向上

アルカカット氏が、自分の祖母であるかのように慕っている

B女史のお家に行ってきました。

彼女は昔、東京外国語大学で

ヒンディー語の客員教授をしていた方です。

(あのF先生が学部生の時に、ヒンディー語を教えたそうです)

日本がとても気に入り、帰国後は日本に関する本を書いたり

文化的イベントを主催したりして

日印交流に貢献してきた方です。

長年、デリー大学で教鞭をとっていましたが

(あのマーヤーワティーにヒンディー語を教えたそうです)

かなり前に引退されて、今は娘さんと一緒に

ノイダの高層アパートに暮らしています。

今回、生まれたばかりの娘をB女史に見せに行ったのですが

泣き止まなかったため、B女史の寝室を借りて

あやしたり授乳をしたりしていました。

こういうとき、ついつい本棚に並ぶ背表紙に

目が行ってしまいます。

本棚には、ご自身の著作がずらーりと並んでいました。

日本語・ヒンディー語辞書、デリーについて書いたエッセイ、

鐘は鳴る、と名付けられた英語の詩集など。

ご自身の著作以外では、「日本の伝説」という本、漢字の本、

そしてプーランデーヴィーの自伝が並んでいました。

以前、ベーナズィール・ブットーの自伝や

ビル・クリントンの自伝も目にしたことがあります。

どうもトップにのぼりつめる人間に強い関心があるようです。

〇   〇   〇

以前、彼女のインタビューを読んだことがあります。

彼女は、ムルターンあたりのザミーンダールの家に生まれ、

生まれた時に「この子は長生きしないだろう」と

言われたそうです。

彼女がまだ少女だった頃、印パの分離独立を迎え

家族は飛行機でムルターンからデリーに

飛ぶことにしたそうです。(さすがお金持ちです)

その時、親はB女史に

「あなたは次の便で行きなさい」

と言い残して自分たちは先に去ってしまったそうです。

女の子であるため、

しかも長生きしないと言われたことから

親はBさんをムルターンに置き去りにするつもりだったのです。

親が行ってしまった後、彼女は空港で泣いていたそうです。

それに気づいたイギリス人のパイロットが可哀そうに思って

彼女を特別に飛行機に乗せてくれたそうです。

そうして彼女はあの動乱の中、

デリーに来ることができたのです。

その後、デリーではおばさんに会うことができ、

やがて両親とも合流できたそうです。

デリーで住んだ新しい家のそばには

デリー大学があったそうです。

彼女は大学の建物を見あげて、

「いつかあそこで学びたい」

と思うどころか

「いつかあそこで教えたい」

と思ったそうです。

彼女は早くに結婚し、子供も産んだようですが

アーグラ大に通い、博士号を取り、

そして目標どおりデリー大の教授になったそうです。

その間、家族との軋轢(あつれき)が相当あったようです。

インドでは

「家族の女性が前の通りを渡っただけで、不名誉になる」

という考え方があるようです。

昔はともあれ、今でさえもこの考え方にしたがって

奥さんが外で働くのを許さない人がいます。

そこを彼女は

「女性が道を渡るのをむしろ名誉に思わなければいけない」

と言います。

拍手喝采を送りたいです。

また、Bさんは

世間が男の子ばかり有難がる風潮に反発し、

自分は男の子よりも優れているんだと証明するため

あらゆる努力したそうです。

そんな感じなので、彼女は向上心とか野心とかいうものに

関心があるのではないかと思いました。

逆に、向上心がない女性に対して

軽蔑したようなそぶりも感じます。

使用人の女性を「知恵がないんだから」と馬鹿にしながら

叱っているのを聞いたことがあります。

また、BAしか持っておらず、

アカデミックな活動をしているわけではない私のことも

とるにたらないと考えているようなそぶりを見せています。

悔しいので、私も野心とやらを持って

高い目標を目指そうかと

Bさんのお宅に行くたびに思います。

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