演劇『ハムレット』

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2月21日から26日まで、J.P.ナガルにあるランガシャンカラ劇場で「ハムレット」が公開されていた。ただのハムレット公演ではなく、インド古典芸術と融合しているハムレットらしかったので、演劇経験者であるグリコさんと、ただいま訪印中でインド古典声楽をたしなんでいらっしゃる慶九さんと一緒に見に行ってきた。
プラワー・シアター・ラボラトリー
今回「ハムレット」を演じたのはニーラジ・カビー率いるプラワー・シアター・ラボラトリーだ。このグループは演技派の映画俳優を多数輩出しているナショナル・スクール・オブ・ドラマ出身の人、テレビ俳優、インド古典芸能出身の人から成る、ムンバイに拠点を置く劇団。彼らのハムレット公演は2005年にプリトヴィー劇場で封切られ、バンガロールにて20回目の公演を迎えたとのことだった。
前列を陣取る
当日は開演時刻の少し前に会場に到着し、ランガシャンカラ内にある簡素なカフェでお茶を飲んだり、クリップボードに展示されている写真や催し物案内を眺めて時間を潰していた。するとジーンズを履いた肩幅の狭い男性が背後から近づいてきて
「君たちは・・・演劇を見に来たのかな?」
と声をかけてきた。見るとニーラジ・カビー監督だった。
「監督じゃないですか」
と言うと彼は控えめに肯定しながら後ずさりを始めた。グリコさんは感激し、監督に近づき両手でガッチリと握手をしていた。監督はますますはにかんでしまい、準備があるからと言ってすぐ立ち去ってしまった。
ニーラジ・カビー監督は想定外の日本人の観客がいて面食らっていたようだったが、私たちは更にアグレッシブに出た。開場と同時に脚力にモノを言わせてランガシャンカラ劇場の階段を駆け上がり、2列目のど真ん中に席を陣取ったのだ。
生演奏に酔いしれる
なぜ2列目に座ったかというと、最前列は歌手やパカーワジ奏者が生演奏するための席だったからである。
私たちの目前には、ダーガル派のマノージ・サラーフ&スルバー・サラーフ夫妻が座り、要所要所でドゥルパドを歌っていた。エレクトリック・タンブーラ・マシーンに合わせて注意深く発声されるアーレーネーナ、リーレーレーネーナーといった彼らの声は非常に繊細。演技の邪魔をしない程度のボリュームの演奏だったが、濡れた葉が何かに付着するかのように彼らの声がタンブーラ・マシーンのドローン音にヒタリとより添う瞬間があり、その正確さに何度もハッとさせられた。彼らの厳かな雰囲気の演奏はハムレットの舞台によく調和しており、舞台に広がりを持たせていた。
ヤクシャガーナ
面白いことにハムレットの中にはヤクシャガーナ(ಯಕ್ಷಗಾನ)も折り混ぜられていた。ヤクシャガーナは歌舞伎や能のように、男性のみで演じられるカルナータカの伝統舞踊。厚ぼったい化粧と金色をふんだんに用いた重厚な衣装がケーララ州のカタカリ舞踊と似ているが、カタカリのように顔を黄緑色に塗ったり、大きなスカートを履いたりはしていない。
今回、ウドゥピにあるヤクシャガーナ・ケーンドラから3人のダンサーをハムレット公演のために招いたらしい。彼らは黒いヤマブシタケのようなぼんぼりが沢山ついたオレンジ色のチェックの衣装、大きな金色の冠、黒々としたヒゲにグングルーといういでたちで現れた。口髭の奥にある、真っ赤な口紅を塗ったオチョボ口は四六時中パクパクしており何だか可愛かった!
ヤクシャガーナ・ダンサー達は劇中劇を演じたり、立ち回りを演じたり、またハムレットの隣にちょこんと座り、動きをシンクロさせながら主人公の感情を表現したりと大活躍だった。(グリコさんは彼らがあまりにも目を惹いてしまうため役者を食っている、と言っていた。) 
重そうな見た目とは異なり、彼らは非常に身軽。一見、ドシン、ドシン足音を鳴らしそうなのだが、牛若丸のように軽やかに飛びあがり、足についたグングルーを自在に鳴らしていた。また手の動きは非常にしなやかだった。
ダンサーのうちの1人ガネーシャさんが演じた女性役は、どこから見てもおばさんだったが、女性らしいオーラを発しており圧倒された。腰の動きといい、チューリヤーンをはめたり、首飾りをしたり、耳飾をさげたりする仕草といい、熟成しており、見事だった。
