ピート・ベストはインド生まれ

 インド好きの日本人と交流していると、インドにはまったきっかけがビートルズだったという人が結構いることに気付く。何を隠そう、僕もビートルズ・ファンで、インドに興味を持ったきっかけのひとつは確実にビートルズである。
 ビートルズのメンバーと言うと、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターの4人になる訳だが、ファンの間で「第5のビートル」と呼ばれる人物もいる。それは時と場合によってベーシストのスチュワート・サトクリフであったり、マネージャーのブライアン・エプスタインであったり、プロデューサーのジョージ・マーティンやフィル・スペクターであったり、ジョン・レノンの妻ヨーコ・オノであったりするのだが、「第5のビートル」としてもっとも有名なのは、リンゴ・スターの前にビートルズのドラマーを務めていたピート・ベストであろう。
 ピート・ベストは1960年から62年の間、ビートルズのドラマーとして活躍していた。ピート・ベストがビートルズを脱退した理由は現在まで当事者や音楽研究家やファンの間でいろいろ議論されているのだが、一番面白いのは、ピート・ベストがメンバーの中で一番ハンサムで人気者だったために嫉妬され、バンドから追放されたというものである。ピート・ベストが抜け、リンゴ・スターが加入した新生ビートルズは、あれとあれよと言う間に20世紀を代表する音楽家へと成長して行った訳だが、ピート・ベストの方はしばらく地味に音楽活動を続けた後、公務員になって細々と生計を立てていたようである。そして退職を機にピート・ベスト・バンドを結成し、再びドラマーとして活動中だ。
 インド好き日本人にビートルズ・ファンが多いのは、ビートルズがスィタールなどのインド楽器を取り込んだことや、インドのリシケーシュで修行をしたことなどにより、ビートルズとインドがつながりを持っているからである。しかし、11月6日付けのデリー・タイムズ(タイムズ・オブ・インディア)紙を読んで、ピート・ベストが実はインド生まれであることを初めて知った。ビートルズとインドに、そんな縁もあったとは・・・!現在ピート・ベストはリバプールのプロモーションのためにデリーを訪れており、インタビューの中で、自分の出自を明らかにした。

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ピート・ベスト

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日印合作映画、マーシャルアーツの起源を辿る!

 インドを代表する音楽家ARレヘマーンが4月上旬に日本を電撃訪問していたことは周知の事実であるが、どうも今回の訪日によって日印合作映画のプロジェクトが動き出したようだ。4月14日付けのデリー・タイムズ・オブ・インディア紙による。

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鎌倉の大仏とレヘマーン

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現実世界のスラムドッグ$ミリオネア

 現在世界中で話題を独占中の英国映画「スラムドッグ$ミリオネア」(2008年)。ムンバイーのスラム出身の若者が、人気クイズ番組「Kaun Banega Crorepati(クイズ$ミリオネアのインド版)」に出演し、見事2千万ルピー(4千万円)の賞金を獲得するまでを描いた作品である。
 インドでは1月23日に公開されたが、評価は賛否両論に分かれており、今でも映画に対する論評が新聞などに掲載され続けている。映画中にも名前だけ登場したボリウッド映画界のスーパースター、アミターブ・バッチャンが、「スラムドッグ$ミリオネア」についてコメントをした、しないというすったもんだがあったのも記憶に新しい。
 批判的な意見の中では、「インド=貧困」というステレオタイプな先入観を西洋人が未だに引きずっていることを非難するものが多いのだが、「映画のストーリーは現実的ではない」というピントの外れたものも散見される。映画を最後まで見ればはっきりと、スラム出身の若者がクイズ番組で大金を手に入れるストーリーは「It is written(フィクションです)」と書かれており、ダニー・ボイル監督が決して準ドキュメンタリー映画のつもりでこの映画を撮ったのではないことは明らかである。
 しかし、実は貧しい人がクイズ番組で多額の賞金を獲得するという出来事は、過去に全くなかったことではない。2009年1月13日付けのヒンドゥスターン紙による。

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ナイルさん

 マラヤーラム語映画界のスーパースター、モーハンラール主演で、銀座のナイルレストランの創業者アイヤッパン・ピッライ・マーダヴァン・ナーイル(日本ではAMナイルとして通っている)の映画が制作中のようである。
 AMナイルは1905年、現ケーララ州のティルヴァナンタプラム(トリヴァンドラム)出身の独立運動家で、1928年に日本に渡って京都帝国大学工学部に留学し、そのまま日本に留まって祖国インドのために独立運動を続けた人物である。
 ラース・ビハーリー・ボース、スバーシュ・チャンドラ・ボース、ラーダー・ビノード・パールなど、日本と関わりの深いインド人たちとも親交を結んだ他、モンゴル奥地へスパイ活動に行ったり、満州建国大学で客員教授を務めたりと、波瀾万丈の人生を送っている。1949年には銀座にインド料理レストランを開店し、料理を通した日印交流を始めた。AMナイルは1990年に亡くなったが、息子のGMナイル、孫の善己ナイルがナイルレストランののれんを守り続けている。
 そのAMナイルの伝記映画ということで、これはかなり面白い映画になりそうである。既に映画のウェブサイトが公開されており、進捗状況を確認できる。題名はすばり、「Nair San ナイルさん」である。

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ナイルさん

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インドでゴキブリ減少中?

