<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>Indo.to &#187; travel</title>
	<atom:link href="http://indo.to/blog/archives/category/travel/feed" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://indo.to</link>
	<description>日本×インド　コミュニティサイト「インド・トゥ」</description>
	<lastBuildDate>Tue, 15 May 2012 03:18:17 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>http://wordpress.org/?v=3.1.3</generator>
		<item>
		<title>再訪　バハードゥル・シャー・ザファルのダルガー</title>
		<link>http://indo.to/blog/archives/4805</link>
		<comments>http://indo.to/blog/archives/4805#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 14 May 2012 15:01:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogata</dc:creator>
				<category><![CDATA[column]]></category>
		<category><![CDATA[greater india]]></category>
		<category><![CDATA[heritage]]></category>
		<category><![CDATA[life]]></category>
		<category><![CDATA[society]]></category>
		<category><![CDATA[travel]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://indo.to/?p=4805</guid>
		<description><![CDATA[5年ほど前に、「最後のムガル皇帝、ここに眠る」と題して、ヤンゴンにあるムガル朝最後の皇帝、バハードゥル・シャー・ザファルのダルガーについて取り上げてみたことがあったが、今回久しぶりに再訪した。 場所はシュエダゴン・パヤー &#8230; <a href="http://indo.to/blog/archives/4805">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="attachment_4806" class="wp-caption alignnone" style="width: 600px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/05/bahadur1.jpg"><img class="size-full wp-image-4806" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/05/bahadur1.jpg" alt="" width="590" height="787" /></a><p class="wp-caption-text">バハードゥル・シャー・ザファルの墓</p></div>
<p>5年ほど前に、<a href="http://indo.to/blog/archives/609">「最後のムガル皇帝、ここに眠る」</a>と題して、ヤンゴンにあるムガル朝最後の皇帝、バハードゥル・シャー・ザファルのダルガーについて取り上げてみたことがあったが、今回久しぶりに再訪した。</p>
<p>場所はシュエダゴン・パヤーから比較的近い場所にあるのだが、ザファルのダルガーと言っても、インド系以外の人はわかってくれないことが多いので、ヤンゴンのダウンタウンで、インド系ムスリム男性にビルマ語で書いてもらった紙片をタクシー運転手に見せることにした。</p>
<p>ダウンタウンからさほど遠くはないところにあるダルガーは、前回訪れたときのような閑散とした状態ではなく、まさに溢れんばかりの人々が集まっていた。何かと思えば、うっかりしていた。今日は金曜日で、昼の礼拝の時間に当たっているではないか。うっかりしていた。バハードゥル・シャー・ザファルは、ムガル最後の皇帝として、また高名な詩人としても広く知られているが、ここミャンマーのムスリムの間では聖人としても崇められており、ハズラトという尊称が付けられている。</p>
<p>ザファルの本当の墓がある地下の部屋では女性たちが礼拝に参加しているので、入場は遠慮すべきかと思ったが、入口付近にいた男性たちによると、構わないというので墓石を見学する。地下室の天井の一部は吹き抜けになっており、上の男性たちが礼拝しているフロアーでの説法がちゃんと聞こえるようになっている。女性たちは必ずしも頭を覆っているというわけではなく、チャーダルを被っている人はごくわずか。ゆるい感じでいい。説法は主にビルマ語で行なわれているが、時にアラビア語のコーランの朗誦が入る。またときにウルドゥー語での話となることもある。かなり荒々しい口調だが、またしわがれていて品のある声やしゃべりかたではないが、とても勢いと力に満ちた感じがする。</p>
<p>礼拝が終わるまで待とうと、境内のスナック屋でチャーイを頼む。ここの店主のみウルドゥー／ヒンディー語を理解する。他の人たち、主はに女性たちが働いていて、多少なりともインド系の血が入っていそうな顔立ちだが、言葉は通じない。現在、ミャンマーに暮らしているインド系ムスリムの人たちの間で、ウルドゥー／ヒンディー語が通じる相手とは、インド系コミュニティにどっぷり浸って生活している人たちか、そうでなければ極端に宗教熱心な人、民族意識が強くかつ教養もある人ということになるようだ。</p>
<p>また、ミャンマー在住のムスリムの大半がインド系であることから、父祖の出身地が異なっていてもムスリムであるがゆえに共有するコトバという認識もあるらしい。すると、自動的に、日本人でもウルドゥー／ヒンディーを理解すると、やはりムスリムであろう思うようで、お茶を飲みながらしばらく話をした男性は、私を「日本から来たムスリム」であると紹介したりする。そうではないことを伝えると、彼らは少々残念そうな表情をしている。</p>
<p>やがて礼拝が終了した。堂内に入って、風貌からはインド系とは見えないミャンマー人男性と知り合った。５０代くらいではないかと思う。顔立ちは普通のビルマ人だが、先祖がインド系で、自身もインド系であると認識しているそうだ。３５年間船乗りとして世界中をめぐり、現在ではアラビア語のチューターをしているとのこと。</p>
<p>金曜日昼間のナマーズが終わってからも、1階にあるザファル、妻のズィーナト・マハルと彼らの娘の墓所（どれもレプリカである）で、モールヴィーが信者たちに説法を続けていた。地下の墓所では、墓にバラの花を降りかけて、カラフルで刺繍入りの布に包まれている墓石に上からもう一枚のカラフルな布をかけている。そして大量の香水を降りかけての儀式が執り行われていた。</p>
<p>1858年にデリーからこの地に流刑に処され、失意の中で没したムガル最後の皇帝は、今もヤンゴンのインド系ムスリムの人々との絆を保ち、毎週金曜日には多くの人々を集めていることについて、心を動かされずにはいられない。</p>
<div id="attachment_4807" class="wp-caption alignnone" style="width: 600px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/05/bahadur2.jpg"><img class="size-full wp-image-4807" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/05/bahadur2.jpg" alt="" width="590" height="787" /></a><p class="wp-caption-text">金曜日の礼拝を終えて帰途につく善男善女たち</p></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://indo.to/blog/archives/4805/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>携帯電話のレンタルSIM　ヤンゴン空港にて</title>
		<link>http://indo.to/blog/archives/4800</link>
		<comments>http://indo.to/blog/archives/4800#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 11 May 2012 15:01:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogata</dc:creator>
				<category><![CDATA[column]]></category>
		<category><![CDATA[greater india]]></category>
		<category><![CDATA[society]]></category>
