末のサロージニーでは、

ニット製品商戦が熱いようでした。

また、結婚式シーズンとあり

きらびやかなドレスマテリアルが並べられていました。

道端では、髪がべとついてそうな、目の茶色い男が

地面にしゃがみ込んで落花生を売っていました。

(足の長いインド人がしゃがむと、

膝小僧がわきの下よりも上に来ます。)

ところでサロージニー・ナガルと言えば路上駐車が酷くて、

出入りするだけで殺気立ってくるマーケットでしたが

いつの間にか立体駐車場が出来て

渋滞は解消されていました。

相変わらず路上駐車の車両はあるのですが

空いた場所を虎視眈々と狙う車がいるわけでもなく

その車が交通を妨げているわけでもなく、

まことにスッキリした印象を受けました。

立体駐車場の建物はモールになっていて、

Harajuku Delightsというクレープ屋も入っていました。

このクレープ屋、

店のテーマカラーや、制服などが確かに原宿っぽいのですが

チキンを扱っているところがユニークでした。

外食でチキンを食べたい若者が多いからでしょうか。

東京外語の前にあるクレープ屋からは良い匂いがしていて、

それが客寄せになっていましたが

ここのクレープは、なぜか無臭。

具も、手前に少ししか入っていなくて

クタンクタンと折れ曲がって、持ちづらかったです。

開店してしばらく経っているらしく、

店員のモチベーションが低いというのが

手に取るように伝わってきました。

店員の仲が良くないらしく

いやな雰囲気の中、仕事をしていました。

お客も、まばら。

店を出るときに、

こちらがサンキューと言いましたが

店員は無視。

この店は、すぐにつぶれると予感しました。

日本は、商品だけではなく

手厚いサービスを売りにしているので

ああいうレベルのサービスで

ジャパニーズを語らないでほしいなと思いました。

さて、気をとりなおして、

サロージニー・ナガルで買ったのは他でもない、

ダブルサイズの蚊帳です。

これで家族全員が蚊帳に入っても

手足を伸ばして寝れるようになりました。

広々とした蚊帳を吊るすと、

天蓋付きベッドに寝ているようで

贅沢な気分です。

子供も、普段とはちょっと違った気分を

楽しんでいるようです。

蚊よ、さらば。

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冬の夜に蚊に悩む

カシミールで雪が降ったとかで

日曜は、デリーでも寒空が広がっていました。

霧のようなものが漂って

景色は白くかすんでおりました。

アルカカット氏の先輩であるアバエさんの話によると

ビハールの方では既に濃霧が発生しており、

電車などの運行に遅れが出ているのだとか。

あちらでは電車が来ると、

駅などで爆竹を鳴らすのだそうです。

昨日から風が強くなってきたので

霧は晴れて、青空が広がっています。

とんびのような鳥がピーヒョロロと歌いながら

天空を漂っています。

〇   〇   〇

授乳のため、朝早く目を覚ますことがあります。

夜遅くまで賑やかな寮ではありますが

朝はしんと静まりかえっています。

街の喧騒も、聞こえてきません。

こんな時は、遠くのモスクから

アザーンの声が聞こえてくることがあります。

ほら、耳を澄ませていると

アアァー・・・という声が・・・。

と、思ったら

蚊の羽音でした。

腹立たしいことに、12月でも蚊がいるのです。

ウィリアム・ダルリンプルか、

他のイギリス人の本に

冬に蚊が死ぬと書いてあったのですが

蚊が死ぬのは酷暑期だけのようです。

1匹か2匹、部屋に潜んでいたしく

娘がひと晩で何か所も喰われてしまいました。

私も腕や指を喰われました。

1プッシュだけで12時間効果があるという

押すだけベープを何プッシュしても効かず、

「マッチャローン・カ・ヤムラージ(蚊の死神)」こと

アースノーマットも効きません。

もはや、頼るすべがないので

蚊帳を出してきてベッドの上に吊るしました。

蚊帳は、シングルサイズ。

そこに私と、娘と息子が入って寝ています。

(アルカカット氏は蚊に刺されないので蚊帳の外)

娘をつぶさないように気をつけ

且つ、寝相の悪い息子の位置補正をして、

寝苦しい夜が続いています。

手足を伸ばして、ひと版ぶっ続けで眠りたい。

母のぼやきであります。

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ハト、ハトー!

