ヴィーラッパンの謎

 警官隊との「エンカウンター」による大盗賊の最期というセンセーショナルなニュースが全インドを駆け巡った。彼の遺体は検死の後に公開され、左額に生々しい銃創を受けた顔写真が各メディアに掲載(インドは倫理基準が違うのでこれは仕方ない)された。時間の経過とともに今回の大捕り物の顛末が次第に明らかになってきている。
 当局はここしばらくの間、ヴィーラッパンの潜伏地に近い村(町?)に土木作業員、食堂のお兄ちゃん、行商人、バスの車掌等々に扮したスパイを放ち動向を探っていたのだという。
 ヴィーラッパンは体調を崩しており治療(喘息とも眼の疾患という説も)を必要としており、医療関係者にコンタクトをとっていた。しかし約束の場所に現れた救急車を運転するのは変装した警察官とは露知らず、たどりついたのは運命の「エンカウンター」の場所。気がつけばヴィーラッパンはすでに特捜隊に取り囲まれていた。
 警察による投降の呼びかけにもかかわらず発砲してきたため、一斉射撃を受けて蜂の巣状態になった救急車の中で一味は絶命していた・・・という具合らしい。
 ここでまず頭に浮かんだのは救急車の運転手に扮していた警官はどうなったのか?悪党ともども銃弾の犠牲になってしまったのだろうか?
 Deccan Heraldの記事によれば、なんと彼は「銃弾の飛び交う下をかいくぐって脱出した」のだという。他紙には「最初からそういう具合に打ち合わせてあった」とも書かれていたが本当だろうか?
 そのあたりはともかく、手の込んだ演出といい派手なエンディングといい、一昔前のインドの勧善懲悪アクション映画みたいだ。

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伝説の大盗賊の最期

伝説の大盗賊であり義賊ヴィーラッパン死す
 ビッグニュースが飛び込んできた。10月18日(月)夜、タミルナードゥとカルナータカの州境で警察隊との銃撃戦があり、かの有名な大盗賊ヴィーラッパンが三人の手下たちとともに死亡した。
 深い森の中に潜伏し、南インド各地(タミルナードゥ、カルナータカ、ケララ)に出没していた彼は、一説には2千頭にも及ぶといわれる象の密猟、白檀の違法伐採、これらの密売と密輸にかかわった。
しかし何よりも彼の悪名を轟かせたのが100件にも及ぶと言われる殺人、そして身代金目的で超有名人を誘拐する大胆さだろう。
 ここ数年の間にもカンナダ語映画俳優のラージ・クマール、元カルナータカ州大臣のナーガッパーの誘拐(後者は事件発生3か月後に死体で発見された)などの大事件を引き起こした。
 またタミル民族主義過激派やスリランカのLTTEとのつながりも指摘されるなど、文字通りインドで一番危険な男であったようだ。
 1990年に1万5千人を投入して行われた大捜索の際にはシッポもつかませなかった彼だが、近年はタミルナードゥとカルナータカ両州の警察の特捜隊、中央から派遣された警察予備隊が協力して行方を追っていた。また中央政府によりヴィーラッパンの逮捕につながる情報には百十万ドルの懸賞金がかけられていた。
 最盛期には100人を超える部下を抱えていたとされるヴィーラッパンだが、追手が迫るにつれて小規模のグループで行動せざるを得なくなり、近ごろでは6〜7名程度で移動するようになっていたという。
 そしてついに昨日の夜、伝説的存在にまでなった大悪党が57才とも62才ともいわれる人生に壮絶な終止符を打ったのである。
 遺体は彼の妻に引き取られることになるのだという。人というのはわからないものだが、記憶に長く刻まれるこの凶悪犯にも、優しい家庭人としてのもうひとつの顔があったのだろうか…。


悪漢ヴィーラッパンついに倒れる (Hindustan Times)
ヴィーラッパン 遺体は妻のもとへ (rediff.com)
インドの「大盗賊」を射殺、貧困層に施しで一部人気も (CNN)
インドの大物「盗賊」銃撃戦の末射殺 (日刊スポーツ)

築地本願寺 インドな休日

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 10月17日(日)に、東京の築地本願寺でナマステ・インディア2004が開催された。
屋内と屋外でのプログラムが同時進行、講演や映画に関するトークショー、バラタ・ナティヤムやゴティプアといった伝統舞踊、民俗画のワールリー・ペインティング等の披露がなされていたが、今回最も注目を浴びていたのは、ラージャスターンのジョードプルから招かれた舞踊の一座であった。
 楽器を奏でる男たちのカラフルなターバンと舞台で踊る女性たちのカラフルなミラーワークの施された衣装といった格好は、舞台に上がる前から来場者たちの熱い視線を集めていた。彼らの演目が始まるとスピード感のあるリズムと激しい動きが会場にいた人々のほとんどが釘付けになっており、「今度、インドに行ってみようか」という声が漏れ聞こえてくるかのようでもあった。
 いつものことながらインドから招かれた出演者たちは、自分たちが出演するとき以外は一般の来場者たちと同じように会場内をのんびり見物しているので、気兼ねなく声をかけることができる。
 例年どおり露店で衣類や書籍、音楽CDに映画DVDといったアイテムが販売されるとともに、都内や近郊のインドレストランによる出店があり、来場者たちはプログラムを見物するとともに、買い物や食事を楽しめるようになっている。今年もまた好天に恵まれたこともあって相当な人出があったようだ。
イベント開催にかかわる人々の顔ぶれは以前とあまり変わらないようだが、例年よりもずいぶんインド人の来場者が増えているように感じた。
 このイベントは今年はや12回目を迎えるため、知名度が上がってきたこともあるかもしれないし、インド人の在住者が増えてきている証かもしれない。
 同じ東京近辺に暮らしていても普段なかなか接点のない地元の人々と在日のインドの人たちが、年に一度こうして集い相互に知己を得る機会があるということは実に喜ばしい。
 

ミティラー地方へ!