		<category><![CDATA[travel]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://indo.to/?p=4800</guid>
		<description><![CDATA[ヤンゴンの国際空港に到着して、びっくりしたことがふたつ。 ひとつは両替カウンターが出来ていたこと、もうひとつはレンタルSIMを扱う業者が出店していたことだ。 どちらも話には聞いていたが、実際に目にしてみるとなんだか信じら &#8230; <a href="http://indo.to/blog/archives/4800">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ヤンゴンの国際空港に到着して、びっくりしたことがふたつ。</p>
<p>ひとつは両替カウンターが出来ていたこと、もうひとつはレンタルSIMを扱う業者が出店していたことだ。</p>
<p>どちらも話には聞いていたが、実際に目にしてみるとなんだか信じられない思いがする。空港に両替屋があるなんて当たり前ではないか、と思われる方も少なくないかと思うが、昨年のこの時期に訪問したときはまだなかった。実勢レートで両替する業者が合法的に店を構えることができなかったため、とりあえず市内まではドル現金払いでタクシーに乗るしかなかった。</p>
<p>またSIMカードについては、インドやタイなどのように廉価で入手できる状態にはまだないため、レンタル業者があるのは助かる。レンタル料金は１日２ドルで、借りる際に50ドルのデポジットを預ける。通話料金は別払いとなる。</p>
<p>国内通話分と国際通話分と別々になっており、国内用は1万チャットで通話3時間分だという。国際用は１０ドルだが、こちらは９分しか通話できない。通話代のチャージは外の店の多くでできるとのこと。ただし残念なのは、データ通信に対応していないため、スマートフォンであっても、ネット接続はできないことである。ごく最近、携帯用の3Gデータ通信のサービスも開始されたようなので、しばらくするとレンタルでも利用できるようになることだろう。</p>
<p>自前の電話から積極的かけまくるわけではないのだが、必要とあればいつでも電話を受けることができるのはありがたい。また用事があってこちらからかける場合も電話屋にいくことなく、手にしている携帯電話からかけることができるのは助かる。</p>
<p>レンタルのSIMは、不特定多数の人たちに貸し出されているがゆえのデメリットもある。レンタル中に、幾度か間違い電話がかかってくる。かけているほうにとっては間違いではないのだが、正しくダイヤルした番号はすでに他の人が利用しているのを理解しないことが多い。</p>
<p>「ハロー、ラジヴさん？」「マルホトラさんでしょうか？」「おーい、元気かぁ？」「アショーク？」突然電話が鳴って、出てみると、異なる相手がいろいろな名前で呼びかけてくる。</p>
<p>中には、わざわざこちらの番号を確認したり、前の借りていた人の番号を知っているかなどと尋ねたりする人もある。「間違いです」と切ってしまうと、また同じ人からかかってきて、「これはレンタルされている番号で、前の借主の所在等はまったく知らない」と説明しなくてはならなくなる。それでも食い下がってくる人がいるのにはホトホト呆れてしまう。</p>
<p>なぜか、インドの国際電話が多かった。よほどインド人の借り手が多いものと思われる。迷惑だが、こればかりは仕方ない。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://indo.to/blog/archives/4800/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>Jetstar日本国内線就航</title>
		<link>http://indo.to/blog/archives/4771</link>
		<comments>http://indo.to/blog/archives/4771#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 17 Apr 2012 15:01:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogata</dc:creator>
				<category><![CDATA[column]]></category>
		<category><![CDATA[economy]]></category>
		<category><![CDATA[travel]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://indo.to/?p=4771</guid>
		<description><![CDATA[今年7月3日からオーストラリアを本拠地とするJetstarが就航する。 現在、日本を代表する格安航空会社といえば、今年3月に就航したPeach Aviation。我が国初の本格的なLCCという売り込みで注目されており、関 &#8230; <a href="http://indo.to/blog/archives/4771">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/04/jetstar.png"><img class="alignnone size-full wp-image-4772" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/04/jetstar.png" alt="" width="248" height="69" /></a></p>
<p>今年7月3日からオーストラリアを本拠地とする<a href="http://www.jetstar.com/jp/ja/japan-announcement">Jetstarが就航</a>する。</p>
<p>現在、日本を代表する格安航空会社といえば、今年3月に就航したPeach Aviation。我が国初の本格的なLCCという売り込みで注目されており、関空から札幌、福岡、長崎、鹿児島へ乗り入れている。今後、5月から関空・仁川線を飛ばすことにより国際線にデビューし、その後7月に香港、9月に台北へと路線を伸ばすことを予定している。</p>
<p>ここにきて、日本の国内線に外資系のJetstarが参入することにより、今後着実に日本国内の空のネットワークに大きな異変が生じることになりそうだ。今世紀に入ってから、アジア各国で急速にLCC各社が台頭している中、日本国内では相変わらず既存の航空会社による支配が続いていたものの、5年後、10年後にはずいぶん異なる様相となっていることだろう。</p>
<p>今までのところ、Jetstarは南アジア方面には就航していないため、<a href="http://www.airasia.com/jp/ja/">Air Asia</a>のように、バンコク、クアラルンプル、シンガポール等で乗り継いでインドに向かうのには使えないが、今後ネットワークの拡大に期待したい。</p>
<p>Jetstarが打ち出している日本国内線の単一路線についての<a href="http://www.jetstar.com/jp/ja/what-we-offer/our-guarantees/price-beat-guarantee">最低価格保証</a>はともかく、国際線を乗り継ぐ場合は、LCCを利用しても、行先、予約時期や方法によっては、必ずしも既存の航空会社より安くなるとは限らなものの、移動の選択肢が増えること自体ありがたく思う。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://indo.to/blog/archives/4771/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>BB AIRWAYS</title>
		<link>http://indo.to/blog/archives/4743</link>
		<comments>http://indo.to/blog/archives/4743#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 14 Apr 2012 15:01:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogata</dc:creator>
				<category><![CDATA[airlines]]></category>
		<category><![CDATA[column]]></category>
		<category><![CDATA[economy]]></category>
		<category><![CDATA[greater india]]></category>
		<category><![CDATA[travel]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://indo.to/?p=4743</guid>
		<description><![CDATA[ある方がフェイスブックに書かれていたことによって知ったのだが、在日ネパールの方でこんな試みに取り組んでいる人物があるとのこと。 「日本とネパールを結ぶ直行便を実現します」 BB AIRWAYS BB AIRWAYSとは聞 &#8230; <a href="http://indo.to/blog/archives/4743">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ある方がフェイスブックに書かれていたことによって知ったのだが、在日ネパールの方でこんな試みに取り組んでいる人物があるとのこと。</p>
