ダルマスターラ

ダルマスターラに行って来た。マンガロールから70キロ、西ガート山脈の奥にある町である。付近を川が流れ山の緑は濃く辺鄙な場所なのだが道は整っている。印象としては、軽井沢みたいなところだった。
ダルマスターラは巡礼地兼、学園兼、文化施設兼、行政みたいなユニークな場所だ。ダルマスターラは最初は800年前に気前の良い家族によって始められた小さなチャリティーであった。当時は人々に食べ物や宿を提供していたが、やがて寺を建立、僧侶も招いた。
今、ダルマスターラは1日に1万人もの人々が訪れる巡礼地になった。そして身分や宗教の差別なく3万人から5万人に食事を振舞えるだけの施設を持つようになった。衛生的でおいしい食事を振舞えるよう、厨房にはモダンなシステムを取り入れているらしい。ダルマスターラの人が厨房に案内してくれた時、ドラム缶の大きさをした鍋にラッサムやサーンバールが入っているのを見た。この多さのラッサムを作るのなら材料の量もハンパではないのだろう。ニンニク1リットル、ショウガ1リットルとかを入れるのかな?その脇では女性がご飯をシャベルを使って運搬していた。重労働なため仕方がないとは言え、シャベルか。
ここには巡礼者のための宿泊施設もありタダに近い値段で泊まれる。多くの人に宿泊をさせてあげるため、また居ついてしまうのを防ぐために、1回の訪問につき3日間までしか滞在できないというルールがあるらしい。路上で生活を始める者が出てくるかもしれないため、敷地内には監視カメラが設置されていた。巡礼地運営もタイヘンだ。
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ダルマスターラでは、地域に住む農民に仕事を与え、家も提供している。もはやここまでくるとちょっとした政府である。他の仕事に就きたい人は相談をするか、ダルマスターラで与えられた家を出て行かなければならないらしい。
敷地内で、懐かしいものを見た。ビニール・ハウスだ。日本の技術を持ってきて実践しているみたいだった。実家にあるビニル・ハウスにそっくりで嬉しかった。
ここではココナツの殻を炭にして、エネルギー源として再利用する実験を行っているらしかった。確かにココナツの殻は大きなゴミ。廃物利用できたら良いに越したことはない。是非、がんばって貰いたい。
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ダルマスターラで有名なのはなんと言ってもお寺だ。マンガロールのカドリ・マンジュナータ寺院から持ってこられた金のシヴァ・リンガがご本尊のヒンドゥー寺院がある。
面白いのが、寺を建てた創設者ヘッガデ家自体はヒンドゥー教徒ではなくジャイナ教徒という点である。
今、ダルマスターラを統括しているヴィーレンドラ・ヘッガデは、大きな一枚岩を見つけたことを幸いに1973年に全長12メートルのバーフバリー像を建てた。丘の上にはジャイナ教寺院もあり、メガネをかけた無衣派のお坊さんが座っていた。無所有がポリシーではなかったのか、妙に写真を撮って送って貰いたがっていた。カメラを向けたらメガネを外し、オレンジの衣を羽織ってポーズをとっていた。
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貧困層が貧困から抜け出すには教育が必要と考えるヘッガデ家は、ダルマスターラにはもちろん、マンガロール、ウドゥピ、ダールワードやその他のカルナータカの町に、小学校や、エンジニアリングカレッジ、薬学、歯科学の学校、ヨーガやサンスクリットを教える教育施設を25件建てた。
また、ダルマスターラの医療基金が農村に行って診療を行ったり、病気の予防をしたり、救急治療をも行っているらしい。その他、古い文献に基づいて投薬を行うアーユルヴェーダの病院を建てたり、眼科やデンタルクリニックも建てている。人々の健康促進のためヨーガの普及にも努めているらしい。
ヘッガデ家は干ばつに苦しめられている地域に行って、特に弱い立場にいる女性を助ける意味で5万着ものサーリーを配ったり、地震、津波、洪水等の災害の時には数百万ルピーの援助を出しているそうだ。
またインドの悪習となっているダウリー(持参金)、カースト差別、不可触民差別や、借金に苦しんでいる人のために、1972年から全ての宗教の人のために集団結婚式も始めた。上限額があるらしいのだが一応、婚礼衣装、マンガルスートラ(既婚女性が見につける首飾り)、ゲストへの食事等の費用をダルマスターラが出してくれるらしい。これまでここで1万カップルが結婚式を挙げたそうだ。
真面目な福祉活動家の顔もあるが、お茶目なところもある。ダルマスターラ内にヴィンテージ・カー博物館があるのだ。写真撮影は禁じられているので視覚的に伝えられないのが残念だが、ここには東インド会社やイギリス、フランスが使用し、独立時に置き去りにしていった車、バイク、馬車のコレクションが40台から50台ほどある。インド内に放置されているのをヴィーレーンドラ・ヘッガデが貰ってきて、修復して走れる状態にさせたのを展示してある。博物館に行くと、手拭いを持った痩せたおじさんがひとつひとつつたないヒンディー語でコレクションを紹介してくれる。例えば1903年のルノー、1926年のダイムラー・メルセデスベンツ、1925年のフィアット、1954年のキャデラック、1931年のショボレー、1947年のシトロエン、1950年のフォルクスワーゲンなど、マニア垂涎の車がピカピカの状態で並んでいる。ガーンディーが乗った馬車もあり、歴史に思いを馳せることの出来る博物館でもある。
多目的ホールではレベルの高い舞踊、音楽等の公演が年間を通して行われているそうだ。
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ダルマスターラ内に住む人は、いさかいや、困っていることがあったらヴィーレーンドラ・ヘッガデに面会し、直接訴えても良いことになっている。ヘッガデは後日、当事者を呼んで双方の意見を十分に聞き、判決を下して問題解決を図るものらしい。
ヘッガデ家の保護のもと、ダルマスターラの住民は仕事や家も補償されているので、幸せに暮らしているらしい。当然、ヘッガデ家は並ならぬ尊敬を集めており土産もの屋では彼らの絵も売られていた。ヘッガデ家が居る限りは、BJPも会議派もナクサライトも出る幕がないだろう。

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2 Responses to ダルマスターラ

  1. JUBILEE says:

    はじめまして、私もダルマスターラに行った事があるので思わずお邪魔してしまいました。すみません。
    東京で活躍してるアーユルベーダ医のクリシュナU.K先生の地元Udupiで研修していた期間に連れて行かれ、ヴィーレンドラ・ヘッガデ氏に挨拶に伺ったことがあります。
    凄くスケールの大きい町でびっくりしました。

  2. kahkashaan says:

    そうでしたか!
    Udupi出身のアーユルヴェーダの先生が東京にいらっしゃるとは知りませんでした、教えてくださりありがとうございます。
    大きくて綺麗な町でびっくり、そしてそれを個人の力で建ててしまったヘッガデ家にびっくりです。

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