Love Aaj Kal

Jab We Metのイムティアーズ・アリー映画、しかもディーピカー・パドゥコーネが出るということで待ち焦がれてきた『Love Aaj Kal』が公開された。果たしてこれは二番煎じとなるか、それとも前回を越える作品となるか?
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<あらすじ>
時は2009年ロンドン。ミーラー(ディーピカー・パドゥコーネ)とジャヱ(サイフ・アリー・ハーン)は現代的なカップルだった。ジャヱは、「僕は後部座席に座るのは嫌だ。ヒールとラーンジャー、ライラとマジュヌーンは女の子の名前が先に来る。『何度生まれ変わっても一緒に』みたいなカップルは物語だけの話。現実世界では僕達は合理的にならなければいけない」と、常々語っていた。
2年間付き合った後、ミーラーはロンドンで学んだフレスコ修復技術を活かして仕事をするためインドに帰ることにした。ジャヱは「これを期に結婚を決めよう」というのはゴメンで、今後もサンフランシスコで働くという夢を追い続けていたいと思っていた。ミーラーは、遠距離恋愛になり、連絡が途絶えがちになり、そのことが原因で責めたり責められたりして相手の重荷になるよりも、別れる方が良いと納得した。結果として彼らは嬉々として別れることにした。
ミーラーの帰国の前日、ジャヱとミーラーは友人達を呼んで2人が別れたことを祝うパーティーまで開いたのだった。次の日、空港まで行く交通手段がないジャヱはパーティー会場でミーラーに別れを告げることにした。パーティーの会場だったレストランの支配人のヴィール・スィングは、そんなジャヱを見て「なぜ別れるんだ。なぜ、明日空港に見送りに行かないんだ。」と干渉してくる。ジャヱは最初、干渉してくるヴィールを煙たがったが、ヴィールが明日車を貸してくれると言うので、次の日、一緒に空港にまで行ったのであった。ヴィールはジャヱを見ると、昔の自分を思い出すと言って自分の経験を語りだした。
時は1965年のデリー。ヴィールは町でハルリーンをひと目見た時から恋に落ちてしまい、サイクル・リクシャーに乗る彼女を自転車で追いかけまわすようになった。まだ口を聞いたことのない仲ではあったが、ヴィールは「この人生でも、何度生まれ変わっても彼女と結婚する」と誓った。ところがある日、ハルリーンは親の仕事でカルカッタに行ってしまうことになった。駅で懸命に彼女の姿を探した甲斐あり、電車の窓越しに彼女の姿を発見し、一瞬だけ2人は見つめあったのであった。その後、ヴィールは彼女に会いたさのあまりカルカッタまで行った。彼女の居場所を探し出し、バルコニーの下に立って彼女が見えるのをいつまでも待った。彼女もまた彼の姿を認め、彼が好きだった砂糖ミルクなしの紅茶を持って下に降りてきたのであった。彼らはそれ以来、手紙を交換するようになる。ヴィールは結婚をしたときのことを考え真面目に仕事をするようになる。
ヴィールはジャヱがなぜ愛が分からないのか、理解に苦しんでいた。ヴィールの恋物語はジャヱには通じなかった。ジャヱは、明らかに時代の違いを感じ、現代に生まれたことを感謝したのであった。そう口では言っていたものの、ジャヱはミーラーと離れられずにいた。いつも電話やチャットで連絡を取り続けていた。そのうちミーラーに新たな男性が現れたことを知り奇妙な感情を覚える。時を同じくしてジャヱに白人の彼女ジョーが現れたので、ジャヱは気を取り直して新たな自由を謳歌しようとする。
ジョーは、インドを見てみたいと言い出す。そのためジャヱはジョーと一緒にデリーに来ることになったが、肝心のジョーをほったらかしにして毎日ミーラと一緒にデートしていた。2人は一緒にいる時の心地よさを再確認する。インド旅行の最終日、2人はお互いのパートナーを連れてパーティー会場に来た。ジャヱはミーラにジョーを見せた。ミーラーもジャヱにボーイフレンドのヴィクラムを見せた。2人は携帯のSMSを送りまくり、こっそり会話していたがその席でミーラーはヴィクラムにプロポーズされてしまった。ミーラーはジャヱに、もう会ってはいけないと告げたのであった。
ロンドンに戻ったジャヱは、何もできず、ただ手をこまねいていた。ジョーとも別れてしまった。相談相手になってくれるのはヴィールであった。ヴィールは、ハルリーンとの恋話の続きをしてくれる。
ハルリーンはある日、デリーに突然戻ってきたのであった。喜ぶのも束の間、それは彼女の結婚の準備のための帰郷であった。ハルリーンは結婚することになったため、今までのことは忘れてほしいとヴィールに告げた。ハルリーンがまたコルカタに去る日、ヴィールは意を決してハルリーンの家族の前に姿を現し、ハルリーンと結婚したいことを告げたが、ハルリーンの家族の男性に殴られ、蹴られるだけであった。それでも彼はあきらめずコルカタまで彼女を追いかけて行ったのであった。ハルリーンの方ではヴィールから貰っていたラブレターが家族にばれ、叱責を受ける。いよいよ結婚式という時、ヴィールは花嫁の部屋に忍びこむことに成功し、彼女を幸せにするとハルリーンの母親に約束して許可を貰い、2人は駆け落ちしたのであった。今も2人はロンドンで一緒に住んでいたのであった。
ジャヱは、ミーラーの結婚式に出席するためにデリーに行った。花婿がやってくる前にミーラーに会ったがジャヱは祝福するだけで何もせずにいた。花嫁と花婿が花輪を交換した後、ジャヱは「ミーラーが話したいことがあるから裏手に来るように」と言われた。ミーラが意を決して彼に密会しに来たにも関わらず、ジャヱはひとりで喋りまくり、ひとりで納得してしまい、結局ミーラーに何も言わせなかったのであった。結婚式は遂行され、ミーラは結婚してしまった。ミーラは、それ以来、心ここにあらずであった。夫がハネムーンの話をしている側から、いきなりジャヱのことが忘れられないと吐露し、ジャヱのもとへ行くために家を飛び出したのであった。道中ジャヱに電話すると、彼はうって変わって元気であった。彼は「サンフランシスコで希望の会社に就職できるようになったんだ。これも全て神様が用意してくれた筋書きで、全てこれで良かったんだ」と力説する。ジャヱが同じような気持ちでいないことにショックを受け、ミーラーは泣いて夫のもとに引き返したのであった。
ジャヱは意気揚々とサンフランシスコに行った。最初は良かったのだが、彼は日を重ねるごとに意欲を無くしていった。彼はミーラーがいないと生きて行けないということに、やっと気づいたのであった。ところが彼女はもう人妻。半泣きでロンドンのヴィールに電話したところ、ヴィールは遅すぎると言ったものの神のご加護があるように、と応援してくれたのであった。
ヴィールは、ミーラーを探してデリーに行った。ヴィクラム家に言ったが、そこで衝撃の事実を聞いた。ミーラーは夫のもとに引き返した直後、自分の犯した過ちを詫び、家を出て行ったのであった。彼女は、プラーナー・キラでフレスコの修復作業に従事していた。ヴィールはそこへ駆けて行き、紆余曲折の末、やっと2人は愛を確認し合い、結ばれたのであった。


