サッティヤム・ショック

今、会社内はサティヤム・コンピューター・サービシズの話題で持ちきりだ。
2009年1月7日、インドのIT業界、投資家の間に激震が走った。サティヤム・コンピューター・サービシズの創業者で会長のB ラーマリンガ・ラージューが数年に渡って粉飾決算していたことを書簡で告白し、会長の座から降りたのだ。
サティヤム・コンピューターは今や社員数5万3千人を数えるインドで4番目に大きいIT企業。大きい企業なだけに数年に亘り粉飾を続けた結果、存在しないキャッシュが504億ルピーにも膨れ上がってしまったらしい。2007年度決算表に記された利益37.6億ルピーも実在しないとのこと。ボンベイ証券取引上のサティヤムの火曜日の株価は179.1ルピーだったのが終値39.5ルピーにまで落ち込んだ。
今、元会長の行方は分からなくなっているが、今回の咎でインドでは少なくとも10年の禁固刑が課せられるだろうとのこと。アメリカにも上場していたためアメリカでは20年の禁固刑が課せられる可能性があるのだとか。
今回の件が明らかになったのは、ラーマリンガ・ラージュー会長が、一族が経営している建築会社2社を160億ドルで買おうとして投資家から考え直すように言われたのがきっかけだ。考え直すと言われても、彼は背水の陣にあったため今回の告白となったらしい。これまで私財を投じて会社の低いパフォーマンスを隠してきた会長。彼は会社の業績が悪いことを理由に買収されるのを恐れていたようだ。
ラーマリンガ・ラージューは1954年9月16日にアーンドラ・プラデーシュ州の沿岸地域にあるゴーラパッル村で農家 B サッティヤナーラーヤナ・ラージューの息子として生まれた。1960年に州都ハイダラーバードに出てきて、商学部で学士を修め、1975年にオハイオ大学で経営学修士を取った。ハーバード・ビジネス・スクールの卒業生でもあるらしい。IT業界に参入する前に、建築およびテキスタイルのベンチャー企業を立ち上げており、サティヤム・コンピューターを立ち上げたのは1987年だった。最初は20人で始めた会社だったが1992年に公開企業となり、20年に亘って現在の地位と名声を築き上げてきた。数々のメダル、企業家賞、マン・オブ・ザ・イヤーを得てきた会長は、アーンドラプラデーシュ州や、テルグーの人々の誇りでもあった。
会長が去った今、そしてこの不景気の中、5万3千人の社員は言いようのない不安にさらされていることだろう。だが、既存のお客様に対しては、これまでどおり堅実に業務を行っているそうだ。
会長は父親の名にちなんで会社名をサッティヤムと名づけたらしい。サッティヤムとは「真実」のこと。それがステークホルダーをあざむいてきたとは皮肉だ。だが、世界を見回しても粉飾は多かれ少なかれあり、日本でもライブドア・ショックがあったし2006年にはIT企業による架空取引、機器転売の実態が次々と明らかになった。今回、サティヤムでは監査が機能していなかったことが改めて指摘されたことだし、これを機にインドIT業界において大規模な浄化作用が行われるのかもしれない。まさにサッティヤム(真実)・ショックと言えよう。
明日は我が身?恐ろしや・・・

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