 人間が絶滅しても生き残ると言われているゴキブリ。だが、どうやらインドではゴキブリの数が急速に減少しているらしい。・・・え?インドで?まさか?
 2月13日付けのヒンドゥスターン紙によると、話はこうである。デリー、バンガロール、チェンナイなどでは大学院にて、マハーラーシュトラ州では11年生で解剖の授業が行われるのだが、解剖対象となるのはゴキブリである。3年前まで、大学は業者から100匹15ルピーの値段で解剖用のゴキブリを購入していた。だが、ゴキブリが減少して来たことで値段が高騰し、現在では1匹10〜15ルピーになっていると言う。この3年間でゴキブリの値段は50〜100倍になったことになる。ゴキブリの値段が高騰したため、学校や大学の当局は学生たちに、自分でゴキブリを飼育するか、どこかからゴキブリを調達して来るように通達していると言う。

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ウィキペディア、インド言語の勢力図

 ウィキペディアと言えば、今やインターネット利用者の間でかなり頻繁に参照されているオンライン無料多言語百科事典である。英語での情報量がもっとも膨大だが、日本語でもかなりの情報を得ることができるし、インド諸言語でもいろいろ書かれている。
 
 1月29日付けのヒンドゥスターン紙に、ウィキペディアの各インド言語ページの状況について言及があった。インドの言語で書かれた項目の数は以下の通りである。
 テルグ       38,351
 マニプリー     22,000
 ベンガリー     16,883
 ヒンディー      15,806
 マラーティー    15,613
 ウルドゥー      6,781
 マラヤーラム     5,394
 カンナダ       5,096
 サンスクリット    3,877
 グジャラーティー    407
 パンジャービー    282
 アッサミー       174

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インド映画の評価、日本人の方が特殊なのか?

 読売新聞が以下のような記事を掲載していた。

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「フランダースの犬」日本人だけ共感…ベルギーで検証映画
 【ブリュッセル=尾関航也】ベルギー北部フランドル(英名フランダース)地方在住のベルギー人映画監督が、クリスマスにちなんだ悲運の物語として日本で知られる「フランダースの犬」を“検証”するドキュメンタリー映画を作成した。

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ヒジュラーID

 12月5日付けのヒンドゥスターン紙によると、ジャイプルのヒジュラーたちは、自分が本物のヒジュラーであることを証明するため、ヒジュラー証明書を携帯するようになったらしい。
 ジャイプルのヒジュラー・グル、ムンニー・バーイー・バナーラスワーリーによると、最近ジャイプルでは、偽者のヒジュラーたちが出没し、問題になっていると言う。単なる同性愛者や、手っ取り早く収入を得たい者たちが、ヒジュラーに変装して結婚式や出産式などに現れ、人々から金品を巻き上げるようになった。よって、本物のヒジュラーたちの商売に支障が出るようになった。ジャイプルだけでも少なくとも50人の偽ヒジュラーが暗躍しているらしい。

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カリズマで世界一周

 10月11日付けのザ・ヒンドゥー紙に、バイクで世界一周中のインド人冒険家バーラドワージ・ダヤーラ(37歳)の記事が掲載されていた。

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バーラドワージ・ダヤーラ

 アーンドラ・プラデーシュ州ヴィシャーカパトナム(通称ヴィザーグ)在住のバーラドワージ氏は、昨年4月2日にヴィザーグを出発し、チェンナイ、ティルパティ、ハイダラーバード、プネーなどを巡ってムンバイーからイランへ飛び、中東やエジプトを巡った後、ヨーロッパ、アメリカ、オーストラリア、インドネシアを通過して、つい最近インドに戻って来たようだ。当然、ずっとバイクで移動したわけではなく、所々空路を利用している。彼は10月10日にデリーに到着し、これからコールカーター、ムンバイー、バンガロールなどを凱旋走行しながら、出発点のヴィザーグへ向かう。

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インドにブルボン王家の末裔

 時事通信がこんなニュースを報道していた。

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仏王家の筆頭継承者はインド人?=「ブルボン」名乗る一家が実在
 太陽王ルイ14世らを生んだ欧州の代表的王家の一つ、フランス・ブルボン家の筆頭継承者がインド人である可能性が浮上している。インド中部のボパール郊外に「ブルボン」を名乗る一家が実在するためで、これを題材にした歴史小説「ル・ラジャ(ヒンディー語で王の意味)・ブルボン」が今、仏国内で3万5000部と売れ行きを伸ばしている。
 この小説の著者で、自らもギリシャ王家の末裔(まつえい)であるパリ在住の歴史家ミシェル・ド・グレース氏(68)は2005年11月にインドを訪れて一家と面会した。その結果、「一家はブルボンの子孫だと確信した」と話す。
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2007100800176

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