午前7時に夜が明けますが

しばらくは曇り空が続き

陽がさすのは、10時位になってからです。

とはいっても陽光にやる気が感じられず

とりあえず黄色く照らしているという感じ。

どうやら、やっとデリーに冬がやってきたようです。

大学構内のあちこちで、

レンガで囲って焚き火をした跡が見られます。

夜の間、警備員が暖をとるために

木切れを燃やしているのです。

寮の地階に住む主婦リーマーさんは、

耳から寒気が入ってこないように

綿を耳の穴に突っ込んでいました。

その娘のハルシターは、頭巾をかぶらされています。

一方、

日本で木枯らしに鼻水を飛ばされながら

散歩していた我ら親子にとって

このくらいの気温は、まだまだ平気。

頭からウールの茶色いショールをかぶった

通りすがりのインド人のおばあさんに

「この寒い中、どこへ子供を連れて行くというの」

と言われながらも

黄色い陽光の中を散歩しています。

〇   〇   〇

クックのマムターさんは、

ガス台の前の窓を開け放って調理をします。

窓から吹き込んできた風に火が煽られて

うまく調理できない気がするのですが

彼女はなぜかそうしています。

先日、彼女が帰った後、

台所でガサゴソという音がしました。

開いた窓からハトが侵入していたのです。

ほうきで小突いて追いだそうとすると、

ハトの方も怖気づいてしまい

あっちへ突進したり、こっちへ突進したり。

逃げ道が分からなくなっているようでした。

台所でさんざん暴れた後、

今度は部屋に侵入してきました。

壁にぶつかって落ちてはプリンターにとまったり

ベッドにとまったり。

部屋を暗くして扉を開ければ

外から明るい光がさすので

逃げ道が分かりやすくなるんじゃないかな、

そう思った私たちは部屋の電気を消しました。

すると今度は目を赤くして休止モードに入ってしまい

突いても置物のように全く動かないのです。

どうやら暗いところでは

むやみに飛ばないようにしているみたいです。

仕方なく部屋を明るくし、

また小突いては、はばたかせるということを始めました。

マサッカリー、マサカリー♪

ハトがはばたくたびに

積年のホコリがパンカーや蛍光灯から落ちてきます。

羽も落ちるし、フンはするし、

ハトが持っているダニのような虫も

落ちているのかもしれません。チー。

Delhi-6の中で

アビシェークバッチャンは

ハヴェーリーの屋上にクッションを持ち出して

寝そべって本を読んでいましたが、

隣の家が鳩を飼っていたのなら

屋上はさぞフンだらけだったのではと思います。

そうこうしているうちに、

戸口にぶらさげてあるトーランを大きく揺らして

ハトは飛び去っていきました。

やっと我が家から台風が去っていきました。

隣のマズハルさんの家では

ハトが侵入して

台所の棚の中で巣をつくり

卵をあたためていたそうです。

上からタマゴを落とされて気づいたのだとか。

クルクルという声や、

不自然な物音で気づかなかったのでしょうか。

我々の迷惑をよそに、

今日もハトは、外の洗濯ひもでブランコをしております。

良かったことといえば、この事件のおかげで

息子がハトという言葉を覚えたことでしょうか。

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黒い服の男

今朝、古紙回収の男が来ました。

白髪まじりの頭をした、痩せた男です。

いつも黒のハイネックの服を着ていて、

キザっぽく片手でナマステーをしてきます。

ペーパーワーラーは、何人もが寮に出入りしていますが

アルカカット氏はなぜかこの人物だけに

古新聞をあげることに決めているようです。

私は6か月間、彼の姿を見ていたなかったのですが

今朝、痩せた男の影が窓に映り

すぐにあのペーパーワーラーが来たことが分かりました。

すると、アルカカット氏が

「彼、顔が変わっちゃったんだよ、見てごらん」

と言うのです。

ドアを開けて見てみたら、

彼は顔の真ん中に白い小さなガーゼを貼っていました。

