指を広げた拍手

もうすぐ3歳になる息子は、嬉しいことがあるとペチペチと手を叩く。
手の指を広げた状態で叩く。
この叩き方、どこかで見たような。
そうだ、カッワール逹の手の叩き方だ。

彼らが手拍子するときは、なぜ指が開いているのだろう?
逆に言うと、なぜ我々が拍手するとき
指は閉じているのだろう?

昔は誰しも指が開いていたのだと思う。
それが学校に行くようになり、
先生が生徒の注意をひくために
大きな音を立てて手を叩くのを見る。
先生みたいに大きな音を立ててみたい、と
子供は密かに練習してみたりする。
先生という権威への憧れもあるだろう。
すると指を閉じて叩くと、いい音がすることを発見してしまう。
以降、表彰式とか入学式とか、
何かと手を叩く機会が多いので
手の指をくっつけた叩き方が身についてしまう。
指を閉じた叩き方がオトナな叩き方なのだと思い込む。

天皇が手を叩く時は、いつも指が揃っているし、
権力を誇示する北朝鮮の総書記にいたっては
右手と左手を90度ずらすという、普通とは違う拍手をする。
身分が高くなるほど、子供の叩き方とはかけはなれた叩き方をするもの。

しかし、たとえばサッカーの試合で点が入ったら
どうだろう?
観客がワーッと立ち上がり、手を叩く。
その手の指は、そこまで開いていないけど、
閉じてもいないんじゃないだろうか。

つまり、開いた指による拍手は
無邪気で下心とは無縁な感情が溢れたものだと考える。
カッワール逹の拍手の指が開いているのは
神様と素直に向き合っているから、純真だからではなかろうか

などと
息子を見て思うのである。

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家財道具を売り払う

アルカカット氏が無事に博士号を取得しました。

お祝いのお菓子を配ったり

電話をしたりしていると

お祝いムードに水をさすようなレターが舞い込んできました。

「1週間以内に、寮を出ていきなさい

さもないとダブルロックをします。」

(*ダブルロックとは大学側で外側から

部屋に南京錠をかけてしまうこと。

住民が家に入れなくなってしまうという

最強の罰則である)

