【再送】ヒンディー・ソングを歌う中国人歌手

 ラージ・カプールの古典的名作「Awara」(1951年)は、インドのみならず海外でも大ヒットした。特にソビエト連邦でのヒットは有名で、「Awara」で主演したラージ・カプールとナルギスは、ソ連でも大人気となった。東欧や中央アジア諸国からヒンディー語を学びにインドに来ている留学生の中には、ヒンディー語に興味を持ったきっかけが「Awara」だったと言う人がけっこういる。同じく「Awara」は中国でもヒットしたようだ。年配の中国人の中には、「Awara hoon..」という有名な曲をヒンディー語で口ずさめる人が今でもけっこういるらしい。
 ところで、2月16日付けのタイムズ・オブ・インディア紙に、ヒンディー語の映画音楽を歌う中国人女性歌手の記事が掲載されていた。歌手の名前はHou Xin Jie。Houは、中国人オペラ歌手Hou Lian Yingの娘で、現在24歳。ヒンディー語、パンジャービー語、ベンガリー語、ウルドゥー語の歌を歌うことができるという。

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Hou Xin Jie


 Houがインド映画音楽に興味を持つきっかけになったのは「Caravan」(1971年)というインド映画の音楽だった。Houが6歳のとき、父親が「Caravan」のテープを持って来た。彼女はそのテープの中でラター・マンゲーシュカルとムハンマド・ラフィーのゴールデン・コンビがデュエットする「Chadati Jawani Meri」をとても気に入ってしまった。次のきっかけとなったのは、13歳のときにHouが音楽店で購入した「Awara」のテープ。やはりラター・マンゲーシュカルの「Aa Jao Tadapte Hain Armaan」に魅了される。父親もHouのインド映画音楽に対する情熱を後押しし、やがてイベントなどでインド映画音楽を披露するようになったという。Houは北京のTV放送局BTVでインド映画音楽を歌ったこともある。
 Houは、「私がイベントの主催者に、中国語とインドの言語の歌が歌えますと言うと、主催者はよく私にインドの歌を歌うように言います。中国人観客はインドの音楽を聴くことにとても関心を持っています。観客の中には、私のことをインド人だと勘違いしてしまう人もいます。だから私は中国語で、自分は本当に中国人の女の子だということを説明しなければなりません」と語っている。Houの夢は、中国でインドの音楽を流行らせて、中国人にインドの歌の魅力を理解してもらうことのようだ。
 見たところ、Houはインドの言語を学んだことはなさそうで、ただテープを聞いて暗記して歌っているだけのように思える。きっとそういう人の方がきれいな歌を歌えるのだろう。ジャッキー・チェンの「The Myth」(2005年)の例もあるように(参照)、インドと中国の映画界の交流もこれから促進されていく可能性は大いにある。近い将来、ラター・マンゲーシュカルと共演してインド映画の曲を歌ったりすることもあるかもしれない。

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【3月20日再送】
 3月19日付けのザ・ヒンドゥー・マガジン(ザ・ヒンドゥー紙の日曜版折込)にもHou Weiの記事が掲載されていた。Hou Weiに関する目新しい情報はなかったが、インド映画が中国で上映されるに至った経緯について少しだけ触れられていた。

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 第二次世界大戦後、インド映画が中国で上映され始めたのは、文化大革命(1966-76年)の後の、?小平時代だったようだ。インド映画は、その社会主義的テーマが中国のニーズに合ったため、初めて中国で上映された外国語映画のひとつになった。ラージ・カプール監督主演の「Awara」(1951年)やビマル・ロイ監督の「Do Bigha Zameen」(1953年)などが、インドよりも20年以上遅れて公開され、人気を博したようだ。そして1980年代には、「Caravan」(1971年/中国語名「Da Peng Che」)が上映され、大ヒットを飛ばした。
 よって、当時を知る中国人の観客は、Hou Weiがステージに立つと、それらの古いインド映画の曲を聴きたがるという。しかし、Hou Weiは本当はARレヘマーンの歌を歌いたいのだとか。やっぱりHou Weiも若い世代のインド映画ファンなのであった!

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5 Responses to 【再送】ヒンディー・ソングを歌う中国人歌手

  1. கொசு 蚊 says:

    マレーシアはご存じのとおり、
    マレー系、インド系、中国系の混在なんで、小さいときからお互いの言葉に慣れ親しんでいる。だからインド系が広東語の歌をうたってたりしますよ。
    どこかにそのカセットしまい込んじゃて名前までは紹介できませんが。

  2. இ 蝿 says:

    12月から1月にインドを旅行した際、
    ベナレス北方約100kmのMubarakpurという田舎町に住んでいる友人を訪ねました(3度目)。
    彼はラジオ・ジャパンの古くからの(視)聴者でモニターもやった事があります。
    彼と仲間は日本以外にもドイツや中国のヒンディー語放送を楽しんでいるらしく、中国から送ってきた年賀状やお土産(?)を見せてもらいました。ヒンディー語版のリスナー通信もあってそこにあった次のURLをクリックするとチャイナ・レディオ・インターナショナル(चाइना रेडियो इंटरनेशनलヒンディー語)に行けますよ。(すでにご存じかもしれないが)。

  3. ogata says:

    そういえば十数年前、雲南省の大理などいくつかの町の映画館でジューヒー・チャーウラーとアーミル・カーンのQAYAMAT SE QAYAMAT TAKをやっていて、なんだか不思議な気がしたことを思い出します。
    あと新彊ウイグル自治区ではよくヒンディーポップスが街角で流れていたりするなど、人々も割とよく耳にしているようです。パーキスターンの自称貿易商たちの出入りも多いためか、カタコトのウルドゥー語を話すウイグル人商売人の存在もあったりするので、こちらもなんだか妙な気分がしました。
    ヒマラヤで遮られていても、インドとパーキスターンのすぐ隣の国なんだなぁ、ということをしみじみ思いました。

  4. arukakat says:

    >ogataさん
    僕も中国を旅行したとき、泰山のある泰安市の映画館でインド映画が上映されているのを見かけました。何の映画だったかは、そのときまだインド映画にはまっていなかったので忘れましたが、不思議な気持ちがしたものです。

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