その名も「インド」

インド
日経ビジネス人文庫から書き下ろしとして出版された「インド」という本がある。「目覚めた経済大国」という月並みなサブタイトルが付いているものの、日本経済新聞のデリー駐在記者による現地報告というだけあり、とかく注目されがちなITのみならず、インドの様々な分野の産業にスポットライトを当てて、左派勢力の閣外協力によりかなり厳しいかじ取りを続ける連立政権の経済運営と今後の課題を幅広く探っている。
内容は一般向けの入門書だが、記述内容が知識のはぎ合わせになることなく、政治経済、産業各界が相互にどういう風に作用して今のインドのアウトラインが成り立っているのか理解しやすく上手にまとめてある。また社会の各要所を占めるキーパーソンについてのわかりやすい記述とともに、経済という視点から眺めたインドの現況を手っ取り早く理解するために実に便利な一冊であろう。この類の本はフレッシュさが命。比較的最近出版された本なので、大手企業参入が進む小売業界、ルピー高といった旬なトピックも盛り込まれているのもいい。


ただし食事や映画といった日常生活や娯楽といった部分についての記述は、多くの案内書でよく見られるものと同様の紋切型であるとともに、内容自体に疑問符がつく部分もある。おそらく執筆した記者の興味の範疇外の事柄であるからなのだろう。その他の部分が良くできているだけに、こうした記事は掲載しないほうが良かったのではないかと思う。
瑣末なことと感じる向きもあるかもしれないが、文中に出てくる人名・地名等の表記はかなり気にかかる。今後インドに関する様々な記事・記述が各メディアに掲載されるようになるであろうこともあり、こうした固有名詞等の表記について、しっかりとした指針が早急に必要なのではないだろうか。読みかたがそもそも間違っているもの、不必要に促音化されているもの、長母音と短母音の別が無視されているもの、短母音がなぜか長母音化されているものなどいろいろ出てくる。
日本語に存在しないため表記しづらい音があるとはいえ、可能な範囲でなるべく原音に近い綴りとするべきだろう。これまで一般に馴染みの薄かった個々の「名前」について、当初大手メディア各社間で相当のブレがあるが、やがてこれらが収斂されてまとまってくる「マスコミ表記」により、日本語でどう綴るかがほぼ統一されてしまうことはよくあるからだ。
もちろん日本語で表記するにあたりかなり怪しげなスペリング等がまかり通っているのはインドに限ったことではないだろう。しかしあまり現実にそぐわない表記が知らずのうちに定着してしまう前、メディアによる綴りの差異が大きなうちはまだまだ修正可能なのではないだろうか。
ともあれ今のインド経済の動向を感じるにはとっておきの好著であるという点は間違いない。全267ページの手軽な文庫本ということもあり、ぜひ一読をお勧めしたい。
「インド」 目覚めた経済大国
日本経済新聞社編 日経ビジネス文庫
ISBN 978-4-532-19394-2

「その名も「インド」」への2件のフィードバック

  1. 本日8月31日付の朝日新聞(西部版)12面(経済欄)の半分を使って「けいざい一話」として「戒律厳守ジャイナ教徒」「インド実業界で存在感」という記事が出ています。
    インド経済を語る上では、ジャイナ教徒の存在はひとつの重要な要素なのですが、今まで特に取り上げるような記事はありませんでした。
    インド理解が新しい局面に向かおうとしているのかもしれません。

  2. 同じく東京版にも出てました。新聞の経済面でこういうものが掲載されることは珍しいですね。在日インド人社会についてもIT関係だけではなく、神戸のジャイナ教寺院が取り上げられることも今後あるのでしょうか。
    でもちょっと気になる部分もありました。
    『01年の国勢調査によると、ジャイナ教の信者は約420万人で全人口のわずか0.4%。しかし、ジャイナ教の団体によると、インドの個人所得税の約2割は信者が納めているという』
    とありますが、いくら富裕な人が多いとはいえ本当にそこまで大きな数字なのでしょうか?(納税額について)
    「〜らしい」「〜という」と新聞に書いてあると、それがひとつの「神話」として独り歩きしてしまうこともありそうなことについては、いくばくかの危うさを感じないでもありません。

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