そのまわりは、なんだかぐちゃぐちゃになっていました。

どうやら交通事故で鼻を無くしてしまったそうです。

痛々しい見た目に、おしりがヒヤリとしてしまいました。

鼻だけで済んで良かったというべきか、どうか。

交通事故は怖いです。

〇   〇   〇

昨日はクックのマムターさんが帰った後、

ラッチェーダール・スィワイヤーンを調理しました。

ときどき我が家にやってくる

ハリールさんに貰ったスィワイヤーンです。

イードの時に、マスジドかどこかで貰ったものを、

とっておいてくれたそうです。

私はインドを留守にしていたので、

だれか他の人にあげてくれれば良かったのですが

なぜか、私のために保存しておいてくれていたようです。

ハリールさんは、ラッチェーのほかに

トレードフェアで手に入れた紙袋、布袋、

ヒマーチャル出身の知り合いから貰った靴下、

2004年発行の子供用のウルドゥー語雑誌をくれました。

他の人から貰った本を、くれることもあります。

どこかの企業のロゴが入っている

買い物袋をくれて、

「その後、使っているか?」

と訊いてくるので返答に窮します。

彼は、無料で貰ったものを

イードのギフトだ、誕生日のギフトだと言って

さも大事そうに私たちにくれるのです。

そして、私たちには日本からの土産を

いろいろリクエストしてきます。

しかし、いつも注文が細かいので

期待どおりのものを買ってきてあげられないことが多いです。

ヨネックスの緑色のキャップが欲しいとか、

Bというロゴが入った、日本製の青いキャップが欲しいとか、

(彼はビハール出身なのでBという文字が好きなのだそうです)

ウールのフード付きのフランネルのシャツが欲しいとか。

でも、期待どおりのものが手に入らないと分かると

あっさりと諦めてくれます。

期待したものと違うものを貰った場合、

彼は私たちの許可を得た後、

他の人にあげているようです。

以前、ポケットサイズの折りたたみ傘をあげましたが

「ワンタッチで開くものが欲しいんだ」

と言って、ほかの人にあげたようです。

(彼は不器用なので3段にたたまれた傘を開け閉めできず、

今にも壊してしまいそうでした。)

このように、貰ったものを、他のところにあげて

その見返りに何かを得て

彼は暮らしているようです。

いわば「黒いシャルワール」をしているのです。

彼は無職で、家賃1000ルピーのところに住んでいて

金銭的には困窮しているようなのですが

腹回りが凄いです。

ユニクロのXLのサイズの服が入りませんでした。

無料で食事がふるまわれる機会を

逃さず利用しているのでしょうか。

JNUの寮で、新聞に目を通して

情報収集も余念がないようです。

賢く貧乏生活を送っているのかもしれません。

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クックさんが来た

クックさんのマムターさんが通ってくるようになり

食事が楽しみになってしまいました。

自分が作ると、イマイチなこともあるし

味見をしなくても味が想像できてしまい

しかも調理中に匂いを嗅いでいることもあり

食べる時には既にウンザリしていることがあります。

その点、プロのインド人にお任せすると

おいしく食べられます。

私は魚のカレーを作るのが下手ですが

彼女は、オディシャ州の沿岸地区に生まれて

魚のグレービー、魚フライ、魚のおかずばかり

食べてきたとあり

魚料理が得意のようです。

これから、手に入る限りの

いろいろな魚を調理してもらおうかと思います。

〇   〇   〇

メニューを決めるのは、雇う側の役目です。

したがって、材料の買い物も私たちがします。

となると、雇う側とクックさんが息を合わせないと

パフォーマンス(料理の質)が落ちてしまうのではないか?

・・・と思われました。

たとえば、チョーレーやラージマを食べたいのであれば

前の晩から豆を水に浸しておくとか。

必要なコンビネーションの材料をそろえておくとか?

時間がかかる肉のマリネを事前にしておくとか!?

