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	<title>Indo.to</title>
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	<description>日本×インド　コミュニティサイト「インド・トゥ」</description>
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		<title>インパールへ4　Japan War Memorial</title>
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		<pubDate>Fri, 03 Feb 2012 15:01:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogata</dc:creator>
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		<description><![CDATA[モイランの町の食堂で簡単な昼食を終えて外に出るとクルマがいない。運転手の携帯にかけてみると、『警官に移動を命じられまして・・・』などとブツブツ言いながら、店の前に戻ってくる。どうせ小一時間くらいはヒマになるとみて、テキト &#8230; <a href="http://indo.to/blog/archives/4373">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>モイランの町の食堂で簡単な昼食を終えて外に出るとクルマがいない。運転手の携帯にかけてみると、『警官に移動を命じられまして・・・』などとブツブツ言いながら、店の前に戻ってくる。どうせ小一時間くらいはヒマになるとみて、テキトーにフラついていたのだろう。</p>
<p>ともあれ、携帯電話の普及は、こうした運転手たちにとって、得意先(ホテル、旅行代理店その他手配師等)から話がダイレクトに飛び込んでくる効果があったり、私たちのような一見の客が「それじゃあ明日もよろしく」と依頼したりすることもありえるなど、より多くの仕事の機会を得ることを可能にしたといえる。同時に、運転手としての仕事の中での空き時間の自由度が増したという副次的な効果も生んだということにもなるだろう。</p>
<div id="attachment_4374" class="wp-caption alignnone" style="width: 590px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/11.jpg"><img class="size-full wp-image-4374" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/11.jpg" alt="" width="580" height="773" /></a><p class="wp-caption-text">Japan War Memorialの記念碑</p></div>
<p>国道150号線でインパールに戻る途中にあるJapan War Memorialを見学。この場所にあるのは、気まぐれでも地価が安い(市街地から遠く離れている)からでもなく、まさにこの場所が戦跡であるからだ。War Memorialのすぐ裏手に通称「レッド・ヒル」と呼ばれる丘があるが、往時の日本軍はここに一時的な拠点を構え、道路と反対側のより小さな丘には英軍が集結していた。この狭いエリアで両軍入り乱れる熾烈な戦闘が展開された。両軍の大勢の兵士たちが血を流したことから、レッド・ヒルと呼ばれるようになったのだという。</p>
<div id="attachment_4375" class="wp-caption alignnone" style="width: 590px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/21.jpg"><img class="size-full wp-image-4375" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/21.jpg" alt="" width="580" height="773" /></a><p class="wp-caption-text">「レッド・ヒル」と呼ばれる背後の丘</p></div>
<p>比較的新しい現代的なモニュメントは平成6年に造られたものだ。日本の建築会社が施工したことを示すプレート等がはめ込まれている。清掃は行き届いているものの、おそらく建造されてからきちんとしたメンテナンスはなされていないのだろう。かなり荒れている印象だ。</p>
<div id="attachment_4376" class="wp-caption alignnone" style="width: 590px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/31.jpg"><img class="size-full wp-image-4376" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/31.jpg" alt="" width="580" height="435" /></a><p class="wp-caption-text">「レッド・ヒル」から見て道路を挟んだ向こうにある丘に英軍が陣取ったのだとか。</p></div>
<p>その背後には、モニュメント建造以前からの慰霊塔があり、日本軍の残した砲身も残されていた。砲身に刻まれている文字は錆で消えかかっているが、それでも何とか「大阪・・・昭和16年・・・」と、部分的に読み取ることはできる。</p>
<div id="attachment_4377" class="wp-caption alignnone" style="width: 590px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/41.jpg"><img class="size-full wp-image-4377" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/41.jpg" alt="" width="580" height="681" /></a><p class="wp-caption-text">慰霊塔</p></div>
<div id="attachment_4378" class="wp-caption alignnone" style="width: 590px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/9.jpg"><img class="size-full wp-image-4378" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/9.jpg" alt="" width="580" height="435" /></a><p class="wp-caption-text">旧日本軍が使用していた重機</p></div>
<div id="attachment_4379" class="wp-caption alignnone" style="width: 590px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/10.jpg"><img class="size-full wp-image-4379" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/10.jpg" alt="" width="580" height="435" /></a><p class="wp-caption-text">「大阪・・・昭和16年・・・」とかすかに読める。</p></div>
<p>ここの管理人は話好きな人で、いろいろ話してくれた。もちろんこの人は戦時を知る世代ではなく、人々から伝え聞いた二次情報、三次情報なのだが、当時の戦闘の事柄はもちろんのこと、ここを訪れる日本の戦友会の人々のこと等について、いろんな予備知識を披露してくれた。</p>
<p>後世の私たちから見れば、無益な戦争のため、不幸にして往々にして若い年齢で亡くなった兵士たちに善悪の区別はない。出身国の異なる同年代の人々が、戦場という場所でたまたま敵味方に分かれて対峙したばかりに、上官の命令に従って殺戮を繰り広げるという理不尽さ、戦争という国家による愚かな過ちが今後繰り返されることがないように願うばかりである。</p>
