マンゴー犬?

 デリーが最も暑い時期は4月〜6月だと言われている。僕は今までこの時期はあちこち旅行したり、日本に帰国していたりしたのだが、今年はモルディヴやヒマーチャル・プラデーシュ州にそれぞれ1週間ほど亡命したものの、基本的にデリーにずっといた。6月に入り、酷暑も峠を越したかと思われたが、僕がヒマーチャル・プラデーシュ州を旅行している間に北インドは猛烈な熱波に襲われ、数百人の死人が出るほどの暑さになった。6月中旬〜下旬の暑さは半端ではなかった。何もしていなくても、じっとしていても、汗ビッショリになる。まるで、ガラスのコップに冷たい水を入れたときにコップの表面に細かい水の粒が浮き出てくるように、身体の中からドンドン水が逃げて行って、皮膚という皮膚から汗が吹き出してきた。
 僕が日本に帰国する6月26日、デリーにモンスーンがやって来た。朝から雨が降り続いた。モンスーンの到来は、酷暑期の終了でもある。インドの一番暑い時期を過ごし通したことにより、なぜかインドに対する愛着も増大したような気がする。それはまるで、苦労を共に克服した男女が自然と心を通い合わせるようになるのと似ていた。インドと暑さを共にしたことにより、僕はインドの一部になれたような気持ちになった。だから、インドを去ることが今まで以上に寂しかった。


 日本への航空機はJAL。たまたま空港で、同じく日本へ行く途中の知り合いのインド人と遭遇した。彼は日本語学校で日本語を学び、仕事で日本へ初めて行くところだった。インド人のコックも同伴していた。ウッタラーンチャル州ガルワール出身で、日本のインド料理レストランで働くために日本へ行くようであったが、こちらは日本語も英語もできない。ガルワールの田舎から、いきなり東京というのは、タイムマシンによる時間旅行よりもギャップがありそうだ。2人ともかなり緊張しているのが感じられた。
 こんな訳なので、成田に着いてからも、入国手続きなどを手助けしてあげた。イミグレーションで何かしらトラブルがあるといけないと思っていたが、2人とも簡単に入国することができた。預けた荷物を受け取り、税関を通ろうとした。税関の職員に「3人ご一緒ですか?」と聞かれたので、「ええ、まぁ」と答えた。パスポートを見せ、「何か申告するようなものはありませんか?」という定型通りの質問に「いいえ」と答え、さていざ日本へ、と思ったのだが、突然「お客様のお荷物に麻薬犬が反応しましたので、検査をさせていただきます」と言われた。
ま、まやくぅ・・・?
 麻薬犬などうろついていなかったが・・・。多分、荷物がベルトコンベアに出てくる前にチェックされたのだろう。そういえば1人のインド人の荷物が出てくるのがやたら遅かった。
「こちらへ来て下さい。」
 ふと、僕の脳裏にはある恐るべき光景が浮かんだ。僕のある友人で、米国の留置所に入った経験を持つ人がいる。彼は留置所での恐怖体験をいろいろ教えてくれたのだが、一番脳裏にこびりついていたのが、入所前の全裸チェックである。一糸纏わぬ素っ裸にされた他、壁に両手を付けて股を開かされ、肛門のチェックまで受けたという。彼の話によると、その際、看守に「『アー』と叫べ」と言われたのだが、恐怖で声が出ず、「ァ・・・」ぐらいしか叫べなかった。すると看守に尻をぶっ叩かれ、もう一度「『アー』と叫べ!」と怒鳴られたので、やっとの思い出「アーーーッ!」と声を上げたという。多分、大声を出すと肛門が開くのだろう。麻薬所持を疑われたら、そこまで検査されるかもしれない・・・そういう恐怖が頭をよぎった・・・。あのとき「3人ご一緒ですか?」という質問を肯定しなければよかった・・・と自分の軽率な発言を悔いたが、しかし2人は麻薬を持っているようにも見えなかったので、何かの間違いだろうという楽観的な気持ちもあった。
 我々はカーテンで仕切られた密閉された空間に連れて行かれ、持っていた荷物全てと身体検査をマンツーマンで受けた。身体検査は、ただ身体中を触られるだけだった。インドでは映画館などに入る前に身体検査を受けるので、この程度の検査は慣れていた。検査のたびに大体急所を触られるし、女性の場合は(女性の検査官に)胸と尻を揉まれる。税関での検査でも、やっぱり股間部分をやや念入りに触られた。やはりこの部分に何かを隠す人が多いのだろう。
 僕の荷物はそれほど多くなかったので、すぐに荷物検査は終わった。インド人の荷物の中からは、マンゴーとチリが抜き出されたが、麻薬などは見つからなかったようだ。もし見つかっていたら、僕も共犯者になってしまったところだった。
 マンゴーとチリは検疫を受けることになった。チリは戻ってきたが、マンゴーは案の定没収された。インドからの果物の持込は全面的に禁止されている。僕も一度マンゴーを持って帰ったことがあったが、あのときはマンゴーひとつひとつをサランラップでくるんで慎重を期したため、税関で見つかることはなかった。今回、インド人はただ袋に入れていただけだった。
 果たして、麻薬犬はなぜ反応したのだろうか?もしかしてマンゴーに反応したのだろうか?インドからのマンゴーの持込に目を光らすマンゴー犬が、成田空港に配備されているということだろうか?
 ちなみに、日本人はインドの食べ物に偏見を持っているので、マンゴーなどの生の食べ物は、経験上、苦労する割にはお土産としてあまり歓迎されない。インドの食料品で一般の日本人に喜ばれるのは、お茶の葉っぱくらいであろう。

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