マンガロール婚約式旅行

――西ガート山脈を越える時、バスは激しく左右に揺れた。
「仰向けに寝ていなきゃ駄目よ」
と言ったディヴィヤちゃんの言葉どおりだった。横向きに寝ているとバスの寝台から転がり落ちてしまったことだろう。ここはヒトデになった夢でも見ながら寝台に貼り付いて寝るしかない。
私は会社のクリスチャンの同僚ディヴィヤちゃんの婚約式に出席するためにマンガロールに向かっていた。西ガート山脈の標高が結構高いせいか、寒さも厳しい。時々、木の枝が車体をこする音がびっくりさせてくる。そのおかげでヒトデの夢を見て寝るどころではなかった…。
    ○   ○   ○
バスは8時すぎに港町マンガロールについた。夜の寒さが嘘のような熱気とサウナのような湿気に襲われた。半袖を持ってこなかったことを早速後悔した。
11時すぎに婚約式会場である「ピントー・ホール」に行った。結婚式ホールを予想していたのだが、ピントー・ホールは雑居ビルだった。首をかしげながら殺風景な階段を登ったら、すれ違う人にいぶかしげな目で見られた。果たしてここで良かったのかと不安になりながら更に階段を上ると、階上から70年代の陽気な洋楽が聞こえてきて『貸し会議室』みたいな部屋が現われた。その貸し会議室こそが婚約式の会場だった。
15分遅れて行ったのだが、式はまだ始まっていなかった。遠方から来ることになっていた司会者が到着していないせいで式をまだ始められないでいるようだった。
暇をもてあまして花嫁の控え室に行ったら、準備万端のディヴィヤちゃんが、花婿と一緒になって書類に何やら書き込んでいた。
花婿の方はスーツに赤いネクタイ姿だったが、ディヴィヤちゃんは緋色のガグラー・チョーリー姿だった。バンガロールのコマーシャル・ストリートであつらえたらしい。チョーリー・ブラウスのウエストの部分が下向きの三角形に尖ってカットされており、私にはそれがやはり金太郎の腹当てに見えてしまった。
『Baal ki dukaan』と囃されている豊富な髪は、アップにするにしてはあまりにも多すぎたので美容室に行って縦巻きにしてもらったらしい。その日は結婚式があちこちで行われており予約が難しかったためディヴィヤは6時に美容室に行って髪をセットしたのだとか。成人式や卒業式シーズンの日本の美容室みたいだ。
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実はディヴィヤちゃんには父親がいない。そのため、ディヴィヤちゃんは自分で自分の婚約式の準備のために奔走していた。彼女は婚約式が12時半を過ぎても始まらずに客がしびれを切らしているのを見てヒステリックを起して泣いていた。友達や従姉妹に
「泣かないで。せっかくのお化粧がだいなしよ」
と言われて彼女は目の下をハンカチで押さえた。
肝心の司会者なのだが、実はとっくの昔に到着していたらしい。情報伝達がうまく出来ておらず、お互いが「アイツ、まだかなぁ」と思いながら待っていたらしい。
待つ必要がないと分かった今、青いクルターを着て白いショールを肩から提げた司会者がコーンカニー語で挨拶を始めた。新郎と新婦、ブライドメイドとベストマンの4人は皆の前に立った。
白い衣装を着た牧師さんが司会者席に立って英語でスピーチを始めた。結婚式招待状のWEDDING のスペルがWELDINGと間違えて印刷されてしまったカップルの話をして『これはあながち間違いではありません。まさに結婚はWeldingなのですから』という、出来すぎた結婚式のスピーチをしていた。だがこれは婚約式なのだ。いざ結婚式となったら、どんな話をするのだろう?
