インド映画あるところインド文化圏なり

 愛・地球博(愛知万博)のインド館には、「Bollywood Masala」というインド料理レストランがある。実は僕はここのレストランで働いているインド人従業員たちの下宿に居候させてもらって、万博に通った。インド人従業員たちは、早朝から食事の用意をし、朝7時半頃に出勤し、夜9時半頃に帰宅するという忙しい毎日を送っている。
 万博会場から下宿へ帰る自動車の中。トヨタのハイエース、天井が開くタイプのワゴン車である。インド人たちは、天井を開けっ放しにして、座席を倒して、みんな寝転がって移動していた。やはり仕事は大変のようで、みんな横になるとすぐにウトウトしてしまう。僕もその内の1席に座り、同じように寝転んで星空を見ながら下宿まで移動した。日本にいるのに、何だかインドで夜行バスに乗っているような気分になった。
 ドライバーを勤めるのは僕の友人の日本人である。彼がラジオのスイッチを入れた。日本の歌が流れて来た。せっかくインドの夜行バスをイメージしていたのに、それがかき消されてしまった。僕は「インド映画の歌ないの?」とヒンディー語で聞いてみた。すると、インド人たちは深い溜息と共に、「ここは日本なんだ。インド映画なんてないんだよ」と自分に言い聞かせるようにつぶやいた。その言葉を聞いて、僕は何だか涙が込み上げてきた。インド映画のないインド人・・・それは、翼のない鳥・・・ヒレのない魚・・・鼻のない象・・・。名古屋特有の過剰なまでに整然とした道が涙に歪んで見えた。


 インド本国にいるインド人も映画好きだが、やはり異国の地にいるとインド人は無性にインド映画を見たくなるようだ。インド映画は、明らかにインド人のアイデンティティーと深く密着している。人と映画の関係がこんなに密接な国は他にないのではないだろうか?インド映画を簡単に見ることができる国なら、インド人は何とか生きていけそうな気分になるようだ。その点、日本はインド映画不毛地帯である。VCDやDVDでインド映画を見ることはできるし、最近はケーブルTVでも見ることができるようになったようだが、まだまだ「インド映画普及国」とは程遠い。インド人にとって、完全なる異国の地である。
 現代のインド人とインド映画の関わりを見ると、僕はインド人と二大叙事詩「ラーマーヤナ」「マハーバーラタ」の関わりを思い出す。これらの叙事詩はインド亜大陸のみならず、東南アジアにも広がっている他、フィジー、モーリシャス、トリニダード・トバゴなど、20世紀にインド人が移民した国にも根付いている。インド人は、物語によって文化を世代から世代へ語り継ぎ、そして未開の土地を自分の色で染めていく民族のように思える。
 今回の日本滞在は非常に充実したものになった。やはり1ヶ月いると、日本に情が移ってしまう部分もあるが、日本に決定的に欠けているのは、インド映画である。日本はインド文化圏ではないのだ。仏教は伝わって来たが、肝心のインド映画は伝わって来なかった・・・そういう悲しい国なのだ・・・。明日、僕はデリーに戻る。またインド映画を見ることができる!そう思うだけで楽しくなる。インド映画の魅力が分からない人は、映画そのものが好きではない人か、映画を芸術としてとらえ過ぎの人のように思える。インド映画は、一本一本が独立した芸術作品なのではなく、全体でひとつの流れなのだ。良作もあれば駄作もある。それら全てが一体となって、インド映画という流れを形成しているのだ。もしインド映画を日本に紹介するならば、一本一本厳選して持って来ていては埒が明かない。流れを持って来なければならない。かつてバギーラタ王が天界からガンガー(ガンジス河)を地上に降下させたように、インド映画の流れを日本に降下させなければならない。僕の夢は、日本とインドでボリウッド映画が同時公開される日が来ることである。そのためには、誰かがシヴァ神となってガンガーを頭髪で受け止めなければならないだろう。
 ・・・それにしても、日本にいると、なぜかインド映画の上映時間3時間がやたら長く感じるものだ。インドにいるときは何とも思わないのに・・・。やはり日本とインドでは時間の流れが違うのだろうか?
 自分の故国にいながら、こんなに寂しい気持ちになるのは、僕がインドに住みすぎたせいであろう。インド映画が日常的にTVから流れておらず、インド映画音楽が日常的に街中に響いていない国は・・・つらすぎる・・・。日本は日本人の国なので、これでいいのだが・・・。

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5 Responses to インド映画あるところインド文化圏なり

  1. 生捨 says:

    今回の帰国中に実際にお会いできてからというもの、アルカカットさんの文章がますます面白く読めてきた感じです。
    いやはや、インド映画に対する情熱、もといマニアっぷりに脱帽です。
    >僕の夢は、日本とインドでボリウッド映画が同時公開される日が来ることである。
    >そのためには、誰かがシヴァ神となってガンガーを頭髪で受け止めなければならないだろう。
    それが誰とはもはや言わずもがな・・・、運命が課したアルカカットさんのダルマでしょう・・・。

  2. arukakat says:

    こちらこそ、生捨さんにお会いできて嬉しかったです。もう一回、会いたかったんだけど・・・時間切れでした。また機会があれば是非。ガンガーの降下に関する文章は、インド上級者向けの比喩だったかもしれませんね。ダルマ達成にはさらなる苦行が必要ですね・・・。

  3. midoringo says:

    なんとかネットに食いついて、久しぶりにここに来れました。
    私のお世話になっているDUの東アジア研究の先生も、中国ではレストランやカフェで普通にヒンディーミュージックが流れているのに日本ではまったくないので寂しいとおっしゃっていました。映画がどのくらい上映されているかは聞きませんでしたが。
    ダルマ達成頑張ってください。

  4. arukakat says:

    midoringoさん、どうも。中国でもインドの映画音楽が流れてるんですか!確かに中国の映画館でボリウッド映画が上映されているのは見たことがありますが。しかしなぜここではダルマが中心議題になってるんだ・・・?

  5. asma says:

    短期間の博覧会系労働者は、日本で祖国を感じられないかもしれませんね。裏日本、大抵はインド界隈のレストランコックですが、スパイス屋などと結託してインド映画を楽しんでおりますよ。ただ、労働者オヤジ系=インド映画でもオヤジ系、サンジェイダットがヒーローですかね、泥臭い感じが主流なようです。サンジェイも最近いろんな役柄の仕事してて、最近の海外での
    インド人以外のボリファンは彼の本来の姿を知らないかもですね。シャールク作品なども怪しげなビデオで流通しているようですが、主流ではないような気がします。シンガポールやドバイは、インドと同じ時期に映画が公開されており、外国人には嬉しい英語字幕まで付いているので、価値ありです。ボリを見始めた頃は日本語字幕付きを選んでましたが、英語字幕でも十分なボリなだけに、へんてこりんな日本語字幕見るのはやめました。さすがにまだヒンデイだけでは理解できず、字幕なしでは3−4見てやっとおおまかな荒筋が理解できるという感じです。

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