<p>だが過ちであったということ自体が風化してきて、日本が過去にかかわった戦争やそれにまつわる犯罪行為を美化するかのような風潮が高まりつつあることについて、懸念を抱かずにはいられない。</p>
<p>日本で、原爆記念日、終戦記念日といった時期にさしかかると、テレビでは戦争にかかわる記念番組が放送されるのは毎年のことだが、今や戦争体験を自らのものとして一人称で語ることのできる人がとても少なくなった。こうした世代が社会の第一線から退いて長い時間が経過していること、その体験を伝える声が世の中の人々に届かなくなって久しいことも大きな要因のひとつだろう。</p>
<div id="attachment_4380" class="wp-caption alignnone" style="width: 590px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/5.jpg"><img class="size-full wp-image-4380" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/5.jpg" alt="" width="580" height="773" /></a><p class="wp-caption-text">慰霊塔の碑文</p></div>
<div id="attachment_4381" class="wp-caption alignnone" style="width: 590px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/6.jpg"><img class="size-full wp-image-4381" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/6.jpg" alt="" width="580" height="499" /></a><p class="wp-caption-text">慰霊塔の碑文</p></div>
<div id="attachment_4382" class="wp-caption alignnone" style="width: 590px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/8.jpg"><img class="size-full wp-image-4382" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/8.jpg" alt="" width="580" height="773" /></a><p class="wp-caption-text">慰霊塔の碑文</p></div>
<p>インパールのJapan War Memorialには、かつてインパール作戦に従軍した兵士たちの様々な思いが詰まっているに違いない。この地で無為な戦闘のために大切な命を失った両軍の関係者たちに黙とうを捧げたい。</p>
<div id="attachment_4383" class="wp-caption alignnone" style="width: 590px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/111.jpg"><img class="size-full wp-image-4383" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/111.jpg" alt="" width="580" height="586" /></a><p class="wp-caption-text">慰霊碑</p></div>
<p>&lt;続く&gt;</p>
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		<title>ネパール映画上映「बाटोमुनिको फूल」邦題「道端の花」</title>
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		<pubDate>Thu, 02 Feb 2012 14:30:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogata</dc:creator>
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		<description><![CDATA[2月26日(日)に、埼玉県川越市の市民会館大ホールにて、ネパール映画が上映される。 映画タイトル：बाटोमुनिको फूल (BATOMUNIKO PHOOL) 邦題「道端の花」(2010年公開) 地理的にも文化的に &#8230; <a href="http://indo.to/blog/archives/4429">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="attachment_4430" class="wp-caption alignnone" style="width: 600px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/bato.jpg"><img class="size-full wp-image-4430" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/bato.jpg" alt="" width="590" height="835" /></a><p class="wp-caption-text">बाटोमुनिको फूल  邦題：道端の花</p></div>
<p>2月26日(日)に、埼玉県川越市の市民会館大ホールにて、ネパール映画が上映される。</p>
<p>映画タイトル：बाटोमुनिको फूल (BATOMUNIKO PHOOL) 邦題「道端の花」(2010年公開)</p>
<p>地理的にも文化的にもインドの強い影響を受けてきたネパールらしく、この作品もインドの娯楽映画的なカメラワーク、演出、サウンド等々を駆使したものであり、亜大陸の映画文化圏の広さと懐の深さを感じさせるものがある。</p>
<p>内容は、幼馴染の男女ふたりをめぐるラブストーリーをベースにしているが、カースト差別による苦しみ、それを長年に渡り人々に強いてきた社会、変革を訴えてきた上位カーストの「活動家」の欺瞞等々を様々な角度から描いた社会派的な作品でもある。</p>
<p>ネパールは、小さな山国ながらも多民族・多文化・多言語が共存し、豊かな多様性に満ちた小宇宙のような広がりと奥行を持つ国だ。そうしたリッチな文化環境を育んできたのは、この社会を構成する沢山のコミュニティであり、それぞれの伝統が引き継がれてきたがゆえのことだろう。だが同時にそうした個々のコミュニティの確固として存在するがゆえに、差別というネガティヴな面も生み、その違いを固定化することにもつながる。</p>
<p>製作者は、ダリットをはじめとする低位カーストの人々に対する差別を、異なるカーストの男女の悲恋という形で映画に表現したが、これを持って言わんとしているものは、この国の社会に対するもっと大きな訴えであるように思える。</p>
<p>低カースト救済を看板にした欺瞞、カーストをベースにして社会を分断してしまう政治、あるイデオロギーのもとに低カーストの支持を集めて、そのイデオロギーの根源たる外国に対して自国を売り払おうとしているかのように見える勢力、混迷を極めて出口の見えない政争の世界・・・。</p>
<p>ダリット役の青年やその家族が、風貌も暮らしぶりも、とてもそれらしくは見えないとか、ストーリーの展開にやや唐突なものがあるとか、いろいろ感じることはあるかもしれない。これもまた、独自の事情や背景があってのことと受け入れて、じっくり鑑賞したい。</p>
<p>美しい映像を楽しむのもよし、悲恋のストーリーに涙するのもよし、胸の中で製作者の意図や社会的背景を思うもよし。私たちそれぞれが、個々の感性でこの作品を鑑賞したい。ネパール映画で初めて、日本語字幕スーパー付きでの公開であるとのことだ。</p>
<p>チケットについてのお問い合わせは、<a href="http://www.anoj.jp/">Asia Friendship Association</a>まで。</p>
<p><em><strong>※『インパールへ4』は後日掲載します。</strong></em></p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>インパールへ3    ロークターク湖</title>
		<link>http://indo.to/blog/archives/4345</link>
