『burnt shadow』

パーキスターン系英語作家Kamila Shamsieの2009年の作品『burnt shadows』を読んだ。
この話の主人公が日本人女性ということは知っていたが、ここまで違和感のない話に仕上がっていることにビックリした。ロンドン在住パーキスターン人女性がなぜ日本のことに、こんなに詳しいのだ?長崎の風景、引き戸、布団、天井からぶらさがっている電灯の描写は序の口。登場人物は「〜さん」「〜ちゃん」を使い分けたり、「わびさび」があるかないかを云々したり、九尾の狐、天狗のことまで思い浮かべたりする。
主人公の行動、廻りの人との関係の築き方も、まるで自分が監視されていたかのようにドキリとするリアリティがあった。
主人公のヒロコは、デリーでウルドゥー語を習う。そしてムスリムと結婚し、カラーチーで暮らす。カラーチーでは駐在の日本人に出会い、毎週サダルでお茶をしたりするが、首都がイスラマに移ってからは日本人仲間がいなくなってしまう。夫はラーホール、ペシャーワルにいる兄弟家族を訪ねるが、ヒロコはどんなに頑張っても家族に入り込めないことを悟り、やがて夫の親戚訪問には同行しなくなる。息子はパーキスターン生まれのパーキスターン人だが、ビーチに行くと物乞いの子供達に「中国人?日本人?」と尋ねられ、お金をせがまれる。年頃になると、普通のパーキスターン人に見える従兄弟の方が、ハーフである自分よりも万事得をしているのではないかと考え、悩むようになる。
このように、まるで一度日本人になってみたことがあるのではないかというような描写だった。彼女がカラーチーに住んでいた時代に、近所にモデルとなる日本人でも住んでいたのだろうか?本の終わりに記載されているAcknowledgementsには、そのような日本人の名前は見当たらない。原爆のことなら参考にした文献があるみたいだが・・・。なぜ主人公に日本人を選んだのか、誰かをモデルにしたのか非常に気になるところだ。
さて、本の表紙でウィリアム・ダルリンプルが『登場人物が、分離独立やパーキスターン建国を経ながら、長崎から9・11へと旅する野心的作品』と本書を紹介している。数ヶ月前のインターネットでも、「9・11に関する作品」と紹介されいるのを見た気がする。ところが、フタをあけてみれば、9・11という単語が2箇所、出てくるだけで、本作品では9・11は驚くほど軽い扱いであった。さてはウィリアム、本を全部読まずに紹介文を出したな、と疑ってしまった。
むしろ本書は長崎の原爆と、アフガーニスターンでの戦争に重心が置かれていた。原爆が与えた影響を伝え、作者の母国であるパーキスターンの核実験をも批判している。ジェームス・バートン、ハリー、キムというイギリス・アメリカの権化を通して、イギリスやアメリカの驕りを浮き彫りにしている。「原爆投下はやむを得なかった」というアメリカの言い分も、首尾一貫して却下している。
残念なのは、救いようのない結末だ。主人公は愛するものを一人ひとり失っていくだけだ。事実、アフガーニスターン、パーキスターンの行方は検討が付かないし、このテーマでは物語の終わりの持って行き方が難しいと思う。作者は、ショートストーリーのような終わり方で終わらせている。読んだ後に悲壮感が残るが、仕方ないのかなと思う。
総体的に、次から次へと物語が進行し、全く飽きない作品だった。「半返し縫い」のように、読み進めていくと過去の謎が少しずつ明かされる仕組みになっているのも心地よい。ボリウッドでは何度も語られてしまったテロに関与する話、あるいはテロリスト容疑で逮捕監禁される話等の平凡さをはるかに超えたユニークな作品。洞察に富んでいる。アフガーニスターンの状況など、今一度、私達が知るべきことを教えてくれる。核保有国のパーキスターン人作家なのに原爆の恐ろしさを代弁しており、エールを送りたくなる作品だ。
以下、内容が気になる人のためにあらすじを記載してみた。たぶん読まないだろうなという人、面白さ半減してもいいから、今すぐあらすじを読みたいという人だけ、読んでください。