昨日はトマトとニンニクとショウガが少ないと言われて

近所の八百屋まで走りました。

ジーラが必要とのことだったので

アルカカット氏がシャーヒー・ジーラというものを買ってきたら

「これでは香りが少ない」

などと言われたり。

逆に、私がトマトピューレを用意したのに

全く使ってくれなかったり。

しかし、まだ最初ですので

次第にお互いのことが分かり

いずれチームワークができていくことでしょう。

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ムニールカー・シャリーフ

ひさしぶりに会った知人と言葉を交わしたりして

楽しく過ごしている今日このごろです。

育児と家事も、何とかなりそうです。

やっぱりインドに戻ってきて良かったです。

今日は、腰痛対策ヨーガを教えてくれた

ウメーシュ先生に出会いました。

「娘が生まれたんです」

と声をかけ

「その後、腰痛はどうですか」

などと話をしていました。

ところで、大学で日本語を教えているM先生が

寮に引っ越してきたらしいので

「この寮に、もう一人日本人が住んでいるそうですね」

と言いました。するとウメーシュさんは

「ひとり、いますねぇ。ヒンディー語を勉強していて

なんと、Ph.Dをやっているんですよ!」

と応えました。

・・・そりゃ、私の夫じゃ。

ウメーシュさんは、何をトンチンカンなことを

言っているのだろうと首をかしげながら

ウメーシュさんと別れました。

その後、アルカカット氏の後輩の女の子に会いました。

今度は彼女に

「あぁ、誰だか分からなかった」

と言われました。

どうやら、インドに来る前に髪を切ってしまったせいで

私とは気づかないインド人がいるようです。

私はそんなに劇的に変わったのでしょうか。

ウーム。

○   ○   ○

シーア派ムスリムの隣人マズハルさんは、健在です。

ムハッラムの喪に服す期間に突入したので

赤や黄色の服は避け、揚げ物も避けて

暮らしております。

昨日、アルカカット氏がマズハル氏とすれ違った時に

「今からムニールカー・シャリーフに行く」

と、言っていたそうです。

エッ!ムニールカーにシーア派宗教施設があるの?

そう尋ねると、アルカカット氏は

「あるわけないじゃん、マズハルさんによる

マズハリアン・ジョークだよ」

と言っていました。

シャリーフ(高貴)とはほど遠く、

小さなアパートや商店が密集して

とても綺麗とは言えないムニールカーに

「シャリーフ」をつけるあたりに

皮肉を感じます。

今度私も、とてもシャリーフとは言えない地名に

シャリーフを付けて、ふざけてみようと思いました。

でも、日本だと

思わぬところに実際にモスクがあったりするので

大して冗談にならないかもしれません。

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クックさん

二児の面倒で大変なので

少しでも楽になるようにと

クックさんを雇うことにしました。

お掃除に来ているおばさんに話をしたら

さっそく今日、ひとりの女性を連れてきてくれました。

彼女は以前、バス停でおそうじおばさんから

カレーリーフを貰っていた女性。

どうやらムニールカーのスラムの

隣人なのだそうです。

クック歴があるし、

ノンヴェジも作れるようですし

すぐ近所でお仕事していて

通勤にも問題ないようなので

次の月曜日から頼むことにしました。

○   ○   ○

ところで、お掃除のおばさんが昨日

「クックさんに、ナンバルを教えておいた」

と言っていたので

ハテと首をかしげてしまいました。

なぜなら、お掃除のおばさんに私たちの

携帯番号を教えた記憶がなかったからです。

さらに話していて判明したのですが、

どうやら住所のことをナンバルと言っていたようです。

おととい空港から大学の寮にタクシーで向かう時も

運転手が

「ナンバルは何だ?」

と訊いてきました。

ナンバルを住所という意味で使うこともあるんですね。

 