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		<pubDate>Wed, 01 Feb 2012 15:01:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogata</dc:creator>
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		<description><![CDATA[アレンジしておいたクルマで郊外に足を伸ばす。朝から夕方まで一緒に過ごすことになる運転手なので感じの良い人だといいなと思っていたら、まだ若いがきちんとした男性であった。 インパールから南へ45kmのモイランという町に向かう &#8230; <a href="http://indo.to/blog/archives/4345">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>アレンジしておいたクルマで郊外に足を伸ばす。朝から夕方まで一緒に過ごすことになる運転手なので感じの良い人だといいなと思っていたら、まだ若いがきちんとした男性であった。</p>
<p>インパールから南へ45kmのモイランという町に向かう。実は昨日のフライトで上空から眺めると湖に妙な輪がいくつもあることに気が付いていたのだが、それが何という場所なのかわからなかった。</p>
<p>本日、訪れることにしていたロークターク湖について、L君がGoogleの衛星写真で検索してみると、面白い景色が見えるという。画面を覗いてみると、それがまさに昨日の飛行機から見えた湖らしい。沢山の浮島があり、それが観光名所にもなっているということは知っていたが、こんな風に円状のものが、それこそ無数にあるとは想像さえしなかった。中には家屋のようなものが建てられている浮島もある。</p>
<div id="attachment_4346" class="wp-caption alignnone" style="width: 560px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/loktak1.jpg"><img class="size-full wp-image-4346" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/loktak1.jpg" alt="" width="550" height="494" /></a><p class="wp-caption-text">ロークターク湖全景　湖水上にポツポツと何かが広がっている様子が見て取れる。</p></div>
<div id="attachment_4347" class="wp-caption alignnone" style="width: 560px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/loktak2.jpg"><img class="size-full wp-image-4347" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/loktak2.jpg" alt="" width="550" height="531" /></a><p class="wp-caption-text">無数の輪がそこここに見られる。</p></div>
<div id="attachment_4348" class="wp-caption alignnone" style="width: 560px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/loktak3.jpg"><img class="size-full wp-image-4348" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/loktak3.jpg" alt="" width="550" height="541" /></a><p class="wp-caption-text">拡大するとこんな具合。家屋のようなものもある。</p></div>
<p>ロークターク湖沿いにはいくつか集落があるが、ちょうどINA戦争博物館があるとのことであったので、モイランを選んだ次第であるが、この日が月曜日であること(インドでは通常月曜日は博物館の休館日)をうっかり失念していた。博物館の前まで行きながらも、その中を見ることなく退散。INAとは、第二次大戦末期にインパール作戦にて、旧日本軍とともにこの地に部隊を進めてきたスバーシュ・チャンドラー・ボース率いたインド国民軍のことである。</p>
<div id="attachment_4351" class="wp-caption alignnone" style="width: 560px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/DSCF1725.jpg"><img class="size-full wp-image-4351" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/DSCF1725.jpg" alt="" width="550" height="413" /></a><p class="wp-caption-text">INA戦争博物館</p></div>
<p>近くにある湖を見渡すことのできる展望台があるという島に向かう。モイランと島はコーズウェイで繋がっている。 クルマの窓の外ではなにやら大きな作業が進行中であった。植物類の塊のようなものを沢山水揚げして岸に投げ出してある。多数の船や重機を動員しての大仕事だ。一体何が行われているのか、このときはよくわからなかったのだが。</p>
<p>島のかなりの部分を軍施設が占めているようであったが、運転手はチェックポストで了解を得てクルマを坂道に乗り入れる。道の左右には軍人たちの住居が建ち並んでいた。小高くなったエリアで湖を見渡してみてわかったのだが、さきほどGoogleの画像で見たほど多くの浮島があるわけではなく、ここに来るときに目にした大掛かりな作業は、そうした浮島を除去するものであることがわかった。</p>
<div id="attachment_4349" class="wp-caption alignnone" style="width: 560px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/DSCF1737.jpg"><img class="size-full wp-image-4349" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/DSCF1737.jpg" alt="" width="550" height="413" /></a><p class="wp-caption-text">期待していたとおりの眺めが広がる方角もあったが・・・</p></div>
<div id="attachment_4350" class="wp-caption alignnone" style="width: 560px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/DSCF1752.jpg"><img class="size-full wp-image-4350" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/DSCF1752.jpg" alt="" width="550" height="413" /></a><p class="wp-caption-text">浮島がすっかり撤去されて『普通の湖』になっている部分も大きかった。</p></div>
<p>そもそも、この湖の浮島は漁撈と耕作目的であるのだが、湖の保全という観点からはいろいろ問題があるようだ。水質の関係はもとより、こうした人造物が増えていくことにより、水深が浅くなってしまったり、悪くすると湖そのものが湿地化してしまったりする可能性等が挙げられる。</p>
<p>そんなわけで、現在ではこうした目的で浮島を造ることは、特に定められたエリアを除き禁止されているとのことだが、これが守られないため当局が強制撤去に出たということのようだ。確かに湖の保全ということも大切なのだが、浮島による漁業と農業というのもまた他にあまり類をみない貴重な生活文化であることも間違いないので、ちょっと残念な気もする。</p>
