中島岳志インタヴュー(2)

集会にあつまる人びと
●インドは夢の国ではない
中島 けど、次はインドのことをやることになった。理由はいろいろですが、簡単にいうと、ボースさんや大川周明には会えない。いまからお会いしてインタビューすることはできない。
 だけど、いまインドはナショナリストの時代なわけで。おそらく100年、200年、300年経っても、現代のインドが迎えているこの時代は、ナショナリズム研究の重要な対象になる。それならばインドに行こう、いま動いているところに直接入っていこう。
 戦前の暮らしや、そこに生きた民衆の心性が、どのようにして大東亜共栄圏の思想とかかわっていったのかは、ぼくたちはもう直接体感できない。けれど、インドがいまそいういう大きな歴史の流れのなかにあるならば、自分をインドに置いてみよう。そうすることでもう一度日本を相対化して、この問題を見られるかもしれない。だからインドにいったんです。
――はじめてインドへ行かれたのは……
中島 1999年がはじめてです。昔からインドに行っていると思われることが増えましたけど、もともとインドには興味がなかったし、ほんとうにここ5、6年の話です。よく驚かれます。
 ぼくがインドにはじめて行ったときは、もうBJP政権の時代。インド国民会議派が強かった時期なんて知らない。ヒンドゥー・ナショナリズム全盛期のときに、はじめてインドの土を踏んだ。
――きっとそういうスタンスで行ったから、感じ方も違ったんでしょうね。イメージや既存の先入観がありすぎると、まっすぐ見れないこともある。
中島 そうなんでしょうね。まったくインド好きではなかったので。というか、外大でそういう要素に囲まれながら、どちらかというとぼくは反発していた(笑)。インド帰りの日本人留学生とかが、好きになれなくて。周りで「○○バザールのあそこの店がどう」なんて会話している人を、白い目で見ているような学生。「外国を語ることで、特権的なアイデンティティを手に入れた気になるのは、どうかと思うよ」と批判する、嫌な学生だった(笑)。
 留学生にしても、多くの日本人は「その土地に行けば見える」と思っている。でも、行ったからといって見えるものじゃない。なんらかの前提がないと、見えるものも見えないはずなんですよね。たとえばタージ・マハールを見ても、「キレイ」で終わるのと、それがどういった歴史を経ていまここにあるのかを考えるのでは、見えるものが違ってくる。


――特に日本人はインドに対して既存のイメージが強い。行っただけで得るものがある、感動して人生観が変わるんじゃないか、そういうおもいこみがありますよね。
中島 ネットの普及でホームページでも多くのインド旅行記が登場してきました。いろんな人の書いた文章が読めるようになったけど、つまらないものが多い。なんでみんな同じようなこと書いているんだっていう…。
――表現まで同じだったりしますよね。
中島 「ガンジス川はすべてを流す」なんていう表現は、ほんとうに何度見たことか。
――70年代、80年代のころからイメージが変わっていない人もいますよね…。
中島 そう。「インド人は目が輝いている。それに対して日本人の子でもたちの目はなんと濁っているのか」とか。
――「経済的に貧しくてもこころは豊か」とか。(笑)
中島 けど、ぼくが行ったインドで見たインド人は、もうジーンズをはいていた。ヒンドゥー・ナショナリズムの調査をはじめて一番驚いたのは、末端活動員の抱える悩みとぼくたちの悩みがほとんど変わらないこと。「目が輝いている」というよりも、都会に出てきてお金を稼いで大きな家に住んで、それで人生はなんなんだ、と考えてしまっている若者たちだった。ぼくはそれを感じた瞬間に、はじめてインドに興味がわいた。
 サラリーマンになって、毎日満員電車に揺られて通勤するのは嫌だなーと思って大学院に行った自分と、ほんとに地続きのところにいる人たちだった。
――日本の人っていうのは、インドに対するイメージが偏っている。「インドには満員電車なんてないんでしょ」なんて口にする。そんなことはない。バスにしてもすごい混雑。どの都市も渋滞に悩まされている。
中島 インドは自殺率も高い。いろいろな問題が社会不安として存在している。そのなかでヒンドゥー・ナショナリズムがひとつの現象として存在している。それこそ新興宗教の類もどんどん勃興してきている。インド人たちが精神的なものを求めだしている。そういうところへ自分が足を踏み入れたとき、これは面白いと思った。そこからインドとの格闘がはじまった。
 なのに、一方で、今でも写真を撮る人は藤原新也みたいな写真ばかり撮っている。
――目を向けるところが変わっていない。イメージで撮っている。
中島 同じものを消費しようとしても、頭から求めていく。
――概して写真集や書籍を通してインドを知ろうとしてる人には、そういう傾向が強いと思います。
中島 同感です。メディアにしても相互関係で、そういう風な番組づくりしかできていない。動いていない感じがする。
 最近ではIT分野などでもインドが注目されはじめました。中国の次はインドだと騒いでいる。でも、リアルなインドは、経済発展をするなかで悩みを抱えている。皆がハッピーで、一丸となって経済大国に向かっているわけじゃない。たとえば農村と都市、階級格差の問題も生まれている。
 金持ちになった人も、必ずしも精神的に豊かな生活を送っているとは限らない。自由恋愛をしていればそれに付随して堕胎の問題が起きてきたり…。あんなに多くの悩みを抱えた社会なのに、日本ではイメージとしてのインドがもたげてきてしまう。
 日本人はつねに「自分たちが求めたいインド」の枠でインドを見ようとする。だから素直にインドに入れない。おそらく東南アジア諸国に対してはそんなことはない。
――夢の国というか、インドだったらなにがあってもおかしくないようなイメージを持っているのかもしれませんね。
中島 日本人のなかで「こんな国」というイメージが一番強いのがインドなのではないでしょうか。他の国に対しフィルタがあるのはもちろんです。けど、インドだけ特殊な図られ方をするのはなんなのか、というのはすごく感じます。そういうことも含めて、インドへの興味は尽きない。
 日本人がこれまで積み重ねてきたインド観を近代から見直してみたい。そのなかでアジア主義が持っている問題と可能性もあると思うし。そういうことはきちんと見つめていきたいと思います。
<つづく>
(聞き手:矢萩多聞/編集:長田年伸)

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One Response to 中島岳志インタヴュー(2)

  1. ろこ says:

    今、インドの新興宗教について研究しています。中島さんの著書はこれまでのインドん関する本と全く違う衝撃を与えてくれるものでした。インドと日本の距離が確実に縮まっている今こそインドの本当の姿を知らなければならないのではないかと思いました。

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