文化祭で日本語劇を観る

2010年3月20日(土)と21日(日)、ジャワーハルラール・ネルー大学(JNU)で文化祭が行われた。この文化祭は、JNUの日本語科が主催しているもの。だが日本語を教えている他の学校も、参加して良いことになっている。バンガロールでいうところの「ジャパン・ハッバ(日本祭)」のような催しだ。
昼間は主に、オーディトリアムのステージにて出し物を行う。夜はグラウンドで日本の屋台と踊りを楽しむ。
生憎、生け花、折り紙、太鼓や箸コンペティションが行われた1日目には参加できなかったのだが、2日目に行って来ることができた。
最近、インドでは時間通りに開催されるイベントが多くなってきた。そのため、日本関連イベントは当然時間通り開始することが期待された。だが、最初から開始が30分遅れてしまっていた。学生主体なので仕方ないか。
また、このようなステージでの出し物には、参加希望者が多く、たいてい時間配分が大変になる。今回は、デリー大学で日本語を勉強している生徒さん達が飛び込み参加し、しかも日本語センターの生徒さんがふたつ演目を披露したため、合計で1時間半、予定からずれてしまっていた。
デリー大学からは、学生4人とウニター・サチダーナンド先生が参加していた。生徒のうち2人はアルメニア人であった。なぜ日本ではなくインドで日本語を勉強しているのだろう?しかもひざ丈のミニ浴衣を着ていた。彼らは、トークを交えながら雛祭りの歌、会津磐梯山の歌、石川啄木の詩、ヒマーラヤに関する詩を披露していた。
次に、日本語センターの生徒が『タッチTV』というオリジナルの日本語劇を披露した。日本の新しいテクノロジーであるタッチTVは、テレビの中から人が飛び出してくるというもの。インドのテレビのチャンネルを廻すと、必ずバーバー・ラームデーヴが登場してくるが、タッチTVでは、テレビの中からバーバー・「ア」ームデーヴが出てきて、直接ハゲに効くヨーガの指導してくる。スポーツ・チャンネルからはボクサーが飛び出てきたり、ボリウッド映画チャンネルからはシャールフ・ハーンが飛び出してきて「スイスに行こう」と主婦を連れ去って行ってしまう。オリジナルの台本にしてはよく練られた、愉快な劇だった。
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次も、日本語センターの別グループによる日本語劇だった。男の子が、或る女の子を3日でガールフレンドにしようとするが、正直者の男の子に奪われてしまうというオリジナル・ラブストーリーだった。演劇らしくしようという努力が感じられた。だが、ストーリーにヒネリが欲しかった。うちの会社の文化祭でも、必ず直球ラブ・ストーリーを演じる人がいるが、ボリウッド映画の影響なのだろうか?
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次が、MOSAIによる日本語劇だった。いつも時間を守るジャギー氏。インドで時間を守ったために痛い目にあったので、わざと遅れて会場に行く習慣を付けた。日本での講演に呼ばれたけれど、やはり少し遅れて行ったため、主賓なのに中に入れてもらえなかった。これからの若者は、時間は守りましょう、と言う話だった。
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次が、JNUによる日本語劇だった。JNUは、毎回昔話を題材にしているらしく、今回は『かぐや姫』だった。おじいさんと、おばあさんが「〜じゃ」という、いかにも昔話らしい話し方をしていて、レベルが高かった。また、帝は、自分が話す代わりに家来に耳打ちをしていた。芸が細かいと思った。昔話なのでセットや衣装が大変なのだが、大道具や浴衣を用意していて努力が見られた。おじいさんが竹の中から見つけたのが、バービー人形だったので、会場の人は笑っていた。
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最後は、再びMOSAIによる日本語劇だった。パスポート・オフィスでパスポートを取ろうとする人達の様子を再現していた。『若者は色仕掛け、賄賂を使ってはいけない。または、コミッションを取って便宜を図るような人を利用してはならない。将来は、そういう行為を撲滅していきましょう』という寸劇だった。これを見て、以前デリーで目にしたTATAのグループ会社による文化祭では、「若者文化の悪を取り除こう」、「ガンジス川を綺麗にしよう」、「国を愛そう」という説教っぽい劇が行われていたのを思い出した。バンガロールでは、説教っぽい出し物は目にしなかった。説教っぽくなるのは、首都デリーで行われる文化祭の特徴なのだろうか?