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デリー、ふたたび

半年間、日本で過ごした後、

ふたたびデリーに戻ってきました。

今度は、9月に生まれた娘マリカも一緒です。

子供好きのインド人のこと、

エア・インディアのクルーは、

子供によくしてくれました。

着陸後に、記念撮影までしてきました。

イミグレーションでは、カウンターのおじさんと

ヒンディー語で雑談。

「インドは日本になれるか?」

などと訊かれ、アルカカット氏が

「正直に言うと、やや傷つくことでしょう。

日本になりたいのなら、まずインド人が

日本人にならなければいけないでしょう」

などと意見を述べていました。

インドはこういう雑談が気兼ねなくできるところが

やはり楽しいですね。

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帰ってきた日本人 ~水の飲み方

日本に帰ってきてからもやめられないのは、

ペットボトルの注ぎ口から、口をつけずに水や麦茶を飲むこと。

それがあたりまえの感覚になっているのですが

家族に「器用だね」と言われて

ハッと気づきます。

こういうのは、ラッパ飲みと言うんですよね。

私の家族はグラスに注いでから飲んでいます。

私も、食事や休憩の時間には

さすがにグラスで飲みますが

台所の通りすがりに、ちょっと一口水分補給したいときは、

面倒なので、冷蔵庫の前で立ったまま

ラッパ飲みしてしまいます。

そういえば

JNUの寮に、韓国人の家族が住んでいました。

その家族の長女はインド生まれ、インド育ちの9歳。

ヒンディー語がペラペラで、

寮では、インド人の子供たちと

走り回って遊んでいます。

その彼女に、

「おばちゃん、水くれない?」

と言われました。

近所のインド人の友達の家で遊んでいたにも関わらず

私に言ってくるからには

ボトルに入ったミネラルウォーターが欲しかったのでしょう。

そう思った私は、当然のようにAquafinaのボトルを渡しました。

すると彼女は、少し戸惑っていました。

ボトルから直接飲んだことがないらしいのです。

それでもトライしたら、ゲホーッと

口に含んだ水を床にぶちまけていました。

むせてしまったのです。

そして、慌てて謝っていました。

こっちこそ、ごめんなさい。

彼女は、インド人の子供のようだと思っていたけれど

水の飲み方に関しては韓国人だったんですね。

§

ペットボトルなどから口をつけずに水を飲むのは

みんなで気兼ねなく回し飲みできるようにするためなのでしょう。

それでも、同じペットボトルの水をシェアするのを

嫌う人もいますけれどね。

私が勤めていた会社では、

お掃除スタッフが毎朝

ペットボトルにフィルター・ウォーターを詰めて

各デスクに置いていました。

インド人は、よく水を飲みます。

(オシッコの色が透明になるまで飲むべきだ、と

考えている人もいるそうです)

だから、そのデスクに座る社員が、席を立たなくても

水を飲めるようにするために

水を置いているのです。

そのペットボトルの水なのですが、

デスクにやってきた同僚が、なにげなく飲むこともあります。

私の隣の席に座っていた秘書は、

営業たちが彼女のボトルから水を飲むのを

すごく嫌がっていました。

「このお水を飲まないで。私の言いたいこと、分かっているでしょ」

と言っていました。

それを聞いて、彼女が言いたいことについて

考えをめぐらしていました。

やはり、ブラーフマンであるからなどの理由で

他の人と飲み水をシェアするのを

避けなければいけないのかもしれません。

§

私はゴールコンダ城を観光中、

岩の上に座ってガードマン達とおしゃべりをしていた

見ず知らずのおじいさんに

水をくれと言われたことがあります。

焼けつくような暑さの中でした。

だから、おじいさんは水が飲みたくなって

旅人に声をかけてみたのかもしれません。

その頃、私はペットボトルの注ぎ口に

口をつけて飲む派だったので

物凄く躊躇しました。

彼だって、口をつけた水を飲むのは嫌だろうと思ったのです。

そして、印象を悪くするかもしれないと思ったけれど

断ってしまいました。

周りにいたガードマンは

言葉が通じていないと思ったのか

おじいさんがかわいそうと思ったのか

「水をくれと言っているだけだよ」

と、しつこく言っていましたが頑なに断りました。

あの頃から、注ぎ口に口をつけずに水を飲んでいれば

あの時、水をあげたかもしれないなぁと

今になっても、思い出します。

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