ハラスールを行く

今日は「ハラスール」を紹介してみたいと思う。
ハラスールはカントンメントの北東に位置する地域だ。イギリス植民地時代には「アルスール」と呼ばれていたが、本来は「ハラスール」だったとのこと。付近に同名の湖があるため、またMGロードから近いため、名前は良く知られたエリアだ。
伝説によると「ハラスール」は、ここにあったジャックフルーツの果樹園に由来しているらしい。この果樹園は、後にヴィジャヤナガルの王からケンペー・ゴォダ1世にプレゼントされたそうだ。
その昔、ここは森だった。ゲームの途中でここの森に迷い込んだケンペー・ゴォダは、疲労から眠り込んでしまった。するとこの地で以前、マーンダヴァ仙によって崇拝されていて地中に埋もれていたソーメーシュワラ神が夢に現れて、ケンペー・ゴォダに、この下に宝が眠っていることを伝えたそうだ。神は、彼に寺を建設することを命じ、また今後神のご加護があることを約束した。
目覚めたケンペー・ゴォダは夢の通り宝を掘り当てることが出来た。そこでベールールから、彫刻家として有名なジャカナーチャーリの末裔を呼んでソーメーシュワラ寺院のパゴダを建設させたそうだ。それと同時に、ハラスール村も建設され、寺に従事するブラーフマンの家などが建てられた。
この地域は1807年にイギリス人がバンガロールで最初に駐屯地を築いた場所でもある。一時は商業で栄えていた場所で、裕福なタミル出身の家族が屋敷を構えていた。
ソーメーシュワラ寺院
早速、ソーメーシュワラ寺院に行ってみた。昼下がりに行ったら門が閉まっていてショックを受けた。夕方5時半にならないと開けてくれないらしい。悔しくて、壁の隙間から寺の内部を覗いたら、上半身裸の人が大きなほうきで寺を掃いているところだった。
結局5時半まで待って、中に入った。ここは、彫刻で有名だが、何だかゴタゴタした印象を受ける。建物がホイサラ、チョーラ、ヴィジャヤナガラ建築様式で建てられているせいだろうか。それとも敷地内に、シヴァだけではなく他の多くの神様が祀られているせいだろうか。
ご本尊の前には大きな真鍮のナンディ(牛)が座っている。プージャーを済ませた人は、ナンディの大きな耳に何か囁いてから寺を後にしていた。
ここの寺の壁をぐるりと装飾している彫刻は必見だ。シヴァとパールヴァティの結婚式の様子が描かれており、いろいろな神様が参列しているのが見て分かる。
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このお寺は、毎年山車を出してお祭りを祝っている。ところが以前、山車が火事で焼けてしまった。修理して置いてあるのだが、焼けてしまったものはもう神聖ではないと見なされ、今後使われることはないらしい。
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スリー・グルスィング・サバー・グルドワーラ
アルスール湖畔に白く荘厳な建物がある。1946年着工されたスィクの寺院だ。ここには500人を収容できる広さがあり、毎週日曜日12時にバジャンとキールタナのプログラムを行い、集まった人に無料で食べ物(ランガル・セーワー)を振舞っている。ここの食事はとても美味しいことで知られている。私が行った時は土曜日だったのでハルワー(甘いお菓子)をひと握りくれただけだったが、それでさえも非常に美味しかった。
同じ敷地には学校、医療施設、コミュニティ・ホールもある。隣には、パンジャービー・ダーバー(食堂)もある。
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トリニティ・チャーチ
トリニティ・チャーチは1852年に作られた、南インドで一番大きな軍人用教会だそうだ。塔内に収められている鐘、説教壇、ステンドグラス、祭壇、洗礼盤は全て教会が建った当時にロンドンから運び込まれたものらしい。屋内の壁は、ミサに参加していた軍人の記念碑などで飾られている。内部には残念ながら入れない。
ここの奥には女学生用のホステルがある。去年、ここでアシッド・アタック事件(男女関係のもつれなどで、ストーカーしている男性が報復として女性に硫酸を投げつけること)があり、女学生が全身に火傷を負って亡くなったことが記憶に新しい。
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アルスール湖
バンガロールで最も有名なのがアルスール湖。満水の時の面積は、505857平方メートルにまでなり、一番深いところで3.3メートルから3.6メートルになる。湖に面した岩のところに、昔のイギリスの上水道施設がる。ここで昔、軍に水を供給していたそうだ。ここにボートクラブもある。この湖は、ドゥルガー・プージャーや、ガネーシャ・チャトルティで偶像を水に沈める時にも使用されている。湖の周りは、散歩できると思いきや、一周できないので注意。来た道を引き返すのを覚悟で行こう。
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ケンペアンマ寺院
ケンペアンマの信者は、年に1回ウールハッバ(村祭り)を開催する。その時、1頭のヤギが屠られ、その血はご飯と混ぜられ、夜中にハラスール村周辺に撒かれるそうだ。次の日、女性や子供は米の粉とジャガリーを混ぜてランプを作り、ギーを満たした後にアールティー(盆に載せた火を3回まわす動作)を行い、ランプをプラサーダム(おさがりもの)として分け合うそうだ。母親は、塩と胡椒をまぜたヨーグルトを寺に捧げて子供達の無事を祈るらしい。ウールハッバのしめくくりは、マトンやチキンカレーとラーギムッデを食べることだそうだ。ノンヴェジ色の強いお祭りだ。
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ハラスールには、ジョーガ・パーリヤという地区がある。ここは地下水のレベルが高く、地中から水が勢い良く噴き出すため、カルナータカ州シヴァモッガ県にある大きな滝、ジョーグ・フォールにちなんでつけられたものらしい。
この地域には、カー・ストリート、ミルクマンストリート、バーザ−ル・ストリート、アンガディ・ベーディ等の名前の付いた道があり、古くから商売が盛んに行われてきた事が分かる。
と、思いきや1本向こうに行けば、そこはオフィスやアパートが並ぶ現代インドの町並みになる。古いミルク屋の後に映画館やレストラン、数々のショップを有するリドモールも建った。
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今のハラスールはMGロードの影になってしまって、そこまで栄えてはいないが古風な魅力を残した場所だ。古い様式の民家が残っていて、この家が目撃してきた歴史の変遷を想像するだけで楽しい。曲がりくねった路地沿いの家の中庭では、今も昔も変わらぬ暮らしが行われている。
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