<p><a href="http://bbairways.com/index.html">「日本とネパールを結ぶ直行便を実現します」</a> BB AIRWAYS</p>
<p>BB AIRWAYSとは聞き慣れない名前だが、上記ウェブサイトによると、「2012年の運航に向けて準備中」であるとのこと。ネパールの首都カトマンズのトリブヴァン空港と結ぶ予定とされるのは、なんと茨城空港。9月の運航開始を目指しているのだという。</p>
<p>しかしこれまで名前さえ聞いたことのない会社なのでまったく見当もつかなかったのだが、ネパールのウェブサイトにはいくつか関連の記事が出ていることに気が付いた。</p>
<p><a href="http://www.thehimalayantimes.com/fullNews.php?headline=BB+Airways+gets+ministry's+green+signal&amp;NewsID=315097">BB Airways gets ministry&#8217;s green signal</a> (The Himalayan)</p>
<p><a href="http://www.routesonline.com/news/36/the-hub/137141/new-airline-bb-airways-gears-up-for-september-launch/">NEW AIRLINE: BB Airways Gears up for September Launch</a> (Routes Online)</p>
<p><a href="http://202.166.193.40/the-kathmandu-post/2012/01/03/money/bb-airways-acquires-intl-operation-licence/230016.html">BB Airways acquires int’l operation licence</a> (THE KATHMANDU POST)</p>
<p><a href="http://www.ch-aviation.ch/portal/airline.php?cha=BBW">BB Airways</a> (ch-aviation)</p>
<p>日本在住のNRN(Non Resident Napalese)による航空会社だが、本拠地は母国ネパールとなるようで、就航先はデリー、バンコク、クアラルンプル、香港、東京（成田空港同様、茨城空港も便宜上「東京」?）、カタール、シンガポールとなっている。すでにネパール当局のライセンスは得ているとも書かれている。</p>
<p>これらの記事は、今年1月から2月時点のものであり、その後の進捗はよくわからないが、茨城空港への乗り入れはともかく、ネパールを本拠地とする新しい航空会社がスタートしていることは間違いないのだろう。</p>
<p>それにしても、この航空会社をスタートさせるというネパールから来たビジネスマン、ウェブサイトにあるように、最初は留学生として来日、その後日本で起業したということだが、BB AIRWAYSのリンク先を覗いてみると、いろいろ手広くやっているようだ。そこに来て今度は航空会社の設立と、ずいぶんやり手の人物のようだ。近々、日本の経済誌等でよく見かけるようになるだろうか。</p>
<p>どうなるのかまだよくわからないが、茨城・カトマンズ直行便就航計画の進捗を伝えるニュース等があれば、今後フォローしていくことにしたい。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://indo.to/blog/archives/4743/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>成田・ヤンゴン直行便就航へ</title>
		<link>http://indo.to/blog/archives/4731</link>
		<comments>http://indo.to/blog/archives/4731#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 11 Apr 2012 15:01:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogata</dc:creator>
				<category><![CDATA[airlines]]></category>
		<category><![CDATA[column]]></category>
		<category><![CDATA[greater india]]></category>
		<category><![CDATA[travel]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://indo.to/?p=4731</guid>
		<description><![CDATA[先日に引き続いてミャンマーの話題。近ごろ何か取り上げられることの多い同国に、成田空港から全日空の直行便が就航する。時期は未定だが、年内には実現する見込みとのこと。実は、1996年7月から2000年2月まで、同社の関空・ヤ &#8230; <a href="http://indo.to/blog/archives/4731">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>先日に引き続いてミャンマーの話題。近ごろ何か取り上げられることの多い同国に、成田空港から全日空の直行便が就航する。時期は未定だが、年内には実現する見込みとのこと。実は、1996年7月から2000年2月まで、同社の関空・ヤンゴン便が飛んでいたのだが、長らく休止となっていた。</p>
<p><a href="http://www.nikkei.com/news/latest/article/g=96958A9C93819696E3E3E282EA8DE3E3E2E6E0E2E3E08698E3E2E2E2"> 全日空　ミャンマーに定期便再開 12年ぶり</a>（日本経済新聞）</p>
<p>おかげで、東京から眺めると隣国タイの首都バンコクとあまり変わらない距離にあるにもかかわらず、ヤンゴンはずいぶん遠く感じられてしまう状況が変化することを期待したい。これまでは、成田からタイ航空の午前便で出発して、同社が複数便持つバンコクからヤンゴンまでの遅い時間帯の便を利用すれば同日に到着することができたが、さもなければバンコクで一泊しなければならないのが現状だ。</p>
<p>今から1年ほど前にはMAI (Myanmar Airways International)　による<a href="http://indo.to/blog/archives/3304">ヤンゴンから成田に乗り入れの計画</a>を取り上げてみたことがあったが、まだ実現していない。それでも同社のウェブサイト内の<a href="http://www.maiair.com/route_map.htm">ルートマップ</a>には、『Future Route』として東京、ソウル、香港、デリー、ドバイといった就航予定地が記されている。</p>
<p>ミャンマーへの経済制裁緩和近しという情勢により、ビジネス目的で世界中が注目していることもあり、今後は他国の便も順次乗り入れを図るようになってくると予想される。</p>
<p>インドからは、エアインディアがコールカーターから月曜日と金曜日にヤンゴンに就航している。今後、ジェットエアウェイズその他が就航することもあり得るのではなかろうか。もとより関係の深いインド・ミャンマー両国であり、利害を共有する部分も少なくない隣国同士でもある。ヤンゴンその他に大規模なインド系の人口が存在していることもあってか、従前から商用その他でミャンマーを訪問するインド人や他国在住のインド系の人々は少なくなかった。</p>
<p>前述のMAIは、ヤンゴンから水曜日と土曜日にビハール州の<a href="http://www.maiair.com/schedule.htm">ガヤーへの定期便</a>がある。ビジネス目的の乗客が多いとは思えず、仏教国ミャンマーとはいえ、そこから仏蹟巡りに出かけるお客がワンサカいるとも考えられないのだが、主にどういう人たちが利用しているのかよくわからない。予定されているデリー便の就航が待たれるところだ。</p>
<p>経済成長にともなう可処分所得の伸長により、海外旅行を楽しむインド人が増えており、インド発の様々なパッケージツアーなどもいろいろ売り出されている。タイやマレーシアと較べて華やかさに欠けるものの、美しいビーチや壮大な遺蹟等の観光地には事欠かないミャンマーだけに、今後は観光目的で訪問するインド人も増えてくることだろう。</p>
<p>私たち日本人にとっても、インドのすぐ隣のミャンマーという魅力的な国が訪れやすくなるのは嬉しい限りだ。インドまで足を伸ばす際に、行き帰りともにヤンゴン経由でミャンマーも見物という選択肢が可能となるのはありがたい。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://indo.to/blog/archives/4731/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>ミャンマーのE visa</title>
		<link>http://indo.to/blog/archives/4720</link>