牧師は会場の人に、新郎新婦を祝福するように促した。新郎新婦は神妙な面持ちで祝福の言葉を聴いていた。一方、ベストマンはブライドメイドの女の子を目力で射ぬかんばかりに見つめていた。新郎新婦の結婚の後、ベストマン役とブライドメイド役を務めたふたりが結婚することはよくあることらしい。だから、ベストマンの男の子は一生懸命ブライドメイドの女の子を観察していたのだ。
牧師の長いスピーチが終わったら、会場はなごやかな雰囲気に包まれた。ふたたび70年代風の洋楽が流れ、スライスしたチョコレートケーキとニンブーパーニー(レモン水)が配られた。チョコレートケーキに洋楽というあたりがクリスチャンの婚約式らしい、と感じてしまった。
新郎新婦は椅子に座り、証人である親戚の前で契約書の交換をした。次に指輪の交換が行われた。細かいダイヤがちりばめられた金の指輪を交換していた。
ふたたび牧師が前に出てきた。儀式は終わっていなかったのだ。牧師と司会者がふたりの頭上に手をかざして何やら文句を唱えていた。そして両手で新郎新婦の頭に触れてから合掌してお祈りをしていた。新郎新婦は合掌しながら祝福を受け取っていた。クリスチャンと言えど、合掌するあたりはインドらしい。
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花嫁のお色直しの時間がやってくると、ケータリングの人が慌しそうに部屋の隅のテーブルにグラスを並べた。グラスの隣にはキング・フィッシャービールのボトルやウイスキーのボトルが日光を反射して輝いていた。ケータリングの人はビールをグラスになみなみと注いだ。そして客席の間を縫って歩いてグラスを配り始めた。私は殿方がグラスに手をのばしたり、手をふって「いらない」というジェスチャーをするのを見ていた。
ビールのグラスが私の席の近くまで来た時、オレンジ色のサーリーを着て頭にジャスミンの花を飾っているおばさんがためらいもなくビールのグラスを手に取った。そしてコーラかスプライトでも飲んでいるかのように極めて普通そうにビールを飲み始めた。見ると、その隣のおばさんも、さも当たり前のようにビールを飲んでいる。
おばさんは膝に子供を乗せていたのだが、子供の口許にビールのグラスを持っていってビールを飲ませ始めた。「苦いねぇこれ!ペッペッ」といった反応を期待していたのだが、子供は「あー喉が渇いた!」という表情をして両手でグラスを抱えてビールを飲んでいた。さすがマンガロールっ子は違う・・・。ピリ辛のチキンも配られ、親子はそれを美味しそうに食べていた。
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やがて酒が廻ったおじさんが娘か姪と思われる女の子を引っ張り出して前で踊り出した。片手を腰に廻し片手を進行方向に伸ばす社交ダンス風の踊りを踊っていた。
お色直しが終わり花嫁が壇上に現われた。ディヴィヤは今度はピンク色のサーリー姿で現われた。頭にはジャスミンの花をどっさりと飾っていた。司会者は新郎新婦にキスを促していた。新郎新婦は戸惑った(ふりをした?)ものの、皆の前で頬にキスをしていた。あっという間の出来事だったので、残念ながら写真におさめることは出来なかった。
新郎新婦による儀式はこれでおしまいだった。余興として子供達によるゲームが行われた。輪になり、音楽に合わせてバラの花束を隣の人に渡していき、音楽が止まった時にバラの花束を持っていた人が負け、という椅子取りゲームと似たようなゲームが行われた。負けず嫌いの子供が花束を投げつけるものだから、花びらが飛び散り、花束は最後には見るも無残な姿になっていた。
食事の匂いが漂ってきた。普通は長い写真撮影の後に食事になるのだが、親切なことに食事の方が写真撮影よりも先だった。おかげで食事が終わった人から写真撮影をして帰ることが出来た。
食事はドーサにノンヴェジのカレーだった。いつもポテトなどの野菜と一緒に食べているドーサだが、たまにコラーゲンがいっぱい入っていそうなノンヴェジのカレーと一緒に食べるとウマイ。一応、野菜のおかずもあった。シメはやはりご飯とラッサムだった。だがお米がマンガロールやケーララなどで食べられているピンク色の麦みたいな歯ごたえのあるご飯だった。食後にはマンゴー味のアイスが出た。
     ○   ○   ○
このような感じで約3時間の婚約式が終了した。
今回は2着ともインドの伝統衣装を着たディヴィヤだが、結婚式では特別にあつらえた白いウェディングドレス着るらしい。
普通、婚約式よりも結婚式の方が何事も豪華になるもの。会社の同僚たちは
「婚約式では頬にキスだったけれど結婚式ではフレンチキスをするんでしょう?グフフゥ」
とからかった。ディヴィヤは心外そうに
「マンガロールではあれは普通なことなのよ」
と言っている。友人は
「え?何だって?フレンチキスが普通なの?さすがだねー」
とますます彼女をからかっている。

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