<p>正直なところ観光資源に乏しいこの地域にあって、ロークターク湖を見物に来る人たちの目的は、湖水に無数に浮く世にも稀な円状のこの浮島を見ることである。貴重な観光資源としても、地域の典型的な湖上での生業の保存という観点からも、これらをどこかに保存しておくことは意味のあることであるはずだ。</p>
<p>&lt;続く&gt;</p>
]]></content:encoded>
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		<title>インパールへ2    軍の突出した存在感</title>
		<link>http://indo.to/blog/archives/4337</link>
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		<pubDate>Tue, 31 Jan 2012 06:13:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogata</dc:creator>
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		<description><![CDATA[物々しい警備は、市内でも同じであった。 通称『Seven Sisters』と呼ばれるインド北東部七州(アッサム、アルナーチャル・プラデーシュ、トリプラー、ナガランド、マニプル、ミゾラム、メガーラヤ)では、民間人の生命と財 &#8230; <a href="http://indo.to/blog/archives/4337">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>物々しい警備は、市内でも同じであった。</p>
<p>通称『Seven Sisters』と呼ばれるインド北東部七州(アッサム、アルナーチャル・プラデーシュ、トリプラー、ナガランド、マニプル、ミゾラム、メガーラヤ)では、民間人の生命と財産を守るという目的により、治安維持に関する軍による大幅な関与を認めるAFSPA (Armed Forces Special Powers Act) つまり軍事特別法が適用されている。</p>
<p>これにより、本来ならば警察が責任を負うべき分野において、令状無しで軍による捜索、逮捕、拘留尋問等が認められており、騒乱の被疑者と見られた市民への発砲や殺害も可能となっている。当然のことながら軍関係者による恣意的な拘束、拷問、レイプといった犯罪行為が正当化されてしまう下地があり、そうした形での統治の正統性が問われるとともに、人権上の観点からも大きな問題である。</p>
<p>そうした背景がある北東州では、アッサム州にしてもトリプラー州にしても、市街地や沿道で警備している軍人の姿は珍しくないのだが、マニプル州都での彼らのプレゼンスはやたらと大きなものに感じられる。人口密度が薄いインパールの街で軍車両に乗って警備している兵士たちの数が多い。兵士の多くは黒いマスクを装着して顔がよくわからないようにしていることからも、まるで戦地にいるかのような重装備の者がやたらと多いことからも、この地域の治安状況がうかがえるような気がする。</p>
<p>インドの他地域にも、パンジャーブ州やヒマーチャル州のように、国境地帯であったり規模の大きな軍駐屯地があったりするエリアはあるが、前述のAFSPAが適用されて、軍が市民に対してこうした権限を持っていることはない。そもそも市民の側にしてみても軍はパーキスターンなり、中国なりといった国境の向こうからの侵略に対する盾であるということを認識している。</p>
<p>北東州の場合は、こうした軍人たちの銃口が向けられている先は、敵対する外国ではなく、地元に住む市民たち(の中に潜む武闘派の反政府勢力)であるということが大きく異なる。前述のパンジャーブ州においても、かつてカリスターン運動が盛り上がり、流血事件が続いていた時代には同様の措置が取られていたのだが。</p>
<p>人々のおっとりとした様子、何か尋ねようと声をかけると、フレンドリーな笑顔で丁寧で親切な応対をしてくれる人が多いことなどから、そんな厳しい状況にあるとはにわかに信じ難いものがある。</p>
<div id="attachment_4340" class="wp-caption alignnone" style="width: 560px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/hotel.jpg"><img class="size-full wp-image-4340" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/hotel.jpg" alt="" width="550" height="413" /></a><p class="wp-caption-text">ホテルのベランダから眺めたインパール市内。広がりはあるが密度は薄い。</p></div>
<p>とりあえずホテルに荷物を置いて繁華街に出る。通称イマー・マーケットという市場に出かける。通りを挟んで、生鮮食品、乾物、衣類、日用雑貨等々と、販売されている物ごとに売り場が区分された、三棟にわたる大規模な屋根付き商業施設だ。『イマー(母)』という言葉が示すとおり、売り手が女性だけだ。人懐こくて気のいい感じのおばちゃんたちが多い。かなり人出が多い割には、ザワついた感じがしなくて物静かなのは、このあたりの民族性なのだろうか。</p>
<div id="attachment_4338" class="wp-caption alignnone" style="width: 560px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/onlyladies.jpg"><img class="size-full wp-image-4338" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/onlyladies.jpg" alt="" width="550" height="413" /></a><p class="wp-caption-text">売り手はどこも女性ばかり。買い手も多くは女性であった。</p></div>
<p><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/ima.jpg"><img class="size-full wp-image-4414" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/ima.jpg" alt="" width="580" height="622" /></a></p>
<p><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/ima.jpg"></a><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/imamarket.jpg"><img class="size-full wp-image-4339" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/imamarket.jpg" alt="" width="550" height="413" /></a></p>
<div class="mceTemp">
<dl>
<dd>イマー・マーケットの建物。同じ造りのものが通りを挟んで三棟並んでいる。</dd>
</dl>
</div>
<p>この大きな建物は、一昨年11月にオープンしたもので、まだとても新しい。市街中心にあり交通至便であることに加えて、充分なスペースを確保した快適な環境であることから、行商人たちがこういう場所に自分のエリアを確保するのは、なかなか大変なことらしい。オープン間もないころの地元英字新聞ウェブサイトに、その関連の記事が出ていた。</p>
<p><a href="http://www.thesangaiexpress.com/sangai-express-news.php?newsid=1697">Govt in a bind over Keithel seat allocation</a> (The Sangai Express)</p>
<p>このあたりはインド東端に位置するだけに、デリーあたりに較べると日没が１時間半あるいはそれ以上早い。陽が傾いてくると、売り子たちはそそくさと店じまいを始める。お客もサーッと潮が引くように家路についている。マーケットの前からサイクルリクシャーでホテルまで帰るが、さきほどまでそれなりに賑わっていた商業地も、多くの店が扉を閉めていて人通りも少なくなっている。無数の裸電球や蛍光灯が灯る中で、活発に売り買いが繰り広げられるような具合ではないようだ。</p>
