バローチスターン調査現場から(4)

●ペシャーワルのアミール:アフガン難民楽師の音楽
2002年の夏、国際交流基金でラバーブを演奏したアミール・ジャーンというアフガン難民楽師がいた。音楽を奏でる喜びが滲み出ているような演奏と、レセプションで見せていた満面の笑みが今でも鮮明に思い出される。
実は彼に関するビデオが1985年に出ていたらしい。民族音楽学者のジョン・ベイリーによって製作された映像人類学フィルムで、その名も「Amir」という。今回、和光大学に所蔵されているそのビデオの抜粋を見せていただくことが出来た。
カメラが記録しているのはパシュトゥーン音楽の都、ペシャーワルで活動しているアミール・ジャーンの様子である。もともとイラン音楽やウズベク音楽が盛んなヘラートで音楽活動を行っていたアミール・ジャーンは、ソ連によるアフガーニスターン侵攻の時に難民としてペシャーワルにやってきたのだった。食べていくためにラバーブを習得し、パシュトゥーン音楽界に混じったアミール・ジャーン。逼迫した生活、子供を失った悲しみから、表情は疲れ気味である。
結婚式で他の音楽隊の中に埋もれ、ラバーブを演奏するアミール・ジャーンの映像もあった。機関銃を空に向かって乱射し、大はしゃぎするパシュトゥーン人とは対照的に、アミール・ジャーンはタバコをふかし、物思いに沈んでいる。歌を聴いて故郷のことでも思い出したのであろうか。
次に、調査団が2001年に撮影したアミール・ジャーンのミニ・コンサートのビデオが上映された。場所はペシャーワルのシュポグメイ・ホテル屋上特設テント。国際的な名声を得て、ちょっとアミール(豊か:امیر)になったアミール・ジャーンの表情には余裕が見られる。
タブラとラバーブの伴奏で、アミール・ジャーンはハールモーニヤムを弾きながらアフガン歌謡曲、民謡を即興で繋ぎ合わせて演奏していた。即興であるから、次に何の曲が飛び出てくるかはアミール・ジャーン次第。彼が歌い出しを弾くと、タブラ奏者とラバーブ奏者がどっと合わせるといった感じだ。その歌い出しを弾く時の静けさと緊張感が何とも言えない。
民謡の一曲が終わり、アミール・ジャーンが次の曲の歌い出しを弾こうとして会場が一瞬静まり返った時、タブラ奏者の携帯が「PPPP・・・」と鳴った。アミール・ジャーンは携帯の着信音とのサワール・ジャワーブに挑戦し、ハールモーニヤムで「ププププ・・・」と応酬していた。気まずそうに電話を取ったタブラ奏者の「ハロー ?」という声にも、イタズラっぽく「プ・プー?」と応酬を続けていた。その後も、曲の合間に、いきなり「ププー!」というクラクションの真似を混ぜたりしてゴキゲンのアミール・ジャーンであった。
●イランのバローチ族英雄叙事詩
上映会の最後をしめくくったのは、イランに住むバローチ族の2002年の記録ビデオだった。
イラン南東部のバローチスターンではポルトガルと戦って名誉の死を選んだ民族的英雄が叙事詩の中で歌い継がれているという。その名も、「ハンマル、ポルトゲーズィー」。ポルトガルの捕虜となり「キリスト教徒の女性と結婚してポルトガルのために働け」と言われたが、それを断り殉死を選んだとされているハンマルに関する歌である。
『顔を洗わず、ヘソが見えるほどつんつるてんの服を着ているような南蛮の女子どもは好かぬ。俺は長い衣を着てショールで美姿を覆ったバローチの女が好きだ』
という詩が身振り手振り付きで、ダンブーラグと、サールーズという2つの楽器を用いて歌われる。ビデオには、加藤茶に似たイラン人が登場してきてパワフルな歌声を披露していた。歌、というよりもまるで叱責のようだった。。。
次に、パフレビー朝に反旗を翻した民俗的英雄ダード・シャーの歌が歌われた。やはり加藤茶に似ている歌手が、ダンブーラグを演奏しながらパワフルに歌っていた。興奮のあまり、立ったり座ったりしていたのが印象的であった。
●懇親会で
「辺境地帯は無法地帯でもあるんですよ。」
と言いながら、村山先生がブランデーをファンタオレンジで割ったドリンクと、チキン・カラーヒーを皆のために用意してくれた。これがバローチーの音楽会の後に出されたメニューらしく、ダールマゼー(まいうー:دار مزہ)だった。
結婚式会場で機関銃を空に向かって乱射しているパシュトゥーン人の姿が参加者にとって強烈だったらしく、質問が出てきた。村山先生は
「ペシャーワルのパシュトゥーン人はなぜか1日早くイードを祝うんですが、その日は皆が空に向かって銃を撃つんで、危なくてPIAが空港に着陸できないんですよ。」
と説明していた。イード前にペシャーワルに行く場合は流れ弾に注意である。
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2 Responses to バローチスターン調査現場から(4)

  1. 生捨 says:

    >ダールマゼー(マイウー)
    ワーフ!!!!
    さすがです。kahkashaanさんの言葉あそびのセンスに脱帽です。
    自分も真似して、とりあえずサンスクリット起源風に「ディシュトゥスワー」!
    (単語の区切りとしては「swaad-isht」なのですが、日本語の音節的に難しいので。。。でも語呂が悪いので没。)

  2. kahkashaan says:

    ダールマゼーって、私ではなく村山先生がインド通信316号『2004年のチビ黒サンボ(2)』で披露していたネタです。あそこでは「ダール・マジェー」となっていました。笑っちゃう・・・、プッ!

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