というものでした。

前から心構えはしていたものの

まさか1週間とは思わなかったので

パニック状態になってしまいました。

早速、「家財道具売ります」の貼り紙を

寮の玄関に貼り出すことにしました。

そして、住民の何人かに声をかけました。

すると、集まるわ、集まるわ・・・。

中古の家具や電化製品を目当てに住民が殺到し

「私が前に予約したのよ」

「私、約束したわよね」

「いいえ、私がずいぶん先に言っておいた」

との大騒ぎ。

誰が電化製品を買うか、

誰がベッドなどの大きな家具を買うかで揉めました。

どうやら、私が留守の間

住民たちがアルカカット氏に

「洗濯機がほしい」

とか

「ACが欲しい」

とか言っていたようです。

そのたびにアルカカット氏は

「チャロー、デークテーハェ」

と言って、気にもとめなかったようです。

しかし、住民はそれで予約が済んだと思っていたらしく

自分たちの手に入らなかったことに

気が立っているようでした。

我々の洗濯機をアテにして

洗濯機を買わずに我慢していた住民もいたようです。

見えないところにしまってあるにもかかわらず

「おたく、Ushaの暖房を持っていましたよね」

と言ってくる人もいました。

人によっては、100均に入った状態になり

必要がないのに買取を申し出てしまう人も。

人によっては、ベッド、マットレス、ヘルメットから

寝具・台所、タオルにハンガーまで、

あらゆるものを買っているにもかかわらず

「あなたは何もくれないのね」

と不平をもらしている人も。

今日約束しても、また約束を覆してくるかもしれないと思った住民は

もう私たちの手にお金をにぎらせてきました。

普段、お金の支払いをしぶるインド人が

現物を手に入れる前にお金を払ってくるのです。

競争があれば支払うんですね。

その後も

ドアをノックしてくる人はやまず

「まだ何かいいものがあるかもしれない」

という期待を持っているのか、

住民はなかなか立ち去らず

子供は興奮状態になって駆け回るし

10時ごろになってやっと住民が去った後には

ほとほと疲れてしまいました。

しかし興奮が背中にまとわりついていて

なかなか体が休まらず

夜はしばらく眠れませんでした。

この日はじめて

我々の家具に住民のナザル(ヨコシマな視線)が

ついていたことを知りました。

そして、それに気づかず平穏に過ごしていたのは

玄関に吊るしていた邪視除けの

ニンブーミルチや

黒い靴の置物や、

ドゥリシュティーのお面のおかげかもしれないと

思いました。

とりあえず、荷物が片付いたのは良かったです。

中古の家具は、手を合わせて持っていってもらうくらいに

考えていたのですが

住民が取り合いをするほど、飛ぶように売れることを知りました。

引き揚げる日本人から中古の家具を買うビジネスとかをすれば

儲かるかもしれません。

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出稼ぎ労働者と会話する

キャンパス内では、

いつもどこかしらで工事が行われています。

工事現場では、出稼ぎに来た人たちが

文字通り住み込みで働いています。

そこらへんにテントを張って子供を遊ばせたり

工事中の建物の中に洗濯ものを干したり、炊事をして

暮らしながら働いているのです。

昨日、散歩をしていると

砂山の上を、シャベルが2本のワイヤーにつるされて

上下運動をしているのを見つけました。

働く車が大好きな明日真は、

へぼいショベルカーではあるけれど

マシーンが動く様子に見とれておりました。

すると我々の姿を見つけた工事現場の女性が

集まってきました。

工事現場の女性と言っても

サリーを着ています。

今は冬だから、その上にセーターも着ていました。

彼らは寄ってきて

「どこ行く?」

と訊いてきたので、

「マーケットに行くんだよ」

と答えました。すると

「あに買う?」

と、すかさず質問。

そんなこと訊いても、つまらないじゃないと思いつつ

「紐(ラッスィー)を買うんだよ」

と答えましたが、その後も質問責め。

「子供2人連れて、どうやってダヒー持つんだい?」

(ラッスィーRassiと言ったら、Lassiかと思い

そしてダヒーに転じてしまったようでした)

「この子ン父親はどこいる?」

「あーで歩ってんの?」

「どこサ住んでんの?」

思わず苦笑です。

そこで私も質問してみました。

彼らはジャーンスィーから来たそうです。

彼女の中には、明日真のような子供がいる人もいて

そこらへんで遊ばせているようでした。

女性のうち、ひとりが砂まみれの手をパンパンとはたいて

(その時、もうもうと砂煙がたちました)

明日真を抱っこしてくれました。

そしてジャンパーの裾を引っ張って

「私ン子に、この服くんねーかい?だめ?」

などと言っていました。

すると、油を売っていることを見かねたマネージャーか誰かが

大声で何かを言ってきました。

女性たちはすぐに砂山に戻り

茶碗のようなもので砂をすくって袋に入れるという

仕事を始めました。

ひとりの女性がこちらを振り向き

「あんたも仕事すっかい?」

と叫んできました。

「子供がいるから無理」

と言ったら

「私にも子供がいっさー」

と言っていました。そういえば、そうだった。

彼らと別れた後も

好奇心丸出しで、自分に素直で、

あっけらかんとした彼らの様子が

しばらく忘れられませんでした。

彼らと話して何だか愉快でした。

インドが好きで何度も来る人って、

私も含めてですけど

こういうやりとりが好きな人じゃないかなと

思いました。

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何か憑いていないか?