<p>ホテルのフロントの人が言うには「インパールには、いわゆるナイトライフというものはほとんどありません。」とのこと。「禁酒州ということになっているので、おおっぴらに飲む場所はありませんし、陽が沈んだらみんな帰宅するんですよ。」</p>
<p>たしかに、この街では夕方日没とともにほとんどが閉まってしまうようだ。夕方７時過ぎともなればすっかり深夜の雰囲気だ。午後9時を過ぎると、宿泊している部屋が面している大通りを走るクルマさえほとんどない。いかにも軍監視下の街といった感じがする。</p>
<p>ここの良き市民たちにとって、人気の少ない場所で、この地では治安維持に関して大きな権限を与えられている軍人たちにイチャモンつけられたら、このうえない恐怖を味わうことになるのだろう。生命の危険に直結する一大事だ。</p>
<p>&lt;続く&gt;</p>
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		<title>インパールへ1   マニプルへ飛ぶ</title>
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		<pubDate>Mon, 30 Jan 2012 15:01:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogata</dc:creator>
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		<description><![CDATA[コールカーターから飛行機でマニプル州のインパールへ飛んだ。一般の日本人の間で、この州都の名前は、具体的にインドのどのあたりにあるのか知らなくても、第二次大戦末期の旧日本軍による『インパール作戦』によって広く記憶されている &#8230; <a href="http://indo.to/blog/archives/4317">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>コールカーターから飛行機でマニプル州のインパールへ飛んだ。一般の日本人の間で、この州都の名前は、具体的にインドのどのあたりにあるのか知らなくても、第二次大戦末期の旧日本軍による『インパール作戦』によって広く記憶されているが、長らく観光目的の訪問先としては認知されていなかった。</p>
<p>以前は、マニプル、ナガランド、ミゾラムの三州について、RAP (Restricted Area Permit)を取得する必要があった。ちゃんと手間かけて準備すれば取得可能なものであったが、申請に際しては何人以上のグループでないといけないとか、RAPを取得した全員が一緒に行動しなくてはならないなどといった面倒な条件があった。必要な人数を揃えることができなくても、現地のツアーに参加するという手もあったのだが、これがまた金額の張るものであった。加えて、RAPは各州ごとに取得する必要があったこともあり、ちょっと思いついてこの地域にフラリと出かけてみるという具合にはいかなかったのだ。</p>
<p>そんなエリアだが、十数年前くらいまでは、ある目的でナガランドやマニプルを訪れる日本人年配者はかなりいたらしい。かつてインパール作戦に従軍した元兵士たちによる戦友会が慰霊のために盛んに訪問していたようだ。だがそうした戦争世代の人たちも高齢化しているため、インド東部でも隣国のミャンマーでもこうした人たちの姿を見ることはほとんどなくなっているのだが。</p>
<p>RAPの取得が義務付けられていていた背景には、インド独立以来長らく続いてきた活発な分離活動が背景にあるわけだが、そうした状況もかなり落ち着いてきてようやく恒久的な和平が期待できるムードになりつつあること、中央政府・州政府ともに内乱時代には、ほぼ存在しなかった観光業の振興を画策していることもあり、2011年1月1日からとりあえず試験的にRAP無しでの入域を認める運びとなっている。このまま特に問題がなければ、アッサムやメガーラヤなどのように、いつでも自由に訪れることができるようになるのだろう。</p>
<p>今回の旅行は、韓国の親友L君と同行である。コールカーターからIndiGoのフライトを利用。新興のLCCキャリアの割には、かなり地味なイメージのある会社だが、フライトアテンダントは、ボンドガールのような派手な美人であった。機内誌の片隅に機内スタッフ募集の求人広告が出ている。LCCのこうした現場スタッフというのは、若くて魅力的なうちにコキ使われるだけの仕事だろうから、旧来からの航空会社の社員と違って、自身がキャリアを積んで長く務められるようなところではないような気がする。</p>
<p>ともあれ飛行機は離陸した。インパールまで1時間程度のフライトだ。コールカーターを出てからバーングラーデーシュ上空を通過して東へと向かう。平原部を過ぎるとようやく山並みが見えてきた。インドのトリプラー州あたりに入ったのだろう。</p>
<div id="attachment_4318" class="wp-caption alignnone" style="width: 560px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/flight.jpg"><img class="size-full wp-image-4318" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/flight.jpg" alt="" width="550" height="712" /></a><p class="wp-caption-text">機内から眺めるトリプラー州(?)上空の風景</p></div>
<p>機内では、私とL君の隣の席の女性が声をかけてくる。アーンドラ・プラデーシュ州在住であるとのことだ。インパール近郊にある実家に帰郷するところであるとのこと。</p>
<p>インド北東地域のモンゴロイド系の女性に限らず、在インドのチベット系女性にも共通して言えることだが、化粧がインド式であるため、同じモンゴロイド系である私たちから見ても、かなりエキゾチックな風貌に見える。後者については、中国で見かけるチベット女性たちとずいぶん違った印象を受けるくらいだ。まるで人種そのものが違うかのように。</p>
<p>乗客の大半は風貌からしてマニプル州の人々のようだ。男女ともに総じてかなり小柄の人たちが多い。そのため身長170cm台前半の私もL君も、この中ではかなり大柄ということになってしまう。スウェーデン、デンマーク等、スカンジナビア半島の人々が日本を訪れるとこんな具合なのだろうか。</p>
<p>眼下にかなり規模の大きな街が見えてきた。上空を旋回して少しずつ下降していき、国道150線沿いにあるこの空港に着陸した。荷物を受け取る前に、専用のデスクで外国人は形式的な登録手続きをさせられる。パスポートに入域の証のスタンプも押された。</p>
<p>空港では大勢の出迎えが来ていた。地元スポーツ選手団の出迎えだ。機内に非常に体格が良く、揃いのジャージ姿の女性たち数人組みが乗り合わせていたのだが、彼女たちはウェイトリフティングの大会から帰郷した選手たち。翌日の新聞で彼女たちが写真入りで取り上げられていた。</p>
<p>こじんまりしたターミナルの外に出ると、そこにいる大半の人たちはモンゴロイドの風貌だ。動作もゆったりとしていて、のんびり落ち着いた感じを受けるのだが、空港敷地内でかなりの人数のインド兵(マニプルの人たちも『インド人』だが、ここで言う『インド兵』とは北東地域外出身の軍人のこと)が厳しい表情で警戒している様は、ちょっと信じ難い気がする。</p>
<p>武装した兵士たちは、いつでも銃弾を撃つことができる体勢で警備しており、軍用車両の上から上半身を突き出して警戒に当たっている姿もある。いかつい装甲車も辺りを走り回っており、ずいぶん物々しい雰囲気であることにちょっと驚きながら、オートリクシャーで市内へ向かう。</p>
<p>&lt;続く&gt;</p>
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		<title>レストラン兼美容室</title>
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		<pubDate>Sat, 28 Jan 2012 15:01:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogata</dc:creator>