		<comments>http://indo.to/blog/archives/4720#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 10 Apr 2012 07:47:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogata</dc:creator>
				<category><![CDATA[column]]></category>
		<category><![CDATA[economy]]></category>
		<category><![CDATA[greater india]]></category>
		<category><![CDATA[heritage]]></category>
		<category><![CDATA[life]]></category>
		<category><![CDATA[politics]]></category>
		<category><![CDATA[society]]></category>
		<category><![CDATA[travel]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://indo.to/?p=4720</guid>
		<description><![CDATA[近ごろ何かとニュースで取り上げられることが多くなったミャンマー。『上からの民主化』の進展により、経済制裁の緩和が近いことが予想されるため、経済面からの注目を浴びるようになっているからであることは言うまでもない。 国際社会 &#8230; <a href="http://indo.to/blog/archives/4720">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>近ごろ何かとニュースで取り上げられることが多くなったミャンマー。『上からの民主化』の進展により、経済制裁の緩和が近いことが予想されるため、経済面からの注目を浴びるようになっているからであることは言うまでもない。</p>
<p>国際社会からの孤立が長く続いてきたことによる経済や各方面インフラの立ち遅れの中で、今まさにどん底にあるにもかかわらず、初等・中等教育は広く普及しているため、識字率は約90％と意外なまでに高い。加えて一大農業国であるとともに、地下資源大国としても広く知られている。石油・天然ガスなどに加えて、鉄、錫、銅その他の鉱物資源にも恵まれている。</p>
<p>それらと合わせて、人口6千万を抱える大国であり、先述のとおり一定水準の教育が行き届いた人材豊富な国家でもあることから、多くの国々にとって将来有望なマーケットであるとともに、製品加工基地としての役割も期待されることになる。</p>
<p>大きな潜在力を抱えつつも、政治的理由によって、これまで極めて低い水準にあっただけに、経済制裁が緩和ないしは解かれることになれば、今後急激な成長が見込まれるだけでなく、その伸びシロは限りなく大きい。</p>
<p>従前から、そうした将来性を見込んで同国に投資している企業や個人等はあったものの、長く続いてきた軍事政権による圧政と、これに対する先進諸国等による経済制裁下での先の見えない停滞が続く中、一部のASEAN諸国やインドによる投資や交易、加えて海外進出意欲旺盛な韓国の企業や個人による進出を除けば、同国での外資といえば、ほぼ中国による寡占状態にあった。</p>
<p>たとえ旅行者として同国を訪れても、アメリカやEUによる経済制裁の影響はごく身近に感じられるものである。古色蒼然とした街並みや市内を走るあまりに旧式の自動車の姿はもとより、ヤンゴン市内の一部の高級ホテル（自前のルートによりシンガポールなど海外で決済）を除いて、トラベラーズチェックもクレジットカードも使用できず、基本的に米ドル現金を持ち込んで使うしかないという状態は、初めて訪れる人の目には、あまりに奇異に映ることだろう。経済制裁により、海外との金融ネットワークから遮断されているがゆえのことである。また同国自身の厳格な外貨管理により、基本的に『普通に店を構えた両替商』は存在しなかった。そのため主に宝石、貴金属類、みやげもの等を扱う店を回り、交渉のうえでミャンマー通貨に両替するのが普通であった。</p>
<p>そうした状況も近々変わっていくようだ。ヤンゴンの国際空港等にちゃんとした市中レートで両替カウンターが出来ていると聞く。おそらく市内の繁華街や国内のメジャーなスポット等に、今後『ちゃんと店を構えた両替屋』が続々出てくることだろう。</p>
<p>それにミャンマー国内から正規のルートによる海外送金サービスが開始されるという話も耳にする。商取引はもとより、同国から海外留学を希望している若者たちにはとっては朗報だ。たとえば日本に留学しようとする場合、現在までのところミャンマーから日本へ正式な送金ルートが不在であったため、ミャンマー国外つまり日本ないしは第三国に留学経費を支弁することが可能な立場（経済的に裕福な近親者）がなければ、たとえ若者自身の親がミャンマーでそれなりに高い経済力を持っていても門前払いであったからだ。</p>
<p>インドでは、経済政策の大きな転換により、1990年代から2000年代にかけて、とりわけ都市部が大きく様変わりし、その動きは衰えることなく続いているが、自国内での規制その他のみならず、経済制裁という大きな足枷をはめられてきたミャンマーにおいてはおそらくそれ以上の速度で多くの物事が変化していくことだろう。もちろん人口がインドの足元にも及ばない程度のものであり、人口密度もあまり高くない。『スピード感』ではこちらのほうが勝ることになると思われる。またASEANというひとつの大きな経済圏の枠組みの中にあることも有利に働くことだろう。あくまでも経済制裁の大幅な緩和あっての話ではあるが。</p>
<p>前置きが長くなったが、ミャンマーで観光客向けに<a href="http://www.myanmarevisa.gov.mm/">E visa</a>というシステムが月内にも導入されるという。事前にインターネット上で所定の手続きとクレジットカードによる査証代金の支払いを行ない、それと引き換えに数日以内にメールで送られてくるレターをプリントアウトして、入国時にパスポートとともにイミグレーションに提示し、その場でヴィザを発行してもらうというシステムだ。</p>
<p><a href="http://www.myanmarevisa.gov.mm/howtoapply.html">MYANMAR E Visa “How To Apply”</a> (myanmarevisa.gov.mm)</p>
<p>本日4月10日現在、まだ運用は開始されていないようだが、申請手続きは<a href="http://www.myanmarevisa.gov.mm/application.aspx">こちら</a>の画面で行なうことになるらしい。証明写真のデータをアップロードするかカメラ付きのPCあるいはウェブカメラにてその場で撮影することもできるのだろう。</p>
<p>現在、東南アジアの中で私たちが観光による査証取得必要なラオス、カンボジア等で国境到着時に簡単なフォームを記入して現金で代金を支払えば即座にヴィザが発行されるような具合になると良いのだが、まだまだ『敵が多い』国であるだけに、このあたりが最大限の譲歩なのだろう。それでもこうした動きは大いに歓迎したい。</p>
<p>今後10年、15年の間に、ずいぶん旅行しやすい国になっていくことだろう。道路その他交通網の整備に多額の投資がなされるはずだし、観光という分野も主要な産業の柱のひとつとして位置づけられることは間違いないので、宿泊施設その他の面でも大きく改善されていくことと思われる。</p>
<p>そうした中で、まだわずかに残っている、かつて『英領インド』の一部であったことの面影や残り香も急速に失われていくことも必至だ。人々の暮らしが向上し、今よりも自由に物を言える社会になること、民意が反映される国になっていくことについて、諸手を挙げて応援したいことは言うまでもないが、他のどこにもないこの国であるからこその味わいに関心がある向きには、まさに今が旬なのかもしれない。</p>
<p>もうひとつ期待したいことがある。各地で民族運動が盛んであることから、まだまだ外国人が入域できなかったり、自由に立ち入ることができなかったりする地域が多いミャンマーだが、このところ各反政府勢力との和解が進んできているため、陸路で入国して他の地点から陸路にて出国という旅行も、やがて容易にできるようになってくるのではないだろうか。</p>
<p>とりわけインドとの間については、<a href="http://maps.google.co.jp/maps?q=morei+nagaland+india&amp;hl=ja&amp;ll=24.242112,94.337711&amp;spn=0.069966,0.122223&amp;safe=off&amp;t=m&amp;z=13&amp;brcurrent=3,0x0:0x0,0">インドのナガランド州のMorehからミャンマーのチン州のTamuのルート</a>が外国人に対して開放されるようになるとありがたい。現在、インドのナガランドは私たち外国人がパーミット無しで入域できるようになっているが、ミャンマー側はそうではないようだ。</p>
<p>南アジアと東南アジアの境目の地域が広く自由に旅行できるようになれば、いろいろ新たな発見があることと思われる。また、これまで隅に置かれてきたエリアの文化・伝統の価値やこれまで影で果たしてきた歴史的な役割が人々に再認識されることにもなるのではないかと思っている。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://indo.to/blog/archives/4720/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>オリッサ州　マオイストとの交渉難航</title>
