New York

酷暑の中、冷房の効いた映画館で映画を見ることくらいしか楽しみがないのに、ボリウッドのストライキのせいで、映画館に行く機会がなかった。先週の金曜日、ヤシュ・ラージ・フィルムスの待望の話題作『New York』が封切られたので、見に行った。
写真は、左から、ジョン・アブラハム、カトリーナ・カイフ、ニール・ニティン・ムケーシュ。カトリーナの方が明らかにニール・ニティン・ムケーシュよりも規模が大きいはずなのに、背丈が調整されている。ベタなポスターに早速、失望。はたして内容はいかに?
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***あらすじ)********
2009年のニューヨーク。ある車のトランクから武器が見つかった。逮捕されたのは、インド人のオマル(ニール・ニティン・ムケーシュ)だった。
オマルはテロリストの嫌疑をかけられ、FBIのインド人捜査官ことローシャン(イルファーン・ハーン)の取調べを受ける。その過程で、学生時代の親友だったサミール通称サムが、アフガーニスターン出身、ドゥバイ出身、パーキスターン出身、バングラデーシュ出身の男たちと一緒にいる写真を見せられる。
オマルは、1999年に奨学金を得てニューヨーク州立大学に通うためにアメリカに渡って来たのだった。入学後、アメリカ育ちだがヒンディー語をよく話せるマーヤー、NRIで目立ちたがり屋のサミールに会う。サミールは何をやらせても1番だったが、オマルがチェスで彼を打ち負かしたことをきっかけにサミールはオマルの仲良しとなる。
オマルは、次第にマーヤーに惹かれていったが、マーヤーとサミールは相思相愛の仲だということに気づいて失恋する。折りしも、ワールドトレードセンターがテロの攻撃を受けた。マーヤーとサミールが悲しんでいるのを見て、オマルはNRIと自分とのギャップを感じ、学期が終わり次第、連絡先を告げずにフィラデルフィアに去ったのだった。
ローシャン警部は、オマルをおとりにしてサミールが本当にテロを企てているのか調査をしようとしていた。オマルは、友達を騙すようなことは出来ないとして一度は断るが、サミールがテロリストではないことを証明しようと決心し、引き受けることにする。
オマルは、早速銃撃の訓練を受け、またサミールに言うべきことをFBIに教わる。そして偶然を装ってマーヤーの前に現れる。
サミールとマーヤーは結婚して子供をもうけていた。サミール宅に転がり込んで暮らすうちに、オマルはサミールが極めて普通であり、暴力を嫌悪していることを知る。オマルが浮浪者を拳銃で撃ったところを見たサミールは、家族の平安を乱さないために、オマルに家から出て行くようにと言いつける。
このサミールの言動にオマルは胸を撫でおろしていた。そして、ローシャン警部に、『サミールはやはりテロとは無縁だった』と報告しようと考えていた矢先、サミールはオマルにローシャン警部から写真で見せられたテロリスト容疑者の面々に会わせる。やっぱりサミールはテロを企てている危険人物であったのだ。
サミールは、9・11事件の後も通常通り暮らしていた。だがある日、マーヤーに会いにワシントン行きの航空券を買って空港に行ったところ、いきなり逮捕され、刑務所に入れられた。彼がムスリムであること、大学の教授に言われてワールドトレードセンターを写真撮影していたこと、9・11事件の前後にワシントン行きの航空チケットを買ったというのが拘束の理由だった。弁護士をつけてくれるように依頼するサミールであったが、聞き入れてもらえず毎日言語を絶する拷問に遭ったのであった。
もはや心身ともに憔悴しきっていたところ、隣の監獄にいた男が「名誉を取り戻したいのなら、ブルックリンに行き、ニューヨークで一番の黒パンを探せ」と囁いた。
保釈され、普通どおりの暮らしを送ろうとするサミールだったが、刑務所での拷問がトラウマとなって彼を苦しめた。マーヤーは、そんな彼と結婚を決意し、プロポーズした。2人は晴れて夫婦となったが、彼は依然、心の平安を得られず悪夢に苛まされた。
そんなある日、ふとサミールは黒パンのことを思い出し、藁をも掴む思いでブルックリンに向かった。そこにはアラブ人街が広がっていた。サミールは「ニューヨークで一番の黒パン」を見つけ出し、狂ったように何度も買い求めた。事情を知った店側は、彼をテロリスト集団の仲間に入れたのだった。以来、サミールはFBIに対する復讐心を燃やすことで自分を保って暮らしていた。
オマルは、サミールのテロへの協力を装ってローシャン警部に情報を流していた。だが、FBIがサミールを射殺してしまうのではないかと疑っていた。そこへ、ローシャン警部自身も実はムスリムであり、ムスリムの手によってテロを止めたいと考えていることを明かす。
マーヤーは、サミールのテロリズムへの傾倒にうすうす気づいていた。今日こそは戻って来ないかもしれないという恐れと、かすかな希望を持って彼女は毎日を暮らしていたのであった。マーヤーは、オマルがFBIに協力していると知り、サミールの命を脅かしているのではないかと疑う。オマルは、サミールの安全を約束するとともにマーヤーとFBIとの打合せをセッティングしてあげる。
打合せ当日、サミール、オマルとその他の仲間達はビルの窓掃除に出かける。ビルの窓掃除とは口実であり、実はサミールはビルの窓に小型の爆弾を無数にしかけていたのであった。すぐローシャン警部に通報するオマルであったが、それがFBIのビルだと知り愕然とする。