2人1役ふたたび
以前、ランガシャンカラ劇場で「ナーガマンガラ」を観た時、2人の女性が主人公を演じていたことがあった。このハムレット劇もやはり2人の女性がハムレットの母ガートルードを、そして女性と男性の2人がハムレットを演じていた。2人1役は最近の演劇の潮流なのだろうか。
監督は、女性と男性がハムレットを演じることによって「悲しみはジェンダーを越えた共通のものである」ということを示したかったらしい。だが正直言って1人で良かった気がした。女性のハムレットの方が上手だったのでいっそのこと彼女だけでも良かったかもしれない。
2人の女性がガートルードを演じたのは、分裂したガートルードの精神状態を表すためだったらしい。丸顔で髪の分け目にスィンドゥールをべったりと塗ったお母さんタイプの中年の女性、ウェーブがかった髪を肩に垂らした細面の若い女性という全く対極的な2人がガートルードを演じていた。そして2人の役割がそれぞれ「母」と、「1人の女性」にハッキリ分かれていたため、分かりやすかった。
劇は、細面のガートルードの頭に母ガートルードがアゴを乗せた状態で始まる。クローディアスは2人のガートルードの頭のうち、母ガートルードの顔にぱっと黒い布をかぶせ、細面のガートルードを舞台袖に引っ張って連れ去ってしまう。このような演出によってハムレットの父を殺害したクローディアスがハムレットの母と再婚したことを表していた。
日本テイストか?
コスチュームはニーラジ監督の奥様、ディーパー・コースタ・カビーが担当。男性は前を重ねあわせるタイプの黒い服を着ており、まるで忍者だった。女性はVネックのトップに黒スカートをはき、赤い布を腰に巻いていた。非常にスッキリしており、これがかえってヤクシャガーナを目立たせていた。
衣装のほかにも日本刀のような剣が用いられている点、お辞儀をする点、小股でスリ足気味に走る点がどことなく武士を彷彿とさせた。ひょっとしてニーラジ監督は、邦画ファンだろうか。
劇中の言葉
劇の台詞は50%がヒンディー語で、50%が英語だった。ヒンディー語はハリヴァンシュ・ラーエ・バッチャンの訳を採用。英語はシェイクスピアのオリジナルの台本をインド式の発音で読んでいた。
役柄によってヒンディー語だけを話す人がいたり、英語だけを話す人がいたりして、まるで国際交流基金で上映された『物語の記憶』のようだった。ちなみにガートルードは2人とも英語を喋っていたのだが、ハムレットの方は女性が英語を喋り、男性がヒンディー語を喋っていた。
ところで『Stop!』というヒンディー語映画にはオーム・プリーによるハムレットの台詞が挿入されていた。
「ジーエー ヤー マレー、サワール ト スィルフ イトナー ハェ」
を、抑揚のついたしぶい声で読むのだ。これを生で聞きたかったのがインド版ハムレットを観に来た動機のうちのひとつだったのだが、そこの部分は残念ながら女性のハムレットによる英語で読まれた。

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2 Responses to 演劇『ハムレット』

  1. Tamon Yahagi says:

    友だちの娘さん(女優)がこの「ハムレット」に出演するという話を去年から聞いていました。
    そもそもは去年の10月か11月かに上演予定だったそうで、その時点でほんとうに上演するのか分からず、多くの俳優が参加をやめたそうです…。
    それにしてもケヘさんのランガシャンカラ通いはすごいなー。
    また友だちの娘さん(その彼氏が脚本・監督)の作品をランガシャンカラでやるそうなので、そのときはぜひご一緒したいものです。

  2. kahkashaan says:

    エェッ!そうだったのですか。
    そういえば1人、背の高いバンガローリアンがいかにもゲスト出演といった感じで謎〜に登場していました。あんな感じで地元の俳優さんにオファーをしていたのかな?
    実はこのハムレットを2回観た私です。ランガシャンカラ、結構気に入っていますよ。今度一緒に開演時、劇場の階段をダッシュしましょう=3 =3

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