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		<description><![CDATA[幾世代もこの街で暮らしてきた華人たちの姿が珍しくはないコールカーター。多くは個人事業主であり、レストラン、靴屋、ドライクリーニング屋、美容室と理髪店、皮なめし工場、醤油その他中華系食材製造業等の業種が多い。 おそらく、レ &#8230; <a href="http://indo.to/blog/archives/4308">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>幾世代もこの街で暮らしてきた華人たちの姿が珍しくはないコールカーター。多くは個人事業主であり、レストラン、靴屋、ドライクリーニング屋、美容室と理髪店、皮なめし工場、醤油その他中華系食材製造業等の業種が多い。</p>
<p>おそらく、レストランを経営しつつ、家族が美容室も営んでいるといった例はけっこうあるだろう。だがひとつの店舗(?)で、異なる業種を同時展開されるというのはあまりないように思う。向かって左側がレストラン兼バーである。</p>
<div id="attachment_4309" class="wp-caption alignnone" style="width: 560px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/jimmysgrace.jpg"><img class="size-full wp-image-4309" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/jimmysgrace.jpg" alt="" width="550" height="495" /></a><p class="wp-caption-text">Jimmy&#039;s restaurant &amp; Grace Beauty Parlour</p></div>
<p>ぎっしりと建て込んだ場所にあるため、果たしてレストランと美容室が本当に同居しているのかと不思議に思う方もあるのではないかと思う。ひょっとして、向かって右側の美容室で働いていることになっているキレイな女性が淫靡なサービスをする風俗店ではなかろうか？といった具合に。</p>
<p>だが、実のところはれっきとしたレストランで、味やサービスもけっこう評判がいい。同居している美容室もちゃんとしたもののようだ。</p>
<p>中印紛争前、この街に華人たちがまだ大勢住んでいて、先日取り上げた<a href="http://indo.to/blog/archives/4090">中華朝市</a>が毎日開かれているエリアが丸ごとチャイナタウンであった時代のことなど想像もできないが、インドの他の街にはない華人たちの個性と活気に満ちた街角がそこにあったことだろう。</p>
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		<title>J-one  (2012.1　第2号)</title>
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		<pubDate>Thu, 26 Jan 2012 15:01:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogata</dc:creator>
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		<description><![CDATA[『これからの生き方と未来を探る支援型新雑誌』をうたうJ-one(ジーワン)第2号である。先日取り上げたNamaste Bollywood #31と同じくスタジオ・サードアイが発行している。 巻頭の特集は、『音楽から世界へ &#8230; <a href="http://indo.to/blog/archives/4330">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="attachment_4331" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/j2.jpg"><img class="size-full wp-image-4331" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/j2.jpg" alt="" width="300" height="403" /></a><p class="wp-caption-text">J-one  (2012.1 第2号)</p></div>
<p>『これからの生き方と未来を探る支援型新雑誌』をうたう<a href="www.j-one21.jp">J-one</a>(ジーワン)第2号である。先日取り上げた<a href="http://indo.to/blog/archives/4304">Namaste Bollywood #31</a>と同じくスタジオ・サードアイが発行している。</p>
<p>巻頭の特集は、『音楽から世界へ祈りを』と題して、チェルノブイリ原発事故での被曝体験を持つウクライナの歌姫、そして福島と日本にエールを送るため、私費で来日したエジプトのウード奏者。</p>
<p>ラダックで活動するNPO法人ジュレー・ラダックによる持続可能な生活支援とスタディ・ツアーに関する紹介に続いて、和光大学の村山先生と当ウェブサイト<a href="www.indo.to.">indo.to</a>ウェブマスターの矢萩多聞氏による寄稿、加えて自然エネルギー(太陽光)の活用例等々、内容の詳細について触れるわけにはいかないが、読み応えのある記事が並んでいる。</p>
<p>『いろいろ読んでわかったこと』と題する記事には、昨年3月11日に発生した震災直後の原発事故による放射能の影響について、問題発生直後から問題をできるだけ小さく見せようという政府の動きに対して、まさに呼応するかのようにこれまた控えめな報道を続けてきた日本の大手メディアが伝えてこなかった事柄を取り上げている。ここでは、参考となる書籍についても挙げられており、放射能に対する認識を深める良い機会となるはずだ。</p>
<p>誌面の後半部分では、『福島と生きる』というタイトルにて、福島県で暮らす大学講師、ミュージシャン、画家、自衛隊員といった様々な人々の声が伝えられている。</p>
<p>首都圏に暮らしている人たちの中で、昨年3月に起きた福島第一原発事故の後、都会で自分たちが使う電気の供給に関わるリスクを遠く離れた県、市町村、ひいてはその土地に暮らす人々に負わせていたということに改めて気が付いた人は少なくないようだ。</p>
<p>同様に、事故後から生鮮食品の産地表示が厳格に行われるようになっているが、ここでも同様に福島県やその周辺地は、首都圏に供給されている野菜、果物類、精肉、海産物といった生鮮食品の需要をまかなう役割を担ってきたことを改めて実感したことと思う。こうした地方が、市場としての首都圏を必要としているのと同じく、首都圏もまたこうした物資の供給がなされることによって成り立っているひと続きの社会であることは言うまでもない。</p>
<p>3.11以降、これからの私たちの生き方や世の中のありかたについて大きな問いが投げかけられているわけだが、さりとて単純に時計の針を巻き戻して昔の生活に戻るというわけにもいかない。不便だというだけではなく、多くの場合仕事だって成り立たなくなるだろう。</p>
<p>このあたりについては、結局のところ私たちのひとりひとりが問題意識を抱いていくことが必要だ。一朝一夕で物事が大きく変わるものではないが、世の中の人々が意識を共有することによって、きっと変化が生まれてくることと信じたい。私たちにとってより良い明日のために。その変化を模索しているのが、このJ-one誌であると私は思う。</p>
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		<title>A Jaywalker’s Guide to Calcutta</title>
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		<pubDate>Wed, 25 Jan 2012 15:02:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogata</dc:creator>