インド企業で働いていた頃、

会話が成り立たないインド人エンジニアがいて

辟易させられたものでした。

彼らの共通点は、

①Yes/Noの質問に対し、Yes/Noで答えない

②質問に対し、質問で返してきて、自分は答えない

③自分の間違いを認めず、事実をねじまげてまでも

言い訳をしまくる

④言いたいことだけを話し、人の話を聞かない

というものです。

特にこの傾向が酷かったのがチェータンというエンジニアで

在職中はずいぶん悩まされました。

仕事をやめた今、悩みから解放されたものと思っていましたが

気づいたら我が家にもチェータンがいました。

たとえばYes/Noの質問をすると、こんな感じです。

「バーブルの墓って、カーブルにあったの?」

(ア氏、パソコン画面から目を離さずに)

「バーブルじゃなくてバーバルだよ」

(・・・以上、会話終了。)

気を取り直してまた訊きました。

「で、バーバルの墓はカーブルにあるの?」

(今度は居直り、でもパソコン画面から目を離さず)

「バーブルでも良いらしいぞ。」

(・・・以上会話終了。)

「だからお墓がカンダハールにあるのか、

サマルカンドにあるのか訊いているんだよ」

と言うと、やっとポツリと

「カーブルだよ」

と答えました。

もう「ディマーグ・パク・ガヤー!!」と叫んで

ターリーをひっくり返したくなります。

また別の例ですが

ここ数日、風邪で調子が悪かった明日真が

楽そうに息をしているか尋ねると

「なぜ?」

と訊き返してきました。

それに対して

「さっき苦しそうだったから」

と私が答えても、

彼の中ではもう会話は終了してしまっていて

はたして楽そうに息をしているか

ついぞ教えてくれません。

「あのー、質問したんですけど」

とジェントル・リマインドすると、

楽そうに息をしているとはどういうことなのか分からないと

のたまわっていました。

なんじゃそりゃ。

長く住んだことによってインド人化が進んだのだったら、

家族を深く愛し、何にも優先させることとか

人と電話か直接会って話すことを好むとか

そういうこともインド化があってよいと思いますが

どうもチェータン化だけが酷いようです。

ニザームッディーンで

言い訳が達者な変なジンに取りつかれてしまったとか?

日本に帰ったら憑き物はとれるでしょうか。

(1/27 追記

ア氏は長男。これまで妹と弟に

「何?」「何してるの?」「これ何?」「なんで?」

と、質問されて育ってきたため

うざくなって、

これ以上質問が来ない期待をこめて

わざと質問に答えないクセがついたようです。

妹さんに

「あんたと話しているとムカツク」

と言われていたそうです。

つまり、インドに来る前からこうだった・・・!

インドのせいにしてゴメンナサイです。

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向上

アルカカット氏が、自分の祖母であるかのように慕っている

B女史のお家に行ってきました。

彼女は昔、東京外国語大学で

ヒンディー語の客員教授をしていた方です。

(あのF先生が学部生の時に、ヒンディー語を教えたそうです)

日本がとても気に入り、帰国後は日本に関する本を書いたり

文化的イベントを主催したりして

日印交流に貢献してきた方です。

長年、デリー大学で教鞭をとっていましたが

(あのマーヤーワティーにヒンディー語を教えたそうです)

かなり前に引退されて、今は娘さんと一緒に

ノイダの高層アパートに暮らしています。

今回、生まれたばかりの娘をB女史に見せに行ったのですが

泣き止まなかったため、B女史の寝室を借りて

あやしたり授乳をしたりしていました。

こういうとき、ついつい本棚に並ぶ背表紙に

目が行ってしまいます。

本棚には、ご自身の著作がずらーりと並んでいました。

日本語・ヒンディー語辞書、デリーについて書いたエッセイ、

鐘は鳴る、と名付けられた英語の詩集など。

ご自身の著作以外では、「日本の伝説」という本、漢字の本、

そしてプーランデーヴィーの自伝が並んでいました。

以前、ベーナズィール・ブットーの自伝や

ビル・クリントンの自伝も目にしたことがあります。

どうもトップにのぼりつめる人間に強い関心があるようです。

〇   〇   〇

以前、彼女のインタビューを読んだことがあります。

彼女は、ムルターンあたりのザミーンダールの家に生まれ、

生まれた時に「この子は長生きしないだろう」と

言われたそうです。

彼女がまだ少女だった頃、印パの分離独立を迎え

家族は飛行機でムルターンからデリーに

飛ぶことにしたそうです。(さすがお金持ちです)

