聖者様のバラカを

ザ・ヒンドゥー紙の記事によるとバンガロールには24のダルガーがあるという。七福神巡りの国から来た私は、俄然
「ヨシ!全部廻ってやるぞー!」
と燃えた。だが、ダルガー巡りは難しい。情報が少ないし、思ったところに無かったりするのだ。結局、全部見て廻れなかったが、バンガロール滞在中に訪れたダルガーをここで振り返ってみたいと思う。
タワッカル・マスターン廟
バンガロールにあるダルガーで恐らく最も有名なのが、コットンペートにあるタワッカル・マスターン・シャー廟である。ガラスがふんだんに用いられている、美しい廟だ。
地域のヒンドゥー教徒からも慕われているこの聖者廟は、タミルナードゥから来た園芸コミュニティ「ティガラ」の人たちが行うカラガ祭の儀式の中にも組み込まれている。アミターブ・バッチャンが大怪我を乗り越えた時にお参りしたこと、A.R.ラフマーンも訪れることで有名だ。

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マーニク・シャー廟
タワッカル・マスターンと一緒に肉体労働に携わっていたスーフィー聖者が、マーニク・マスターン・シャー・スフラワルディーである。この廟は、アヴェニュー・ロードの奥まった所に位置している。小さいが静かで落ち着く聖者廟だ。

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ハズラト・サイヤド・メヘブーブ・シャー・カードリー
タワッカル・マスターン廟と同じOTCロード沿いにある非常に小さなダルガー。路地裏に入って、格子ごしに参拝することになる。サイヤド・カマール・シャー・カードリー、サイヤダーニー・ビービー・オマーンというスーフィーも葬られているらしい。

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サイヤダ・サイヤダーニー・ビービー廟
シティー・マーケットの西にあるのが、サイヤダ・サイヤダーニー・ビービー廟だ。祈祷をしてくれる管理人が居たが、管理人自身はここに埋葬されている聖者のことをあまりよく知らないようだった。ただ、オマーンから来たとだけ言っていた。貿易をするために家族と一緒にオマーンからやって来て、アラビア語が流暢で、クルアーンを自由に読めて敬虔な暮らしをしていた女性が、尊敬を集めて死後敬われるようになったのではないかというのが、私の想像だ。
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ベーサル・ワリー・シャーヒード
ハラスール・ゲートから近いところに、ハズラト・サイヤド・メヘブーブ・シャー・カードリー(ベーサル)アウリヤーのダルガーがある。ティープー・スルターンの軍に加わってイギリス軍と戦い、殉死した者の廟だ。ベーサルとは「頭がない」を意味する。首を切られる非業の死を遂げたことが想像される。
このダルガーに限ってなぜか赤い。敷地内はピーパルの木が見下ろす、ちょっとした広場になっており気持ち良い空間だ。壁に立てかけられた黒板に「今日の教え」みたいなものが、ウルドゥーで書いてあった。
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ジャンゲ・バハードゥル・シャー
ジャヤナガルの映画館ウルワシーの隣に広場がある。おそらくイードの時の集会に用いられているのだと思われる。そこに、ハズラト・ジャンゲ・バハードゥル・シャー・ワリー・スィルスィラーエ・カードリヤという聖者廟がある。パンツを履いていない子供達を連れた貧困層の人達がいて、近寄りにくかったのだが、参拝してしまった。
写真を撮ったら、ちょうど前をヤギが横切ってしまった。

20090330-06.JPG「アッ!」

サイヤド・カーディル・アリー・シャー
民家の中にあるのが、このピール・ハズラト・ハワージャ・サイヤド・カーディル・アリーシャー・チシュテイー・ウル・カードリー廟。シヴァージー・ナガルにあった。民家の玄関らしきものはあっても廟への入り口は見当たらなかったので、一般公開されていないご先祖の廟なのかもしれない。

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カンバルポーシュ
シャー・サイヤド・ムハンマドゥッディーン・シャー・カードリー・カンバルポーシュの祖父はオマーン人で、彼の父親フサイン・シャー・カードリーの時に、インドにやってきたそうだ。折りしもムガル帝国アクバルの治世の時だったそうだ。
伝承によると、ハズラト・サイヤド・フィルハール・シャー・カードリーというスーフィー聖者が、祖父のシャリーフッディーン・シャー・カードリーに毛布をくれた。この毛布にいつもくるまっていたので、ムハンマドゥッディーン・シャーはカンバルポーシュ(毛布を被った人)と呼ばれるようになった。彼が1856年に亡くなると、遺体は最初異なるところに埋葬されたが、実は彼は生前にシヴァージーナガルに自分の墓用の土地を購入していたことが分かり(当時、ムスリムの埋葬は社会問題となっていた)数日後にここに移動させられたという。
カンバルポーシュの他に、ここにはカーディル・フサイン・アブドゥル・ガフールまたの名をチャーダル・ワーレー・バーバーという人の廟がある。廟内には古い写真も飾ってあって非常に興味深い。だが、ここに座っている管理人は誰もが不機嫌そうで、あまり話してくれない。写真も駄目だと言われてしまったので、要注意である。
しばらく改装中だったが、今は綺麗なドームが建っているかもしれない。