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 インドのポピュラーな観光地を取り上げる旅行雑誌は多いが、今月下旬発売の季刊旅行人ではインドの民俗画の特集が組まれるそうだ。
 ワールリー族やサンタル族の絵とともに、日本全国で出張展示会を繰り広げるミティラー美術館でもおなじみのミティラー画も紹介されるとのことだ。
 今年の雨季、ビハール州は洪水に悩まされミティラー地方周辺でも相当な被害が出た。現地取材はちょうどそのあたりの時期に重なったようだがどんな感じだったのだろうか?
 ミティラー地方は現在のインドのビハール州北部とネパール南部の平原部にまたがっており、ここの民俗画は地域の中心地の名前をとってマドゥバニー・ペインテイングとしても知られている。
 マドウバニー市近郊のジトワールプル、ラーンティーといった村々には、国内外から買い付けに来る人たちも多いようだ。リクシャー引きの男に「村まで」と声をかければ、有名な描き手の名前を早口でまくしたて「あんた、誰のところに用事だ?」とアゴをしゃくることだろう。
 来日したときに会ったことのあるお婆さん画家はあいにく『外遊中』のため留守であったが、国外でも名前を知られる描き手の家は村内にある他の家屋に比べてずいぶん立派なものだった。田舎の村とはいえ著名なミティラーペインティング製作者たちの間では海外渡航経験のある人は少なくないようで、彼女の家の近所でそうした幾人かと出会った。
 絵描きの人たちの家はアトリエ兼倉庫になっている。実際に描かれていく様子を目の当たりにできるし、画家本人とおしゃべりに興じながら気に入った絵柄のものをいくつも広げて「どれにしようか」と品定めしていると、あっという間に時間が過ぎていく。
 本来は新婚家庭や年中行事の折に主婦たちによって家庭で描かれてきたものだが、今ではこうした習慣が衰退気味であるともいう。やはりそれも時代の流れかと思えば、「布や紙に描けばお金になるじゃないか」という単純明快な答えが返ってきた。
 家庭の中での信仰とともに描かれてきた神々(題材は神ばかりではないが)が、人々に現金収入をもたらしてくれるようになったのだから実にありがたいものである。
 インド・ネパールの素敵な民芸アイテムのひとつとしてすっかり定着したミティラー画は、それまで農作以外にこれといった産業のなかったミティラー地方で、いまや「基幹産業」のひとつみたいなものかもしれない。そのため従来は女性の縄張りであったこの仕事に進出してくる男性も増えてきているという。

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クジャク天国

 インドの国鳥といえばクジャク。首都デリーからラージャースターンのシェカワティ地方あたりにでも足を伸ばせば、町中でスズメやカラスの類みたい徘徊しているのを普通に見ることができる。
 オス鳥の色鮮やかさと羽根を大きく広げた姿の見事なことから、野鳥の王様みたいに高貴なイメージがあるクジャクだが、驚いたことに日本のある地域で野生化したクジャクが増えすぎて困っているのだという。
 asahi.comによると、沖縄県の宮古・八重山地方で観光業者が持ち込んで放し飼いにしたインドクジャクが増殖して野生化してしまい、駆除しても追いつかないほどなのだという。地元に天敵となる動物がほとんど存在しないため、食物連鎖の頂点に立ってしまうクジャクたちによる生態系への影響が懸念されているそうだ。最初にクジャクが持ち込まれた小浜島をはじめとして石垣島新城島などで生息が確認されており、時には西表島に飛来する例もあるという。
 この記事を目にするまで知らなかったが、クジャクは動植物なんでも口にするほど貪欲にして食欲旺盛、寿命20から30年にも及ぶ生命力に満ちた鳥なのだそうだ。いかにもインドの大地に生きるたくましい鳥たちの代表選手らしい。
 沖縄県の宮古地方は、パパイヤ、マンゴー、ドリアンなどの熱帯果実も栽培されるほど温暖な気候のため、この麗しいインドの鳥たちにとってもさぞ居心地が良いことだろうが、ヤンバルクイナやイリオモテキクガシラコウモリといった希少動物や昆虫等の宝庫として知られる西表島が、将来クジャク生息地として有名になってしまうようなことがあっては大変だ。
 ペットとしての犬や猫ももちろんだが、生き物を飼うにあたってはその動物自身のためにも周囲の環境のためにもきちんと責任を持ってもらいたいものだ。
 ともあれインドクジャクが沖縄に住みつくとは、世の中実に狭くなったものである。
宮古、石垣で野生化したクジャクが大繁殖(asahi.com)