		<link>http://indo.to/blog/archives/4707</link>
		<comments>http://indo.to/blog/archives/4707#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 07 Apr 2012 12:26:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogata</dc:creator>
				<category><![CDATA[column]]></category>
		<category><![CDATA[security]]></category>
		<category><![CDATA[travel]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://indo.to/?p=4707</guid>
		<description><![CDATA[3月14日、オリッサ州内陸部の部族地域を訪れるツアーの一行が、同州のカンダマル地区で拉致される事件が発生した。このツアーを催行していたのは、同州プリーにあるORISSA ADVENTUROUS TREKKINGという旅行 &#8230; <a href="http://indo.to/blog/archives/4707">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>3月14日、オリッサ州内陸部の部族地域を訪れるツアーの一行が、同州の<a href="http://maps.google.co.jp/maps?q=Kandhamal,+Odisha+(Orissa),+India&amp;hl=ja&amp;ie=UTF8&amp;ll=20.450498,84.249001&amp;spn=0.071896,0.122223&amp;sll=36.5626,136.362305&amp;sspn=31.369654,62.578125&amp;oq=kandhamal+&amp;brcurrent=3,0x0:0x0,0&amp;hnear=Kandhamal,+%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%B5+%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89&amp;t=m&amp;z=13">カンダマル地区</a>で拉致される事件が発生した。このツアーを催行していたのは、同州プリーにある<a href="http://www.orissatrekking.com/english.htm">ORISSA ADVENTUROUS TREKKING</a>という旅行代理店で、連れ去られたのはその経営者でガイドでもあるイタリア人のパオロ氏、ツアー参加者のイタリア人コランジェロ氏、そしてツアーに同行したインド人スタッフ2名を含む計4名。インド人スタッフは3月16日に、イタリア人旅行者のコランジェロ氏は3月25日に解放されたが、依然としてパオロ氏は監禁状態にある。</p>
<p>彼らを誘拐したマオイストたちの要求は、投獄されているマオイスト幹部や活動家たちの釈放。これに関して、先日マオイストによるオリッサ州議会議員ヒカーカー氏の誘拐事件も発生しており、治安対策と外交上の配慮等の板挟みもあり、今なお交渉は難航している。駐インドのイタリア外交官も現在オリッサ州に滞在中で、マオイストとの交渉と情報収集に当たっている。</p>
<p>これまで、インドのマオイストたちは活動地域で政府関係者の誘拐、治安当局関係者たちや交通網への攻撃、市民の殺害その他を繰り返してきているが、外国人がターゲットとなったのは初めてのケースだ。しかしイタリア人と地元州議会議員1名ずつを人質とすることにより、現在までのところオリッサ政府がマオイスト関係者31名の釈放の提示を引き出しつつも、まだ合意に至っていないところからみて、より高い影響力を行使する手段として、外国人を誘拐する事件が起きる可能性は決して低くない。</p>
<p>同様に、オリッサ州以外でもマオイストの活動が盛んなアーンドラ・プラデーシュ、ジャールカンド、チャッティースガル、西ベンガル、ビハール、マハーラーシュトラといった各州においても、こうした挙に出ないとも限らない。</p>
<p>マオイスト側は、州政府当局との交渉期限を4月10日までとしており、要求が満たされない場合は「extreme steps」を取ると表明している。先述のとおり、外国人がターゲットとなったのは初めてのケースだが、マオイストがこれまで同種の目的のために誘拐した相手を殺害したケースは多々あったことから、パオロ氏、ヒカーカー氏ともに今後の安否が大いに懸念されるところだ。</p>
<p><em>関連ニュース </em></p>
<p><a href="http://indiatoday.intoday.in/story/maoist-rebels-in-orissa-take-italian-duo-hostage/1/178324.html">Maoist rebels in Orissa take Italian duo hostages</a> (India Today)</p>
<p><a href="http://www.bbc.co.uk/news/world-asia-india-17505765">Italian hostage Claudio Colangelo released in India</a> (BBC NEWS INDIA)</p>
<p><a href="http://www.business-standard.com/india/news/naxals-rule-out-immediate-releaseitalian-national/470394/">Naxals rule out immediate release of Italian national</a> (Business Standard)</p>
<p><a href="http://www.deccanchronicle.com/channels/nation/south/orissa-agrees-free-31-persons-819">Orissa agrees to free 31 persons</a> (DECCAN Chronicle)</p>
<p><a href="https://www.youtube.com/watch?v=oX2MmP7MerM&amp;feature=player_embedded">【動画】India rebels warn of &#8216;extreme steps&#8217; over Italian captive‎</a> (Asia One)</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://indo.to/blog/archives/4707/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>チェラプンジー2</title>
		<link>http://indo.to/blog/archives/4593</link>
		<comments>http://indo.to/blog/archives/4593#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 13 Mar 2012 15:01:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogata</dc:creator>
				<category><![CDATA[food & drink]]></category>
		<category><![CDATA[nature]]></category>
		<category><![CDATA[travel]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://indo.to/?p=4593</guid>
		<description><![CDATA[翌朝は朝6時に起床。雨と深い霧に包まれていた前日とは打って変わっての好天であった。雨上がりのため空気も澄んでいる。これが昨日であれば良かったのにと思ったが、多雨のチェラプンジーらしい体験が出来たと前向きに取るようにしよう &#8230; <a href="http://indo.to/blog/archives/4593">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>翌朝は朝6時に起床。雨と深い霧に包まれていた前日とは打って変わっての好天であった。雨上がりのため空気も澄んでいる。これが昨日であれば良かったのにと思ったが、多雨のチェラプンジーらしい体験が出来たと前向きに取るようにしよう。</p>
<p>この宿で食事の注文と配膳、停電の際の蝋燭等々、宿泊客の世話をするチェートリーという老人はネパール系の男性。実直そうな感じの人だ。ネパールから来たわけではなく、ダージリンから来ているという。彼と宿の主人との会話はヒンディーだ。ナガランドでもそうであったが、こうした使用人等との言葉の関係もあるので、地元の人たちにとってヒンディーを理解することが必要となる面もあるようだ。仕事のため北東州に来ている他地域の人々で、土地の言葉をしっかり身に付ける者はあまりいないため、両者を結ぶ共通語としてのヒンディーの果たす役割は高いらしい。</p>