その時、親はB女史に

「あなたは次の便で行きなさい」

と言い残して自分たちは先に去ってしまったそうです。

女の子であるため、

しかも長生きしないと言われたことから

親はBさんをムルターンに置き去りにするつもりだったのです。

親が行ってしまった後、彼女は空港で泣いていたそうです。

それに気づいたイギリス人のパイロットが可哀そうに思って

彼女を特別に飛行機に乗せてくれたそうです。

そうして彼女はあの動乱の中、

デリーに来ることができたのです。

その後、デリーではおばさんに会うことができ、

やがて両親とも合流できたそうです。

デリーで住んだ新しい家のそばには

デリー大学があったそうです。

彼女は大学の建物を見あげて、

「いつかあそこで学びたい」

と思うどころか

「いつかあそこで教えたい」

と思ったそうです。

彼女は早くに結婚し、子供も産んだようですが

アーグラ大に通い、博士号を取り、

そして目標どおりデリー大の教授になったそうです。

その間、家族との軋轢(あつれき)が相当あったようです。

インドでは

「家族の女性が前の通りを渡っただけで、不名誉になる」

という考え方があるようです。

昔はともあれ、今でさえもこの考え方にしたがって

奥さんが外で働くのを許さない人がいます。

そこを彼女は

「女性が道を渡るのをむしろ名誉に思わなければいけない」

と言います。

拍手喝采を送りたいです。

また、Bさんは

世間が男の子ばかり有難がる風潮に反発し、

自分は男の子よりも優れているんだと証明するため

あらゆる努力したそうです。

そんな感じなので、彼女は向上心とか野心とかいうものに

関心があるのではないかと思いました。

逆に、向上心がない女性に対して

軽蔑したようなそぶりも感じます。

使用人の女性を「知恵がないんだから」と馬鹿にしながら

叱っているのを聞いたことがあります。

また、BAしか持っておらず、

アカデミックな活動をしているわけではない私のことも

とるにたらないと考えているようなそぶりを見せています。

悔しいので、私も野心とやらを持って

高い目標を目指そうかと

Bさんのお宅に行くたびに思います。

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ガーリブ・アワードに集う人々は

ガーリブ・インスティテュートが作っている

ガーリブ・カレンダーの2013年度版を手に入れました。

「黒いシャルワール」こと、ハリールさんがくれたのです。

彼は毎年12月に行われるガーリブ・アワードに出席し、

参加者のみに配られる特製カレンダーとダイアリーを

貰ってきて、私たちにくれるのです。

ですが、今年はちょっと紆余曲折があったみたいです。

ガーリブ・アワードの式典が終わっても

カレンダーとダイアリーが配られなかったのです。

後日、ハリールさんが

ニザームッディーン・バスティーのガーリブ・インスティュートに

足を運んで、まわりくどく尋ねたところ、

やっとカレンダーをくれたそうです。

予算削減か何かがあったのでしょうか、

ダイアリーの方は残念ながら、作られなかったようです。

そうして手に入れた貴重なガーリブ・カレンダーは

早速、我が家の扉を飾っております。

今年は、アブドゥッラフマーン・チュグターイーの

ディーワーネ・ガーリブの絵があしらわれています。

ハリールさんは、

「このために、たくさん歩かなければいけなかったんだぞ」

「朝から空腹だ」

とブツブツ言っていたので

食べ物を提供してあげました。

〇   〇   〇

「アッチャー、マェン・チャルター・フーン(じゃ、行きます)」

と言って立ち上がったハリールさんから

つま楊枝が落ちました。

楊枝ごときですが、一応

「それ、落としていますよ」

と伝えたところ

「アッチャー、ワハハ」と言って拾いながら

次のようなことを話してくれました。

ガーリブ・アワードの式典では、食事が出るそうです。