(あらすじ)
タナカヒロコは長崎に住む21歳の女性。ドイツ語翻訳の仕事を通して、コンラド・ワイスというドイツ人男性に出会い、恋仲になる。第二次世界大戦下、外国語の仕事をしたり、外国人に会うことは非国民とされたため、2人は会うことをやめていた。だが、平和になったら一緒になることを誓っていた。ところが原爆が二人を永遠に分かつ。コンラドは岩肌に焼き付けられた影となった。ヒロコは重症を負い病院に搬送された。
戦後、語学が堪能であったヒロコは上京し、被爆者という身分を隠して米国人のもとで働いた。だが、原爆投下に対する許せない気持ち、自分の居場所の喪失から、彼女はデリーへ行くことにする。そこには、コンラドの異母兄妹イルゼが住んでいた。
イルゼは、イギリス人弁護士ジェームス・バートンと結婚し、デリーに駐在していた。彼女は平素から、ドイツ人というアイデンティティに目を背けて暮らしていた。そのため、コンラドのフィアンセを名乗るヒロコの突然の登場に動揺し、最初ははねつけようとした。しかし被爆への同情から、一家で彼女の世話をすることになる。今まで知らなかったコンラドの話をヒロコから聞き、イルゼは次第にドイツ人アイデンティティを取り戻す。そしてヒロコを自分の親戚と見なすようになる。
ヒロコは最初、デリーで仕事をしたがったが、ジェームス・バートンが許さなかった。そのため、彼女はウルドゥー語を習うことにする。先生に抜擢されたのは、以前コンラドがオールド・デリーから連れてきて以来、バートン家で働いていた青年サッジャド・アシュラーフだった。
主従関係のないヒロコとサッジャドは、急速に親しくなる。その過程でヒロコはイギリス人のインドに対する勘違い的態度に嫌悪感を覚えるようになる。同時に、サッジャドがお見合い結婚をすることに憤りを覚える。彼女はサッジャドに恋してしまった。イルゼは、サッジャドがヒロコをたぶらかしたのだと思い込み、サッジャドを家から追い出す。
後でヒロコから話しを聞いたイルゼ・ジェームス夫妻は、事情を知りサッジャドに謝る代わりにお金を送る。折りしもインドでは分離独立が間近に迫っていた。サッジャドの兄弟は、インドに残るかパーキスターンに行くかで揉めていた。サッジャドがお見合い結婚することになっていた女性は、パーキスターン移住派であった。サッジャドはデリーを愛しており、デリーを離れることは考えられなかった。その時、結婚の手配を進めていた母親が亡くなった。もともと父親がなかったサッジャドは、ふっきれてしまい『ヒロコと結婚し、ニューデリーに住む』という決断を兄妹に言い渡す。サッジャドは雨の中、避暑地マスーリーにあるバートン家の別荘まで駆けた。そしてヒロコを連れて近くのモスクに行き、結婚の儀式を済ませたのであった。
イルゼ・ジェームスは、今は危険であるから、分離独立のごたごたが済むまで、デリーに行かないようにと2人に言う。バートン家は、ロンドンに引き揚げることになっていたので、ヒロコ・サッジャドにはイスタンブルに一時避難することを薦める。このため2人はトルコでハネムーンを過ごした。だが、これが落とし穴となった。いざインドに帰ろうとした時、インド政府はインドへの「帰国」を認めてくれなかったのだ。サッジャドの兄弟がパーキスターンに行ってしまったことを理由に、サッジャドもパーキスターンに行ったと見なされたのだ。