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次に、JNUの生徒さんによるファッション・ショーが行われた。最初にインドの各地の衣装を紹介し、次に日本の衣装を紹介するという趣旨のものだった。
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左から、オリッサ、ラージャスターン、パンジャーブの衣装。会場の人(ほとんどインド人学生)は、盛り上がりまくっていた。地元の衣装に声援を送っていたのだろう。
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左から、タミル、マハーラーシュトラ、カシミールの衣装。
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左がグジャラートで右がマニプリの衣装。
さて、日本はどのように紹介されるのだろうか。日本の各地の衣装を紹介するのは、さぞ困難だろうと思っていたところ・・・出てきたのは、このファッション。
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左は名づけて「彫り物」、右は「OLファッション」らしい。立ち方がなんともかっこいいではないか。日本は、こういうイメージなのだろうか。
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次に出てきたのは、「コスプレ」と、「芸者」。コスプレの意味を、アニメやゲームのキャラクターのコスチュームを再現することではなく、単に都会ファッションと勘違いしているようだ。「芸者」さんは、顔と手を白く塗って登場していた。さすがにカツラ手配は難しいか。
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その後、デリーの空手部による空手のパフォーマンスがあった。空手を見せることで、こんなにエンターテイメントになるとは思わなかった。板割りや、回し蹴りのあざやかさに会場の人は大喜びだった。レンガ割りは残念ながら失敗に終わっていた。割ろうとしている人達の足が痛そうだった。もろそうに見えるインドのレンガであるが、意外と丈夫であることを知った。
また、「インドのキムタク」によるソロの踊りの披露、群舞の披露があった。踊っている人が、活き活きとして見えた。やはりインドでは、出し物には踊りが欠かせない。
この後、グラウンドに設置された屋台にて、やきとらさんによる焼き鶏、焼きとうもろこし、ちべまろさんによる冷奴や、おからケーキが出された。不況のせいか、去年に比べて売れ行きが不調だったらしい。ナヴラートリに重なってしまったこともあり、自分に食事制限を課しているヒンドゥーが日本食に手を出せなかったのもあるのだろう。むしろ生徒さんは、踊りの方に専念していた。
会場に来ている人は、日本人とは基本的に日本語でコミュニケーションを取ろうとしていた。普段から、日本語を使おうと努力していないと、いざという時に、なかなか口を突いて出てくるものではない。デリーは日本語運用レベルが高い人が多いんだな、と知った。
この日、鑑賞した日本語劇の台詞は、誰か日本人がしっかりと監修をしたのだろう、特に不自然なところはなかった。強いて言えば、ひとりごとで「じゃぁ、○○しよう!」と言うところ、「○○しましょう」となっているのが気になった。
惜しむらくは、日本語のイントネーションが悪くて、早口で話された時に何を言っているか分からないことである。発音では、促音、「ン」の音、伸ばされた音が、ちゃんと一音として考慮して発音されていないため、例えば「一生懸命」が、「イショケメ」と言っているように聞こえた。学生の時に私が携わったウルドゥー語劇も、ネイティブにとっては発音にいたらない箇所があったことだろう。レベルを高めるには、ネイティブが読んだ台詞を録音し、イントネーションや早さを厳密に真似るのが、いいだろう。
にしても、日本語劇に熱心に取り組む学生の数が、こんなにも多いことに驚きだった。言語学習に、語劇が有効な手段であることを、インドも知り始めたのであろうか?この動きがインド全国に波及し、日本語学習者の間で、日本語劇のコンペティションなどが行われたら面白いだろうなぁと思う。

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