一生の間に恋は一度だけ、生まれ変わっても伴侶となることを誓う1965年式の恋愛と、人生にオプションが沢山ありすぎて合理的と思われればキャリアのために関係を犠牲するのも厭わない2009年式カップルの付き合い方の対比が興味深く提示されていた。先が見えないまま、わりと早めにインターバルに入ってしまうので、観客にはこれが「あなたは、どっち?」という問いに思えたらしい。前の席のおばさんが「私は1965年派だなぁ。まだそんな年でもないけどね」などと言っていた。
ところが、現代カップルは自分の気持ちに気づかないために回り道をしていただけで、最後には2009年の結末も1965年の結末も一緒になる仕掛けだったのだ。
前半は評価しにくい内容だが、後半になるとグイグイと観客は映画に引き込まれる。登場人物が落ち込むシーンでは暗くテンポが遅く感じたが、それでも求心力は強力であり、イムティアーズ・アリーの才能を感じさせられた。
1965年のヴィールとハルリーンの恋物語は甘酸っぱく、且つクラシカルなテーストをかもし出しながらうまく語られていた。コルカタのシーンをスクリーンで見るのも新鮮であった。ジャヱがインドを訪れる時のシーンはカラフルに美しく撮られておりセンスを感じさせられた。ミーラがツナギを着てフレスコ修復をしているというのも、非常にユニークな設定だと思った。あのような塗りなおし作業をしている人は今まで見たことがないが、だからこそこれは監督による問題提起なのかもしれない。
ジャヱを演じたのは、サイフ・アリー・ハーン。よく喋る、合理性を追求する現代人をうまく演じていた。ミーラを演じたのは、ディーピカー・パドゥコーネ。等身大の女性を演じるとあり今回は顔をしかめたり、怒った顔をしたり(目がこぼれ落ちそうだった)引越し荷物を引きずったり、酔っ払って馬鹿騒ぎをしたりと、新たな演技に挑戦していた。ダビングだろうか、本人の声だろうか喋り方には、特徴があった。映画の中で、この2人が何度も軽いキスをするのである。軽いものだから検閲からOKを貰ったらしいが、見ていてあまり見て心地よいものではない。。。
ロンドンで、ジャヱがラジオから流れてくるバングラーを聞いて踊りだすシーンがあったが、これはイギリスのアジア系移民のためのラジオ、『サンライズラジオ』という設定になっていた。サンライズラジオは、録音されたカセットテープを貰って学生時代に聴いたことがあるため懐かしかった。
本作品は、今と昔の恋愛のカタチの比較という実験を成功裏に行った映画。前向きなメッセージを出していた前作とは系統が違うため、どちらが良いかという比較が難しかった。今年を代表する傑作とまではいかないだろうけど、考える題材を与えてくれる良い映画である。

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