1982年カラーチーのナーズィマーバードにて、サッジャドとヒロコと息子のラザーの3人が暮らしていた。息子のラザーは頭の良い子だったが、イスラーミヤートの試験に落ち、他の同級生が大学に進学している中、挫折と恥と孤立感を味わっていた。そんな中、バートン家のひとり息子ハリーがアシュラーフ家にやってきた。この頃、隣国アフガーニスターンにはソヴィエトが侵攻し、地元民はジハードを戦っていた。パーキスターンにいるアメリカ人は大抵が諜報に携わっているCIAの者で、ハリーもそのうちの一人だったがアシュラーフ家はそうと気づかずハリーを受け入れた。ハリーは、ラザーに試験のアドバイスをする。またアメリカ留学の後押しをしてあげることを約束する。隣家の娘サルマーとも恋仲にあり、ラザーは元気を取り戻す。ところがサルマーが突然、ラザーとは結婚する気がないと突き放す。サルマーは母親が被爆者だからという理由でラザーを奇形呼ばわりする。彼はパーキスターンではやっていけないことを悟り、人種のるつぼアメリカへの夢をますます膨らませた。すると、ハリーがアメリカ留学支援なんか約束した覚えがないと言い放った。ラザーはショックを受ける。サッジャドはハリーの傲慢な態度に怒り、ハリーを家から追い出す。
ラザーはその少し前、アフガーン人のトラック運転手アブドゥッラーに会っていた。小さい頃、スクールバスの運転手からパシュトー語を習っていたラザーは、自分がアフガーニスターン人のハザーラ族であるととっさに嘘をついた。ラザーはその時のアブドゥッラーを突然思い出し、アフガーン難民が住む地区ソホラーブ・ゴートに通うようになる。ラザーは「父親をソビエトに殺され、復讐を誓ったハザーラ」「英語を喋れて、アメリカ人の知り合いもいてパシュトーが喋れるハザーラ」として、難民キャンプで大変な人気者となった。ラザーは2通りの人生を生きるようになるが、イスラーミヤートの試験に合格したのでキャンプ通いから足を洗うことを考える。
ある日アブドゥッラーは、ムジャーヒディーンになるためのトレーニングキャンプに一緒に行こうと誘ってくる。アブドゥッラーとの友情を育んでしまったラザーは、引くに引けなくなり、置手紙をして家を出ることになった。彼らはアフガーニスターン国境の山の奥にあるトレーニング・キャンプに連れていかれた。そこでは想像を絶するような過酷な環境が待っていた。ラザーは戦争が何たるものかを初めて目の当たりにし、平和な自宅に戻りたいと願った。都会育ちのラザーは、キャンプに到着するなり、暑さのため気を失ってしまった。
一方、ヒロコとサッジャドは置手紙を見てパニック状態になっていた。隣家の娘が「ラザーはアブドゥッラーという男と、アフガーニスターン国境のミリタリー・キャンプに行った」と言うので、夫婦は息子のことが気が気でならなかった。サッジャドは石鹸工場の仕事を休み、終日アフガーン人アブドゥッラーの手がかりを求めて歩いた。
ラザーはトレーニング・キャンプのキャプテンに呼び出されていた。ラザーは正直に、自分がハザーラ族などではなく日本人とパーキスターン人とのハーフであることを話した。キャプテンは、ハリーがCIAであることを既に知っていた。そこでラザーもCIAのスパイではないかと疑っていたが、彼の軟弱さを見て勘違いであったことを悟り、ラザーをカラーチーまで返してやることにする。アブドゥッラーはラザーの後を追いかけて来たが、キャプテンに追い返された。ラザーはアブドゥッラーの友情を裏切ったことを申し訳なく思いながら、ジープに乗った。
カラーチーでは、相変わらずヒロコとサッジャドが悲痛な捜索活動を続けていた。サッジャドはある日、ハリーが使っているオートリクシャーの運転手を見つける。運転手は折りしも武器輸送の交渉中であった。運転手はサッジャドを見ると、おもむろに拳銃を取り出し発砲した。
サッジャドは亡骸となってアシュラーフ家に帰ってきた。ラザーは父親の姿を見て愕然とし、一瞬はハリーを責めるが、父親の非業の死を招いたのは自分のせいだと考え、以来母親を避けるようになる。彼は従兄弟を頼りに、ドゥバイのホテルに出稼ぎに行く。
2001年、ヒロコは、カラーチーの家を売り、ニューヨークでイルゼと一緒に暮らしていた。2人の友情は未だ健在であった。また、ハリーの娘キムもアメリカで暮らしており、2人によくなついていた。
ハリーはCIAを辞めていたが、CIAに軍人を提供する民間会社に勤めていた。ハリーは、ドゥバイにいるラザーに連絡し、通訳として彼を引き抜く。本社はマイアミにあったが、彼らはたびたびアフガーニスターンの前線に出ては部族と交渉するような危険な仕事をしていた。イルゼとキムは、ハリーとラザーが再び戦争に従事しているということを知っていたが、ヒロコには内緒であった。ヒロコは彼らが安全保証会社で仕事をしているものと考えていた。
