デリーにちょっと珍しい博物館があるのをご存知だろうか。Sulabh International Museum of Toiletsというもので、文字どおりトイレの博物館だ。インド各地の便所ばかり取り上げているわけではなく、世界のトイレと公衆衛生の歴史の博物館である。
この博物館は、Sulabh International Social Service OrganizationというNGOが運営するもので、同じ敷地内にある。この団体は、主に排泄行為にかかわる公衆衛生の普及と発展、トイレ清掃にかかわる業務に従事する人々への差別意識解消などを目指すものだ。博物館を通じて世界のトイレの歴史や公衆衛生に関する客観的な視点を説き、理解を広めようという狙いのようである。
屋内の展示部分では、人類の歴史の中で排泄行為がどのようになされていたか、そこからどういう問題が発生してきたのか、ちゃんとしたトイレの出現により、これがどういう具合に解決されてきたのか、といったトイレの存在意義が図版等で解説されている。またトイレに関するウンチク、カラフルな色使いの欧州の貴族用(?)高級トイレの写真なども掲げられており、グローバルなトイレ文化に関する知識を学ぶことができるようになっている。
屋外では、インドで使用されている様々なタイプのトイレの実物が展示されており、設置形態や構造などがわかるようになっている。実際にしゃがんでみたり、その姿をカメラで撮っているオジサンなどもいたが、記念写真としてはあまり格好良くないように思う。
展示物を眺めながら館内を歩いていると、そこに勤務している学芸員の方にこの博物館を紹介するCDをいただいた。コンテンツはホームページ上で公開されているものとほぼ同じもののようである。彼女から勧められて初めて知ったのだが、日本人が書いたトイレに関する優れた本があるとのことだ。英訳されたものが日本国外で販売されているそうだが、日本語の原著は『ヨーロッパ・トイレ博物誌新装版』らしい。
さて、この博物館のロケーションについても簡単に触れておこう。国際空港を横目に見ながら更に西に進んだあたりのドワルカという新興タウンシップ近くのマハーヴィール・エンクレイヴにある。冒頭に記したとおり、Sulabh International Social Service Organizationという団体の施設内に設置されている。道路に面して『×××博物館』と大きな看板が掲げられているわけではないので、ちょっとわかりにくいかもしれない。博物館の定休日は日曜日である。
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親子の絆 法律の壁
本来ならば、昨日書いた『オートリクシャー・スター・クラブ? デリーの路上の星たち』の続きを掲載するところなのだが、昨日のテレビニュースでインドに滞在中の日本人にまつわる気になるニュースがあったため、『オートリクシャー・スター・クラブ?』は後日アップロードすることにしたい。
ZEE NEWSで、インドにおいては珍しいことに、政界人でも財界人でもない日本のある一個人について長々と取り上げられていた。生後10日あまりのマンジちゃん(ある記事にManjと書かれていたが、漢字でどう書くのかは不明。Manjiという綴り自体に間違いがあるかもしれないが)という赤ちゃんのことである。
ヤマダさんという日本人男性を父親に持つ、この女の子の赤ちゃんの帰属が、法律の壁によって宙に浮いた形になっているとのことだ。ヤマダさんはインド在住者ではないが、妻のユキさんとともに昨年後半に来印、アーメダーバードで現地女性と代理母契約を取り交わした。
ヤマダ夫妻が代理母に託した受精卵は、代理母の胎内で順調に成長。彼女は7月25日に元気な赤ちゃんを無事出産した。しかし不幸なことに、そのひと月前の6月にヤマダ夫妻は離婚していた。赤ちゃんの誕生の報告を受けた両親のうち、母親のユキさんは彼女の引き取りを拒否し、父親のヤマダさんだけが、彼の母親とともにインドに渡航することになった。
7月26日アーメダーバードで連続爆破テロが起きたことを受けて、治安上の不安からヤマダさんは仕事の関係で日本とのつながりを持つ友人が住むジャイプルへマンジちゃんとともに移動。彼女は現在ジャイプル市内の病院で世話を受けている。