<p>朝食を終えて、昨日予約しておいたタクシーでシローンに出発。チェラプンジーの村を通る斜面で、ひとつコーナーを曲がったらそこから先はまるで別世界のようであった。まるで昨日のように霧が深い。霧が出ているときは、場所によって視界の深さがまったく違い、霧に濃淡があるものだが、それにしてもこれほど極端なことも山の中ではしばしばある。</p>
<p>霧が深いエリアを抜けると急に視界が広ける。眼下に果てしなく続く雲海の景色を楽しみながらクルマはひた走る。しばらくの間、狭い車内で運転手と二人きりになるため、相手の人柄でその行程の印象がかなり変わったりもする。見た目が地元の人ではないため、何気なく「あなたどこの人？」と尋ねたら、親の代にベンガルから移民してきた家族史を滔々と話す生真面目な感じの青年であった。彼の話を聞いているうち、あっという間にシローンに到着していた。</p>
<p>シローンでは、ちょうど乗り合いのスモウ（大型四駆）が出発するところであった。車内で、叔父に連れられた４歳前後の女の子が、祖父と祖母の家があるシローンに戻りたいとワンワン泣いている。叔父は「グワーハーティーに行くのはやめて、シローンに帰ろう」となだめつつ、「おーい、運転手さん！シローンに戻ってくれ。」などと声をかけている。</p>
<p>40歳前後の運転手は「よし、わかった。シローンに戻るぞ。」などと調子を合わせてやっている。運転は乱暴で、人相はあまり良くないし、声もダミ声だが人は悪くないようだ。</p>
<p>だが女の子はそれでもきかないので、困った叔父はシローンに戻ることにしたようだ。シローン郊外にある人造湖のほとりで二人は降りていった。子供がグズると大変なのはどこの国も同じだ。ウチの下の子もちょうど同じ年頃なので、なんだか身につまされる思いがする。</p>
<p>スモウの運転手、人は悪くないようだが、かなりクセのある人間であるようだ。前方を走るクルマがあると無理に加速して乱暴な追い越しを繰り返し、かなり危ない気がするのだが、それでも前方に走るクルマがなくなると急に安全運転になり、スピードもやけに緩慢になる。</p>
<p>シローンとグワーハーティーの間にはバスも走っているものの、本数がとても少ないようで、多くはシェアタクシーかシェアスモウということになるようだ。バスに比べてかなり割高なので、庶民の中でとりわけ頻繁にこのルートを行き来しなくてはならない人の場合、かなり大きな負担になるかもしれない。</p>
<p>ところでグワーハーティーは、土地の人の言い方では「ゴーハーティー」と聞こえる。ローマ字の綴りでもGuwahatiではなくGauhatiやGawhatiといったものも目にする。</p>
<p>中間点でチャーイと食事のための休憩。並びにいくつもある小さな店でアチャールを売っているが、北東インドならではのものを見つけた。竹の子のアチャールである。このあたりでは工芸品、家屋の建築その他で竹をよく使うが、食事でも竹の子をよく利用するため、こうしたものがある。</p>
<div id="attachment_4594" class="wp-caption alignnone" style="width: 600px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/dukan.jpg"><img class="size-full wp-image-4594" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/dukan.jpg" alt="" width="590" height="708" /></a><p class="wp-caption-text">店先に果物等とともに並ぶアチャールのビン</p></div>
<div id="attachment_4595" class="wp-caption alignnone" style="width: 600px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/achar.jpg"><img class="size-full wp-image-4595" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/achar.jpg" alt="" width="590" height="712" /></a><p class="wp-caption-text">食べていないが味は良さそう。</p></div>
<p>途中、工事その他の理由で渋滞しているところがいくつかあったため、グワーハーティーまで４時間くらいかかった。グワーハーティーの鉄道駅南側にあるスモウス兼タクシースタンドに到着した。</p>
<p>&lt;完&gt;</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://indo.to/blog/archives/4593/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>チェラプンジー1</title>
		<link>http://indo.to/blog/archives/4582</link>
		<comments>http://indo.to/blog/archives/4582#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 05 Mar 2012 15:01:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogata</dc:creator>
				<category><![CDATA[nature]]></category>
		<category><![CDATA[travel]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://indo.to/?p=4582</guid>
		<description><![CDATA[メガーラヤ州の州都シローンを朝6時に出てチェラプンジーに向かう。2007年にシローンに来たときに、州政府観光局が催行するバスツアーでチェラプンジーを含む同州の観光地を巡ったことがあるが、１時間半程度立ち寄ったチェラプンジ &#8230; <a href="http://indo.to/blog/archives/4582">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>メガーラヤ州の州都シローンを朝6時に出てチェラプンジーに向かう。2007年にシローンに来たときに、州政府観光局が催行するバスツアーでチェラプンジーを含む同州の観光地を巡ったことがあるが、１時間半程度立ち寄ったチェラプンジーの景色がとても良かったので、今度は一泊してみることにした。</p>
<p>チェラプンジーは、世界で最も多雨な場所として長らく知られてきたが、気候の変化のためか測定方法が変わったのか、近年は同じメガーラヤ州内の西寄りにあるマウスィンラムにその座を譲っている。どちらにしても、地形的にモンスーン期にベンガル湾から流れてくる大気がベンガルの平原部北側を弓型に囲む高地の最深部となるため、季節風に乗ってやってくる湿った空気がこのあたりに集まり、一気に多量の雨を降らせることは容易に理解できる。メガーラヤ州そのものも世界的に最も多雨なエリアのひとつということにもなる。</p>
<p>風景を楽しみに行くつもりであったが、州都シローンは前日の夜半から雨が降っており、当分止みそうな気配さえない。モンスーン期の激しい雨を体感してみるのならともかく、乾季の最中の季節外れの雨で霞んだ景色を眺めることになるのは気が進まないが、延期するだけの時間がないので仕方ない。そのままチェラプンジーに出発することにした。</p>
<p>１時間半ほどでチェラプンジーに到着した。本日の宿泊先は<a href="http://megtourism.gov.in/hotels/coniferous_resort.pdf">Coniferous Resort</a>だ。クリスチャンのカースィー族の男性が家族とともに経営している。チェラプンジーの村の中か村の端あたりかと思ったが、案外遠かった。チェラプンジーへの訪問客はシローンから日帰りするケースが多いため宿泊施設は少ない。自家用車で訪れて宿泊する場合は村の外の風光明媚なスポットが好まれることから、自前の足を持たないとちょっと辛いものがある。急な坂道が多いためオートリクシャーはなく、村から外れると人口もまばらで公共交通機関もほとんどない。</p>
<div id="attachment_4589" class="wp-caption alignnone" style="width: 600px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/vegetable.jpg"><img class="size-full wp-image-4589" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/vegetable.jpg" alt="" width="590" height="513" /></a><p class="wp-caption-text">チェラプンジーの町のマーケットにて。労働人口のおよそ半分はキッチリ女性たちが占めているように見える。</p></div>
<p>そのため、村に居住している人たちが出向く用事もない展望台、洞窟、滝等の観光スポットを訪れるにはタクシーを頼むしかない。この日利用したクルマはTATAのNANOである。最近はずいぶんあちこちで見かけるが、これまで実際に乗りこんだことはなかった。</p>
