中島岳志インタヴュー(1)

 インド独立の志士・R.B.ボースの評伝『中村屋のボース』で、今年はじめ、大佛次郎論壇賞を受賞された中島岳志さん。Indo.toでもお馴染みの、いまもっとも注目すべきインド研究者だ。その中島さんに『中村屋のボース』出版前、短いインタヴューをしていたのでここに掲載する。ボースとの出会い、インドのこと、『中村屋のボース』ができるまでのサイドストーリーから、今後とりくみたい興味の方向まで。中島岳志インタヴュー第一弾。



R.B.ボース
●ぼくは死ねない
――ラス・ビハリ・ボース(以下R.B.ボース)のことは学生のときから追いかけていたんですよね。
中島 大阪外国語大学のヒンディー語学科に入学したのですが、入学当初はインドを勉強することがどういうことなのかわからなかった。というか、インドにまったく関心がなかった。
 ぼくが大学に入学したのが1994年。95年の1月に阪神淡路大震災が、3月にはオウム真理教の地下鉄サリン事件が発生したんです。この年は戦後50年にもあたっていた。そういうことが重なった年に、ぼくは留年が決定。
 「インドを勉強するってどういうことなの」と考えていたときに、社会が大きく揺らいだ。それでいろいろ考えました。
 ひとつは日本人にとっての宗教の問題。オウム事件によって、日本人は宗教をどうやって考え直したらいいのかをつきつけられた。
 それにナショナリズムの問題も。あの時期に漫画家の小林よしのりさんは『ゴーマニズム宣言』で、急激に右傾化していった。「新しい歴史教科書」も話題に上った。ちょうどナショナリズムや宗教の問題を考えたいなと思っているときに、大川周明(おおかわ・しゅうめい)を知った。


 大川は戦前のインド研究の大家で、民間人で唯一A級戦犯にされた人物です。大川がA級戦犯に指定されるって、なんなんだろうと思ったんですね。インド人がインドをもっとも理解してくれていると思った学者が、アメリカから見ると第一級の思想犯になる。このギャップは、要するに日本とアジアの距離、日本と欧米との距離なんじゃないかと。そういうことを考えることが、とても重要なんだろうと思いました。大川に対する興味から、彼に関する著作を読みはじめたんです。そんな過程でボースさんを知った。
 大川周明の研究はいくつもある。松本健一さんや大塚健洋さんの研究がある。じゃあ大川をやるよりも、誰も手をつけていないところをと思ったのが最初。それでR.B.ボースさんをやってみようかなと思ったんです。でも、ボースさんを思想史のなかでどう位置づけていいのかはまったくわからなかった。
――国内でR.B.ボースのことを研究している人っているんですか?
中島 長崎暢子先生が一本論文を書いていらっしゃるくらい。本当に忘れられた存在です。
――ネタジー=チャンドラ・ボースのほうは…
中島 いくつかあります。そういう状態でしたったから、逆にボースさんの主体はどういうものだったのかに興味をもった。彼はどのあたりで日本という国と折り合いをつけようとしたのか。日印の問題を考えるとき、実はボースさんは非常に重要な人物なんじゃないかと思ったんです。
 それで調べはじめたら、ナショナリズムや宗教の問題よりも彼の人生のほうにどんどんどんどん入っていった。のめりこんでいっちゃった。ものすごい面白くて。
 そんな折に卒業論文を製作することになりました。書きはじめたころ、ボースさんの娘さんとお会いする機会に恵まれた。
――そこには中村屋さんとのつながりもあるんですか?
中島 んー、いろいろです。最初、中村屋の広報を通して面会をお願いしようとしたんですけどだめで。全然別の、ある食品メーカーに勤めている方を頼り、そこから哲子さん(R.B.ボースの娘)にとって信頼できる人物のところにいきついて、ついに原宿でお会いすることになった。23歳のときですね。
――原宿はボースさんに縁のある土地なんですか? たしか『中村屋のボース』には、哲子さんの住んでいるビルの名前が「RBビル」だと書いてありましたが…。
中島 原宿はボースさんが住んでいた場所です。戦争で焼けたあと、今のビルを建てたみたいです。
――哲子さんご自身は今のビルには住んでいない?
中島 東京の別の場所に住んでらっしゃって、私が訪ねたときはわざわざ出てきてくださいました。ボースさんの遺品はビルで管理しているからです。
 驚いたことに、遺品を全部貸してくださった。一介の大学生にですよ。ビルを出てお借りした遺品を宅急便で送るまでに、「この人の人生を書かないと、ぼくは死ねない」と思った。
――それはそのまま大阪まで?
中島 大阪に送って全部コピーをとり、整理してお返ししました。その資料はいま、大東文化大学で管理してもらっています。そこからボースをテーマに卒業論文を書きあげました。
つづく
(聞き手・矢萩多聞/編集・長田年伸)

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