バローチスターン調査現場から(1)

先週の土曜日、和光大学所蔵のバローチスターン部族文化に関する映像コレクションを見る催しに行ってきた。これは、和光大学講師の村山和之先生が1989年〜2004年にパキスタンやイランで行ったフィールドワークの記録を4時間にまとめて一気に紹介するというもの。村山先生の軽妙な語り口の解説に爆笑しつつ、楽しく鑑賞させてもらった。あれをまとめられる自信がないが、何とか報告に挑戦したいと思う。
●クエッタ〜ボーラーン峠
映像はクエッタ(パキスタン、バローチスターン州の州都)を走る車内のシーンから始まっていた。カーステレオから流れる民謡、車道を闊歩するラクダが付けた鈴、クラクションの音が耳に心地良い。
調査隊の車は、都心(?)の雑踏から遠く離れ、ボーラーン川までやってきた。羊を連れて移動中のブラーフイー遊牧民に遭遇した調査隊は車から降り、遊牧民とウルドゥー語で言葉を交わした。ブラーフイー遊牧民は彼らにパンをごちそうせずにはいられなくなったらしく、おもむろに弁当箱ほどの大きさの缶の中で粉をこねはじめた。牛糞で出来た炭の中に直接くべられたパン生地は、数十分後にカチンコチンの状態になって取り出された。パンの表面は石のようでありながら、中は柔らかかったらしく、調査隊は感涙にむせびながらそれをつまんでいた。
ボーラーン川の橋のふもとには、女性の聖者ビービー・ナーニー廟がある。緑色をした地味な聖者廟である。しかし、なかなかどうして霊験あらたかなのである。なぜなら、付近にある巨大な橋は大水によって破壊され、何度も建て替えられているのだが、ビービー・ナーニー廟だけは大水にびくともしないらしい。
●ヒンドゥー聖地ヒングラージ
調査隊一行は、カラーチーの西にあるヒングラージに向かった。ここにはヒンドゥー教世界の西の最果ての聖地があるらしい。
アーサープル巡礼宿に宿泊した一行は、巡礼者の印である赤い布を腕に付けてもらい、徒歩で寺院に向かった。カーリー女神寺院でココナツを盛大な音をたてて割って供えた後、いよいよヒングラージ女神にまみえた一行。そのご本尊とは、スィンドゥールを塗りたくった、凹凸のついた巨大な石だった。デコボコした感じが、お腹やフトモモの皮下脂肪みたいで妙になまめかしい・・・!
ご本尊の下はトンネルになっている。子供が欲しいカップルは手をつないで、ここの胎内めぐりをするものらしい。「せっかくだから」と、調査隊の男性陣も挑戦。胎内めぐりには、上半身は脱ぎ、トンネルから出たら赤ん坊の真似をしなければならないというルールがあるらしい。真っ暗なトンネルをくぐった後、地面に転がり、律儀に手足をばたつかせる某先生や某生徒の様子を、カメラは冷静に捉えていた。
寺院の中にはグジャラーティー語が目立つ。また飾られている神々の絵を見ても、西インドのものが多いらしい。それもそのはずで、ヒングラージはグジャラートの金細工や織職人の守護聖者という位置づけなのだそうだ。
今では年間1人くらいしかインドからの巡礼が認められていないらしいのだが、印パ分離独立前は多くの人が巡礼に訪れていたらしい。現在、巡礼に来るのはイギリスやケニヤに住むヒンドゥー教徒が多いのだとか。
●ハフトラール島
ハフトラール島は、アラビア海に浮かぶ、エアーズロックみたいな形をした無人島である。「ハフト(7)」+「ラール(愛しい人、聖者)」という名前だけあって、島にはシャハバーズカランダル廟(シャハバーズ・カランダルが来たよ、という意味の聖地)、ハワージャ・ヒズル廟(水をつかさどる聖者ということから漁師に信仰されている聖者。ズィンダー・ピールと言い、今も生きていると考えられている。)、マーイー・ハウアー廟(アダムとイヴのイヴを祀っている)など、聖者廟が多いらしい。また、ヒングラージ女神寺院がここにもある。今はボロボロに崩れている寺院だが、ここも、かつては多くの巡礼者を集めた場所らしい。ただ、昔、アラブ人がイヤガラセで亀を投げ入れて以来、いくら寺院を建設しなおしても壊れてしまうようになってしまったのだそうだ。大水にびくともしないビービー・ナーニー廟と別の意味で霊験あらたかなのであった。
20050604-baluch01.JPG

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4 Responses to バローチスターン調査現場から(1)

  1. 生捨 says:

    バローチスターン、なかなか興味深いですね。
    某イラン料理屋で働いてた夫婦の方々が褐色っぽい顔をしていて、しかも少し訛ったペルシア語をしゃべっていたので出身を尋ねてみたら、パー“ケ”スターンからだと言っておりました。ウルドゥーでも話してくれました。
    41歳だけどスペインやら韓国やら出稼ぎで渡り歩いてきたそうです。
    ちなみに後日談ですが、そのバローチーの夫婦は新しい仕事を見つけ、2週間足らずでその職場を旅立っていきましたそうな・・・。
    やはり現代の遊牧民?

  2. kahkashaan says:

    >やはり現代の遊牧民?
    また、まとめ方がうまいですなぁ。面白い話をありがとうございます。
    そういや昔、パキスタン大使館の三等書記官がバローチーでしたYo!彼の見た目は日本人のサラリーマンにそっくりで、その名もゴローさんだった。

  3. gwarix says:

    今まで気がつきませんでした。私もあの場におりましたが、こんなにまとめて紹介してくださると記憶が鮮やかに蘇ります。浜の写真はどこのものですか?パキスタンでも見たような、昔の九十九里でもみたような景色。バローチ族は海を渡ってオマーンや東アフリカにまで行っています。海の遊牧民でもあるのですね。

  4. kahkashaan says:

    gwarix先生、
    こないだはインド大使館で面白い話をありがとうございました。浜の写真はバローチスターンのものです。昔イスラマで買ったパキスタン写真があんでんかんでん入っているCD-Rから借用しました。
    >海の遊牧民
    今後の研究も楽しみにしております。

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