<p>ボディは従来の小型車よりもずっと小さいが、外観から想像できないくらい車内スペースを広く感じる。スズキのマールティ800と全く同等という印象だ。エンジンスペースを節約するためだろう、バッテリーは運転席の下に収められており、小型化のため相当な努力がなされていることがわかる。この日、山道で路面の悪いところも走ったのだが、ボディが変にしなることはなく、ボディ剛性もそれなりに高いように思われる。乗り心地はまったく普通の小型車である。エンジン音も静かで良かった。</p>
<div id="attachment_4583" class="wp-caption alignnone" style="width: 600px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/nano.jpg"><img class="size-full wp-image-4583" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/nano.jpg" alt="" width="590" height="443" /></a><p class="wp-caption-text">NANOのタクシー</p></div>
<p>このクルマの需要については、2008年にデリーで開催されたAuto Expoで発表された際、<a href="http://indo.to/blog/archives/367">1,00,000 Rsの格安国民車 “NANO”</a>と題して取り上げてみたが、そこに書いた以外にも、自家家用車としてだけではなく、タクシーとしての利用への潜在的な需要は相当高いであろうと予想していた。まず考えられるのは、これまでタクシーが普及してこなかった所得の低い地域や都市圏外での需要、そしてオートリクシャーの走行が困難な山地での需要である。そうした意味では、シローンやチェラプンジーはNANOのタクシーとしての普及にはもってこいのエリアであるといえる。</p>
<p>本題に戻る。私がこの日訪れた場所は以下のとおり。</p>
<p>Eco Park</p>
<p>Maulsmai Cave</p>
<p>Nohsugithieng Falls</p>
<p>Thangkuarang Park</p>
<p>Khow Kanihah</p>
<p>Dawthlen</p>
<p>Rama Krishna Mission</p>
<p>Nohkalihai Falls</p>
<p>土地の言葉であるカースィー語の地名なので、どれも馴染みがないため、どう読むのか良くわからない地名が多い。この中のいくつかは、シローンからのバスツアー参加したときに訪れているが、クルマをチャーターしているため、ゆっくりと見物することができた。</p>
<p>だがやはり問題は天気であった。雨のため、景色の良い展望台に行っても霧でよく見えなかったり、後には霧が濃くなりすぎてまったく見えなかったりした。道路交通も良くなかった。霧が少し薄くなることもあったのだが、ひどいときにはわずか10メートル先さえもまったく見えないところも多かった。突然向こうからタクシーや大型車両が出てきてびっくりするし、あまりに霧が濃い場所では道路自体がどう走っているのか輪郭さえも見当さえつかなかったりして恐ろしかった。チェラプンジーとその周辺地域は、下界から見るとすっかり雲の中に入ってしまっているため、雨天 = 濃霧となってしまう。</p>
<div id="attachment_4587" class="wp-caption alignnone" style="width: 600px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/bangladesh.jpg"><img class="size-full wp-image-4587" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/bangladesh.jpg" alt="" width="590" height="443" /></a><p class="wp-caption-text">眼下に広がる平原部はバーングラーデーシュ。だが天気が悪くてよく見えなかった。</p></div>
<div id="attachment_4588" class="wp-caption alignnone" style="width: 600px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/shounyudou.jpg"><img class="size-full wp-image-4588" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/shounyudou.jpg" alt="" width="590" height="443" /></a><p class="wp-caption-text">鍾乳洞</p></div>
<p>インド北東州は全面的に多雨の地域であり、観光面ではモンスーン期は概ねオフシーズンとなるのだが、世界最大級の多雨スポットとして有名なチェラプンジーだけは、『その雨を見に来る』人たちがかなり多いらしい。</p>
<div id="attachment_4584" class="wp-caption alignnone" style="width: 600px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/ecopark.jpg"><img class="size-full wp-image-4584" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/ecopark.jpg" alt="" width="590" height="443" /></a><p class="wp-caption-text">台地を流れてきた水は断崖絶壁へ</p></div>
<div id="attachment_4586" class="wp-caption alignnone" style="width: 600px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/DSCF3665.jpg"><img class="size-full wp-image-4586" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/DSCF3665.jpg" alt="" width="590" height="787" /></a><p class="wp-caption-text">雨季には数倍の水量になるのだとか。</p></div>
<p>チェラプンジーは多雨な高地であるため、あちこちに滝がある。小さな複数の滝幾筋も流れていたり、大きな瀑布があったりもするのだが、どちらも断崖絶壁からはるか下へと水が落下している。平坦な台地で幅広い石畳状の川床を流れた水がそのまま断崖から下へと落下しているところもある。こういう極端な風景がチェラプンジーらしいところだ。雨季には、滝の水量が数倍になると言い、まさにそれを見たいがために不便や周囲の景観を楽しむことができないことを承知のうえで訪れるようだ。だが前述のとおり、雨のチェラプンジーの視界は最悪となるので、くれぐれも交通事故には気を付けていただきたい。</p>
<div id="attachment_4585" class="wp-caption alignnone" style="width: 600px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/fog.jpg"><img class="size-full wp-image-4585" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/fog.jpg" alt="" width="590" height="443" /></a><p class="wp-caption-text">深い霧で景色は楽しめず。</p></div>
<p>&lt;続く&gt;</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://indo.to/blog/archives/4582/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>1</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>ハジョーとスアルクシー</title>
		<link>http://indo.to/blog/archives/4565</link>
		<comments>http://indo.to/blog/archives/4565#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 02 Mar 2012 15:01:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ogata</dc:creator>
				<category><![CDATA[column]]></category>
		<category><![CDATA[economy]]></category>
		<category><![CDATA[heritage]]></category>
		<category><![CDATA[life]]></category>
		<category><![CDATA[society]]></category>
