ラーフル・ガーンディー、愛を取るか、国を取るか?

 国民会議派ソニア・ガーンディー党首の長男ラーフル・ガーンディー。2004年の下院総選挙でガーンディー一族の牙城、アメーティー選挙区から立候補して当選し、政治家としての人生を歩み始めている。ネルー・ガーンディー王朝の新世代であり、将来首相になる可能性もある人物である。
 ところで、以前からラーフルにガールフレンドがいることが取り沙汰されていた。もう35歳なので、ガールフレンドの1人や2人いて当然なのだが、その相手はちょっと訳ありである。インド人ではないのだ。2004年7月30日のインディアン・エクスプレス紙は、ラーフルのガールフレンドはベネズエラ在住のスペイン人であることを報じていた。その記事ではラーフルもスペイン人のガールフレンドがいることを否定していなかった。そのときは「近い将来の結婚はない」としていたが、結婚の可能性自体は排除していなかった。そして時は流れて、2005年9月24日のデリー・タイムズ・オブ・インディア紙によると、ラーフルはそのフアニータ(またはヴェロニク)という名のガールフレンドと結婚する気満々のようだ。ちなみに、母親ソニア・ガーンディーは反対しているという。

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フアニータとラーフル
なんか仲悪そうなんですけど・・・


 ネルー・ガーンディー家は、20世紀前半は独立運動を牽引して英国から独立を勝ち取ることに貢献し、20世紀後半は独立インドを長年に渡って支配して閉鎖的社会主義型経済と非同盟外交を推進した一族である。一見すると西洋に恨みのあるナショナリスト一族のような印象も受けるが、その実はかなり外国かぶれで「国際的」な一族だ。一族の祖、モーティーラール・ネルーは当時最も西洋化されたライフスタイルを送っていたインド人であるし、その息子ジャワーハルラール・ネルーも英国に留学し、父親に負けないくらい「英国人よりも英国人らしいインド人」であった。その娘、インディラー・ガーンディーも、その息子サンジャイとラージーヴも英国留学しており、またラージーヴの息子ラーフルも米国留学している。留学したから国際的、というわけではないが、インディラーは英国留学中に英国人の子を身ごもったという噂があるし(怒ったマハートマー・ガーンディーが中絶させたという)、ラージーヴは英国でイタリア人のソニアと出会って結婚してしまった。そういう意味ではかなり「国際的」な一族である。今回のラーフルとジュアニタの結婚問題も、「歴史は繰り返される」としか言いようがない。
 ラージーヴがソニアと結婚したときは、まだ弟サンジャイがインディラーの後継者に目されていたときだったので問題は比較的少なかっただろう。だが、ラーフルは国民会議派の正統な後継者である。これ以上ガーンディー家に外国の血を入れることは、世論的にも好まれないのではなかろうか?ラーフルの結婚問題は、後々国民会議派最大のピンチを招くことにならないだろうか・・・。

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