指を広げた拍手

もうすぐ3歳になる息子は、嬉しいことがあるとペチペチと手を叩く。
手の指を広げた状態で叩く。
この叩き方、どこかで見たような。
そうだ、カッワール逹の手の叩き方だ。

彼らが手拍子するときは、なぜ指が開いているのだろう?
逆に言うと、なぜ我々が拍手するとき
指は閉じているのだろう?

昔は誰しも指が開いていたのだと思う。
それが学校に行くようになり、
先生が生徒の注意をひくために
大きな音を立てて手を叩くのを見る。
先生みたいに大きな音を立ててみたい、と
子供は密かに練習してみたりする。
先生という権威への憧れもあるだろう。
すると指を閉じて叩くと、いい音がすることを発見してしまう。
以降、表彰式とか入学式とか、
何かと手を叩く機会が多いので
手の指をくっつけた叩き方が身についてしまう。
指を閉じた叩き方がオトナな叩き方なのだと思い込む。

天皇が手を叩く時は、いつも指が揃っているし、
権力を誇示する北朝鮮の総書記にいたっては
右手と左手を90度ずらすという、普通とは違う拍手をする。
身分が高くなるほど、子供の叩き方とはかけはなれた叩き方をするもの。

しかし、たとえばサッカーの試合で点が入ったら
どうだろう?
観客がワーッと立ち上がり、手を叩く。
その手の指は、そこまで開いていないけど、
閉じてもいないんじゃないだろうか。

つまり、開いた指による拍手は
無邪気で下心とは無縁な感情が溢れたものだと考える。
カッワール逹の拍手の指が開いているのは
神様と素直に向き合っているから、純真だからではなかろうか

などと
息子を見て思うのである。

This entry was posted in 未分類. Bookmark the permalink.

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>