バローチスターン調査現場から(2)

●ハザーラ族のアーシューラー
「今日はそんなに血は出ませんから、大丈夫。」
と言いながら村山先生がDVDを再生した。これから1994年にクエッタで撮影したアーシューラーの映像を見ようと言うのだ。
アーシューラーとは、最近では日本でもイラクの報道を通して認知されつつある、イスラーム暦第1月(ムハッラム)の10日に行われる宗教行事のこと。この日は、シーア派3代目イマーム、フサインがイラクのカルバラーでウマイヤ朝軍に破れ、殉教した記念日にあたる。シーア派信徒は、黒い旗を掲げたり棺の輿を担いだりしてフサイン一行が玉砕するまでのドラマを再現し、自らの胸を打ったり刃物の付いた鎖で背を傷つけたりしながらフサインの死を哀悼する。
クエッタのハザーラ族居住区マリーアーバードにおけるアーシューラーの取材を試みようとした調査隊は、まずは撮影許可証を発行してもらうためにカンダハーリー・イマームバーラにあるアーシューラー実行委員会と交渉していた。
アーシューラー実行委員会とは、宗教行事に茶々を入れるような輩が近づけないように警備を配置したり、死人が出ないように担架と救援テントを用意したり、参列者に飲み物を配ったりする、ハザーラ族自治組織と州政府と市当局が連携して運営している団体のこと。そのような組織がパキスタンにもあるのか!と、にわかに信じ難かったが、映像がそれを証明していた。背中が血まみれになった興奮状態の少年を取り押さえ、無理矢理担架に乗せて場外に運んでいく実行委員会の様子が映し出されていたのだ。その活躍ぶりに、やや感動だった。
さて、調査隊は、民家の屋上に陣取って、通りを行く服喪行列の様子をカメラで記録していた。ミザーン・チョウクは、すでに勾玉状 or ワカメ状の刃がついた鎖をジャラジャラさせた、上半身裸の男性で溢れている。広場には哀悼の歌がスピーカーで流されており、その歌の、ある節が来たら、いよいよ鎖を振りあげて背中を打ち始めるのである。
血しぶきが舞う、といったら良かろうか。ハザーラ族の鎖打ち(ザンジールザニー)は気合いが入っていて、すさまじかった。本当は哀悼音頭の決まった節で一斉に鎖打ちを始めるものなのだが、興奮を抑えきれず、中にはフライングする者がチラホラいた。何しろ、ガムシャラにフライングをしているものだから、それはそれで放置するしかないようだった。
やがて、おじさんが赤い液体でタプタプしているブリキのバケツを運んできて、それをマグですくっているシーンが出てきた。
「あんなに流血したのか!?」
「輸血用なのか?」
と観客の間に衝撃が走ったが、村山先生が慌てて説明したには、あれはルーフ・アフザー(Rooh Afza روح افزا)で作ったシャルバット(飲み物)だったらしい。

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2 Responses to バローチスターン調査現場から(2)

  1. RiE says:

    >観客の間に衝撃が走ったが
    あははははっ!ナイスタイミングっ☆
    最近見たスペイン映画に出ていたグラナダの「聖週間」も近い緊迫感があったよ、血は出なかったけどね。
    ハザーラ族、熱いね、しかし。

  2. kahkashaan says:

    >ハザーラ族、熱いね、しかし。
    イエス・キリストの話、『パッション』には負けますけどね!

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