		<category><![CDATA[travel]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://indo.to/?p=4565</guid>
		<description><![CDATA[ポビットラ国立公園を後にして、ハジョーとスアルクシーに向かう。国立公園から見て、グワーハーティーを挟んだ反対側にこれらの地域があるため、一旦ゴミゴミした都会に戻ってから向かうことになる。 市内を抜けて、ブラフマプトラ河に &#8230; <a href="http://indo.to/blog/archives/4565">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ポビットラ国立公園を後にして、ハジョーとスアルクシーに向かう。国立公園から見て、グワーハーティーを挟んだ反対側にこれらの地域があるため、一旦ゴミゴミした都会に戻ってから向かうことになる。</p>
<p>市内を抜けて、ブラフマプトラ河にかかる大きな橋を渡り、グワーハーティー北部、つまりブラフマプトラ河の北側の市街地を通り、ハジョーに向かう。途中、片側二車線の見事な道路がある。高速道路並みにスピード上げたクルマがグングン流れていく。</p>
<p>グワーハーティー出てから１時間くらいでハジョーに着く。ここにはヒンドゥーと仏教徒の巡礼が崇める五つの古い寺がある。その中で最も代表的なものはハイグリヴ・マーダヴ 寺だ。本堂への階段の下方にあるタラーブとその向こうの緑豊かな景色が美しい。扉を閉め切ったお堂からは、ドンドンドンと鳴り物の音が響いてくる。建物の造りとしては、さほど魅力を感じないが、本尊は6,000年もの歴史がある(？)ということになっているらしい。</p>
<div id="attachment_4569" class="wp-caption alignnone" style="width: 600px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/DSCF37951.jpg"><img class="size-full wp-image-4569" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/DSCF37951.jpg" alt="" width="590" height="443" /></a><p class="wp-caption-text">小高い丘の上にあるハイグリヴ・マーダヴ 寺から周囲を見渡す。</p></div>
<div id="attachment_4571" class="wp-caption alignnone" style="width: 600px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/DSCF37701.jpg"><img class="size-full wp-image-4571" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/DSCF37701.jpg" alt="" width="590" height="443" /></a><p class="wp-caption-text">建物自体はあまり興味を抱かせるものではなかった。</p></div>
<div id="attachment_4573" class="wp-caption alignnone" style="width: 600px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/DSCF37751.jpg"><img class="size-full wp-image-4573" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/DSCF37751.jpg" alt="" width="590" height="443" /></a><p class="wp-caption-text">　</p></div>
<div id="attachment_4574" class="wp-caption alignnone" style="width: 600px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/777.jpg"><img class="size-full wp-image-4574" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/777.jpg" alt="" width="590" height="351" /></a><p class="wp-caption-text">スヤスヤと眠る仔犬3兄弟。ナガランドではなくて良かった・・・と思う。</p></div>
<p>続いてスアルクシーに向かう。ここはムガーシルクと呼ばれる野蚕の織物生産で有名な町。どこに織物作業場があるのかと、通りかかった壮年男性に尋ねてみると「どこの家にもある」との返事。その男性、シャルマー氏は、自らの家の中に招き入れてくれた。彼は８人の職人を雇い織物を作らせているとのこと。機織機には、木で作られた沢山の穴が開いたプレートが上のほうに付いている。これはデザインのパターンのプログラムだ。こうした機織りの作業場はどこも同じように見える。基本的には彼と同じように小規模な家内工業として生産しているのが普通のようだが、大きなところでは100人ほど使って生産しているところもあるとのことだ。</p>
<div id="attachment_4566" class="wp-caption alignnone" style="width: 600px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/DSCF3817.jpg"><img class="size-full wp-image-4566" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/DSCF3817.jpg" alt="" width="590" height="787" /></a><p class="wp-caption-text">シャルマー氏自宅敷地内の機織り機</p></div>
<p>シャルマー氏の家の作業場では、すでに職人たちは仕事を終えて帰宅しており、作業そのものを見ることはできなかった。すでに午後遅い時間帯に入ろうとしているため、近所にも作業をしているところはないようだ。ここでは午後3時くらいには、その日の仕事は終わり、みんな家路に着くのだともいう。朝は何時から働いているのか知らないが、まだ日が高いうちに家族との時間が充分持てることについては、ちょっと羨ましい気がする。</p>
<div id="attachment_4577" class="wp-caption alignnone" style="width: 600px"><a href="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/DSCF38231.jpg"><img class="size-full wp-image-4577" src="http://indo.to/wp-content/uploads/2012/02/DSCF38231.jpg" alt="" width="590" height="443" /></a><p class="wp-caption-text">『定時は午後3時』のスアルクシーの町</p></div>
<p>ちょうどこの日の新聞記事に出ていたが、アッサムのムガーシルクの生産を機械化する試験プロジェクトが開始されたとのことだ。今のところ、昔ながらの手作業の機織機でギッコンバッタンと作業しているのだが、これを機械化するとどういうことになるのか。生産性の向上、そこからくる収入の向上は図られることはずだが、これまで育まれてきた匠の技は失われてしまうだろう。また現在生産に関わっている職工たちが、そのまま機械化された職場に雇用してもらえるのかどうかも疑問だ。利するのは生産手段を持つ立場にあり、かつ機械化に伴う投資をするだけの財力を持つ者だけということになりそうだ。</p>
<p>そうは言っても、生産技術は時代とともに進化しなくてはならないということも事実。現在、職工たちが日々行なっている作業にしても、ある時代までは物凄い先端技術であったはずだ。今も使用されている機織機が広まる前の時代には、もっと古いやり方で布を織っていたはずなのである。伝統の維持と近代化はしばしば相反するものがある。</p>
<p>小さな町なのに、ムガーシルクを販売する店舗は、大きなものから小さなものまでいろいろあり、この産業によって町の経済が成り立っていることが感じられる。どれも小売りと卸を兼ねているようだ。</p>
<p>この町の『定時』らしい午後3時を回っているため多くは店を閉じていた。せっかくムガーシルクの産地として有名な町に来たので、記念にハンカチでも買おうとわずかに開いているいくつかの店で探してみるが、どこにもなかった。どこもアッサムで消費するサーリーその他のための品揃えをしてあり、私のような外国人が欲しがるようなものはないということに好感を覚える。今後、機械化される方向にあるとしても、観光客におもねる変な商品を手がけることなく、今後とも質実剛健な商いを続けて欲しいと思う。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://indo.to/blog/archives/4565/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
	</channel>
</rss>