ラザーは、20年前にアブドゥッラーを裏切ったことを未だ後悔していた。そして彼がまだ生きているのか気にしていた。ある日、アブドゥッラーの兄から電話がかかってくる。アブドゥッラーはアメリカでタクシーの運転手をしていたが、FBIに取り調べを受けそうになり脱走したらしい。兄はラザーに、彼のカナダへの脱出を助けてくれるように依頼した。ラザーは無理と知りながら、まだ会ったことのないキムに、アブドゥッラーの国外脱出の助けをするように頼む。キムは違法行為を促す依頼に憤り、きっぱりと断って電話を切った。
ラザーとハリーは同僚と一緒にアフガーニスターンの山間にいた。その時、遠くの見張り台から誰かが銃を発射し、防弾チョッキを着ていなかったハリーは弾を受け絶命する。ラザーはハリーの葬儀に出席するため、アメリカに帰国したい旨を申し出る。ところが、CIAはラザーを開放してくれなかった。むしろCIAは、ラザーがハリーに恨みを持っており、アフガーニスターン人と電話連絡を取り合ってハリーを暗殺したのではないかと疑っていた。ラザーはアメリカに帰りたいと願い、その場から逃げ出す。だが、国境ではCIAから連絡を受けた警備がラザーを待ち構えているに違いなかった。ラザーはアブドゥッラーの通っていた聖者廟を手がかりに、アブドゥッラーの兄を探し出す。アブドゥッラーの兄の助けを借り、ラザーは芥子をカナダに輸出するルートで、カナダに渡る。
マンハッタンでは、ヒロコがアブドゥッラーを見つけだしていた。アブドゥッラーは図書館で平和な頃のアフガーニスターンの写真集を見ていた。ヒロコは彼と話し、彼のカナダ脱出の手助けをすることを決意する。77歳の日本人顔のパーキスターン・パスポートの人がレンタカーでアフガーニスターン人を匿って国境を越えるのは良くないと考えたキムは、自分がアブドゥッラーをカナダに連れていくことにする。越境自体は成功した。だが車中、話しているうちに父親が殺されたことが思い出され、キムはアブドゥッラーやイスラームの天国の概念に不快を覚える。2人は、終着点のファーストフード店に辿りついた。ここで誰か別の者が、アブドゥッラーを連れていくことになっていた。義務を果たしたキムは、多くを語らずアブドゥッラーと別れた。
店で待っていたのは、アブドゥッラーの再会を心から望んでいたラザーであった。2人はお互いの20年前の過ちを詫び、友情を再確認した。その時、ラザーはキムらしい風貌の女性が、店内を指差しながら警察を連れてきたのを目撃する。ラザーは、アブドゥッラーを店の裏口から逃がし、彼がそれまで着ていたジャケットを羽織り、店内でアッラーの名を叫んだ。こうする事によって自分が警察に捕まり、アブドゥッラーが逃げる時間をかせいだのであった。キムとラザーはここで初めて顔を合わせた。キムは、手錠をかけられた男が、ラザーであることに気づき、自分が通報した男ではないことを警察に言おうとするが、ラザーの表情を読み、なすがままにしたのであった。
キムはマンハッタンに帰宅し、ヒロコに会った。ヒロコは、アブドゥッラーからの電話で、ラザーがカナダに来ていること、キムのせいで警察に捕まったことを既に知っていた。ヒロコはキムがなぜ警察に通報したのか激しく追及する。キムは、仕方なしにカナダの警察へ電話をかけた。キムは、ラザーが無罪であること、不法滞在のアフガーン人の身代わりに捕まったのだということを話した。だが、カナダの警察はキムに「お嬢さん、やりましたよ。あの男は殺人容疑で、アメリカから指名手配されている男でしたよ。あなたのお父さんはきっと鼻が高いことと思いますよ」と言われたのであった。
(あらすじ終わり)

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