旅の参考書

さて今度の休みにどこを訪れようか?とあれこれ思いをめぐらせるのは愉しい。時間や財懐具合と相談しながら、訪れる場所や交通手段などをいろいろ考えてみる。何しろ見どころの宝庫インドだ。かつてサファーヴィー朝時代のイランのイスファハーンは『世界の半分』と賞賛されていたが、見るべきところの多さと感動の度合い、名所旧跡のみならず現代のインド社会で日々起きている事象についても、興味深い動きや学ぶべきことが実に豊富なことから、『インドこそが世界の半分』だと思っている。
話は旅行に戻る。漠然と『どこに行こうか』と思うにしても、具体的に訪れてみたい場所があるとしても、名所旧跡がひとまとめに図版入りで紹介されている一冊があると、計画を立てるのに役立つだろう。世の中の多くのガイドブックが、こうした見どころに加えて宿泊、食事や交通事情といった実際的なデータを合わせて構成されている。すると誌面や冊子のボリュームの都合で、メジャーどころ以外の画像や図版が入り込む余地はなくなり、出来の良し悪しはあっても、基本的にどれも同じようなところを紹介することになる。
インドの建築物のみに特化したガイドブックがある。1996年に出た『インド建築案内』だ。
インド建築案内
大手書店の書棚でしばしば見かけるので、実際にこれをお持ちの方も多いだろう。こういう書物が出回るからには、日本の『旅行文化』もなかなか捨てたものではないと思う。この本では、インド東西南北各地の歴史的建築物から現代建築までが写真入りで網羅されている。建築家である著者が20年間におよぶ旅行や取材を通して編集したもので、287の都市や村における612の建築物が紹介されている。
各建築物に関する記述はごく簡単なものだが、とりあえずそういうものの存在を知るきっかけになるという点が重要だ。気になるものがあれば、自分で更に調べてみればよい。私自身、西ベンガル州のテラコッタ建築を見物に行ったときなどおおいに参考にさせてもらったし、バナーラス近郊のジャウンプルのイスラーム建築群も、この本の記事を見ることがなければ訪れることもなかっただろう。
『素晴らしいコンテンツで、しかもフルカラーなのに2800円とは安い!』と購入当時感激したものだが、2003年には英語版も出ている。インドの書店でも見かけたことがある。多少なりとも興味のある方にはぜひお勧めしたい。ただ欲を言えば、著者が取材していた頃にはまだ外国人が足を踏み入れることができなかった北東諸州が含まれて居ないこと。いつかこの地域の写真や記事を加えた『完全版』が出てくることがあればなお嬉しい。
著者の神谷武夫氏のウェブサイトもまた秀逸だ。建築という切り口を通して見たインド、そういう構造物や造形を生み出す背景にある様々な事象や要素について、わかりやすい言葉で解説してあり、英語と韓国語でも閲覧できる。氏の今後ますますのご活躍をお祈りしたい。

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