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		<description><![CDATA[地元等の出版社からコールカーター市内のガイドブックはいろいろ出ているが、2年ほど前にその中でも特に秀逸なものを見つけた。著者は生まれも育ちもコールカーターのジャーナリストだが、版元はムンバイーの会社である。 書名：A J &#8230; <a href="http://indo.to/blog/archives/4290">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="attachment_4291" class="wp-caption alignnone" style="width: 560px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/ajaywalkersguidetocalcutta.jpg"><img class="size-full wp-image-4291" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/ajaywalkersguidetocalcutta.jpg" alt="" width="550" height="824" /></a><p class="wp-caption-text">A Jaywalker&#039;s Guide to Calcutta</p></div>
<p>地元等の出版社からコールカーター市内のガイドブックはいろいろ出ているが、2年ほど前にその中でも特に秀逸なものを見つけた。著者は生まれも育ちもコールカーターのジャーナリストだが、版元はムンバイーの会社である。</p>
<p>書名：A Jaywalker’s Guide to Calcutta</p>
<p>著者：Soumitra Das</p>
<p>出版社：Eminence Designs Pvt. Ltd.</p>
<p>建物とストリートに視点を据えて、個々の建築物や往来にまつわる人々の歴史に焦点を当てている。それらの中にはメトロポリタン・ビルディング、エスプラネード・マンション、ダルハウジー・スクエアといったメジャーなものも含まれているものの、数々の通りの由来、現在の姿からは想像もつかない過去、アングロ・インディアン地区と往時の彼らの屋敷、元欧州人クラブ、元不在地主やかつての富豪たちの忘却の彼方に押しやられた荒れ放題の豪邸、この街を舞台にしたマールワーリー商人たちの繁栄の面影、地元ベンガル人不在のオリッサ人労働者たちの居住地域その他、実に様々なものが沢山取り上げられている。</p>
<p>著者は、この本を手にした者を、旅行者たちにとって『月並みでないコールカーター』へと誘う。その内容たるや、とても数日で見て回ることのできるようなものではない。ここで取り上げられている建物や場所を訪れても、それを楽しんだり味わったりするためには、もちろんそれなりの予備知識が必要となってくる。</p>
<p>この本を通じて、コールカーターという街のとてつもない奥行きの深さを思わずにはいられず、このガイドブックの誌面の向こうには、様々なワクワク、ドキドキする新たな発見に満ちた街歩きが待ち構えているであろうことを感じる。</p>
<p>市内各所、路地裏まで精通した地元の知識層が書いた都市ガイドブックは、通常の観光案内とは、視点も取り上げる背景の厚みもまったく異なる。こうした内容である割には、カラーの写真や図版も多くて非常にわかりやすいのは、こうしたスタイルで、他の都市の紹介本も今後出てくるとうれしい。</p>
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		<title>サダル・ストリートの新しいホテル</title>
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		<pubDate>Mon, 23 Jan 2012 15:01:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogata</dc:creator>
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		<category><![CDATA[food & drink]]></category>
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		<description><![CDATA[昔から何も変わらないように見えるコールカーターの安宿街サダル・ストリートだが、近年はちょっと小綺麗な宿もポツポツと出てきている。だが残念なのは、新築時の心地よささが持続しないことだ。もちろんそれがゆえに安宿ということにな &#8230; <a href="http://indo.to/blog/archives/4293">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>昔から何も変わらないように見えるコールカーターの安宿街サダル・ストリートだが、近年はちょっと小綺麗な宿もポツポツと出てきている。だが残念なのは、新築時の心地よささが持続しないことだ。もちろんそれがゆえに安宿ということになるのだろう。</p>
<p>安宿街といっても、<a href="http://www.fairlawnhotel.com/">フェアローン・ホテル</a>のようなユニークなヘリテージ・ホテル、あるいは<a href="http://www.lyttonhotelindia.com/">リットン・ホテル</a>の如き昔ながらの中級ホテルがあったりするのだが、そうした『ちゃんとしたホテル』が新規参入することはなかった。少なくとも一昨年、ムンバイーを本拠地とするBAWAグループによる<a href="http://walson.bawahotels.com/">BAWA WALSON</a>が進出してくるまでは。</p>
<p>パークストリートのすぐ北側という好立地で、移動のチケットの手配その他の用事のため何かと便利で悪くないのだが、やはり安宿街の代名詞『サダル・ストリート』という名前が好ましくなかったのだろう。</p>
<p>それでも近年は、隣国バーングラーデーシュからやってくる人たちが大勢いることに加えて、インドの北東州からの訪問客の姿も目立つようになってきて、さらには１人あるいは友人と少人数でフラリとこの街を訪れるインドの他の地域の若年層の人々の利用も増えているなど、この通りに宿泊する人々の中で西欧人を中心とした先進国からの旅行者が占める割合はかなり低下しているようだ。</p>
<p>バーングラーデーシュからの旅行者、インド各地からの訪問客はどちらも経済力はピンキリのようだが、かなりゆとりのありそうな人でも、あまり場所には頓着しないのは、やはり自分たちの『地元』ではないからだろう。</p>
<p>BAWA WALSONは、それなりに繁盛しているようだ。同ホテルは『通常料金』として6,000Rsだの7,000Rsだのといった金額を掲げているものの、時期にもよるが電話あるいはネットで問い合わせると、実際は2,200～2,800Rs程度で宿泊させている。他の大都市に較べて、コールカーターのホテル代はかなり低目であるということもあるが、このクラスのホテルがこうした料金で利用できるのはかなりバーゲンであるといえる。 このあたりの話については、昨年の今ごろ書いた<a href="http://indo.to/blog/archives/2840">サダル・ストリート変遷</a>をご参照願いたい。</p>
<p>新規参入したBAWA WALSONの正面には、昨年10月に開業したGolden Apple Boutique Hotelがある。BAWA WALSONよりも少し安い1,995Rsという金額で、室内もなかなかスタイリッシュでカッコいいホテルだ。</p>
<div id="attachment_4294" class="wp-caption alignnone" style="width: 560px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/2.jpg"><img class="size-full wp-image-4294" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/2.jpg" alt="" width="550" height="413" /></a><p class="wp-caption-text">なかなかいい感じのベッド</p></div>
<div id="attachment_4295" class="wp-caption alignnone" style="width: 560px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/3.jpg"><img class="size-full wp-image-4295" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/3.jpg" alt="" width="550" height="413" /></a><p class="wp-caption-text">ソファのあたりが気に入った。どっかり座ってくつろぐのも良し、日記などしたためてみるにも良し。向かって右側はバスルーム。</p></div>