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ライース・カーディル・フサイン・アウリヤー
カンバルポーシュの向かいにあるダルガーである。

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サイヤド・ハズラト・ラヒーム・シャー・ワリー
シルクボードの付近の道端にあるこの廟には、いつもブルカーを被った人が数人お参りしている。ここの前に巨大な鳥の模型が置かれていたのを見たことがある。ウルスを祝っていたのだろうか。
看板に書いてあるウルドゥー語は、ウルドゥー語が書けない看板師が書いたらしく、トホホな出来映えである。

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ピール・サイヤド・ハイダル・シャー
パレス・グラウンド脇にある廟コンプレックスには、ハズラト・ピール・サイヤド・ハイダル・シャー・カードリー・ジーラーニー廟、シャリーフ・ビービー・ファーティマ(サーイーン・マーン)廟、シャリーフ・ピール・サイヤド・シャー・ナワーズ・シャー・カードリー・ジーラーニー廟およびピール・サイヤドウッディーン・シャー・カードリー・ジーラーニー廟が並んでいる。
淡いピンクと黄緑を用いた、女子供向け用の「たおやめぶり」的デザインのダルガーである。丸いし、メリーゴーランドを彷彿とさせる。
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アブドゥル・バーイー・カスィール
ピール・サイヤド・ハイダル・シャー廟の隣にあるのが、ワージャ・アブドゥル・バーイー・カスィール・チシュティー廟である。隣のダルガーコンプレックスとは違い、こちらは白と濃い緑を用いた「ますらおぶり」的デザインである。
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■ハワージャ・ナーズィル・アリー・シャー・チシュティー
上記の廟の墓地内にあった廟。中には入れなかった。まだ新しそうである。地元の敬虔だった有力者の廟であろうか。
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以上、合計で13件のダルガーを巡った。13件の敷地にあったそれぞれの廟を数えると、18件だ。まずまずのバラカを集めたのではないであろうか。
しかし、Rahman Azer著『Bangalore Yatri』を見たら、バンガロールには35件のダルガーがあるとのこと。ギャフン!誰か、バンガロールのダルガー巡りを引き継いでくれませんか?
※バラカとは?岩波イスラーム辞典より
『イスラームで、本質的には神に由来する聖なる力、恵みの意。(中略)人間の場合には、ムハンマドをはじめとする諸預言者、聖者が特別のバラカに恵まれ、自らに宿るバラカを人々に伝えることができる。(以下略)』バラック・オバマのバラックも、この「バラカ」から来ているらしい。

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One Response to 聖者様のバラカを

  1. 奥田 芳治 says:

    こんにちは
    越前加賀海岸国定公園 越前水仙発祥の里 越廼(こしの)地区からでございます。
    ヒンドウー教の神々等とご縁賜り数年がたちますが、インド探訪が書かれています記事をご拝謁賜れました。有難うございます。
    ヒンドウー教の神々等と確信できますことは、神々等とご縁たまわり、福井県立図書館にて文献等調べ確信いたしました。
     ブラフマ神・シヴア神・ヴィシュヌ神とご縁賜っていますが、他の神神等ともご縁賜っています。
     不思議なことにこの神々等がテレビの映像の様にご拝謁たまわれます。
     それは 神仏等の世界がテレビの映像の様にご拝謁賜れますことですが、また 神社の
    一の鳥居 には 神々等のお姿が、人格身や動物のお姿に化身したお姿がご拝謁賜れ、ご拝謁賜っている間に、化身したお姿が化身にと変わります。
     今日乱れた世界のために、宇宙より地球に降臨されたのかと思われますが、紀元前数千年前にインダス文明に考察されます神々等が
    日本国の片いなかに鎮座していますことに、
    毎日感謝の御礼をさせていただいています。
    近くでありましたら、越前海岸をお勧めいたしますが、神々等のお姿をご拝謁賜りましたら吃驚するかとおもわれます。
     御健康で幸ある生活を過ごされますことを
    お祈りいたします。

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