ヤマダさんは、親権者たる父親として赤ちゃんを日本に連れて帰ろうとしているわけだが、彼が日本大使館から意外なことを伝えられた。赤ちゃんにはインドパスポートと出国許可書類の取得が必要だと。
極小にして秀逸な辞書
使うことはほとんどないけれども、手元にひとつあったらいい。可能な限り小さくて、それでいて充分実用に耐えるものがいい。英和と和英合冊の辞書で何か良いものはないものか?としばしば思っていた。通常、小型辞書といえば、三省堂のコンサイス英和・和英辞典、旺文社のハンディ英和・和英辞典といった、掌くらいの丈の細長いものが頭に浮かぶだろう。それでも厚みや質量からして『文庫本以上、単行本未満』の存在感があるので、特にそれを必須アイテムと考えなければ、旅行や出張といった際にわざわざ荷物に加える気はしないだろう。
もっと小さくて内容が優れたのがあればいいのだが、往々にして極小辞書は内容に乏しいもの。たとえばYOHAN ENGLISH – JAPANESE, JAPANESE – ENGLISH DICTIONARYという、例えはヘンだが体積にしてリコーのデジタルカメラGR DIGITALほどしかないものがある。サイズは魅力的なのだがコンテンツに乏しく、実用に耐えるとは思えない。
やはり先述のコンサイスくらいが限界なのかな?と長年思っていたのだが、このほど優れもののミニ辞書を見つけた。コンサイスと同じく三省堂から出ている。ジェム英和・和英辞典だ。私はその存在すらまったく知らなかったのだが、古くから出ている辞書だそうなので『あぁ、持っているよ』という方も多いのではないかと思う。同社のウェブサイトにはこう紹介されている。
日本で一番小さな本格的実用英和・和英辞典の全面改訂版。
天・地・小口の三方を本金塗り、表紙には最高級の皮革を使用した豪華装丁。
日常生活から海外旅行まで使える内容豊富な珠玉の辞書。贈り物にも最適。
今改訂では、現代生活を反映する活用度の高い語彙を網羅。
英和3万3千項目、和英3万1千項目収録。
サイズはYOHANのものよりもやや小さいくらいなのでさらにびっくり。非常に薄い紙を使用しているものの、スペースの都合上収録語数はそれほど多くはない。しかしながらボキャブラリーが精選されているため、実用度ではひとまわりもふたまわりも大きな版形の辞書に匹敵しそうな印象を受ける。英和部分の紙面が尽きたところから和英のコンテンツが始まるのではなく、どちらもオモテ表紙から始まるようになっている。英和の表紙を見ている状態で、これを表裏・天地さかさまにひっくり返せば和英の表紙となっているのだ。使い勝手も良さそうだ。
初版が出たのは大正14年とか。西暦にして1925年。カーンプルでインド共産党が結成された年である。ちょうど10年前にガーンディーが南アフリカから帰国して、非暴力・非服従運動を展開していた時代である。同年に日本に逃れていたラース・ビハーリー・ボースが日本に帰化したのがこの2年前の1923年。現在販売されているのは1999年に改訂された第7版。
もしこの辞書を見かけることがあれば、ぜひ手にとってご覧いただきたい。表紙に本革をあしらった高級感ある装丁はもちろんのこと、その極小な版形に納められたコンテンツの秀逸さはまさにGEM(宝石)の名にふさわしい。初版以来、現在にいたるまで83年という長きにわたり世に出回ってきたロングセラー。その歴史は伊達ではない。
書名:ジェム英和・和英辞典
出版元:三省堂
ISBN-10: 4385102392
ISBN-13: 978-4385102399
双子の母は70歳
インドのU.P.州ムザッファルナガル在住の70歳女性、オームカーリー・パンワールさんが双子を出産したとのニュースがインド内外のメディアで話題になっている。2005年にルーマニアで66歳での出産、2006年にはスペインにて67歳で出産した例があるが、これらを上回り70代という大台に乗せての堂々世界新記録ということになる。しかしこの年齢については、やや疑問符が付いているようだ。彼女の出生についての記録がなく、自身が『インド独立時に9歳であった』ということが、70歳という年齢の根拠であるからだ。
予定日よりもひと月早く、男の子と女の子を帝王切開にて出産。容態が悪化して病院に担ぎ込まれたときは出血がひどく意識も朦朧として危険な状態にあったらしいが、母子ともにその後の経過はまずまずとのことで何よりだ。
