マンガロールでクリスマス

2008年9月頃、カルナータカ州南部では教会への投石事件や破壊行為が相次いだ。キリスト教系新興宗教による強制改宗や、ヒンドゥーを侮辱するような冊子配布に対する反感から若者がやったと当初は言われていたが、後に背後にはヒンドゥー教至上主義団体や政治家がいることが明らかになった。そして腫れ物に触るような感じで事態は収束していった。何だか釈然としない事件であった。
その事件の舞台ともなり、キリスト教徒人口が溢れているマンガロールで今年はクリスマスを過ごすこととなった。
マンガロールの人口の24パーセントまたはそれ以上がカトリックのクリスチャンだという。ポルトガルから来た宣教師による布教活動の成果もあったのだが、マンガロールにいるクリスチャンのほとんどはゴアから迫害を逃れてやってきたコーンカニーの人々だそうだ。彼らは今もコーンカニー語を母語として使用している。
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マンガロールに着いたら、ベツレヘムの星を意味すると言う星型の飾りつけを軒下にぶらさげている店や民家が目についた。同じ飾りつけはバンガロールでも目にすることができるのだが、量が比ではないことからマンガロールのクリスチャン人口の多さを見せ付けられた気がした。
教会は派手に電飾をつけていた。アイスクリームで有名なIdealの店では、クリスマス・ツリーの枝に綿をのせて飾っていた。サンタの服装をした人も見たのだが、何だか変だ。というのもマンガロールは、この時期もやっぱり暑いからだ。しかも魚の臭いが混じった海風が吹き、湿っている。ここではマッチ売りの少女も日陰でネコと一緒に昼寝していたのではないだろうか?
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聖エローシヤス・カレッジの教会に壁画を見に行った。ここはイタリアから画家を呼び寄せて壁に描かせたという絵が名物である。壁や柱、その隅にわたる600平方メートルがフレスコ画で埋め尽くされており、天井400平方メートルがキャンバスにおける油絵で埋め尽くされており圧巻である。柱に精密に模様が描かれているため、ただの柱も豪華に彫刻された大理石の柱に見えてしまうから不思議だ。
カレッジは静まり返っていた。クリスマス休暇のため、学生がいなかったようだ。その代わりクリスマス・イベントが企画されているらしく、何人かが歌の練習など準備をしに来ていた。
カレッジ内で展示されていた学生による絵がなかなか味があるものであった。
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夜の帳が下りると、町は電飾で一層華やかになった。教会では集会が行われ、着飾った女性、フォーマルな洋服を来た男性が歌やゲームを楽しんでいた。
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バンガロールでも、クリスマスが近づくと店先にプラムケーキが並ぶようになるがマンガロールのクリスチャンも、プラムケーキを買ったり焼いたりして贈りあうようだった。また、プレートにクスワルと言われる独特のお菓子を載せてプレゼントするようだった。このお菓子、基本的にもの凄く固かった。かみなりおこしのような和菓子を彷彿とさせる触感と噛み応えだった。
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M大学のM先生のお宅で夕食をご馳走になった。メニューは、マンガロール港であがった新鮮なエビを使った天ぷら、ゴービーマンチュリヤーン(インド中華定番メニュー)、シーアフィッシュ(サワラ)のマサラ・フライ、コーンカニー風のバター・チキン、サンナー(分厚いイドリー)とローティーだった。エビの天ぷらはアラビア海の大粒の天然塩と一緒に食べた。コーンカニー・コミュニティーに特有であるという分厚いイドリーは蒸しパンのように柔らかく美味しかった。普段、サーンバールとしか食べないイドリーをノン・ヴェジのカレーにつけて食べるという贅沢がたまらない。
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この日、コーンカニーの人々が鳴らす80年代ポップス(なぜちょっと古いテイストの洋楽を流すのか謎だ)人々の談笑の声が明け方まで聞こえていた。また、時々打ち上げ花火が上がっていた。
クリスチャンのお祭りのスピリッツを目の当たりにしながら、きな臭い旧年に別れを告げ、明るい新年が来るのをひたすら祈るのであった。

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