サミールを止めに行くオマルだったが、FBIがヘリコプターでサミールを包囲し、銃の照準を既に彼に合わせてしまっていた。それでも爆破を実行してFBIに復讐をする気でいたサミールに、ビルにマーヤーがいると伝えるオマル。サミールはマーヤーが自分のテロへの関与に気づいていることに衝撃を受けつつ、FBIの銃に当たって自滅することを選ぶ。マーヤーが止めに入ったが、サミールと、マーヤーをFBIの銃弾が容赦なく貫いたのであった。
その後、オマルはサミールとマーヤーの子供を引き取った。子供は、無邪気なものであった。オマールとローシャン警部の存在が結果としてサミールとマーヤーの射殺に繋がったのだが、天真爛漫としているのだった。打ちのめされていたオマルは子供を見て次の世代への希望を取り戻すのであった。
***(あらすじ終わり)******
テンポ良い展開の良作であった。ポスターを見て、つまらぬ青春ものかとたかをくくって期待を持たずに映画館に行ったので、感激してしまった。
この映画の最後にはテロップが出てきて、1200人のムスリムが大した証拠なしに、また裁判や弁護士を介すことなく拘束され拷問を受けたということ、そのうち1000人が数ヶ月後に釈放されたが拷問のトラウマに悩んでおり従来の暮らしに戻れずにいること、オバマ政権になって悪名高きアルグレイブ刑務所が閉鎖されたことを観客に伝えていた。
監督のカビール・ハーン自身も、名前にkhanがついているという理由だけで、アメリカで3度も拘束されたらしい。この映画を撮るにあたって、監督はアメリカで行われた不当な拘束と拷問を念入りに調査したそうだ。実際に行われた拷問は映画で表現されているようなレベルのものではないらしい。つまり、あのレベルを越えているらしいのだが、観客を脅かすのが目的ではないため、「あの程度」に抑えたらしい。身の毛がよだつ話である。
映画の序盤は、キャンパスの明るい風景から始まる。サムと呼ばれているサミール(サミールは、ムスリム名、ヒンドゥー名どちらもあり得るのがミソ)を演じるのは、ジョン・アブラハム。競争をやらせれば一番になるし、チェスをやらせれば相手を打ち負かす。アメリカナイズされており、仲間を寄せ集めてはワイワイやっているけれどヒンディー語は喋れる、というようなお茶目な性格に観客がすっかり魅了されたところで、彼は実はムスリムでテロリストの疑いで逮捕されてしまう、というところが巧妙だったなぁと思う。
ここ最近、ムスリムおよびテロものは数多く作られてきたが、多くの場合観客はムスリムの立場にあまり感情移入せず、ナショナル・ジオグラフィック・チャンネルでも眺めるような気分でいたことと思う。「全てのムスリムはテロリストではないが悲しいことにテロリストは全てムスリムである」という台詞が出てくれば、「そうだ、そうだ〜」とヤジを飛ばしたりして。ところが、今回人気俳優ジョン・アブラハムが前半でグイグイ観客の心を掴んでしまったこともあり、観客はキャラクターに感情移入できたのではないかと思う。
映画の中で、主要キャラクターではないが、見た目が違うということだけで同じく拘束・拷問に遭ってしまうというキャラクターも妙にリアルで、彼がビルから飛び降りて息果てるシーンでは、何とも言えぬ気分になった。
折りしも、インド人であるという理由だけで、オーストラリアで殴る蹴るの暴行を受けた若者の記事が連日新聞に載っている時期だったため、今回観客は差別の被害者のキャラクターを見る目が違ったのではないかなと思う。
さて、俳優陣なのだが、私はニール・ニティン・ムケーシュを銀幕で初めて見た。名前もニール(青い)だが、実物も青い(色素が薄い・・・)!青臭くて、しばらく直視できなかったのだが、落ち着いて演技できる俳優と分かり、ホッとして鑑賞することが出来た。インドからやってきた、まだ勝手が分からない学生という役がピッタリはまっていた。だが、前半と後半のキャラの変わりぶりも見事。小柄でありながら、同じく色素が薄い若手俳優イムラーン・ハーンと共に今後のインド映画を引っ張っていきそうな貫禄である。
前半はニール・ニティン・ムケーシュの奥まった目のアップと、イルファーン・ハーンのギョロ目のアップが妙に多かった。実に対照的だと思った。
カトリーナは、本人曰く、今回は自分に似たようなキャラクターを演じたのだという。いつもより、ドレスダウンして自然な演技だった。いつかテロの方に走ってしまい、家庭に戻ってこなくなってしまうかもしれない夫を持つ妻を演じていて、ジーンとしてしまった。
ジョン・アブラハムは、今回もよくやったと思う。しっかりとスターなりの登場をしておきながら、全裸の拷問シーンや、ドロドロのご飯を食べながらむせび泣くシーンでは、捨て身の演技。また、トラウマに悩む人の演技も実に結構で、俳優としての経験値をずいぶんと上げたなぁと喜ばしく思った。また、角度を変えてみれば、アクシャイ・クマールにそっくりなのだということも発見。だが、ボリウッドで他にないキャラをしっかりと築いており、今回も「頼もしくなったなぁ」と何度も思わせられた。
良い評判を読むと、斜にかまえてインド映画を楽しめなくなってしまうインド映画ファンに、こう言っては申し訳ないのだが、はっきり言っていい映画だった!!

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