ハリールさんはマトンを3ピースほど食べれば満足だそうですが

トゥルクマン・ゲートや、ダリヤー・ガンジから来た人

(いずれもオールドデリーの地名)は

10ピースや15ピースも食べているそうです。

ハリールさんが呆れて見ていたところ

彼らは恥じ入る様子もなく

「俺たちは食べるために来たんだ」

と言っていたそうです。

それを聞いて「やっぱりそうか」と納得してしまいました。

前回も書いた通り、

収入がないのに太鼓腹をしていて

貧乏生活を賢く送っているらしいハリールさんは、

やはり食べるためにガーリブ・アワードに出席しており

カレンダーとダイアリーは副産物だったのです。

ハリールさんには一応、羞恥心があるようですが

臆面もなくタダメシを食べに来ている輩が

ガーリブ・アワードに群がっていると知って

ウルドゥー語とインドムスリムの状況について

考えさせられてしまいました。

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デースィー・ギー

「ギーをください」と言うと、

店のおやじは必ず「デースィー・ギーか?」

と聞き返してきます。

「ギーといやぁ、ギーでしょう!?」と思ったのですが、

後で知ったことに、

ギーは油の総称として使われるようです。

サラダ油など植物性で、固まらない油は

バナスパティー・ギーと言うそうです。

 

ところで先日、ハリールさんがくれた

ラッチェーダール・スィワイヤーンは、

真っ白でした。

キツネ色のものしか見たことがなかったので

エッと思ってしまいました。

触ってみるとギトギトします。

「悪くなっているんじゃないの?」

と思って見せたところ、ハリールさんは

「これはギーだよ」

と言っていました。

ギーの、濃厚な香りがしないので

ショートニングか何かがまぶしてあったようです。

これをフライパンで炒めると、

イードの時に屋台で山積みにされて売られている

キツネ色のスィワイヤーンになりました。

ラッチェーダール・スィワイヤーンは

オールドデリーでしか手に入らないもので

店で売られているスィワイヤーンとは細さが違います。

きっと、あのように細いスィワイヤーンを作る過程で

ギーが必要なのかもしれません。

 

・・・というように、

世の中にはさまざまなギーがあることを

遅ればせながら知りました。

今まで、ウルドゥーのレシピでギーと出てきたら

デースィー・ギーを使っていたのですが

ひょっとすると使う必要がないところでも

使っていたかもしれません。

デースィー・ギーはコレステロールが高いことですし

気を付けてレシピを見なければいけませんネ。

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ケーオラー

「ケーオラーをください」と言うと

店のおやじが必ず「ケーオラーウォータルか?」と

聞き返してきます。

ケーオラー・ウォーターの他に、何があるのかと

しばらく疑問に思っていました。

先日、オディシャ出身のゴーパール君が来たので

シールフルマーを出しました。

その時に、何を入れたのか尋ねられたので

牛乳とデーツとスィワイヤーンとケーオラー・・・

と答えました。

時々、ケーオラーのことを知らないインド人がいます。

ビハール出身のミーラーさんもご存じありませんでした。

彼も眉をひそめたので、早速ボトルを見せてあげました。

すると、

「ケーヤーだ!これはオディシャで採れるんだ」

と言っていました。

ケーオラーはオディシャのような熱帯原産で

日本語ではタコノキと言うらしいです。

彼によると花が売られていて

香水なども作られるそうです。

だから店のおやじは、

ケーオラーの花か、ケーオラーの香水か

それともケーオラー・ウォーターか

知りたかったのですね。

(でも店にはケーオラー・ウォーターしか置いてありません)