<div id="attachment_4297" class="wp-caption alignnone" style="width: 560px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/4.jpg"><img class="size-full wp-image-4297" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/4.jpg" alt="" width="550" height="733" /></a><p class="wp-caption-text">廊下は狭いものの、なかなかキレイに仕上げてある。</p></div>
<p>しかし、どこかからコピーしてきたようなトレードマークといい、パチンコ屋の入口みたいなエントランスといい、開業してから日が浅いにもかかわらず、いかにも仕事をするのが、嫌で嫌でたまりませんといった風情の従業員たちといい、どうも品がないなあと思いきや、ホテルのカードをもらうと、6年ほど前に<a href="http://indo.to/blog/archives/1008">鮮度が命！1 エコノミーなホテルは新しいほうがいい</a>と題して取り上げてみた<a href="http://ashreenguesthouse.com/Presentation%20Layer/Home.aspx">Ashreen Guest House</a>の系列であった。</p>
<div id="attachment_4296" class="wp-caption alignnone" style="width: 560px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/1.jpg"><img class="size-full wp-image-4296" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/1.jpg" alt="" width="550" height="413" /></a><p class="wp-caption-text">どこかで目にしたようなリンゴのトレードマーク。エントランスはパチンコ屋風である。</p></div>
<p>名前は忘れたが、ムスリムのオーナーがAshreen Guest Houseを筆頭に、Hotel Aafreen、Afridi International Guest Houseという計3つの安宿を運営している。エコノミーな割にはキレイにしているとのことで、安旅行者の間で評判はまずまずらしい。</p>
<p>今回は、やや上のクラスを狙って奮発してみたようだが、器は悪くないものの、ちょっと背伸びしすぎている気がする。数年すると順調にボロ宿化してきて、オープン当時に利用した人が再訪するとガッカリすることと予想している。</p>
<p>サービスのつもりかもしれないが、宿泊しているフロアーでは天井に付いているスピーカーから大音響で音楽が流れていてうるさい。部屋にタオルを持ってきてくれるようにと、内線で繰り返し頼んでも永遠に運ばれてこない。安宿から格上げしたところなので仕方ないようだ。デスクの上にあるルームサービスのメニューを手にすると、Blue Sky Cafeと書かれていた。外国人バックパッカーがよく出入りしている安食堂から部屋まで宅配というシステムであるところもそれらしい。</p>
<p>ともあれ、安宿街のサダル・ストリートにも、アップグレード化という新たな傾向が出現していることは冒頭で述べたとおりである。</p>
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		<title>Namaste Bollywood #31</title>
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		<pubDate>Sun, 22 Jan 2012 01:15:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogata</dc:creator>
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		<category><![CDATA[society]]></category>

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		<description><![CDATA[今年最初の号となるNamaste Bollywood#31は、日本がインド、パーキスターン、スリランカの三国と国交を樹立して60周年ということにちなんで、巻頭特集は『日梵六十年の軌跡』だ。 戦後の日本での最初の公開となっ &#8230; <a href="http://indo.to/blog/archives/4304">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="attachment_4305" class="wp-caption alignnone" style="width: 410px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/n31.jpg"><img class="size-full wp-image-4305" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/01/n31.jpg" alt="" width="400" height="538" /></a><p class="wp-caption-text">Namaste Bollywood #31</p></div>
<p>今年最初の号となる<a href="http://www.namast-e-bollywood.com/">Namaste Bollywood</a>#31は、日本がインド、パーキスターン、スリランカの三国と国交を樹立して60周年ということにちなんで、巻頭特集は『日梵六十年の軌跡』だ。</p>
<p>戦後の日本での最初の公開となった1950年代の『AAN』から始まり、60年代、70年代、80年代・・・と、ボリウッド映画で日本にちなんだ作品、日本で公開されて評判となった作品等が取り上げられている。</p>
<p>ボリウッド作品ではなく、隣国ネパールの映画が字幕付きにて、東京都内で公開されるとのありがたい情報も。ただし、これは1月28日の16時と19時からのみという極めて限定的な上映。記事のネタバレになってしまうが、時間が迫っていること、日本においては非常にレアな機会でもあることからこの場でぜひご紹介させていただきたい。下記リンク先には、上映スケジュールとともに予約方法も記されている。</p>
<p><a href="http://www.uplink.co.jp/factory/log/004238.php">ネパールの映画「道端の花」</a>(アップリンク・ファクトリー)</p>
<p>イベント関係では、<a href="http://faam.city.fukuoka.lg.jp/home.html">福岡アジア美術館</a>にて開催されている(会期：1月21日～3月11日)<a href="http://faam.city.fukuoka.lg.jp/cgi-bin/exhibition/exhibition.cgi?eid=10745">『魅せらせて、インド。―日本のアーティスト／コレクターの眼</a>』という企画展のことも取り上げられている。個人的には、この記事の中にグレゴリ青山氏のマンガが挿入されていたのが嬉しかった。昨年末の号で休刊となった雑誌『旅行人』に書いていらしたころからのファンなのである。</p>
<p>さて、2012年にはどんなボリウッド映画が上陸してくるのか、どの作品が高い評価を得るのだろうか。日本全国各地で『Don 2』のようなヒット作が劇場公開されて、それなりの評判と興行成績を収めることができるような環境になってくれるとありがたいのだが。</p>
<p>まさにそのためにも、日本国内で日本語とグラビアを用いて、ボリウッド映画の魅力と最新のトピック等を伝えるNamaste Bollywood誌が担う伝道師としての役割は大きい。</p>
<p>同じく今年1月に、Namaste Bollywood誌と同じくスタジオ・サードアイによる「これからの生き方と未来を探る支援型新雑誌」<a href="http://www.j-one21.jp/">J-one 2</a>が発行されている。こちらについては、後日ご紹介することにする。</p>
<p>&nbsp;</p>
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