体外受精医療の進歩と普及を受けて、近ごろのインドでは代理母出産に加えて高齢での出産も増えているとのことで、メディアでしばしばそうした例も取り上げられているのを目にする。どうしても子供が欲しいという気持ちについては一定の理解を示していても、往々にしてそうした傾向に好意的というわけではなく、母体への危険とともに倫理的にどうなのか、親として責任を果たせるのかどうかといった疑問符が付く。これには私も大いに同意するところだ。
オームカーリーさんの77歳の夫は、土地をカタに借金し、家畜を売り払って資金を工面したと記事中にある。とうの昔に成人した二人の娘と五人の孫がいるということで、曾孫であってもおかしくないような子供を出産したことになる。わざわざ体外受精で妊娠したのには、どうしても男の子が欲しかったためとのことだが、ぜひとも男の子をという伝統的価値観あるいは相続の問題など具体的かつ実質的な問題によるものなのか、具体的な背景には触れられていない。
しかし相当な高齢での出産が、リスクが大きいとはいえ技術的に可能になっている今、70歳での出産という事例よりも重要なのが、『それでも産もう』と夫婦を決心させる動機にあたる部分ではないかと思う。
医療技術の進歩に感嘆し、母は強しと畏れ入るとともに、他人事ながらもその年齢での子育て(たぶん親族内でなんとかなるんだろうが)や夫婦に残された時間と子供の成長を思い合わせると、なんだか複雑な気持ちにもなる。
念願かなっておめでたいことであるのには違いないとはいえ、いろいろと考えさせられることの多い世界最高齢出産である。もちろん他人がとやかく口出しすることではないことは言うまでもないのだが。
ともあれ、無事生まれて何よりだ。今後、双子の赤ちゃんたちとオームカーリーさん夫婦の幸せを祈ろう。
70-year-old grandma gives birth to twins? (DailyIndia.com)
Gran, 70, gives birth to twins (The Sun)
70-year-old woman becomes world’s oldest mother with birth of twins (Daily News)
70歳ママが双子産む、インドで世界記録 (日刊スポーツ)
愛が凶器に変わるとき
近年のインドのニュースで、恋愛のもつれに起因する凄惨な事件をよく目にするなあ、とは思っていたが、インディア・トゥデイ6月25日号によれば、国内で発生する殺人の三大動機のひとつだそうだ。特にパンジャーブ、デリー、グジャラート、マハーラーシュトラ、アーンドラ・プラデーシュにおいては、殺人事件における最も大きな割合を占める原因が男女関係であるとも記されている。
同誌英語版では、6月23日号にこの内容の記事『Crimes of Passion』が掲載されている。近年の男女間のトラブル、恋人同士、夫婦間、不倫等を発端とする事例の数々を提示したうえで、その背景にある社会的な要因を探る努力がなされている。詳しくはP.38からP.45までの記事内容を参照いただきたいと思う。大局的に価値観やライフスタイルのありかたなどで、旧来の価値観と新しい世代のそれとの間の齟齬が大きく、それらが衝突を起こしているがため、というステレオタイプなまとめかたがなされるのではないかと思ったが、そうではなかった。
社会的にも経済的にも独立して着実に地位向上を目指す女性たちが増えている昨今、強くなり進歩的になった女性とそれについていけず男性主導型の考えに固執する男性たちとの間の摩擦が主要な要因であるとし、今を性革命の時代とすれば一歩も二歩も先んじているのは女性であり、男性たちは後塵を拝していると指摘する部分が新鮮だった。
政治であれ、コミュニティーであれ、従来力関係に変化が生じたときには新たな秩序を組み上げるにあたり、自らをより有利なポジションに置くために、積極的なパワーゲームが展開されるものだ。中世の王家などで、後継者を定めずに支配者が没した際の世継ぎをめぐる熾烈な争いなどもその典型だろう。
だがたとえ男女のありかたが変わっていっても、人の数だけ出会いはあり、恋愛はひとつひとつ中身が違う。しょせん生まれも育ちも違う他人同士が好き合うのだから、楽しいこともあれば、互いに理解しがたく堪忍袋の緒が切れることもあるだろう。いつの時代にあっても、男女の仲は睦まじくも難しいもの。
しかしながら人間として越えてはならない一線を踏み外してしまった人たちの事例とその背景にあるものの分析は、今の世相を考えるうえで示唆に富むものであった。