ゴーパール君によると、

子供のころ花は5ルピーで売られていたそうです。

それが今は50ルピーに高騰したのだそうです。

まぁ、ケーオラーに限らず、何でも高騰していますけどね。

「この香りが好きなら、オディシャから香水を

買ってきてあげるよ」

と言ってくれました。

そんな珍しいものがあるのだったら、ぜひ

手に入れたいものです。

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2013年の暦

1/13 マカラ・サンクラーンティ、ローリー
1/14 ポンガル
1/18 グル・ゴービンド・スィング誕生日
1/25 ミーラードゥン・ナビー
1/26 共和国記念日
1/27 ウルス クトゥブッディーンバフティヤールカーキー
2/8 ウルス ブー・アリー・シャー・カランダル
2/15 バサント・パンチャミー
2/25 グル・ラヴィダース誕生日
3/3 ウルス ニザームッディーン・アウリヤー
3/10 マハー・シヴラートリ
3/26 ホーリカー・ダハン
3/27 ホーリー
3/29 グッド・フライデー
4/11 ウガーディ(アーンドラ、カルナータカ)
4/13 ヴァイサーキー
4/15 ビフー(アッサム)
4/19 ラーム・ナヴァミー
4/24 マハーヴィール誕生日
5/24 ハズラト・アリー誕生日
5/25 ブッダ・プールニマー
7/10 ラマザーン月1日
8/2 ジャマート・ウル・ヴィダー
8/9 イードゥル・フィトル
8/11 ナーガ・パンチャミー
8/15 独立記念日
8/18 ノウルーズ(パールスィーの新年)
8/20 ラクシャーバンダン
8/28 クリシュナ・ジャナマーシュタミー
9/9 ガネーシャ・チャトルティー
9/19 オーナム(ケーララ)
10/2 ガーンディー誕生日
10/13 ダシャヘラー
10/16 イードゥッズハー
10/22 カルワー・チョウト
11/3 ディーワーリー
11/5 バーイ・ドゥージュ
11/8 チャト・プージャー(ビハール)
11/15 ヨーメ・アーシューラ
11/17 グル・ナーナク誕生日

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その名も

9月に生まれた娘の名前なのですが

茉莉花と書いてマリカと名付けました。

意味はジャスミンです。

ジャスミン茶のオレンジ色の缶に、茉莉花と書いてあるのを

みなさんでも目にすることと思います。

これはサンスクリトのMallikaという言葉を漢字にしたもので

日本では「まつりか」と読みますが、

ここの「つ」は「っ」のことなので

取ってしまっても良いと判断しました。そしてマリカ。

RとLの音の違いはありますが。

インドで何度か名前を聞かれた時に

「マリカエフスヌ(美の女王)か」とか

「マッリカ・シェーラーワト(女優の名前)か」と

言われました。

掴みはOKのようです。

 

子供の名前を付ける時には、

長男の時にもそうしたように、

インドと日本の両方でも通用するような

名前にしたいなと思っていました。

他に、どんな候補があったかというと

ヒナー、マーヤー、ミーナー、レーカー、

アンナー、リヤー、タマンナー、サナーとかです。

「ヒナー」はメヘンディーの意味。

とても気に入っていたのですが

産経新聞の連載漫画の主人公がひなちゃんだし、

最近では人気ナンバーワンの名前というではないですか。

だから、やめておきました。

アンナーは、アルカカット氏の案です。

もちろん活動家のアンナー・ハザーレーから。

志は良いけれど、見ず知らずのおじいさんにちなんで

名前をつけられちゃ、かわいそうということで

やめておきました。

珠菜と書いてタマンナーという案は

私が考えたものです。

南インド映画に出てくる、肌が輝くように白い女優の

タマンナーさんにちなんでです。

茉莉花が浮かんでこなかったら、

こちらにしていたかもしれません。

 

女の子の名前に比べると、

日・印で通用する男の子の名前を考えるのは

もっと難しかったです。

男の子の名前の候補で、

どんなものが挙がったかというと

零と書いてシュンニャとか、禅:ぜんとか

玻璃:はり、莉志:リシ、露伴:ローハン、

灯、明石、証と書いてあかし(アーカーシュから)とか

禎司:ていじ(テージから)とか。

ニザームッディーン・アウリヤーに帰依している

アルカカット氏は

「ニザム」という名前はどうかなどと言っていました。

イザムとかいうビジュアル系歌手みたいです。

漢字を充てるとしたら、何になったのでしょうか。

暴走族みたいな漢字を充てたのでしょうか。

結局、アスマ(明日真)に落ち着きました。

親バカのせいか、

茉莉花も明日真も気に入っている名前です。

しかし、子供が自分の名前を気に入るかは別の話。

将来、不満を言われないといいなぁ。

(*追記

もし、2番目の子が男の子だったら

今度はソーマにしようという案がありました。

アースマーン(空)に、ソーマ(月)で

理想の組み合わせになったことでしょう。)

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